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クローゼットを開けたオルカは、そのままの体勢で振り返る。原因は、仕切りの向こうから聞こえたまるで他人事のような声。
「今日、他国から使者来るから」
「聞いてないわよ?」
「そりゃ、嵌められたな」
クラウスも今日になって初めて聞いた話らしい。嵌められたとしたら、思い当たる人物は一人しかいない。
オルカは腰の辺りでリボンをきつく結んで、仕切りを片付ける。扉付近には、紙束を片手に持つクラウスの姿があった。
「その紙束は?」
「日程表」
「今日は忙しくなりそうね」
差し出されたそれを受け取ると、最初から目を通す。ぎっちりと時間管理されつつある日程表に、オルカはため息をついた。
「もう出ないと最初の予定間に合わないぞ」
「それももう少し早めに言ってよ」
慌ててベールを取りに行くオルカの背後で、クラウスが笑みを零す。しかし、それは一瞬のことでオルカは全く気がついて居なかった。
「行きましょう」
準備は出来たと声を掛けたのだが、クラウスは扉の前から動く気配がない。その様子に首を傾げていると、不意に頭に手が置かれて焦った。
「ど、どうしたの?」
「別に」
少しして離れた手を、思わず目で追いかける。結局何だったのか分からず仕舞いだったが、オルカはベールの下で息苦しさと顔の火照りに悩まされた。
王宮の出入り口では、既に多くの人々が出迎えるために立っていた。鍵姫にはそれなりの立ち位置があるらしく、そこへ案内される。
「やっと来たね、姫様」
「少し不手際があって遅くなってしまったの」
そこで待っていてらしいシュバルツに声を掛けられ、話をしている間に他国からの使者がやってきて、周りは騒がしくなる。
「そういえば、クラウスは?」
「あれ、姫様聞いてないの?」
「今日の日程以外は何も」
「今日だけ、姫様の専属騎士はオレなんだけど」
何でも、クラウスは王宮騎士団の中で一、二を争う程の実力の持ち主らしい。その為、こういった特別な時だけ鍵姫専属騎士の役職を離れるのだと言う。
「そういうことだったのですか」
「でも、今回は不本意だったみたいだよ」
「不本意?周りから頼りにされて、認められているのに?」
「そういう問題じゃないんだよ」
何時もなら、一時だけ役職を離れることをあっさり承諾していたが、今回だけは何故か中々承諾しなかったと。しかし彼の内部事情に一々構ってもいられない騎士団側は、無理矢理承諾させたらしい。
「まぁ、クラウスも色々あるんだろうね」
「そうみたいですね」
「ほら、次は挨拶しに行くんだって」
既に使者は通り過ぎていたらしく、その場に残っている人もまばらになっている。シュバルツに急かされるまま次の行くべき場所へ向かう。
「意見交換会もあったわね」
「今日は忙しいよ、明日もだけど」
初めて見る他国の使者は、国王の代理と名乗る貴族達だった。
挨拶も終え、意見交換会まで時間があった為、シュバルツを連れて資料室へ向かう。
「姫様は熱心だね」
「本物になると決めた以上は、出来ることは全てやっておきたいの」
資料の出し入れを繰り返しながら、オルカは言う。読んだ覚えのない資料を片っ端から側のテーブルに置いていく。その時、目眩に襲われ目の前が真っ暗になった。それと同時に何時のものか判別は出来ないが、意見交換会の様子が視えた。
「姫様?姫様!」
「......え?どうしたの、シュバルツ」
「それはこっちの台詞!いきなり固まったと思ったら、反応しないし」
「ごめんなさい、少しぼんやりしていたみたい」
このくらい持っていけば十分か。テーブルの上の資料を掻き集めて資料室を出る。
いつも通り廊下を歩いていると、聞きなれた声が聞こえてそちらへ首を向ける。
「だから、それは待ってくれ」
「君だけが頼りなんだ、国王様も期待している」
「それでもだ!」
クラウスと他国の使者が何やら話している。確かにこの辺りは人気がないから秘密話をするには便利だから、ここで話をしているのもそういうことなのだろう。




