03.音が聞
落花は、その後話しかけては来なかった。
だが、こちらをチラチラ伺うような音は聞こえていた。聞こえていて、放置して無視していた。
関わりたいとは思わなかった。ただ、気にはなった。死者と会話したのだ。生きていない死んだものと会話をした。
それが自然なことのように、なんの違和感もなく返事をした。
そんなことをしても、意味などないのに、きちんと会話が出来るわけでも無いのに……
そんなことを考えている最中に、放課後になった。
どこにいくー?
しゅくだいやだー!
そんな声が至る所から聞こえる。
早く部活に行こうと話す声、この後一緒に買い物しないかという声、宿題多いねという声など、色々な声を聞きながら、ボーッとしていた。
ガタッと、隣から音が聞こえた。
落花が席を立ったようだった。
だが、動く音がしない。どうしようか迷っているような音だけが聞こえる。
「ねぇ…!あの、その…」
要領得ない言葉が聞こえる。話しかけたいのだろう。だが、どう切り出せばいいのか分からないようだった。
「君は、帰らないの…?」
恐る恐ると言ったような、小さな声で問いかけられる。
答えるべきか、答えなければずっとこのままなような気がした。
「…帰るよ」
「あ、じゃあ、私と一緒に…!」
帰ろう
と言おうとしたのだろう。だがその言葉が音になるよりも前に、天井から音が聞こえた。
重い、何かが落ちる音。
そして、それを引きずるような音。
まるで近くで鳴ったかのように、鮮明に聞こえた。
「私…その、ごめん」
そんな言葉の後に、タッタッタッ、と、走る音が聞こえた。ガラリと扉が開けられ、遠ざかって行く音をただ聞いていた。
彼女は何に対して謝ったのだろうか?
そんな疑問が残った。
一緒に帰れなかったことだろうか?それについては問題ない。まだ一緒に帰るなんて返事していないのだから。
会話を中断して居なくなることだろうか?それについても問題ない。会話という会話をしていないから。
ならば何故、あんな悲しい音をしていたのだろうか?
この上から聞こえる音の元へ行けば、何かわかるのだろうか?
数秒間、思いを巡らせてから席を立った。
まるで見えているかのような動作で、扉まで行き、廊下へ出る。
落花が開けっ放しにした扉を、ゆっくり閉めてから音の元へ歩き出した。
上階は、驚くほど静かだった。
放課後ということもあり、人が少ないのだろう。それにしても静かな音が広がった。
自分の足音だけが、廊下に響き渡る。
その合間に、引き摺るような音。
何かを食べるような音。
笑い声、叫び声、泣き声、鳴き声…
様々な音が飛び交っている。静かだが、とても騒がしかった。
先程までいた教室の真上の教室に辿り着く。下の階で聞こえた音がまるで嘘だったのかのように聞こえない。
ゆっくり扉を開く。中にいるであろう落花にバレたくなかったから。
「…………丈夫だよ」
落花の声が微かに聞こえた。もう一歩扉に近ずき耳をすます。
「今、還してあげるね」
凛とした声だった。教室で聞いたような音じゃない。金属と金属がぶつかった時のような、硬く、それでいて鋭い音。
そして、花火が打ち上がったあとのパラパラと言う、寂しいような優しい音が聞こえたあと、静寂が訪れた。
「どうか、安らかに」
今だけは、目が見えないことを悔やんだ。
見たかった、何が起こったのか。
知りたかった、何をしたのか。
音だけじゃなくて、目で見て確かめたかった。
そんな気持ちが早ったのか、ガタン、と音を出してしまった。
落花が、こちらを振り向く音が聞こえた。
「え、あ、なんで…?」
落花も見られてるとは思わなかっただろう。
困惑した声が聞こえた。
覗き見をしていたのは事実だ。それを誤魔化すことは出来ない。だから、正直に謝った。
「ごめん、気になったから着いてきた」
「つ、着いてきちゃった、の…」
「君が何やってたかは、見てない」
「ほ、ほんと!?」
「見てないけど、聞いてた」
「え、聞いて…?それは、え…?」
余計に困らせたらしい。
見てないなら…とか、いやでも聞いてたって…とか、ブツブツと自分の世界に入ってしまった。
その間に帰ろうとしたけど、それは流石に不誠実過ぎて止めた。
代わりに、教室の中に入り、落花の前に立つ。
未だにブツブツと呟いている言葉を聞きながら教室内の音を探す。
とても静かだ。
聞こえるはずのない音が一切しない。
窓も閉まっているから、外の音も聞こえない。
落花の声と息遣い、心音、布と布が擦れる僅かな音だけが、聞こえていた。
「ねぇ?」
「…?え、わ、わぁ!?」
目の前に立たれていたことにも気づかなかったようで、驚きの声と後ろに下がる音が聞こえた。
「さっきの、何?」
「な、何って何?」
「パラパラって音がした。花火が終わった時の音みたいな感じの。それから静寂になった。君は、何?ここに居たヤツに何をしたの?」
息を飲む音が聞こえた。目が見えていれば、落花の目が目一杯開かれていたことだろう。
数秒の間、落花からは迷った音が聞こえていた。
言うか言わまいか…
「………いいや」
「……え?」
「言いたくないならいいや。勝手に覗いてごめん」
興味はあった。だが、わざわざ言いたくないことを掘り出そうとは思わなかった。
だから、踵を返して帰ろうとした時、"腕を掴まれた"事に驚いた。
「ま、待って!」
ゆっくり振り向く。
「なに?」
「…私、私……!あのね…」
祓い屋なの…
絞り出した声は、どこか苦しそうだった。




