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定時退社したい元社畜の【福利厚生】無双〜極貧アイドルや借金女神のスポンサーにされてスローライフが送れません〜  作者: 月神世一


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EP 4

「俺の風呂が、椎茸農園になっていた」

扉を開けた瞬間、ムワッとした熱気と、むせ返るような湿った土の匂いが顔を叩いた。

俺の夢見た一番風呂。その真っ白なFRP製の浴槽は、巨大なキノコがびっしりと生えた数本の原木によって、完全に埋め尽くされていた。

そして、泥だらけの作業着姿のリーザが、手動のポンプでシュッシュッと鼻歌交じりに霧吹きで水を撒いている。

「……何してんの?」

「あ、スポンサー様! おかえりなさいませ! 見てください、この見事な『肉椎茸』! 浴室は湿度と温度が一定に保たれていて、菌糸の培養に最適なんですの!」

満面の笑みで振り返るリーザ。

(……退去時の原状回復費用、敷金で足りるかな)

総務的思考が即座にクリーニング代と修繕費のコストを弾き出す。いや、そもそもここは俺が家賃を払っている部屋だ。

「どうやって入った? 鍵は確実に閉めて出たはずだぞ」

「簡単なことですわ。昼間に石鹸で鍵穴の型を取っておいて、落ちていた鉄くずと五円玉をヤスリで削って自作しましたの。貧乏サバイバルの基本ですわ!」

(……それはサバイバルじゃなくて、ピッキングの常習犯かスパイのやることだ)

極貧生活で培った異常な生存能力に戦慄しつつ、俺は彼女の手から削り出しの合鍵を無言で没収した。

若い男女が密室の風呂場にいるというのに、お色気的な展開など一ミリも発生しない。あるのは不法侵入と器物損壊の懸念という、極めて生々しい法的リスクのみである。

「そもそも、なんだそのデカいキノコは」

「ただのキノコじゃありませんの! これは焼くと最高級の霜降り肉のような味がする、一本銀貨数枚で売れる超高級食材『肉椎茸』ですわ! これさえ育てれば、私、スポンサー様に頼らなくても自立したビッグなアイドルになれますの!」

彼女の翡翠色の瞳には、夢や希望ではなく、確かな金貨の輝きが宿っていた。

泥だらけになってまで這い上がろうとするその強欲さと不屈の精神。

呆れを通り越して、妙な感心を覚えてしまった。

(……そのド根性は認める。だが、俺の風呂は返してもらうぞ)

「分かった。お前の本気度は伝わった。だが、風呂場での無断栽培は衛生管理上も賃貸借契約上も完全にアウトだ。発覚すれば規約違反で強制退去になるぞ」

「そ、そんなぁ……! せっかくの私のビジネスチャンスが……!」

「泣くな。だから、ちゃんとした栽培設備を作る。手伝え」

俺は空中に浮かぶポータル画面の【支給品】タブを開いた。

月三万円の予算枠から、「防腐処理済みツーバイフォー木材」「高耐久ブルーシート」「ステンレス製ビス」「温湿度計」、そして「電動ドライバー」を即座に発注する。

『ピコン』

【支給品の購入が完了しました。今月の残額:12,450円】

足元に現れた資材を抱え、俺たちは村長公邸の裏庭へと向かった。

当然、事前に土地の所有者であるキャルルに許可を取りに行ったのだが、彼女は「リクト君のお願いなら、裏庭どころか私の部屋でも……あ、いえ! 好きに使ってください!」と兎耳を真っ赤にして二つ返事で快諾してくれた。

書類の稟議を回さずとも即決してくれるトップがいるのは、実にありがたいことだ。

夕闇が迫る中、俺は電動ドライバーのトリガーを弾き、木材を組み上げていく。

水捌けを考慮して基礎を水平に取り、防風対策の筋交いを入れ、日照を計算して遮光ネットとブルーシートを張る。

「すごいですわ……! スポンサー様、何者なんですの!? 設計図も見ずにこんな小屋を建てるなんて、土木ギルドのマスタークラスの手際ですわ!」

「前の職場で、オフィス移転のレイアウト変更と、社長の『明日までに資材置き場作っといて』っていう無茶振りで、プレハブ倉庫を自作させられた経験が生きてるだけだ」

(……思い出したくもないブラック企業のパワハラ案件だが、異世界で役に立つ日が来るとはな)

完成した簡易ビニールハウスに原木を並べ終えると、設置した温湿度計が菌糸培養に理想的な数値を示した。

泥だらけになった手を井戸水で洗い、棚に並んだ巨大な「肉椎茸」を見つめる。

肉厚でサシの入った見事な傘。顔を近づけて嗅げば、濃厚な動物性の脂とキノコの旨味が混ざった、強烈に食欲をそそる芳香が漂ってくる。

「立派な商品だ。だが、これをただ市場やギルドに卸すだけじゃ、商会に中間マージンを中抜きされて終わるな」

俺の頭の中で、営業時代に培った「販路開拓」と「付加価値の創造」、そして原価計算のスイッチがカチリと音を立てて入った。

夕日に照らされる極上の肉椎茸を見つめながら、俺の頭の中に一枚の事業計画書が組み上がっていく。

「リーザ。お前、これを直接客の胃袋にぶち込んで、一番高い利益率で売る気はないか?」

それは、俺の異世界における、ホワイトな副業の幕開けを告げる言葉だった。

読んでいただきありがとうございます。

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