一章
一章
両腕に紙袋を抱えて坂を上がる。
ようやく姿を見せた自宅に、オルカはため息をついた。
「王都の外れに住むのも良し悪しね」
外出用のドレスのポケットから家の鍵を取り出そうとして、突如起こった突風に思わずそれを落とす。近くに植えてあった木が青葉を揺らした。
「もうすぐ夏ね」
風で乱れた長い黒髪を簡単に整える。その隙間から垣間見える瞳は、紺と藍の混ざった夜の色。
「今の風、凄かったですね。鍵落としましたよ?」
「ありがとうございます」
拾おうとしていたそれを差し出され、受け取ろうと声のした方へ俯けていた顔を上げる。
目の前に立つ少女は、オルカと同じ黒髪で背格好もそう変わらない。違うのは彼女の瞳の色が翠だということくらいか。
何故か、もう少しこの少女と話してみたいとオルカは思った。いつもならさっさと話を切り上げて別れる所なのに。
「おひとりですか?」
「え、えぇ。そんなところです」
言葉遣いや服装から考えて、そこそこの身分なのだろう。貴族か商人の娘か、どちらにせよ何か訳ありなのは確かか。
「あの、差し出がましいのですが助けていただけませんか?!」
「えっと、立ち話はなんですから中へどうぞ?」
思い切り言い切ったという顔をしている少女を、戸惑いつつ家の中へ入れる。とりあえず座らせると、台所へ行きお湯を沸かす。その間にクッキーを何種類か皿に開けると、紅茶の茶葉を棚から取り出した。
「どうぞ、紅茶ももう少しで入りますから」
「親切な方ですね、ありがとうございます」
お湯が沸くと、紅茶を淹れる。カップを差し出しながら自分も少女の向かいに座る。
「美味しいです、紅茶淹れるの得意なのですね」
紅茶を飲んで少女は息を吐く。少しして落ち着いたのかカップを置いて、オルカを真っ直ぐ見つめた。
「申し遅れました、私エルピス王国第四王女セリスティアーナと言います。どうぞセリスと呼んでください」
「わたしは、オルカ。王都にある老舗の仕立て屋で働かせて貰ってます」
「仕立て屋ですって?!」
何に驚いたのか、セリスが勢いよく立ち上がる。すぐに我に返ったらしく、決まり悪そうに座り直した。そんなセリスにオルカは、本題について尋ねる。
「それで、助けて欲しいというのは?」
「オルカ、貴女に私の身代わりをお願いしたいのです」
「身代わり、ですか?」
身代わりなら自分で無くとも他に、例えば年の近い貴族の娘に頼めばいいのではないか。それを先程知り合ったばかりのオルカに頼むとは、一体どういうことだろう。
「瞳の色以外はほとんど似てると言っても問題ないでしょう。ですから、身代わりに」
「他の人にはお願い出来なかったんですか?貴族の娘さんとか」
「出来ません、鍵姫が身代わりをお願いしたことがばれて、監視が付くだけです」
「鍵姫?」
セリスの言葉に今度はオルカが驚く番だった。このエルピス王国に必要不可欠な存在が、こんなところで紅茶を飲んでていいのか。
「それなら、尚更身代わりなんて」
「お願いします!私には、前世の記憶なんてありませんしお飾りの鍵姫を続けてるくらいならあの方の元へ行きたいのです!」
一気に畳み掛けられ、オルカは目を瞬かせる。前世の記憶がないのなら、それは確かにお飾りでしかない。きっと政に関することも、それらしく振舞っていたのだろう。
「......好きな人が居るんですか?」
「えぇ、夢もあるのです。あの方の元へ行ったら、仕立て屋さんで働きたいのです。昔から裁縫は得意ですから」
「だからさっき、あんなに驚いて」
セリスの目は真剣だ。世間知らずのお嬢様が外の世界を知りたいと、好奇心で飛び出していくそれとは違う。彼女には、夢も愛しあう人も居る。一生入ることのない世界に身代わりという形でも飛び込めば、セリスと違って何もないオルカでも何か変わるのだろうか。
オルカは詰めていた息を吐き出すと、セリスの目を見つめた。




