06.音が聞こえる
音が聞こえる
いつも通りの日常の音。
校門前では、いつものように生活指導の先生の声に混じって、死者の声が聞こえる。
重く暗い声で、生前のように挨拶をしている。
おはよ…
おはよぉ…
誰もその声に返事はしない。
聞こえてないのだから、当たり前だ。
たわいもない話の中に、混ざる死者たちは何を思っているのだろうか?
誰も見つけてくれないのに、誰も答えてくれないのに、いつまでそうしているつもりなのだろうか。
教室に入ると、クラスメイトたちが話している。
昨日のテレビだったり、ネットの話だったり推しの話だったり…
それに混じって楽しそうにする死者。キャッキャッと、高い声で笑っている。
その声を聞きつつ、いつもの席に座り、ただ耳を澄ませているだけ。
誰とも話さず、ただ生者と死者の声を聞いている。
「おはよう、響くん」
そんな日常に入り込んできた奴がいる。
今日も、ピンと張った糸を弾いた時のように、真っ直ぐ突き抜けるような音をしていた。
その声に反応せず、黙っていると追い打ちをかけるかのように話しかけてくる。
「ねぇ、今日はこの教室に何人くらい居る?」
周りには聞こえないように、小さな声で問いかけるのに対し、小さく「4」とだけ答えた
極力関わるなよオーラを出しているはずなのだが、落花には全く効果がないらしい。グイグイ来る。
「4?え、そんなに居るのかぁ…
うーん、教室前のグループに1人と、後ろの隅に1人いるのはわかったけど、あとの2人どこ?」
祓い屋なのに、死者が分からないなんて致命的だ。
それを隠そうともせず聞いてくるのには好感は持てるが、誰もいない時にして欲しい。
ほら、その教室前のグループがヒソヒソとした話し声に変わってしまった。
「…教壇と天井」
「天井?……うわ…」
不思議そうな声の後に驚愕の声。
天井に居た死者は声を出していないが、存在感がすごいのだ。天井からジッと見つめてくる。
その視線が痛い…
見えないからいいけど、見えたら嫌なタイプの死者だ。
これが分からないなんて、どれだけ鈍感なのだろうか…
「本当に気づかなかったの?」
「うん、お恥ずかしながら…
この死者の視線より、クラスメイトの視線の方が刺さる」
「話しかけてみれば?」
「…むり」
蚊の鳴くような声だった。
ゴン、と机にぶつかる音がした後に、ブツブツと呟き声が聞こえる。
「むり、なんて話しかけるの?おはようって?昨日の今日で?どう考えても変な人じゃん。どうしろと言うの」
「この状況も変な人だよ」
「響くん、正論パンチやめて」
「てか、ぶつけなかった?変な音したよ」
「…おでこぶつけた、普通に痛い」
「馬鹿だ…」
「酷い」
シクシクと声に出しながら泣き真似をしているらしい。見えてないから本当に泣いてても分からない。でもこれは泣いてない。時々笑い声が混じっているから。
「笑ってるじゃん」
「泣いてます」
いつもの日常に入り込んできた、変な奴。
どう考えても異音でしかないのに、そこまで苦でもない。
誰かと話すことも、誰かの話を聞くことも、新鮮だった。
「ねぇ、今すぐ祓った方がいい?特に天井の」
「聞かないでよ」
「いや、天井のは自覚すると凄いね。これで授業は無理かも」
「死者にも生者にも見られながら授業受けるの?」
「あ、無理
祓います」
どうやるのだろうか?
ほんとうに見えないことが悔やまれる。
クラスメイトがいる中で祓うなんて、随分と思い切りがいいなと思った。けれど口にしない。言えば、面倒なことになりそうだから。
机にコン、と何かがぶつかる音がした。
「大丈夫」
独り言のように呟いた声は、優しくそれでいて硬かった。
パラパラと言う音の後に静寂…
教室内に聞こえていた死者の声は無くなった。視線も消えた。
グループに入って笑っていた声も無くなった。
「どうか、安らかに」
教室の後ろ。窓側の席。
1人の少女が、死者を祓う。
優しく暖かな声で祓われる。
祓われた後は、どこに行くのだろうか?
教室内には、クラスメイトたちの声が響いている。
生者の、生きてる音が聞こえる。
死者の音は、聞こえない。
これが本来の姿。当たり前の日常。
このお話を小説にするのなら、なんて題名だろうか。
主人公はきっと、落花 千鶴。
僕はモブAくらいにはなりたいかもしれない。
そのくらい、非日常だ。
「ね、今日の帰りも付き合って」
「祓い屋なんだから、自分で何とかしてよ」
「未熟でごめんね、助けて欲しいな」
「この学校全域は、数日じゃ無理だよ」
「だからこそ、響くんの出番でしょ?」
「勝手に決めるな」
「えへ、ごめーん」
昨日出会って、お互いの秘密を言っただけ。
ただそれだけなのに、どうしてこうグイグイ来るのだろうか。
その積極性を、他の人にも向ければいいのに。
だけど、不思議と悪い気はしなかった。
何故なのだろうか?
その答えを、僕はまだ持ってなかった。




