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生者の音と死者の音  作者: 狐久里 あみ
音が聞こえる
3/33

03.音が聞

落花は、その後話しかけては来なかった。

 だが、こちらをチラチラ伺うような音は聞こえていた。聞こえていて、放置して無視していた。

 関わりたいとは思わなかった。ただ、気にはなった。死者と会話したのだ。生きていない死んだものと会話をした。

 それが自然なことのように、なんの違和感もなく返事をした。


 そんなことをしても、意味などないのに、きちんと会話が出来るわけでも無いのに……


 そんなことを考えている最中に、放課後になった。


 どこにいくー?


 しゅくだいやだー!


 そんな声が至る所から聞こえる。

 早く部活に行こうと話す声、この後一緒に買い物しないかという声、宿題多いねという声など、色々な声を聞きながら、ボーッとしていた。


 ガタッと、隣から音が聞こえた。

 落花が席を立ったようだった。

 だが、動く音がしない。どうしようか迷っているような音だけが聞こえる。


「ねぇ…!あの、その…」


 要領得ない言葉が聞こえる。話しかけたいのだろう。だが、どう切り出せばいいのか分からないようだった。


「君は、帰らないの…?」


 恐る恐ると言ったような、小さな声で問いかけられる。

 答えるべきか、答えなければずっとこのままなような気がした。


「…帰るよ」


「あ、じゃあ、私と一緒に…!」


 帰ろう


 と言おうとしたのだろう。だがその言葉が音になるよりも前に、天井から音が聞こえた。

 重い、何かが落ちる音。

 そして、それを引きずるような音。

 まるで近くで鳴ったかのように、鮮明に聞こえた。


「私…その、ごめん」


 そんな言葉の後に、タッタッタッ、と、走る音が聞こえた。ガラリと扉が開けられ、遠ざかって行く音をただ聞いていた。


 彼女は何に対して謝ったのだろうか?

 そんな疑問が残った。

 

 一緒に帰れなかったことだろうか?それについては問題ない。まだ一緒に帰るなんて返事していないのだから。

 

 会話を中断して居なくなることだろうか?それについても問題ない。会話という会話をしていないから。


 ならば何故、あんな悲しい音をしていたのだろうか?

 この上から聞こえる音の元へ行けば、何かわかるのだろうか?


 数秒間、思いを巡らせてから席を立った。

 まるで見えているかのような動作で、扉まで行き、廊下へ出る。

 落花が開けっ放しにした扉を、ゆっくり閉めてから音の元へ歩き出した。


 上階は、驚くほど静かだった。

 放課後ということもあり、人が少ないのだろう。それにしても静かな音が広がった。


 自分の足音だけが、廊下に響き渡る。

 その合間に、引き摺るような音。

 何かを食べるような音。

 笑い声、叫び声、泣き声、鳴き声…

 様々な音が飛び交っている。静かだが、とても騒がしかった。


 先程までいた教室の真上の教室に辿り着く。下の階で聞こえた音がまるで嘘だったのかのように聞こえない。

 ゆっくり扉を開く。中にいるであろう落花にバレたくなかったから。


「…………丈夫だよ」


 落花の声が微かに聞こえた。もう一歩扉に近ずき耳をすます。


「今、還してあげるね」


 凛とした声だった。教室で聞いたような音じゃない。金属と金属がぶつかった時のような、硬く、それでいて鋭い音。

 そして、花火が打ち上がったあとのパラパラと言う、寂しいような優しい音が聞こえたあと、静寂が訪れた。


「どうか、安らかに」


 今だけは、目が見えないことを悔やんだ。

 見たかった、何が起こったのか。

 知りたかった、何をしたのか。

 音だけじゃなくて、目で見て確かめたかった。


 そんな気持ちが早ったのか、ガタン、と音を出してしまった。

 落花が、こちらを振り向く音が聞こえた。


「え、あ、なんで…?」


 落花も見られてるとは思わなかっただろう。

 困惑した声が聞こえた。

 覗き見をしていたのは事実だ。それを誤魔化すことは出来ない。だから、正直に謝った。


「ごめん、気になったから着いてきた」


「つ、着いてきちゃった、の…」


「君が何やってたかは、見てない」


「ほ、ほんと!?」


「見てないけど、聞いてた」


「え、聞いて…?それは、え…?」


 余計に困らせたらしい。

 見てないなら…とか、いやでも聞いてたって…とか、ブツブツと自分の世界に入ってしまった。

 その間に帰ろうとしたけど、それは流石に不誠実過ぎて止めた。

 代わりに、教室の中に入り、落花の前に立つ。

 未だにブツブツと呟いている言葉を聞きながら教室内の音を探す。


 とても静かだ。


 聞こえるはずのない音が一切しない。

 窓も閉まっているから、外の音も聞こえない。

 落花の声と息遣い、心音、布と布が擦れる僅かな音だけが、聞こえていた。


「ねぇ?」


「…?え、わ、わぁ!?」


 目の前に立たれていたことにも気づかなかったようで、驚きの声と後ろに下がる音が聞こえた。


「さっきの、何?」


「な、何って何?」


「パラパラって音がした。花火が終わった時の音みたいな感じの。それから静寂になった。君は、何?ここに居たヤツに何をしたの?」


 息を飲む音が聞こえた。目が見えていれば、落花の目が目一杯開かれていたことだろう。

 数秒の間、落花からは迷った音が聞こえていた。

 言うか言わまいか…


「………いいや」


「……え?」


「言いたくないならいいや。勝手に覗いてごめん」


 興味はあった。だが、わざわざ言いたくないことを掘り出そうとは思わなかった。

 だから、踵を返して帰ろうとした時、"腕を掴まれた"事に驚いた。


「ま、待って!」


 ゆっくり振り向く。

 

「なに?」


「…私、私……!あのね…」


 祓い屋なの…


 絞り出した声は、どこか苦しそうだった。

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