23.生者の音は
私の言葉を聞いた響くんは、とても微妙な顔をした。
完全に私の感覚で話しているから、理解されなくても仕方がないと思う。
むしろ、理解されたらそれはそれで怖いし……
響くんを見つめていると、光の無い目が私を見た。
「落花なら、死者をなんて表す?」
「え、あ、名前!」
質問されたことより、名前を呼ばれたことの方が嬉しくて、大袈裟に反応してしまった。
それに気分を害したのか、響くんは眉をひそめてから私のことを「君」と称した。
わ〜! 不機嫌がわかりやすいけど、これは私が悪い!
「ごめんって! 名前呼んで! 嬉しい、ちゃんと覚えてくれてたんだ!
それでえっと、なんて表す? うーん? なんて、なんて表すかな?」
質問を質問で返すなと言われそうだが、聞かれたことのない質問だったため、悩んでしまう。
腕を組み、首を傾げてうんうん唸ってから、やっと見つけた答えは「同じ生きてる存在」という言葉。
うん、すごくしっくりきた!
でも響くんはお気に召さなかったようで、苦虫を噛み潰したような顔で否定した。その否定の仕方も、なんだか苦しそうだった。
しょうがないから訂正して、「まだ生きてたかった存在」と言ったら、「変なの」って言われてしまった。
変なのって何!?
頑張って捻りだした答えで、私は至極真面目ですけれども!?
と、思ったけど心の中に推し留めておく。
響くんは本当に見えていないのかと疑うほど、よく見えていた。
教室の窓を開けると、下に見えるグラウンドでサッカーに勤しむ学生たち。その中に何人死者が居るかを聞かれた。
これ、間違えたら祓い屋としての沽券に関わるぞ……と、内心ビクビクしながら答えたら、やっぱり違っていた。
しかも、よくよく見れば死者だとわかる人を見逃しているし、死者だと思った男子生徒は生者だった。本当にごめん、名も知らない男子生徒よ……
「どうやって聞き分けてるの?」
気になって聞いてみた。
見える私がこんなに間違えるのに、なんで見えない響くんが正確に当ててしまうのか。
なにか、特殊な音が聞こえてるのかな?と思って、少しだけワクワクしながら答えを待ったら……
「……木を叩いた時の音と、金属を叩いた時の音って違うよね」
「? うん、違うね……?」
「そういうこと」
「……いやいや、どういうこと?」
本当にどういうこと?
いや、言いたいことは微妙にわかる。私も「どうやって見分けるのか」と聞かれたら、「レタスとキャベツは違うよね? そういうこと」と答えそうだから、なんとなくはわかるけど、どういうこと?
そんなに違いがあるのですかね? 私にはさっぱり分かりませんわよ?
「うーん、生きてる音は生きてるなってわかる音で、死んでる音は死んでるなってわかる音なんだよ」
と言われても、分からない。
私はそこまで耳が良いわけではないから、響くんと同じ音は聞こえない。
それと同じで、響くんは見えないから、私と同じ世界を見ることはできない。
「よく分からないけど、凄いのはわかったかも?」
一応、頑張って理解してますよ! とアピールするために答えたのだが、響くんは眉間に皺を寄せて怪しむような目をしていた。
どんだけ疑わしいんだ、私は!
わかったってば! 響くんの世界が音で出来ていることは……
同じ世界を見ているようで見ていない私たちは、同じ感情を共有することが出来ないこともわかった。
それがなんだか悲しくて、切なくて……
だから、気分を変えるためになんで教えてくれたのかを聞いたら、「死者に感情を割くより、生者に関心を持った方がいい」と言われてた。
私、結構生者に関心を持ってますけど?
持ってるからこそ、関われなくて悲しんでいるんですけど?
