07.死
「響くん、今日はどこまわる?」
落花が転校してきてから1週間。
僕たちは毎日、放課後の学校を歩き回っていた。
…というか、連れ回されていた。
先に帰ろうとしても、捨てられた子猫のような音で引き留められる。
振り払うわけにもいかず、帰ったところで何も出来ないため渋々付き合っていた。
「好きにしなよ」
帰りのホームルームが終わり、ガタガタと席を立つ音とガヤガヤとした雑談の音を聞いていると、当たり前のように隣から声をかけられた。
もうどうにでもなーれ!
の精神なため、おざなりな返事をする。それでも、落花は嬉しそうだった。
「じゃあ、今日は旧校舎ね」
そう言った落花は僕の手首を掴んで立たせると、問答無用に引っ張っていく。
少しため息をついて、大人しく着いていくと、後ろの方でクラスメイトたちがコソコソと話しているのが耳に入った。
困惑と疑問の音。
そして、心配の音。
その全てをまるっと無視して、僕たちは旧校舎へと向かった。
旧校舎と言われているが、使われていないわけではない。
この校舎は2階建てで、1年生の教室が2つと、第1配膳室、第1図書室と第1保健室、家庭科室が1階に。
残りの1年生の教室が2つと、美術室、音楽室、理科室と各準備室が2階にある。
自分たちの教室がある新校舎とは、2階の渡り廊下で繋がっていて、自由に行き来できる。
が、学校のルールとして用事がない時は別の学年の教室へは行けないため、授業の移動教室の時にしか訪れない。
「なんかあれだよね
普通だと、旧校舎とかって封鎖されてたり使われてなかったりするのに、この学校は普通に使われてるよね」
「そういうのって、漫画とかアニメの話でしょ?」
「見たことあるの?」
「前にね」
墓穴を掘った気がするけど、落花は言及してこなかった。
この学校は、そんな漫画やアニメとは違い、旧校舎も普通に使われているから意外と綺麗だと思う。見えないけど。
旧校舎の2階にある音楽室からは、吹奏楽の練習の音が聞こえてくる。
それに混じって、死者の声が響く。重く苦しい音に息が詰まるようだった。
「歌ってるの、かな?」
「練習が辛くて泣いてるだけ」
落花には、歌に聞こえるようだったが、僕の耳には時々嗚咽も聞こえていた。
昔から吹奏楽部は、全国コンクールにも出場するほどの実力だという。だから、練習が厳しいという。
クラスメイトの吹部の人たちが言っていたのを聞いたことがある。
「泣いてる…?この音が?」
困惑している落花を置いて、進んでいく。
この学校は旧校舎と新校舎が、向かい合うようなコの字型になっていて、2つの校舎を渡り廊下が繋いでいる。
体育館は別の渡り廊下で行けるようになっている。
端まで来ると、渡り廊下から新校舎が見える。
「2階しか歩いてないけど、何人いた?」
「えっと、音楽室に1人、美術室に2人、準備室は見えないからわからなかったけど、理科室に居なくて、空き教室に1人、1年3組と4組に1人ずつ!全員で6人!」
元気が良いのは大変結構だが…
「5人ね」
「え、1人生きてた…?」
「本当に見分けられないよね」
「面目ない…」
「いつか殺人を犯しそう」
「しないけど!?」
見えていたら、心外ですという顔でもしていたのだろうか?
何はともあれ、生者と死者の区別はついてもらわないと困る。
「君さ…」
「千鶴ね」
「君…」
「千鶴」
「…落花はさ、まずは生者との対話が必要だと思う」
「まぁ、良いです
…うぐっ、私もそれは分かってるけど、なんか、話しかけづらい」
前に名前を呼んだら面倒くさかったから、『君』と称したのに、それが気に食わなかったのか千鶴呼びに訂正された。
だが、変えてやるのも癪なので苗字呼びにした。
それでも嬉しそうなのは、なんなのだろうか?
そして、バツが悪そうな音を出しながら反論してくる。
「何を話せばいいと言うの?てか、友達ってどうやって作るの?」
「僕に聞かないで」
「響くんも友達居ないもんね」
「居ないんじゃなくて、作らないだけ」
「同じでしょ?」
別に僕は落花のように、人付き合いが苦手という訳では無い。
必要ないからしないだけだ。
心の中で言い訳をつらつらと並べていると、落花が近づいてきたのがわかった。
「それでさ、どこの人が生きてた?」
「空き教室」
「うっそでしょ?え、あの、やばい人だったよ?」
空き教室にいたのは、女の子。
多分1年生だと思うが、定かではない。
その子はたった1人でブツブツと呪詛のように誰かの名前を呟いていた。確か、同級生の名前だった気がするけど、クラスメイトでは無いので確実には覚えてはいない。
…確かに傍から見たらやばい人だし、死者と間違えるのも無理はない…かもしれない。
「ただのやばい生者だよ」
「あれ、本当に大丈夫なやつ?下手すると、呪いとかになりかねないけど…」
「それは、君の仕事じゃない?」
「…あ、確かに?え、話しかけないといけないの?いきなりで変に思われない?」
「…呪いになるとどうなるの?」
「種類にもよるね
あれは、なんか、生き霊を飛ばすようになりそう」
『生き霊』
生きている人間の強い執着や嫉妬、恨みの念が、肉体から離れて相手に悪影響を及ぼす現象のこと…
「だよね?」
「合ってるよ。生き霊は払うのが大変なんだよね」
うんざりした声で言う落花に、少なからず関心を持てた。
こういう所は、祓い屋っぽい。
「ぽいって、祓い屋ですけど〜?」
声に出ていたらしい。
だが普段の言動を見ると、そうは見えないのが現実だ。
思わず肩をすくめると、不貞腐れたような声を出した。
「もう、酷い!
まぁいいや、どうにかしまーす!」
そう宣言した落花は、見つけた5人の死者を祓いに行くようだ。
黙って後ろからついて行き、その様子を眺めることにした。
多少のやり取りは違うけど、ここ1週間の僕たちの行動はこんな感じだった。




