15.死者の音は静寂に似
落花が転校してきてから、1ヶ月が経過した。
放課後はいつもと変わりはない。だが、順調に友人を増やし、クラスメイトや他クラスの生徒とも普通に話せるようになってきていた。
だからだろうか? 昼休みや授業と授業の間には、落花の机の周りには誰かしら生徒がいた。
落花の元来の性格的に、好かれるのはわかっていた。
優しいし、気が利くし、たまにドジをするがそれすらも愛嬌だ。
男子にも女子にも人気が出て、年上を敬う心も忘れないため、先生たちからの好感も良い。
喜ばしい限りだ。
「ねぇ! 響くんも会話に入ってよ!」
放課後、開口一番にそう言われた。
元気が取り柄な落花が、すごく疲れていた。
体力的にも、メンタル的にも大変らしい。いつも聞こえる音が小さい。
どちらかと言うと、鈴のようにやかましい音じゃなく、風鈴のような柔らかい音が聞こえる。
「疲れてる?」
「すっごい疲れてる。なにこれ?
なんか、人と関わるって疲れることなんだね……」
そんな初めて知ったような感想を……と言おうとして口を噤む。
そりゃ、初めて知ったのだろう。人付き合いがダメダメな落花がこんなこと知ってたら、色んな意味で疑う。
「でも楽しそうじゃん」
「楽しいけど、なんか、違う。いや、凪ちゃんも澪くんも、朔ちゃんも望ちゃんも、優しくて楽しいんだけど! 他の子との会話も楽しいけど! 違うの!」
「何がだよ……」
相変わらず、話の要領を得ない。
今挙げた4人は、落花が特に仲良くなった4人だ。
彼らは気が利くし、頭も良いため、落花との相性は悪くないと思う。
彼らとの会話の時の音は、特に不快感はないし、ぶつかり合って騒音にもならないから。
ただ、数人のクラスメイトとは相性が悪いようだ。
言うなれば、音のぶつかり合い。不協和音が生み出される時がある。隣で会話を聞いててモヤついたしイラついた。
「その4人は良いとして、何人かと合わないでしょ。性格とか話とか」
「なんでわかるの?」
「音でわかる」
「もう! 説明面倒くさくなるとそれ言うのやめてよ」
そう言われても、他に説明のしようがないのだが……
だが、合っているようだ。本人も自覚していた。
「…嫌じゃないけど、ね? 嫌じゃないんだけど、人間関係って難しいなって思っちゃう。なんで、あんなに人の悪口言えるんだろう? その答えを私に求めるのもやめて欲しい。その人のこと何も知らないから、何も答えられないもん」
「そうだね」
「それに、なんでみんな響くんとの会話中に来るの? 私は響くんと話したいんですけどー!?」
「放課後にこうして話してるじゃん」
「そうだけど、違うのー!」
ぶーぶーと、口で言いながら拗ねている。
それに、時々僕の方を気にするようなかすかな鈴の音も聞こえる。なんて器用な奴だ。
今、どんな顔で僕を見ているんだろう?見たかった。
笑いを堪えながら……
「なら、昼休みは空き教室に逃げる?」
なんて言ってみる。
すると、リンゴーンなんて鐘の音が聞こえて耐えきれず吹き出した。分かりやすすぎる。
「なんで笑ってるの!」
なんて言って、ペシりと叩かれた。
毎回叩かれるけど、もう少し力を込めてもいいと思う。
今の力じゃ、何のダメージもないから。
「え、でも本当に逃げちゃう?」
「落花がそうしたいなら……?」
「する! やった! どこの教室?」
「遠すぎても困るから、4階の一番端。あそこなら鍵かかって無いから」
「なんで知ってるの?」
「秘密」
秘密と言うが、そこまで秘密ではない。
あそこの教室の鍵が壊れているのだ。何年か前の先輩が壊したらしい。
他の人は知らないのか? と聞かれたら、即答することはできないが、あそこは一番奥にあるし、日当たりも悪いから結構暗い。勝手に入ってるから、電気をつける訳にもいかず、意外と使い勝手が悪いのだ。
「え〜? まぁいいけど!」
「バレないように出てきてね」
「響くんこそ、バレないでね!」
「僕はバレないよ」
ずっとリンゴン、リンゴン鳴ってるが、どれだけ嬉しいのだろうか?
そろそろ鬱陶しい。
「ねぇ、うるさい」
「何が!?」
「その音早く止めて」
「響くんが聞いてる音は、私の意思ではどうにもなりませんのよ!?」
「何その口調」
落花は時々、変な口調になる。
多分、動揺してるんだと思うけど、何を動揺することがあるのだろうか?
首を傾げると、落花が近づいて来る音が聞こえた。
そっと、落花の手が僕の耳を覆う。
「これで聞こえない?」
「……むしろ聞こえる」
「なんで!?」
手で覆われたことによって、余計に聞こえる。
落花の呼吸の音。
心臓の音。
血が巡る音。
筋肉の収縮の音。
お腹の音……
「お腹空いたの?」
「……ッ! それは、聞いても聞こえないふりしてよ!」
「ごめん」
確かに今のはデリカシーに欠けていた気がする。
気にすることないのに……とは思うが、女心は繊細? だったはず。素直に謝っておく。
「お腹空いたなら帰ろ」
「もうちょっとだけ……」
「良いけど、良いの?」
返事は返ってこない。
頷いたのかもしれないけど、見えないからよく分からない。
だが、本人がこういうんだからこれ以上何かを言うことはしない。
耳から手は離れないが、よく聞こえて良いため、案外役得だった。
先生の「帰れよ」という声掛けがあるまで、僕たちは雑談に勤しんだ。