そう思ったけど、響くんが私のことを思って言ってくれたのが分かった。
分かったからこそ、可笑しくなって笑った。
響くんは、私がいきなり笑い始めたから、ギョッとしていた。多分、頭がおかしくなったのか? と思っているのだろう。大丈夫、正常です。
でも、なかなか笑いの渦から戻って来れなくて、次第に腹筋が痛くなってきた。このままだと割れてしまうかもしれない……
頑張って笑いの渦から脱出して、さっきの響くんの言葉を肯定する。
「確かにそうだね。生きてるんだから、生きてる人を見ないと。死者については、死んでから考えればいっか」
「それはなんか違う」
「え!? 違うの!?」
そういうことではないらしい。
響くんの思考は難しい。でも、薄く微笑んだ顔を見て、完全に違うわけでもないかもしれないと思ったことは、内緒だ。
今生きてる私が、死者のことを考えたって仕方ない。
少しは考えるけど、それだけでいい。それに、今は響くんのことを考えてるのが楽しいし!
次の日、初日のような不安はなかった。
教室を開けると、半数以上が居た。チラリと向けられた視線に目を泳がせるが、誰も話しかけてはくれなかった。
少し悲しい気持ちを抱えて、窓側の後ろの席を見ると、既に響くんは座っていた。
響くんの姿に胸が高なり、さっきの気持ちは吹き飛んだ。
「おはよう、響くん」
挨拶をして椅子に座るけど、やっぱり無視。
わかっていたけど、悲しいです……
何とか話したくて、この教室に死者は居るかを聞いたら、4人いると答えてくれた。
声を聞けたことが嬉しくて、少しだけ響くんの方へ椅子を近づける。
そして教室を見渡すけど、二人しか見つけられなかった。
一人は教室に入る時に見つけたし、もう一人は今見つけた。
残りの二人がわからなくて聞くと、「教壇と天井」と教えてくれた。すごく面倒くさそうな声だったのはきっと気のせいだと思う。
天井を見上げると、無数の目がこちらを見つめていた。
ギョロギョロと音が出そうな程の大きな目……
男性、女性、子供……様々な目が私たちを見ている。むしろ監視していると言った方が正しい気がするような光景だった。
これに気づけなかったのは、普通にやばい。危機感を覚えたが、多分もう遅い。
驚きの声をあげる私を、響くんは不審な目で見る。
「本当に気づかなかったの?」
「うん、お恥ずかしながら……
この死者の視線より、クラスメイトの視線の方が刺さる」
天井の目はクラス全体を見ているから良いのだ。驚いたけど。
でも、クラスメイトの視線は完全に私だけを捉えている。そっちの方が、よっぽど恐ろしかった。どんな感情で見られているのだろうか……
そういうと、響くんは意地悪なことを言う。
「話しかけてみれば?」だなんて、出来たらやってるよ!
初日のやらかしが無ければ、絶対話しかけてたのに!
そもそも、なんて話しかければいいのか分からない。
項垂れるように机に体を預けようとして、ゴンッ、とおでこをぶつけた。思ったよりも机が近かったのだ。
ブツブツと唸りながら愚痴ると、呆れたような声で返される。
返事があるだけで嬉しいのは、重症だ。しかも、ぶつけたおでこまで心配してくれた。ぶつけて良かった! 痛かったけど!
でも、「馬鹿」と言われたので、シクシクと嘘泣きをするとすぐにバレてしまった。
途中で笑い声が混じったのが良くなかったらしい。嘘泣きの練習をしておかなければ……
流石に死者たちをこのままにしておく訳にもいかず、クラスメイトたちがいる中で、死者を祓う。
大きな動作なんてしない。
ただ祈るだけ。
「大丈夫。どうか、安らかに」
死者が消えていく。
まるで、初めからそこには何もいなかったかのように。
でも、私は知っている。
……ううん、私たちは知っている。
生者の中に、死者がいることを。
死者もまた、生きていたということを。
「ね、今日の帰りも付き合って」
「祓い屋なんだから、自分でなんとかしてよ」
「未熟でごめんね、助けて欲しいな」
可愛子ぶってみるが、当然のように効果はない。
そりゃ見えてないからしょうがない! 今度は可愛い声でやってみよう。
響くんは文句こそ言うけど、最後には手伝ってくれる優しい子だ。
こんなことを言い合っているけど、きっと着いてきてくれる。私を手伝ってくれる。
まだ他の人とは話せないけど、響くんと二人で過ごすこの時間が、すごく好きだった……




