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生者の音と死者の音  作者: 狐久里 あみ
死者の音は静寂に似ている
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14.死者の音は静寂に

「でねでね! その時の会話がすっごく面白くて!響くんも…」


「落花、いるか〜?」


「あ、はい! います!

 ごめん響くん。ちょっと行ってくる」


「うん、行ってらっしゃい」


 昼休みの雑談中に、先生に呼ばれた落花は一言断りを入れてから席を立つ。

 すごく律儀だが、落花らしい。

 僕は待つ間、クラスメイトたちの会話を聞くと、ちょうど落花のことを話しているらしい。

 自分の耳が恨めしい……

 この頃、落花の名前だけやけに反応するようになった。どんなに小さな声で話していても、聞いてしまう。


「落花さんってさ、不思議だよね」


「すっごい優しくていい子なんだけど、時々変だよね」


「たまにドジでもあるよね」


 概ね、落花の人間像としては合っている。

 ここに本人が居れば、大騒ぎしたことだろう。

 気になって、いじけて……泣きはしないだろうが、数日は引きずる。

 それを慰めるのも面倒なので、居ないところで話してくれて助かった。


「あと、たまに変なところ見てるよね」


「放課後とか、毎日校内歩いてるらしいよ?」


「え? なんで?」


「さあ?」


 思ったよりも噂になっている。

 変なところを見てるのは、そこに死者が居るから。変な死者がたまにいるのだ。どう頑張っても無視できないやつ。

 落花曰く、この前は変態の死者が居たらしい。

 赤いビキニを着た、頭が寂しいおじさん。まるっきり変態すぎて、思わず声をあげるところだったと、愚痴っていた。

 そのおじさんの音……というか息づかいは荒く、興奮していたようだったから、本当に変態だったのだろう。早急に居なくなってくれて助かった。


「昨日かな? 教室とか一つずつコソコソ覗いてたって」


「本当に何してるの?」


 その疑問はごもっともだ。

 だが、言い訳をさせてほしい。

 教室を覗いてたのには、理由があるのだ。

 新校舎の4階にはいくつか空き教室があるのだ。普段は使わないから鍵がかかっていた。

 昨日、その一つの教室の鍵が開いていた。不思議に思って中を覗くと、なんと告白現場を目撃してしまったのだ。

 ギョッとして、飛び退く落花と冷静にその会話を聞く僕。

 落花は、僕をそこから引き剥がそうとしたのだが、好奇心には抗えずその一部始終を覗き見していた。

 多分、見られたのはその場面。確かに一つずつ教室内を覗いていたが、落花がコソコソするわけもなく、堂々と見て回っている。

 まさか見られていたとは思わなかった。今度からは、周りの音にも注意しなければと思う。

 ……告白の結果だけを言うと、長続きするといいな、という感じだ。


 

「響くん、ただいま〜!」

 

「おかえり」


 上機嫌な落花に、何があったのかを聞くとバイトの許可が降りたのだという。

 この学校は、バイトは可能だが必ず申請しなければならない。どこでやるのかを把握しなきゃいけないのは、学校側も大変だろうに。


「それでね、近所の神社でアルバイトするの!」


「神社ってアルバイト雇うんだ……」


「それ先生にも言われたよ」


 そんな会話をしている時、ふと気になる疑問が沸き起こり、尋ねてみる。


「本職がアルバイトしていいの?」


「うん、大丈夫。私まだ1人前って認められてないからね。家族も反対とかしなかったし」


「そうなんだ。意外と自由あるよね、本職なのに」


「う〜ん、私が未成年っていう理由もあるかも? お兄様たちは結構忙しいから」


 そう言いながら首を傾げる音が聞こえた。

 本人も詳しくは知らないらしい。特に深堀りする理由もないため、そこで会話を終えた。


「あ! さっきの話の続きね!

 それで、えっと、響くんも…」


「落花さん、今いいかな?」


「え? あ、うん、何かな?」


「えっと、今度の係のことで話したくて来てもらえたりする?」


「いいけど、私だけ?」


「? そうだよ」


 今日の落花は、忙しそうだ。

 先生に呼ばれ戻ってきたら、今度はクラスメイトに呼ばれて行く。


「行ってらっしゃい」


 困ったような不安な音をさせながら、渋る落花に声をかける。

 なぜか不満な音が大きくなったが、聞こえないふりをする。


「……行ってくる」


 小さな呟きと共に、席を立った。

 その様子だと、昼休み中に会話が終わることはないだろう。

 放課後ならば、誰にも邪魔されずに会話ができるのだから、気にする必要は無い。


 ……ねぇ


 ……みてる?


 落花が居なくなった途端に出てきた死者の音に溜息をつきながら、聞き流す。


 ……みて


 ……みえてる?


 ねぇ……


 見えていない。見て貰えるはずもない死者は、生者たちに呼びかける。

 今教室に居る全員に、声をかけていく。だが、誰も何も返さない。

 当たり前だ。聞こえてないのだから。見えていないのだから。


 ……なんで?


 水が床に当たる音が聞こえる。

 死者は泣いているようだ。見てくれないことが、返してくれないことが悲しいのだろうか?

 それとも、気づいてくれないことが悲しいのだろうか?


「もう少し待ちなよ……」


 小さな呟きがこぼれ落ちる。


 もう少し……もう少し待てば見てくれる人が帰ってくる。

 聞いてくれる人が帰ってくる。

 気づいてもらえるから。

 そして、帰るといい。優しい声で送られるといい。


 前の僕じゃ、死者を思いやるなんて、考えもしなかっただろう。

 これを思いやると言っていいかも怪しいが、自分的には思いやっている。

 僕も落花の思考に毒されてきた証拠だ。

 遅効性の毒のように、じわじわと思考を塗り替えられていく。

 別に嫌じゃない。良い考えとは言えないが、悪いとも言えないから。


「あ〜、早く帰って来てよ。暇だから」


 数分後、チャイムの音と共に駆け込むように入ってきた落花に思わず笑ってしまったことは、秘密だ。

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