氷からの開放
先手を打ったのは、銃を構えていた青年の方だった。続けざまに3発の銃弾を何の躊躇なく男の脳天めがけて発砲した。
普通の人間ならばこれで終わりである。しかし生憎にも男は、この宇宙で神に匹敵するほどの力を授かったユークリッド人である。簡単には終わらなかった。
「んなもん効くか!」
なんと男は何の動作も起こさずに銃弾を目の前で止めたのである。
行き場を失った弾丸は男に届くことなく、自由落下して地面で金属音を盛大に立てた。
このときはっきりいって青年は戦慄していた。
さすが聖府直々の傭兵の強さは並大抵ではないと。つまり、男はユークリッド人のなかでも希な能力者というわけだ。ただでさえこの世を席巻できる能力があるのに、そのなかの一握りはさらに超能力を授かることを許されるのである。
「弾丸を止められた位で何驚いてんだ。まあ俺くらいになると、空間の掌握度が並大抵じゃねえからな。それくらいは造作ねえ。それにしても……全く呆れたぜ、さっき俺に一発当てた時はどんな野郎だと思たがまあー、生かす価値もねえ!くたばれよぉ!」
刹那、男は今持っている銃に加えて更にもう一丁を制服の内ポケットから取り出した。そしてその両方ともを青年にむかって投げつけた。
「なんだよ!」
いきなりの意味不明な攻撃だったが青年はぎりぎり頭を反らしてかわすことができた。2丁の拳銃は回転しながらそのまま飛んでいくと思われた。
しかし、男は待ってましたとばかりに笑みを浮かべると指を一回鳴らした。すると拳銃たちはまるで意識を持ったかのように空中で静止したのだ。
その様子を見た青年は思わず
「なに、これってまさか3方向から狙われてんの?」
そううめき声をあげてしまった。その顔はピンチとばかりにひきつっていた。どうやら男はこの空間内で、重力など関係なく自由に物体を操れるらしかった。
「どうした?こんなもん俺の力の初歩の初歩みたいなもんだ。だがなあ、お前を一瞬でミンチにすんにはちょうどいいんだよ!」
男のテンションはまさに最高潮だった。自分に楯突いてきた者があまりにも無惨な表情をしているのだと思うと。
しかし青年は考えていたのだ。どうすればこの状況を切り向けて彼女の元へとたどり着けるのかを。前には男が、後ろには2丁の拳銃が狙っている。状況はまさに絶対絶命だが、青年はひとつの答えを出したーー敗北を認めるという形で。
「あー降参しますー」
なんと青年はそう言って愛銃を空席に、丁寧に置いて両手を上げた。
「この期に及んで降参とは……お前、ほんとにゴミだなあ!まあそんなゴミ野郎に慈悲を与えるほど俺もバカじゃねえ!死んでもらうぞ」
青年は言葉では降参しながらも、口調は相変わらずテキトーな感じで、顔も半分ニヤついていた。それがまさに男の反感をかったのだ。
そして男はまた指をならす形を手で作り始めた。恐らく次に指がなれば、それは発射の合図だろう。
さすがにヤバイと感じた青年は次の作戦に入る。
「あーちょっと待って。一つ言いたいことがあるんだけどあ、どうやって俺ってここにきたんだろうねー」
そのなにかを促すような物言いに男は反論した。
「どうもこうも、お前はユークリッド人だから空間掌握のなかでも自由に動ける、それだけだ」
「いや、そうじゃなくてさあ、第一あんたの言葉も半分正解で半分外れ。まあそれはいいや。つまり僕が言いたいのはどうやってここに来たかということだよ。もし最初の時点で、僕がこの地下鉄内にいたら絶対彼女を守ってた」
ここまで言うと男もようやく気がついたようだ。
「ふん……ただ単にお前が対象を見つけられなかったのだろう」
それに青年はすぐさま言い返す。
「彼女を保護するにあたってばっちり監視してたよ。じゃないとここに来るということもわからないよね?まあ僕がここで自慢したいのは、密封された車両内にどうやって入ったってことなんだけど……聞きたい?」
「もう十分だ。お前がここに入って来るなんてのは不可能なんだからな。そして、命乞いはそこまでだ」
青年が音も立てずに、列車に入って男の元へと来るのは不可能。可能な手段としては最初から紛れ込んでいたということしか考えられなかった。するとユークリッド人の気配として分かってしまうこともある。
しかしこの程度の能力もない程度なら気づかなくてもおかしくはない。そう男は結論付けたのである。
そして、ぱちんと男は指を弾いた。
後ろ2方向から銃弾がが放たれた。それは真っ直ぐに青年の後頭部に直進していく。
だが青年は諦めていなかった。
ぎりぎりで地面にしゃがむとその頭上数センチを銃弾が掠めていく。
避けられたのはいいが、敵が銃を撃つ音は連続して止まることはない。
