02.音が
転校生という存在は、珍しい。そして、やってきたのが己のクラスならばみんな我先にと転校生の元へ駆け寄ってくる。
何処から来たのか、何が趣味か、何部に入る予定なのか、次から次へと質問が飛んでいる。
その当の本人は、困ったような音をしている。困惑、戸惑い、警戒…どれを取っても、その音は妥当だろう。そして時折聞こえるクラスメイトでは無い声。
ウーッと低く唸るような声が響いている。まるで威嚇するような声。その合間に囁かれる言葉。
姿は見えない。見ることは出来ない。目が見えないのだから、音しか頼れない世界なのだから。それも当たり前だ。それでも、そこにいることだけは分かった。
ウーッ……
ねぇ…
ヴーッ……ウーッ……
どこから…
ウーッ……ヴッ…
死者の声がピタリと音が止むのと同時に、バンッと机を叩く音が教室に響き渡った。音の発生源は、隣の席。先程までガヤガヤとしていた教室も、今は静まり返っている。
多分、全員の目が落花 千鶴へ向いているのだろうと、安易に想像が出来た。
「…あ、ご、ごめんなさい!あの、その、違くて!悪気はなくて、なんて言うか…」
などと、支離滅裂な言い訳をしているのが聞こえてきた。話しかけていた連中は不審に思ったのか、ゆっくり離れていくのを音で感じていた。
「あ…」
小さな声が漏れ、力なく椅子に座った音が聞こえた。
泣くかと思ったら、意外にも泣かなかった。だが、反省と後悔が渦巻いているのだろう。
ねぇ……
ねぇ…
きこえてる…?
「うるさいよ…」
強い言葉なのに、優しい音だった。
その後、数秒もしないうちに死者の声が消えた。
何事もなく授業が進む。
見えないから、ただ聞いているだけ。
隣から、ペンと紙が擦れる音が聞こえる。時折、何かを悩むように唸る声が聞こえるが、落花の声ではない。似ているが違う。落花の声は、もっと澄んでいた。
う〜ん…?
「うるさ…」
ボソリと口に出してしまった。
「え、わ、私?ごめんね?」
返事が返ってくるとは思わず、驚いてしまう。
小さな声でなんの事かも分からず謝ってくるが、返事はしなかった。
う〜ん…?
また聞こえた。何に悩んでいるかは分からないが、うるさい。
今度は声に出さないように、心の中に留めておく。
「ねぇ、何がうるさかった?」
無視しているのにお構い無しに声をかけてくる。
端の席ではあるが、声を出してたら先生に怒られるぞ、と思ったが言わない。
う〜ん…?
「独り言、言ってたかな…?」
独り言を言ってるのは、その死者だが分かるわけもない。
う〜ん…?
顔を窓の方へ移す。外の音を聞いて無視していると、
「あ、私じゃなくて、こっちか」
合点がいったというように、小さな呟きが聞こえた。
もう、悩むような死者の声は聞こえなかった。
「ねぇ、君も見えてるの?というか、聞こえてる?」
授業が終わり、昼休み。
クラスメイトたちは、思いも思いに席をくっつけて昼食を取っている。
ガタガタという音。
騒がしい声。
相手のお弁当を羨む声。
その中に、混じる死者の声。
たべる…?
おいしそー…!
真似するかのように重なり響く声。
その声をかき消すかのように、落花が話しかけてくる。
残念ながら、朝の出来事で避けられてしまったらしい。1人、隣で弁当の蓋を開ける音が聞こえた。
箸を持つ時のカチャッという、プラスチック特有の音。
咀嚼音や、弁当の底に箸が当たる音。
そして、小さな音量で問いかけられる。多分だが、知られたくないのだろう。だが、隠しきれない期待の音。
「見えてないもんね。じゃあ、多分聞こえてるだけ?」
本当にお構い無しに話しかけてくる。反応を待っているというよりは、自分の中で整理しているだけという感覚に近しいようだった。
「…私も、聞こえてるし見えてるよ」
硬い音になった。糸を上手く弾けなくて、失敗した時のような硬い音。
「ねぇ、どこまで聞こえてるの?さっき、なんでうるさいって言ったの?そんなに大きな声じゃなかったのに、他のは聞こえてるの?」
次第にヒートアップしたのだろう。質問が止まらない。
だが、周りを見た方がいい。先程までよりも声が大きくなっているせいで、こちらを見てヒソヒソと話してるのが耳に入った。
「ねぇ、私…!」
「周り、見なよ」
たった一言、その一言で落花は固まった。きっと、言われた通り周りを見たんだろう。見えないから分からないが、教室にいた全員が落花を見ていたはずだ。
「あ…」
朝とは違い、羞恥の音だった。
静まり返っていた教室は、数秒で騒がしさを取り戻した。
気になることがあっても、それはたった一瞬だけ。すぐに忘れて別の話題に移行する。
気にしなくてもいいのに、落花の心音はドクドクと音を鳴らしていた。
だいじょーぶ…?
「…大丈夫、ありがとう」
バッ、と落花の方を見てしまった。
(死者と会話したのか…?)
優しい声だった。死者の声も落花の声も、優しい音をしていた。




