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氷を使ってTMT

「さあ、本織さんも立って。そこから出てきそうだから」

 波留は愛理に、寄っ掛かっていた車掌室のドアから避けることを促した。 彼女はすぐに起立すると、目の前の彼に向かって右側に素早く退いた。

 これからこの車掌室から現れるだろう波留のパートナーは、もちろんユークリッド人である。しかし、愛理がふと彼の方をみるとあのドアからまるで猛獣が出てくるような心配、というよりも恐れを持った視線が出ているのに気がついた。

 波留がびびりなのは彼女の知っていることだが、仲間にまでこんなにも恐れるものかなと思っていたのだが……

 その憶測はまさに的中した。

 そして割りと重厚な扉の取っ手が動き、そのまま扉が開けられて入ってくると思いきや、それよりも先に何かが転がり出てきた。

 またもやスプレー缶のような物体である。しかし波留が見たところスタングレネードではない。これは……

「スモークグレネードだ!口をふさげ!」

「え!待って。それって敵ってことじゃ」

 愛理はそう言いかけたが、すぐ波留に彼女自身の口を手で覆われた。そして引きずられて5歩くらい後ろに下がった。

 すると二人の会話の代わりに一方的な念力が彼女の脳に伝わる。

(多分有害ではないと思うけど念のためにね。僕のパートナーはちょっと変わった性格だから、うん。登場するときはこんな感じにしなきゃいけないんだよ。毎回“やめて”って言ってるんだけど全然聞いてくれないんだ)

 愛理は、飽きれ顔を浮かべながらそう伝える波留の言葉だけではなく、気持ちも無駄に伝わったような気がした。確かに気弱にやめてと彼が言っても逆に言い返されるような場面が簡単に愛理の脳内に浮かんだ。