「こっちはほとんど勘で交わしてるってのに、容赦ないな」
一人そう呟いた青年は反撃に出る。
つぎの銃弾がたどり着くまでに、彼は自分の愛銃を拾い上げながら、それを男の方へと向けた。弾丸を止められた先程とはちがい、距離がほとんどないので男も反撃はできない。
これはつまり、こっちに撃ってきたら撃ちかえすぞということだ。
それを理解した男はピタリと2丁の銃の射撃を中止した。
「降参したんじゃねえのか?ああ?」
男は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。それに青年も表情で合わせた。
「いやー降参したら許してくれるかなーて思ったんですけど、案外そうでもなかったんで。作戦変更だね」
硬直状態に持ち込んだのはいいが青年としては長くは続かないと思っていた。むしろその方が作戦通りで好都合だったが。
そして男は青年の作戦にまんまとはまったのである。
「そうか、だがこちらの攻撃手段は3パターンだ。2丁の操作型拳銃、そして俺自身、お前なんて殺人術でどうにでもなる。それに対してお前は1パターンのみ……つまりこうすりゃあ終わりだ」
男は発砲した。
青年に対してではない。青年の持つ銃に対してだ。
放たれた弾丸は真っ直ぐに青年の愛銃ベレッタ90‐Twoへと向かい、彼が男に対して反撃する前に到達した。そしてまるで人間の筋肉繊維を断裂するかのごとく銃の先端部から中央部までをもぎ取ってしまった。
そしてその破片はそこら辺にばらまかれる。
「どうだ、お前自身には攻撃してないが?まあその拳銃はダイエットしちまったみたいだがな」
そう言って男は笑った。男が察するに青年はあの銃を大切にしているように思われた。手入れが行き届いていたし、それを握っていた青年の姿も割りとさまになっていたからである。
これであいつのプライドは破壊された。と男は思っていたのだが、一方の本人は
「すげーめっちゃ短小になったし、てか撃てないし」
前部分が削りとられた拳銃をまじまじとあらゆる角度から眺めていた。しかし、しばらくすると男の方を真っ直ぐに見て
「あーでも、僕の勝ちだね」
なぜか青年はそう高らかに宣言してしまったのである。
「は?お前いかれたか?そうだな愛銃が壊されたせいで頭が狂ったんだろ!ならちょうどいい、お前もその鉄屑と同じにしてやるよ!」
これ以上話す必要もないと考えた男は追撃を加えることにした。
だが青年は、この時を狙っていたのである。
彼は突然残った後ろ部分からマガジンを取り出した。
マガジン自体も破損がひどく、すぐに装填されていた黄金色に輝く9ミリパラベラム弾がパラパラと落ちてくる。
青年はそれらを手のひらにのせ、男に投げつけたのだ。
もちろん攻撃はゼロ。あたってもちょっと痛いくらいだが彼はそれに思わぬ機能を付けたのである。
「はっはっはー!喰らえ!超小型爆弾!」
「はー!?」
男は動揺した。ただの銃弾が大量破壊兵器へと様変わりしたからだ。
ハッタリである可能性もあるが、このまま喰らうよりも落とした方が安全だと思ったのだ。巻き添えを喰らう可能性も、あの小さい銃弾では炸薬量も限られているのでぎりぎりで落とせば大丈夫なはずだった。
そして男は銃たちに方向転換を示し、投げられた銃弾を撃ち落とすように命令した。
投げられたのは5発ほどだがそれらは男の操る拳銃によって金属音を立てながら、火花を散らしながら撃ち落とされていく。
そして男は見事に何の爆発もないとハッタリを見破ったのである。
しかし、それはあまりに遅すぎた。
この男の攻撃の失敗は、飛び散る火花のせいで一瞬にせよ、青年への視線が閉ざされたことである。
そしてすべての弾が撃ち落とされれたとほとんど同時に男の目の前にはなにかが飛び込んできた。
なにかスプレー管のような円柱状の物体。
これを撃っても良かったのだが男には思考が巡りめぐる。
(なんだこれは、本命の本物の爆弾か?だがこの大きさはさすがにここらが吹っ飛ぶぞ……ならこれもハッタリに違いない!)
断定した男は投げられた円柱の物体を止めるように、拳銃の弾を放ったが、青年はチェックメイトを決めていたのだ。
「目が潰れそうな感じの光線と、耳をつんざくような音量に注意してくださーい!」
次の瞬間、その円柱の物体は、銃弾が突き刺さる前に、男の前で激しい膨張を見せ、次の時には強烈な光と爆音を出していたのである。それは瞬時として男の聴覚と視力を一時的に奪い、気絶へと至らしめたのである。
もちろん青年は目と耳をつぶれるほど押さえつけていたが、まあ彼の勝ちだろう。




