13.死者の音は静寂
先日の動物霊は、結局、なぜ学校に居たかは分からなかった。
落花も分からないと言っていたから、これ以上考えても仕方ない。本職が分からないんじゃ、もはやお手上げだ。
それよりも、落ち込んだ落花を何とか元気づけるのが大変だった。鳴き声のように『もふもふ』というから、正直鬱陶しい……
最終的に、僕の頭を撫でくりまわし、頬をむにむにと無遠慮に揉んで満足したようだ。
一応言っておくが、僕は普通の人間のため、もふもふ要素はない。
……誰に言っているのだろう? 落花のせいで頭がバグってきたようだ。
教室内は、静かだ。
落花が来てから、学校内に居座っていた死者たちは格段に減ってきている。
だが、完全に居なくなるのは当分先の話だろう。
居座っていたのが減ってきただけであって、外から来る死者の数は変わらないのだから。
毎年、何人の人が死んでいると思っているんだ。減るはずもない。それに、この学校に死者が集まりやすいのが原因でもあるのだ。
落花が言うには、霊道と呼ばれる霊の通り道がある場所に、学校が建てられているようだ。
落花曰く、『なんでこんな所に建てたのか分からない。頭おかしい』とのこと。
落花に頭がおかしいと言われるなんて相当だ。
そう言うと、解せないという顔でペシりと叩かれた。
事実を言っただけなのに、叩かれたのは誠に遺憾である。
霊道を塞ぐことは出来ないのか? と聞いたところ、大きすぎるという返答をもらった。
「小さくはするけど、時間かかるよ?」
とのこと。
気長に待つしかないようだ。
任せっぱなしでごめんと言う気持ちがあるが、できることは限られるので仕方がないと割り切る。
だから、今の状態も割り切るしかない……
「響くんの髪の毛ってふわふわだね〜」
そう言って、髪の毛を勝手に弄っている落花に、僕は何度目かのため息をついた。
動物霊騒動の後、落花はたまにこうして、僕の髪を弄るようになった。何がどうしてこうなったのだろう?
別に嫌というわけではないのだが、しつこい。
初めはぎこちない撫で方で、終始心音がうるさかった。
今じゃ、『遠慮』という言葉をどこに置いてきたのか分からないほど容赦がない。
そして時折、頭に顔を埋めて吸うのをやめてほしい。本当に、切実に!
「響くんの音って静かだよね」
今、僕は落花に後ろから抱き込まれるように座っている。
僕たちの身長はそう大差ない。だから、座ったとしてもそこまで目線は変わらない。
落花は、僕の背中に耳を当てて今の言葉を言った。
おそらく、僕の心音でも聞いているのだろう。聞こえているかは怪しいけど。
「どういう意味?」
「うーん、響くんっていう存在自体が静かな感じがする」
「本当に説明が下手だよね」
「これでも精一杯ですー!」
背中にグリグリとおでこを押し付ける落花に、やめろと言って引き離す。
どう考えてもこの距離感はおかしい。
「てか、なんなのこの距離感」
「へ? 何が?」
「バグり過ぎ。異性同士でこんなにくっつかない」
「え〜? ダメ?」
「可愛く言ってるようだけど、見えないから。
それに、良い悪いとかじゃないし」
ブーブー文句を言う落花から、一応距離を取る。意味があるかは分からないけど。
「いきなりどうしたの? なんでそんなにくっつくの?」
「なんでって言われても……なんでだろ?」
「聞き返さないでよ……」
「えへへ、ごめんね。でも、なんでかな? なんか、響くんって一線引いてるでしょ? それが寂しいなって」
「……」
「ねぇ、なんで他の人と話さないの? みんな良い人だよ。いや、本当に良い人なんだよ。初日の私に言ってやりたいくらい。ね? 響くんも、みんなと仲良くしよ?」
善意で言っているのが分かる。
分かってしまう。
だから、ムカついた。
つい最近、ようやく生者とも普通に関われるようになってきた奴が何を言っているんだろう?
仲良くしよう? そんなの……
「別に仲良くしなくたって平気。君も、僕と関わるのが面倒なら放っておいてよ」
八つ当たりだ。
ただの嫉妬だ。
普通じゃなかった落花が、どんどん普通の人になっていくのが、羨ましいだけだ。
妬ましいだけだ。
普通になんてなれない僕の、勝手なわがままだ……
「へ? あ、違う違う! そうじゃないよ!? 面倒なんて思ってないし、むしろ響くんを独占させて頂けて誠に嬉しい限りでございますよ!?」
「……何語?」
……なんでこう、落花は斜め上の発言をするのだろう。
さっきまでの暗くてグラグラした気持ちが、どっか行った。いや、無くなってはないけど……
「いや、だって、こんないい子を私ばっかり独占して勿体ないなって……」
「いい子って……同い年なんだけど」
「そうだけど! 響くんはいい子じゃん! こんな素敵な子、なんで放っておくの!
もう、毎日私に振り回されてるのに文句の一つも言わないし」
「振り回してる自覚はあったんだ……」
今度から文句を言おう。絶対言おう……
「こんなにくっついても好き勝手しても怒らないし」
「怒っていいんだ……」
「だから、もっと色んな人に響くんの魅力を知ってほしいというか、いや、知らないでほしいというのもあるんだけど、それでもなんかこう、声を大にして響くんって優しくて素敵な人なんですよー! って言いたいっていうか!」
「迷惑だから、絶対しないで」
釘を刺しておかないといつかやらかしそうで怖い。
後でもう1回言っておかないと……
「とにかく! 面倒なんてことないし、他の人と仲良くしないなら、私とずっと仲良くしてくれたらいいや!」
「いや、君とも別に仲良くないと思う」
「なんで!? え? こんなに一緒に居るし、こんなに近づいても怒らないのに!?」
「次から怒るから、今から怒るから。離れて今すぐに」
「やだー!」
なんなんだ本当に……なんなんだ!
自覚があるのかないのか分からない言葉が、どんどん心を温める。
嬉しいけど、絶対言ってなんてやらない。
でも、なんでこうも、泣きたくなるんだろう……
落花と出会わなければ、きっとこんな感情を知らなかった。
お礼なんて言ってやらないけど、もう少しだけこの感情の音を聞いていたいと思った。




