EP 14
「赤字覚悟の一発」
息を切らせて銀行の裏口を飛び出した俺の肩には、鈍い金属光沢を放つ長大な筒が担がれていた。
ゴルド商会の裏ルートで仕入れられた帝国軍の対魔獣兵器、『魔導誘導バズーカ』だ。
その恐ろしいまでの重量と、それを手に入れるためにニャングルが「赤字覚悟の先行投資や!」と吐き捨てた恩義の重さが、胃痛の止まらない俺の身体にのしかかっていた。
(……絶対に、外すわけにはいかない)
広場へ戻ると、戦況は最悪の一歩手前だった。
「ハァッ……ハァッ……!」
自警団長のマンミアが、パイルバンカー式シールド『アグニ』を構えながら荒い息をついている。強固な盾の表面には無数の傷が刻まれ、彼女のケンタウロスとしての突進力も、死蟷螂のデタラメな硬度と膂力の前に完全に殺されていた。
「マンミアさん! 下がってください!」
俺の怒声にマンミアが横へ飛び退く。
俺はバズーカを肩に構え、血を流して座り込むキャルルと、賽銭箱を抱えて震えるリーザを見据えた。
「これより、対象の排除に向けた『連携作戦』を実行します。各員、自身の役割に専念してください」
「リクト君……!? それは、帝国の……!」
「マンミアさんは遊撃に回り、敵の意識を正面に固定。次にリーザ、お前のその賽銭箱の『吸引』で、奴の素早さを削ぎ落とせ。……村長、いけますか」
俺の問いに、キャルルは痛む太ももを強く押さえ、ふらつきながらも立ち上がった。
「はい。……リクト君の指示なら、必ず」
「敵の装甲をバズーカの熱線誘導で貫くには、一点に亀裂を入れる必要があります。村長はリーザの援護に合わせて、奴の胸部装甲に『顎砕き』を叩き込んでください。……私が、確実に仕留めます」
ロジカルに構築された作戦伝達。
だが、その言葉を発する俺の顔を見た三人は、息を呑んだ。
残業申請の負荷により、俺の目の下には泥のように濃く黒いクマが張り付き、全身から冷や汗が滴り落ちていたからだ。立っているのが不思議なほどの満身創痍。それでも、その瞳だけは一切のブレなく死蟷螂を捉えていた。
「ギチチチチッ……!」
死蟷螂が、再び大鎌を振り上げて突進してくる。
「今だ、リーザ!」
「私のステージを壊した恨み……! そして、五円の重みを知りなさいっ!!」
リーザが泣き叫びながら、古びた木製賽銭箱のスイッチを入れる。
ズゴゴゴォォォッ!!
凄まじい吸引音が広場に響き渡る。物理的な風ではない。死蟷螂の体内に巡るマナと、その『運気』や『敏捷性』といったステータスそのものを、貧乏神の権能が強制的に吸い上げ始めたのだ。
「ギ……ヂ……!?」
音速の身のこなしを誇っていた死蟷螂の動きが、まるで泥沼に足を踏み入れたかのように急激に鈍る。
「マンミアさん!」
「承知したッ! 『メビウス』ッ!!」
マンミアが分銅付きのミスリル鎖を投擲し、動きの鈍った死蟷螂の右腕を絡め取り、ケンタウロスの怪力で大地に縫い留める。
完璧な段取り。完全に出来上がった『隙』。
キャルルが、血を流す足で大地を蹴った。
「これで……決めるッ!」
ルビー色の瞳が鋭く光り、タローマン特注の安全靴に全闘気が集中する。
死蟷螂の懐へ潜り込んだ彼女は、ダブルトンファーで敵の残った左鎌を弾き飛ばし、ガラ空きになった胸部装甲へ向かって、垂直に膝蹴りを突き上げた。
「月影流・顎砕きッ!!」
ゴァァァンッ!!
凄まじい衝撃音が響き、玉鋼のような外殻の中心に、蜘蛛の巣状の深い亀裂が走る。
「撃てぇっ、早川ァ!!」
マンミアの叫びと同時に、俺はバズーカのトリガーを引き絞った。
「……業務終了だ。さっさと退勤しろ」
ドゴォォォォンッ!!
魔石薬莢が炸裂し、砲口から指向性マナの極太の熱線が射出される。
熱線誘導弾頭は、キャルルが穿った胸部の亀裂に吸い込まれるように直撃し、内部から死蟷螂の巨大な身体を完全に蒸発させた。
爆風が吹き荒れ、木々の葉が激しく舞い散る。
「……終わった、か」
俺は肩からバズーカを下ろし、膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。
胃袋の激痛がピークに達している。だが、ここで倒れるわけにはいかない。
爆煙が晴れた広場の中央には、死蟷螂の残骸と……もう一つ、みすぼらしい人影が転がっていた。
「ゲホッ、ゴホッ……! た、助かった……」
煤だらけになって咳き込んでいるのは、あのサメジマ・サロンのチンピラだった。死蟷螂に真っ二つにされたかと思いきや、悪運強く飲み込まれずに済んだらしい。
男は俺の姿を見ると、ヒィッと短い悲鳴を上げて後ずさった。
「お、俺は悪くねえ! サロンの情報が間違ってただけで……!」
俺は無言のまま歩み寄り、冷たい目で見下ろした。
そこに、キセルを吹かしたニャングルがゆっくりと近づいてくる。
「リクトはん、お疲れさん。……で、この村の封印を解いて、広場を半壊させたこのアホは、どない落とし前つけさせるんや? ウチの銀行も、危うく潰されるとこやったで」
「そうですね。損害賠償と不法侵入、器物損壊。……支店長、法的な『最適な処分先』はありますか」
俺が極めて事務的に尋ねると、ニャングルはニヤリと残酷な商人の笑みを浮かべた。
「せやな。シーラン国直行の『マグローザ漁船』がええやろ。船内通貨はケツフキ紙同然、生還率五割の海の地獄や。こいつの人生まるごと担保にして、そこで村の損害分を稼いでもらうで」
「ま、待ってくれ! それだけは勘弁して……!」
「警備隊、連れて行け。即日出荷や」
ニャングルの合図で、駆けつけた自警団員たちが男を引きずって連行していく。村の治安を乱した小悪党には、それにふさわしいブラック労働が待っている。
俺は大きく息を吐き出し、ポータル画面を開いて【残業申請】の解除を行った。
途端に、首を絞めつけていたような肩こりと胃痛がスゥッと引き、視界がクリアになる。
「……お疲れ様でした、皆さん」
怪我を押して立ち上がったキャルルと、賽銭箱を抱きしめたまま呆然としているリーザに声をかける。
夜が明け始めていた。
ポポロ山の向こうから、眩しい朝日が昇ってくる。
地下シェルターから、恐る恐る顔を出した村民たちが、広場の光景を見て息を呑んだ。
巨大な魔獣の残骸と、バズーカの筒を肩に担いで立つ、黒スーツの男。
そして、彼を中心に無事な姿を見せる村長と自警団長。
「おおお……!」
誰からともなく、歓声が上がった。
そして、広場に集まってきた村民たちが、俺に向かって一斉に、深々と頭を下げたのだ。
その光景に、俺はバズーカの空の筒を肩に担ぎ直しながら、静かに息を吐いた。




