36.生者の音と死者
「と、いうわけで! 凪ちゃんと、朔ちゃんと、望ちゃんと、澪くんです!」
「何がというわけなの?」
ハイテンション千鶴と、困惑している響。
そして、千鶴に連れてこられた凪たちは、放課後、4階の空き教室に集まっていた。
昨日、千鶴から打ち明けられたことは、凪たちにとって、自身の常識を覆すようなことだっただろう。だが、頭から否定せず、こうして響と対面していることは、奇跡としか言いようがない。
「えっと、そこに居るの?」
「分かってたけど、見えないね」
「ん〜? 私はぼんやり見える、かも? 望は?」
「……見えてる」
双子のまさかのカミングアウトに驚いたのは、千鶴だった。
「え!? 2人とも見えてるの!?」
「あは〜、実はちょい霊感はあるんだよね〜」
「千鶴ちゃん、気づいてなかったの?」
「いや、気づいてました」
「気づいてたんかい!」
朔の鋭いツッコミが教室内に響き渡る。千鶴が笑うのに合わせて、みんなが笑っていた。
それを、響は一歩後ろで見ていた。千鶴たちの中に入れず、どうしたらよいかわからないようだった。
それに先に気づいたのは、千鶴ではなく望。チラリと響を見たあと、朔を見てからまた響を見る。望は響に向かって、小さく手招いた。だが、残念なことに響は目が見えない。手招きされたところで、気づけるはずがなかった。
「……こっち、来て」
それを思い出した望は、声をかける。思ったよりも声が響き、望は肩を震わせるが気にした素振りはなかった。
一方、響は一瞬、自分が呼ばれたことに気づかなかった。声は確かに届いていた。だが、それは響自身に向けられた言葉なのか、それとも別の誰かへの言葉なのか、判断できなかったのだ。
「音無、響くん……こっち、来て」
望がもう一度呼ぶ。今度は、響の名前を。
「おいでおいで〜」
「響くん、こっち!」
朔と千鶴も、響を呼ぶ。
見えない二人は、どこに呼びかければいいのか分からず、ただ千鶴と双子の視線の先を見ていた。
響は数秒迷ってから近づいた。
わざと足音を立てて……
「え、足音?」
「どこから……もしかして、響くん?」
静かに歩くことも可能だったはずなのにも関わらず、足音を出して歩いた。それは、見えない二人に手っ取り早く認識させるため。音が聞こえれば、そこに居るということは伝わるだろうと響が考えた結果だった。
響の狙い通り、凪と澪は足音の位置から、響がどこにいるのかを認識できた。姿は一切見えないが、そこにいるということも。
「さて、どうしよう?」
「見切り発車しないで……」
千鶴の言葉に、呆れた声を出す響。それを通訳するのは望だった。朔は、響の姿こそぼんやり見えているものの、声は水の中で聞いているようにしか聞こえていなかった。
通訳で、二人の会話を聞いた朔は、ケラケラ笑っている。
「あのさ、文字とか書ける?」
「あ、それなら私たちも会話しやすいかも」
「おぉ〜! なるほど! 響くん、いかがでしょうか!」
「……書いたことないから、書けるかわからないよ」
「いいよいいよ! やってみよ!」
澪の提案で、筆談を試してみることになった。
響の手に持たされたペンは、凪や澪の目から見ればまるで宙に浮いているようだった。
「これ、書けてる?」
響は書いた文字を指さし、千鶴に聞く。だが、千鶴の反応は微妙なものだった。
「書けてはいるけど……」
「……見えないから仕方ないよね。書ける時の感覚で書いても、バランスとか見えないから」
千鶴の微妙な反応に、響は拗ねたように返す。
何が起こっているか分からない凪たちは、望に通訳を頼む。二人の会話を聞いた凪たちは、くすくすと笑い始めた。響の拗ね方が、完全に子供のようだったからだ。その声を聞いた響は、ますます拗ねてしまった。
「……別に読めるでしょ」
「わー! 拗ねないで響くん! ね?」
「私が書こうか?」
千鶴が拗ねた響の機嫌を取っていると、望がそんな提案をした。
その言葉に、朔は珍しいものを見るような目で望を見つめていた。
「望ちゃん、いいの?」
「別に書けるし……」
「見えないまま書くのは大変だろうから、書いてあげる」
響の手からペンを抜き取り、自分の方に紙を向け、響の言葉を書き始めた。
サラサラと紙とペンが擦れる音を聞きながら、響は小さく「ありがとう」と呟き、それを聞いた望は「どういたしまして」と返した。
会話は思いのほかスムーズに行われた。
大体の話の主導権を握っていたのは千鶴だったが、そのおかげもあり響と凪たちの会話は盛り上がった。
何が好きか?
どんなことをしたかったか?
死者になるって、どんな感じなのか?
澪は、知りたいことが多いのか、次々と質問を投げかけていた。それでも、響は嫌な気持ちにはならず丁寧に答えている。たまに言葉が足りないところは、千鶴が補足したり、望が勝手に付け足したりしていた。
響も響で、凪たちに色々質問をしていた。主に、1年生の頃の話を。
響が生きていれば経験していたはずの楽しい思い出を、凪たちは語った。
途中、響は複雑そうな顔をしていたが、千鶴の少しズレた感想で、その場の空気が一変し、笑いに変わった。
響も、珍しく笑顔だった。
ほんのひととき、響が望んだ『友達』が出来た。




