EP 5
「ホワイト副業、はじめました」
翌朝。俺は【支給品】のタブから調達した大型の蒸し器や寸胴鍋と、村の市場で買い集めた小麦粉や調味料を前に、腕組みをしていた。
【福利厚生】の社員食堂メニューから支給される「肉まん」をそのまま転売すれば手っ取り早いのだが、それは就業規則により固く禁じられている。会社の支給品を横流しするなど、コンプライアンス違反も甚だしい。もしバレれば、翌月までポータル画面の全機能が停止してしまうペナルティがあるのだ。
(……なら、自作して『社食の味』を再現するしかない)
幸い、メイン食材には事欠かない。リーザの裏庭農園で収穫された極厚の「肉椎茸」だ。
俺は彼女から肉椎茸を適正価格で仕入れる契約を交わし、深夜残業で培った自炊スキルと、焼肉チェーン担当時代に叩き込まれた原価計算をフル稼働させた。
肉椎茸を細かく刻み、豚肉に似た『シープピッグ』の挽肉と合わせ、醤油草のタレを揉み込んで一晩寝かせる。それを発酵させた生地で包み込み、特製の「肉椎茸まん」を完成させた。
村の中央広場に、簡素だが清潔な木製屋台を組み立てる。
看板には、筆書きでデカデカと営業方針を掲げた。
『肉椎茸まん 一個・銅貨三枚(三百円)』
『営業時間:一日四時間のみ(売切御免)/週休二日制』
副業であっても、労働基準法は絶対に守る。ダラダラと長時間営業しても生産性が落ちるだけだ。短時間で売り捌き、きっちり定時で上がる。それが俺の定めた絶対のルールだった。
蒸し器からもうもうと白い湯気が上がり、肉椎茸と醤油草の焦げるような極上の香りが広場に漂い始めると、匂いにつられた村人や冒険者たちがわらわらと集まってきた。
「おい、なんやあの屋台……昨日まで無かったで?」
広場の端でキセルを吹かしていたゴルドスマイル銀行のポポロ村支店長、ニャングルの猫耳がピクッと動いた。
彼は野次馬に混じって、俺の屋台のオペレーションをじっと観察し始めた。
「はい、お並びのお客様。こちらで整理券をお受け取りください。番号順にご案内しますので、列を離れていただいても構いません」
俺は営業用スマイルを顔に貼り付け、自作の木札(整理券)を流れるような手付きで配っていく。
混雑によるクレームや近隣への迷惑を防ぐため、客の動線を完全にコントロールする。総務時代、全社イベントの受付で鍛え上げられた「客捌き」の技術だ。
ニャングルは、キセルを落としそうになるほど目を見開いていた。
(な、なんやこの男……! たった一人で、注文、会計、蒸し上がり時間の管理、客の誘導まで完璧に回しとる……!)
ニャングルの頭の中の算盤が、猛烈な勢いで弾き出される。
(普通、これだけの行列を捌くには客引き、レジ、調理で最低三人は要る。それをワンオペで、しかも客に一切のストレスを与えずに回しとるやと……!? 動線に一ミリの無駄もあらへん。あいつ一人で、ウチの大商会の幹部十人分の兵站をこなしとるで……!)
そんな商人の驚愕など知る由もなく、俺は蒸し上がったばかりのアツアツの肉椎茸まんを、薄紙に包んで客へ手渡した。
「熱いので気をつけてくださいね。ありがとうございます」
受け取った屈強な冒険者の男が、ハフハフと湯気を立てながら一口かぶりつく。
その瞬間、男の目がカッと見開かれた。
「う、うおおおっ!? なんだこれ、すげぇ美味い! 肉汁とキノコの旨味が口の中で爆発しやがる!!」
驚きは味だけではなかった。
男が二口、三口と食べ進めるうちに、彼の身体を覆っていたダンジョン探索の疲労困憊したオーラが、見る見るうちに晴れていく。
さらに、男の腕にあった真新しい擦り傷が、シュウゥッと音を立てて塞がっていったのだ。
「お、おい! 俺の傷が治ったぞ!? 肩の痛みも飛んでっちまった!」
「嘘だろ!? 俺もだ、徹夜明けの目の霞みがスッキリ治ってる!!」
広場が騒然となる。
俺自身も予想外の効果に内心焦っていた。
(……マジか。社食の『疲労・微小状態異常の回復効果』まで、レシピの再現と一緒に異世界の食材に付与されちゃったのか?)
「お、おい兄ちゃん! あんた、まさか伝説の宮廷料理人か何かか!?」
「この肉まん、俺にも十個売ってくれ!!」
「割り込むな! 俺が先だ!!」
完全にパニックになりかけた客たちに対し、俺は拡声器を手に取り、一段高い声でアナウンスした。
「お客様! 落ち着いてください! 整理券の番号順にご案内します! なお、本日はお一人様三個までの購入制限とさせていただきます!」
暴動寸前の熱狂を、冷や水のような的確なルール提示でピシャリと鎮める。
ニャングルはついに震え上がり、尻尾を股の間に巻き込んでいた。
(バケモンや……! 群集心理まで完全にコントロールしとる……! 喧嘩売ったら商会ごと消し炭にされるで、あいつ……!)
結果として、用意していた三百個の肉椎茸まんは、営業開始からわずか二時間半で完売した。
「申し訳ありません、本日は完売となります。また明日のご来店をお待ちしております」
深く一礼し、屋台の暖簾を下ろす。
後片付けと明日の仕込みの計算を済ませても、時刻はまだ15時。完璧なホワイト労働だ。
俺はずっしりと重くなった売上金の袋を抱え、ゴルドスマイル銀行の窓口へ向かった。
「……おう、リクトはん。えらい繁盛ぶりやったな」
窓口で顔を引きつらせているニャングルに、俺は売上の硬貨をジャラッと広げた。
「おかげさまで。これで当面の生活費と、リーザへの仕入れ代は払えそうです。残りの利益は、非常時の積立金として定額預金に回してください」
「ホンマ、隙のない男やで……。ええやろ、ウチの特別金利で預かったるわ」
ニャングルは魔導算盤をカチャカチャと弾きながら、どこか嬉しそうに笑った。
* * *
夕刻、18:00。
【就業時間】の終了アラームを聞きながら、俺はポポロ・コーポの自室で冷やした麦酒(ビールに近い炭酸酒だ)の栓を抜いた。
「ぷはぁっ……! 美味い。定時上がりの酒は最高だ」
疲労感ゼロの身体で、窓際の椅子に腰掛けて夜風を浴びる。
俺の異世界スローライフは、完璧な軌道に乗りつつあった。
ふと窓の外、村の中央に位置する村長公邸へ目を向ける。
夜の帳が下り、他の家々が次々と明かりを落としていく中、キャルルのいる村長執務室の窓だけが、煌々と魔導ランプの光を放ち続けていた。
「……こんな時間まで、残業か?」
総務の血が、少しだけ騒いだ。
読んでいただきありがとうございます。
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