29.生者の音は光に似ている
今日から1週間、午前授業でテスト期間。私は朝から項垂れていた。
何故か? それは響くんが居ないから!
テストの時、響くんはみんなと一緒に受けることができないらしく、別室登校なのだという。
そのせいで、テスト期間中は教室に来ることがない。すなわち会うことができない!
騙し討ちのように名前呼びになってくれた途端、この仕打ちとは何たることか。私が何をしたというのだ! と叫んでも、特に変わることは無いため、心の中に留めておく。
だが、いいこともある。
テストが終わって、5教科の点数が500点満点なら、響くんがご褒美をくれるらしい。取れる自信はある。だから、何をお願いしようか、テスト開始前からワクワクしていた。
「千鶴ちゃんさ、なんでそんなに楽しそうなの? テストだよ?」
「テストだから楽しみなんだよ?」
「いや、分かんないわ〜」
「私も、テストはいやかな」
「え〜? テスト楽しいじゃん。なんか、己との戦い! みたいな感じで」
「どういうこと?」
どれだけワクワクしていたんだろう? 双子に恐ろしいものを見る目をされていた。
そこまでいやだろうか? いや、確かに見られながらのテストは苦痛だけど、ただのペーパーテスト。過去の自分の勉強を信じて解くだけではないか。と思い言うが、理解されなかった。二人同時に首を傾げ、疑問の声をあげていた。
「いや、分かる」
そこに同意の声をかけたのは、澪くん。さすが、学年首席だけある。
「勉強してれば良いだけだからな」
「その勉強が無理なんだって〜」
「暗記は無理」
「暗記は歌にしちゃえば覚えやすいよ!」
「それは千鶴さんだけだと思う」
画期的な覚え方を教えたのに、澪くんに否定され、双子はそれに同意するかのように頷いている。全く解せない。
でも、たまに覚えるために歌っていたのを聞いた響くんも、なんとも言えない顔で見ていたから、本当にこの覚え方をしているのは、私だけなのかもしれない。
テスト1日目と2日目は、共通教科。すなわち、5教科となる。
特に危な気なく書けたと思うけど、国語の最後の記述が心配すぎる。問題文が『あなたの最愛の人に、最後に伝えたい言葉は何ですか? また、何故それを伝えたいのですか? 原稿用紙、半分以上書きなさい』って、なんでこんな問題にした! 全く予想出来なかった。
澪くんや凪ちゃんに聞いたところ、こういう問題は毎回あるとのこと。前のテストの時は、『宇宙人に遭遇しました。初めてする会話は何ですか? また、なぜその会話を選びましたか? 原稿用紙、半分以上書きなさい』だったらしい。どうして?
ほかの教科も問題なく終わり、とうとう最終日。
と言っても、私が取ってる授業のテストはもう全て終わっているので、全てのテストの自己採点と、他の勉強をしているだけ。
「千鶴ちゃん、一緒に自己採点しよ?」
「凪ちゃん! もちろん!」
同じく、全てのテストが終わっている凪ちゃんと机を合わせて、一つ一つ教科書片手に採点していく。記述のところはお互いに確認する。
自己採点では満点だった。これで下手なミスがなければ、響くんからご褒美が貰える! と、ワクワク顔で変な笑い声が漏れてしまった。
「千鶴ちゃん、ご機嫌だね」
「え、そうかな〜? ちょっと放課後が楽しみで!」
「放課後? どこか行くの?」
「うん! やっと会えるんだ! 1週間長かった〜!」
そう言いながら伸びをする私を、凪ちゃんは不思議そうな顔で、見つめていた。
「? どうかした?」
「あ、えっと大したことじゃないんだけどね、誰に会うのかな? って思って」
「響くんだよ」
なんの疑問も抱かず、私は普通に答える。だが、答えても凪ちゃんは不思議そうに首を傾げるだけだった。
冷たい汗が、背中を伝う。今まで見なかったフリをしていた違和感が、一気に襲いかかってくるような感覚に陥った。
「えっと、その子って誰?」
「え、だから、響くんだよ? 私の席の隣の子。私とよく一緒に居るでしょ?」
そういうが、凪ちゃんの顔は怪訝な表情に変わるだけ。理解も納得も出来ていない様子だった。
「あのね、千鶴ちゃん。ずっと聞きたかったんだけど……」
いつも、誰と話しているの?
「え……?」
タイミングよく、チャイムが鳴った。
ガヤガヤと騒がしくなる教室。だが、私の耳には一切音が入ってこなかった。
ただ、凪ちゃんの言葉がずっと響いているだけ。
違和感は、初めからあったのだ。
わかっていた。わかっていて、見ないフリをした。
「千鶴ちゃん、転校してきたあの日から誰かと話しているみたいだったけど、そこには誰もいなくて、不思議だなって思ってて……」
「まって……」
「私と初めて会った時も、一人で何してるのかな? って思ってたんだけど……」
「一人じゃ、なかったよ……?」
「……千鶴ちゃん、誰と話していたの?」
「だ、だから、響くんだよ? いるでしょ? 盲目の、男の子」
いた。今も、いる。それは、間違いない。間違いないはずなのに、自信がなくなってきた。
だから、最後の希望に縋るような気持ちで凪ちゃんを見つめるが、凪ちゃんは申し訳なさそうな顔で、こう告げる。
「千鶴ちゃん。盲目の子は、私たちのクラスにはいないよ。それにね、そういう子は特別クラスがあるから、普通のクラスには振り分けられないの」
じゃあ、響くんは? 響くんは、何者?
頭の中で、疑問がぐるぐると渦巻いていた。けれど、とっくに私の中では答えが出ていた。
ホームルームが終わっても、私は席を立つことが出来なかった。
早く響くんのところに行きたいのに、足が動いてくれない。凪ちゃんたちが話しかけに来てくれたけれど、何を話したのか覚えていなかった。
誰もいなくなった教室で、大きく息を吐く。
そして、気合を入れるように頬を両手で叩いた。だけど、ただ痛いだけで気分は全然上がらない。
重い足取りで、待ち合わせの場所に向かう。響くんが待っているのは、四階の一番奥の空き教室。
なんだか、泣きたくなった。けれど、涙は出なかった。
ガラリと扉を開くと、中から響くんの声がした。
駆け寄って抱きしめたかった。でも、何故か私の足は教室の中に入ってくれない。扉を開けたまま、その場で立ち尽くした。
「千鶴?」
不思議そうな響くんの声。その声が、優しくて、余計に泣きそうだった。
響くんが、一歩私に近づく。私は、なぜか後ずさっていた。一歩、後ろに下がる。
響くんが戸惑うのも、当たり前だ。
「なんで? 千鶴、どうしたの?」
答えられない代わりに、彼の名前をつぶやいた。
否定してほしい。私の考えを。
笑い飛ばしてほしい。私の恐怖を。
認めないでほしい。貴方という存在を。
心を落ち着かせるように、大きく息を吸う。両手をギュッと握って、響くんを見つめる。
響くんは、困ったような、心配そうな表情を浮かべていた。
意を決して、口を開く。
「響くんは……」
怖かった。
「響くんは! もう……」
聞きたくなかった。
「もう、死んじゃってるの……?」
否定して欲しかった。
でも、そんな願いは虚しく散った。
響くんは、私の言葉を否定も肯定もしなかった。
ただ、優しく、今まで見たことのないような顔で笑った。
それが悲しくて、苦しくて……
嘘だと、叫んでしまいたかった。でも、その表情が、すべてを語っていた。
理解してしまった。
なぜ、こんなにも彼の音が静寂に似ているのかを……




