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その日の午後、来客があると言われたオルカは、ベールを被ったまま資料に目を通していた。
「これ外してもいいかしら」
「どうなってもいいなら止めない」
そう言われて、オルカは一度資料から目を離す。それを外して歩けば、迷信が根強いと聞くこの王宮は以前の会議以上に大騒ぎになるだろう。つまり、どう考えてもベールは必要不可欠だと言うことか。
「そういえば、冷えた緑茶が用意されていたわね。クラウスも飲む?」
「それ来客用だろ」
「こんなに沢山あるもの。一杯くらい分からないわよ」
硝子で作られたポットとカップを引き寄せて淹れると、机に向かうクラウスに差し出した。
その時、扉の叩く音がしてオルカが元居たテーブルに座る。その間にクラウスが、扉を開けて応対する。
「今日は貴重なお時間ありがとうございます、姫様」
「いいえ、今お茶淹れますね」
姿を見せたのは、細身の男だった。事前に詳しいことを聞かされていなかったオルカは、記憶から彼のことを引っ張り出す。
「どうぞ、アフィルト様」
「これはわざわざ、ご丁寧に」
わざとらしい。
カップに口を付けるアフィルトを見た、オルカの第一印象だ。口調から態度まで、全てわざとらしいと思った。
テーブルにカップが置かれた。
「用件は何でしょうか?」
「その前に姫様、彼にこの部屋から出て行って貰う事は出来ますか?」
「別に構いませんが、彼が居ると何か不都合でも?」
「いえ、久しぶりに姫様との会話を気兼ねなく楽しみたいと思いまして」
意味ありげな言葉に、オルカはクラウスに視線を投げる。セリスとアフィルトとの間に何かがあった事は間違いないようだ。クラウスが出て行ったのを確認したアフィルトが、再びオルカに視線を戻す。
「本題に入りましょうか。姫様、今朝襲撃に遭われたとか」
「その件が本題ですか?それでしたら」
「何故、いきなり襲撃されたのか分かりますか?分かりますよね?」
まるでオルカが襲撃されて当然とでも言いたげなアフィルトにお茶のお代わりを注ぐ。セリスではない自分が分かるわけがない。
「さぁ?どうしてでしょう?」
「以前お話ししましたよね?私の案を否決にすれば、すぐに襲撃させると」
要はするにセリスを脅していたらしい。夢も愛する人も居た彼女にとっては、それが十分に効いていたようで。
手を震わせたオルカを見てアフィルトは笑顔で続けた。
「襲撃と言っても、殺しはしませんよ。貴女にはお飾りの鍵姫で居て貰わないと困りますから」
「貴方の案をこのまま可決し続ければ、いずれ国は滅びますよ」
「聞き分けの悪い姫様だ。少し痛い目に遭わないとご理解頂けないようだ」
空気を割くような音の後、腕に痛みが走る。じわりと紅が腕を伝った。普通のお嬢様だったら悲鳴を上げていた所だが、オルカはそこを何とか堪える。目の前では、いつの間にか立ち上がったアフィルトが、お茶の乗せられていた盆と一緒に乗っていたナイフを握っていた。慌ててクラウスを呼ぼうと口を開けば、そのナイフが片目に固定される。
「あれは少し厄介ですから、呼ばれては困ります」
「卑怯ではないですか?」
「何とでも仰ってください」
ドレスの裾を握りしめて、オルカはアフィルトを睨みつける。張り詰めた空気の中、先に口を開いたのはオルカだった。
「わたしは、貴方の案に今まで通り頷けばいいのですか?」
「そうです、それから私の家が何をしようが目を瞑っていて欲しい」
そんなに悪行を働いているのか、この男は。証拠がない以上は何も言えないが。
「分かりました」
「次否決にしたりしたら、片目くらい覚悟しておいてください」
意気揚々と何事もなかったかを装ったアフィルトは、クラウスと入れ替わりで部屋を出て行く。
オルカは、息をついて体の力を抜きベールを外した。
「鍵姫は大変ね、襲撃されて脅されて。セリス様の気持ちが分かるわ」
「脅されたのか」
「えぇ、セリス様のことも脅していたみたい」
「で、言いなりになるのか」
まさか、とオルカは笑う。
次の会議で、アフィルトが案件を出そうがそうでなくても、内容次第で決めるつもりだ。大事なのは誰が案件を出したかではない、内容だ。
鍵姫になるためには、判断力も問われるようだ。
「言いなりになんかならないわ。わたしはわたしの考えでやる」
「また襲撃されるぞ」
「その時は、貴方が守ってくれるでしょう?」
蒸し暑さをどうにかしようと開けておいた窓から緩い風が入り込み、二人の髪を揺らす。
次の週行われた会議で、アフィルトの出した案件をまたも否決したことは、言うまでもない。




