EP 2
「スポンサー様、爆誕」
草を掻き分けて走った先に開けた空間で、三人の薄汚れた男たちがゲラゲラと下品な笑い声を上げていた。
彼らに取り囲まれていたのは、木製の古いみかん箱と奇妙な賽銭箱を抱え込んで震える、銀青色の長い髪を持つ少女だった。
「ヒヒッ! 大人しく持ち金全部出せば、痛い目には遭わせねえよ!」
男たちの手には、刃こぼれした物騒な剣が握られている。完全に異世界の野盗、あるいはチンピラという奴らだ。
茂みの陰からその光景を確認した俺は、すぐさま目の前に浮かぶ社内ポータル風の画面を操作した。
何か武器になるようなものはないか。警棒、いや、せめて木刀でもいい。
しかし、検索窓に入力した結果は非情だった。
【福利厚生の範囲外です】
(……そりゃそうだよな。ホワイト企業が社員に日本刀を支給したら大問題だ)
どうやらこのスキルは、直接的な攻撃手段を与えてはくれないらしい。
だが、総務の仕事というのは「手元にある備品でいかにトラブルを解決するか」の連続である。
俺は【支給品】のタブを開き、備品購入の予算枠(月上限三万円)から二つのアイテムを即座に発注した。
『ピコン』という軽快な通知音とともに、俺の両手にずっしりとした重みが加わる。
一つは、夜間の工事現場などで使われる超高輝度の大型LED懐中電灯。
もう一つは、防災訓練でお馴染みの拡声器だ。
俺は茂みからゆっくりと歩み出た。
「お客様。当敷地内での恐喝行為は、固くお断りしております」
営業時代に培った、クレーム対応用の完璧なビジネススマイル。そして、腹の底から響かせる極めて丁寧な声色。
突然現れたスーツ姿の男に、野盗たちは一瞬ビクッと肩を揺らしたが、すぐに嘲笑を浮かべた。
「あぁ? なんだてめえ、ふざけた格好しやがって。怪我したくなかったら――」
男が剣を振り上げた瞬間、俺はLED懐中電灯のスイッチを最大出力で押し込んだ。
一万ルーメンを超える強烈な閃光が、男たちの目を至近距離から直撃する。
「ぎゃあああっ!? 目が、目がぁっ!!」
「な、なんだこの異常な光魔法は!?」
視界を奪われ、パニックに陥って剣を振り回す野盗たち。
すかさず俺はメガホンのスイッチを入れ、サイレン音を数秒鳴らしたあと、最大音量で声を張り上げた。
「――通報により現着! 対象を完全に包囲しました! 自警団の各員、突入準備!」
静かな草原に、機械で増幅された俺のバリトンボイスがビリビリと反響する。総務時代、全社員を避難誘導した時の発声法だ。
見えない大軍に囲まれたと錯覚した男たちは、完全に戦意を喪失した。
だが、一番奥にいたリーダー格の男だけが、目を擦りながらも「ハッタリだろ!」とまだ踏みとどまろうとしている。
俺はポータル画面から【健康診断】のタブを引き出し、その男を視界の中央に捉えた。
すると、男の頭上に空中に浮かぶカルテのようなものが表示された。
「そこの剣を持っているあなた。肝機能がD判定(要再検査)になっていますよ」
「……は?」
「毎晩、粗悪な安酒を煽っているんじゃないですか? そんな数値では、私たちが手を下す前に肝硬変で倒れます。直ちに酒を控え、医療機関を受診することを強くお勧めします」
自分の身体の不調を、見ず知らずの男に数メートル離れた場所から完璧に言い当てられた恐怖。
それが決定打となった。
「ひぃぃぃっ! 心眼持ちの化け物だぁっ!!」
「に、逃げろおおおっ!!」
男たちは蜘蛛の子を散らすように、森の奥へと逃げ去っていった。
(……よし。無血開城、と)
ため息をつきながらメガホンを下ろし、俺は座り込んでいる少女へと歩み寄った。
「大丈夫ですか? お怪我は」
「あ、はい……助けていただき、ありがとうございます……ですわ」
よく見ると、彼女はルナミスデパートのワゴンセールにありそうな小豆色の芋ジャージを着ており、足元は使い込まれた健康サンダルだった。
抱えている木箱には『みかん』と書かれている。銀青色の艶やかな髪や、透き通るような美しい顔立ちと、服装のギャップが凄まじい。
俺は念のため、彼女にも【健康診断】を適用してみた。
【栄養状態:E判定(要指導)】
(E判定って……どんだけ過酷な労働環境にいたんだよ)
「膝、擦りむいていますね。少し沁みますよ」
俺はポータルから【救急箱】を呼び出し、消毒液を含ませたガーゼで彼女の膝の傷を拭い、手早く大判の絆創膏を貼った。
「総務部では、定期的に救命講習と応急手当の研修を受けさせられるんです。安心してください、ちゃんと滅菌済みの備品ですから」
少女は、俺の淀みない手当の鮮やかさに、ぽかんと口を開けて見惚れていた。
「……すごい。魔法も使わずに、こんなに素早く、優しく……」
「それより、お腹空いていませんか?」
ぐぅ〜っ。
俺が尋ねるより早く、彼女の細いお腹から盛大な音が鳴り響いた。
彼女は顔を真っ赤にしてうつむいた。
俺は【社員食堂】のメニューから、ホカホカに蒸し上がった「肉まん」を一つ呼び出し、彼女の手に握らせた。
「どうぞ。私の会社の、福利厚生です」
「い、いただきますわぁーーッ!!」
少女は礼もそこそこに肉まんにかぶりつき、ハムスターのように頬を膨らませて猛烈な勢いで咀嚼を始めた。
よほど空腹だったのだろう。あっという間に完食すると、彼女の翡翠色の瞳からポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「美味しい……こんなに温かくて美味しいもの、久しぶりに食べましたわ……」
そして彼女は、突然地面に膝をつき、ズザーッと俺の足元へスライディング土下座を決めた。
「ありがとうございます! 貴方は……貴方は今日から、私のスポンサー様ですわああ!!」
「は? スポンサー? いや、俺は別に契約書なんて交わしてないけど……」
その瞬間、俺の頭の中に澄んだ電子音が鳴り響いた。
『ピコン』
【契約者が1名追加されました】
(口約束で成立するのかよ、このスキル!?)
呆然とする俺の足にすがりつきながら、少女は顔を上げた。
「申し遅れましたわ。私、リーザ・シーラン・リヴァイアサン。しがないフリーランスの地下アイドルですの!」
アイドル? この芋ジャージで?
ツッコミどころが多すぎて頭が痛くなってきた俺に、リーザはみかん箱を抱え直して立ち上がった。
「命の恩人であるスポンサー様を、一番近くの集落である『ポポロ村』へご案内しますわ! ……村長は、嘘が絶対に通じない恐ろしい人ですけど」
読んでいただきありがとうございます。
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