EP 9
「みかん箱、卒業」
みかん箱が砕け散った翌朝。俺はポポロ村の中央広場に、大量の木材と工具を運び込んでいた。
肉椎茸まんの屋台売上から捻出した資金で、リーザのための新しいステージを設営するためだ。
とはいえ、素人のDIYには限界がある。そこで頼ったのが、俺の住むアパートの階下の住人だった。
「おうおうリクト! 任せときな! ステージ作りってのは気合と精度だからよォ!」
金色のリーゼントにド派手な金ピカのジャージ、そして足元には便所サンダルという出で立ちの男――ポポロ・コーポ103号室の住人、通称『リキ兄貴』が、親指を立てて笑った。
見た目は完全に昭和のヤンキーだが、その腕は確かだ。リキ兄貴は気合の入った掛け声とともに、目にも留まらぬ速さで釘を打ち込み、木材を寸分の狂いもなく組み上げていく。
「にしてもリクト、おめえの描いたこの設計図、ヤバいな。荷重計算から音の反響まで完璧に計算されてやがる。ドワーフの棟梁が見ても泣いて喜ぶぜ?」
「前の職場で、展示会ブースの設営やイベントのステージ発注を何度もやらされましたから。図面は嫌でも頭に入ってるんです」
(……毎回『コスト削減だ、自社でやれ』と無茶振りしてきたクソ上司には、今となっては感謝すべきなのかもしれないが)
リキ兄貴の圧倒的な作業スピードと俺の段取りにより、頑丈な木製ステージは昼前には完成した。
続いて俺は、空中に浮かぶポータル画面を開いた。
『ピコン』
【支給品:ポータブルPAスピーカー&LED投光器セット一式を購入しました】
【今月の残額:2,450円】
みかん箱時代の壊れたメガホンに代わり、野外イベント用のマイクとスピーカー、そして日が落ちても明るく照らせる照明機材を設置する。
「あら、リクト君。広場の使用許可の確認に来たのですが……すごい、本格的ですね!」
村長のキャルルが視察に訪れ、立派なステージを見上げて目を丸くした。
「ええ。村長、申請書通り、広場の隅のこのスペースを夕方の二時間だけお借りします」
「はい! 全く問題ありません。……あの、怪我とか、してませんか?」
キャルルは俺の胸元にそっと顔を近づけ、兎耳をピクピクと動かす。俺の落ち着いた心音を聞いて安心したのか、彼女は「ふふっ」と嬉しそうに微笑んだ。
そこへ、キセルを吹かしながらニャングルも現れた。
「おいおいリクトはん、えらい立派なモンこさえよって……おっ、ここ一番目立つやんけ!」
ニャングルはすかさず、ステージの側面に『ゴルドスマイル銀行・ポポロ村支店』の宣伝横断幕を貼り付けた。
「ウチが出資したスポンサー看板や! それにしても、客の導線確保から事前告知のチラシ配りまで、手回しが完璧すぎるで。アンタ、興行主としても一流やな……!」
「段取り八分、ですから」
夕暮れ時。
西日が沈みかけ、俺が設置したLED投光器が、ステージを鮮やかに照らし出す。
事前に配った整理券とチラシの効果、そして肉椎茸まん屋台での評判も手伝って、広場には三十人近い観客が集まっていた。
「……スポンサー様、これ……」
真新しい木製ステージの前に立ったリーザは、震える手でマイクを握りしめ、言葉を失っていた。
「みかん箱は、卒業だ。転ばないように気をつけろよ」
俺が背中をポンと押すと、リーザの翡翠色の瞳にブワッと涙が浮かんだ。
「はいっ……! 私、最高に輝いてみせますわぁーーッ!!」
ステージに飛び乗った彼女は、芋ジャージ姿のまま、底抜けに明るい声で歌い始めた。
『♪五円!五円!御縁!御縁!ハイッ!』
PAスピーカーを通して響き渡る人魚姫の歌声は、圧倒的な魔力と魅力を持って観客の心を鷲掴みにした。
「おおっ、なんだこの娘!? 歌すげえ上手いぞ!」
「いいぞー! ジャージっ娘!」
観客たちが手拍子を打ち、歓声を上げる。
ズゴゴゴォォッ! と音を立てる賽銭箱型の掃除機には、次々と銅貨や銀貨が吸い込まれていく。
俺は腕を組み、広場の後方からその景色を静かに見守っていた。
(よし……イベントのロジスティクスとしては、大成功だな)
誰もが笑顔になり、平穏な夕暮れを楽しんでいる。
俺の望むスローライフは、今日も無事に守られたのだった。
* * *
その頃。
ポポロ村から少し離れた隣町の、薄暗い安酒場でのこと。
昨日、丸めた新聞紙を突きつけられて逃げ出したあのチンピラ男が、安い酒を煽りながらテーブルをドンッと叩いていた。
「クソッ、クソッ……! なんだってんだあのスーツの野郎!」
『サメジマ・アドベンチャー・サロン』の仲間たちが、彼を囲んでゲラゲラと嘲笑する。
「ダッセェ! 丸めた紙切れにビビって逃げ帰ってきたのかよ!」
「プラチナ会員が聞いて呆れるぜ!」
「うるせえっ!!」
男は血走った目で仲間たちを怒鳴りつけた。
「あいつ、絶対ただ者じゃねえ……! だったら、俺も強力な武器か魔獣を手に入れりゃいいんだ! サロンの情報にあっただろ、『ポポロ山の遺跡の封印』を解けば、古代のヤバい力が手に入るってよ!」
「おいおい、本気か? あそこは自警団が立ち入り禁止にしてるヤバい場所だぞ……」
仲間の制止も聞かず、男は酒場を飛び出した。
強力な力を手に入れて、あのスーツの男と生意気なガキを見返してやる。
その浅はかな欲望だけが、彼の足を突き動かしていた。
ポポロ村の夜空は、リーザのライブの歓声に包まれ、どこまでも平和だった。
だが、その喧騒から遠く離れたポポロ山の暗い獣道には。
禁忌の遺跡へと向かって這い上がる、一つの不穏なランタンの灯火が揺れていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