 煙は30秒くらいの間止むことはなかった。

 そして完全に晴れた時には、一人の少女がケホケホとむせていたのである。そして波留は一言

「ほら、言わんこっちゃないよ」

 それに対して、愛理も心の中で同感してると思いきや、少女の姿を見るなり、彼女の口を押さえていた波留の手を空手チョップで落とすと

「可愛いー!」

 そう叫んだのである。

 愛理の言うとおり、その少女は天使にも匹敵するほどの可愛らしさを持ち合わせていた。

 まず、背は160cmくらいの愛理よりもさらに低く、ジーパンをはいて、水色のパーカーを羽織っても下手をすれば中学生に見える。

 また髪の色は真っ白で、水に濡れた後のように髪同士がいくつかでまとまりながら、肩の少し下までふわりと落とされている。

 眉毛と、薄い赤色をした大きな瞳は少々タレ気味でそれがさらにい愛おしさを盛り上げていた。

 きっと微笑んだその顔は天使にも勝る。と誰もがそう思うだろう。

 その内の一人である愛理の目は気持ち悪いほどにキラキラと輝いていた。

 そして波留も忘れたように我がパートナーが可愛いということをたった今、そうだったナー程度に思い出していた。

 同時にそんな幻想はすぐに木っ端微塵に破壊されるということも。

 とりあえず、波留がパートナーに声をかけることにした。

「ねえー、芽依(めい)。大丈夫?」

「わっ私がこれくらいでくたばる訳ないでしょ!」

 返ってきたのは威勢のいい声。少なくともこんな可愛らしさ溢れる少女から出てくる言葉ではなかった。

「そんなことよりも、作戦は成功したの?回収対象の保護!まさか失敗したんじゃないでしょうね……」

 謎の冷気が流れてくる。波留としては、自分の隣の少女を見てくれればすべて明らかなのだが、こんな破天荒な性格では指摘のしようもない。とここで助け船がでた。

「あの、私が多分それだと思います」

 そう愛理が発言したところで芽依はようやく彼女の存在に気づいたようだ。

「あなたがそうなの?確かに掌握空間でちゃんと動けてるわね」

「それで……その……可愛いですね」

 愛理は少し頬を赤らめながらも当然のごとくこの言葉を口にしていた。彼女は芽依に一目惚れのようなものを起こしていたのかもしれない。

 しかし波留の経験則からこれは完全にいやなパターンだった。

「ああそう?ありがと。でもあなたは目が少し腫れてるわ。あら残念なことに不細顔になってるわよ」

 やっぱり……と波留は手で顔を覆った。

 実はこの少女、戸桜 芽依(とざくら めい)は見た目は可愛いさの頂点を務めながらも、それと同時に性格の悪さもまた破壊的なのであるから、どうにもできない。

 大抵の場合、愛理のように近づく者はこうして制裁をくらうのだ。

 そしてその尻拭いもパートナーである波留がやることだ。

「こら。芽依、女の子にはそういうこと言っちゃいけないんだよ」

 彼は一歩前に出てそう言った。今までは若干きつく言っていたのだが毎回反撃された挙げ句、完璧に論破されてるので、最近は専ら諭すようにしているのだ。

「だって、事実だもん」

「それでも相手が傷つくこともあるの」

「うーん。あっそういえば!」

 そう言った芽依は波留の横をすり抜けて、愛理の元へと歩いていく。

 はぐらかされた彼としては説教タイムを設けて続きを行いところではあるが、ここは見守ることにした。

「私は戸桜 芽依。カミクシア保全組織の構成員をやらせてもらっているわ。よろしく」

 そう彼女は挨拶した。破壊力抜群のその微笑みに愛理は顔が真っ赤になってしまった。

 それでもゴニョゴニョとは何か話すのだがそれを聞き取ってくれるほど芽依は優しくない。さっさと自身の話を進める。

「まず概要についてはあいつから教えてもらったと思うけど、それにはどうなの?賛成?」

「え?それって……」

「だ、か、ら!私に保護されてもいいのかってこと!」

 愛理は思わずはい!と返答しかけて一瞬考えた。あまりの芽依天使ぶりに保護されたいと思ってしまったが、実際は彼女だけではなくそのカミクシア保全組織に身柄を預けるという意味合いだからだ。

 確かにここで断ることもできる。しかしながら、二度と今回のように狙われることはない確率は限りなく低いのは確かであり、それにまた襲われたなら助けてくれる人もいないだろう。

 でも今日は自分の誕生日だ。それを祝ってくれる人もいる。それを裏切ることは絶対したくない。

 そこで愛理は賛成する代わりに一つの条件をつけることにした。

「その、じゃあ1時間、せめて2時間以内に戻ってこれるならいいです」

 これは本来馬鹿な条件だ。こんな誰も経験したことのない大事でそんなに早く戻れるわけがない。

 愛理も内心さすがに無理かな、と諦めていた。

 しかし、芽依の返答は

「1時間と30分で戻れるわ」

「芽依、いくらなんでもふざけてるんじゃないの?」

 波留は芽依に口を挟んだ。それでも彼女は自身たっぷりにこう持論を展開したのだ。

「現実的な、すなわち人間的なスケールで考えると確かに無理かもしれないわ。でも、ユークリッド人的に考えてみると、唯一これを可能にする作戦を思い付いたの。

 仮にTMT作戦と名付けるわ。これはまず、空間掌握中に私の空間転移でポーターまで移動し、そこからカミクシアまで行くの。そうすれば時間のタイムロスがほとんどなく帰って来ることができるわ」

「なるほど……つまり空間を掌握したままカミクシアに戻るってことだね。そうすれば時間の経過は起きない。でもそれって掌握は誰がするんだい?」

 芽依を皮切りに進んでいく話だが、愛理は何がなんだか全く分からなかったので、ずっと首を傾げていた。そしてそれに気づいた波留は解説を加える。

「ああ、本織さんは分からなくて同然だよ。これまでの説明を噛み砕くと、芽依は掌握した空間を自由に行き来できるんだよ。壁とかを無視して。だからそれでカミクシアに向かうんだけど、それには専用の転送装置がいるんだ。」

「そっか!ずっとこのままで私だけがそっちに行けばいいんだね」

 まだ微妙だと思うが、少しは愛理も納得したようだ。

 そして彼女は一緒に行くという選択肢を選んだのだ。

「すぐに行ってすぐに戻ってこよう!」

 意気込む愛理。

「これから起こることもこの世界では時間にさえ記録されないんだね」

 感慨無量に浸っている波留。

「これもすべて私のTMT作戦のお陰ね!私の指揮に狂いはないのよ!」

 自惚れる芽依。

 この3人がカミクシアで空前絶後の動きを起こすなどとは誰が予想しただろうか。今の時点では見る影もないが、その歯車は回り始めているのである。

「ていうか本織さん足の怪我痛くない?」

「うん。でもけっこう傷残るかも」

 ドアのガラスが愛理の足に飛び散って切れた時の傷が残っているのだ。このままでは一生痕が消えないことを心配した彼女だが、芽依はまた自信たっぷりに言った。

「そんなの私にかかれば元通りだわ」

「そうだね。芽依さん看護師だったし」

「へえ!そうなんだ。その……芽依さんってほんとにすごいです」

 愛理が尊敬の眼差しを向けると、何を思ったのか波留が急にこんなことを言い出した。

「でもね。今回も作戦名はセンスの欠片もないよ。だってTMT(とざくらめいてんさい)作戦なんて……笑っちゃう。今の小学生でも言わないよ」

 と同時だっただろうか。波留の顔が無数の超高速左右ビンタにさらされていたのはーー 

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