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第二話 1 「路地裏のゴミ」

 朝のギルドは、昨夜とは別の場所のように賑やかだった。



 カウンターには依頼票を受け取る者、掲示板に張り付く者、出発前に装備を確かめる者——それぞれが思い思いの朝を過ごしている。★4の長剣を腰に下げた男が仲間と笑い合い、その隣を★3の鎧の女が足早に通り過ぎる。装備の煌びやかさが、そのままその人間の格を語っていた。



 トクナは掲示板の端に張り出された依頼票を眺めながら、頭の中で銅貨を数えた。

 昨夜はギルドの軒下で夜を明かした。毛布もない石畳の上で、体の節々がまだ痛む。宿代は最低でも銅貨三枚。今の手持ちでは二泊が限界だ。

 Fランク依頼——スライム五体討伐、報酬は銅貨二枚。薬草採取、銅貨一枚と調合素材の現物。


 昨日、ゴブリン一体を相手に何もできなかった自分が、果たしてスライムを倒せるのか。


 腰のナイフを握り直す。昨夜スライムを振り切りながら拾い集めた一本が、今は静かに収まっている。くすんだナイフ+10、攻撃力18。スキル「見えない宝箱が見えるように」。


 やるしかない、と、トクナは思った。





 同じ朝、《蒼狼の牙》の詰め所では。

 セラは俯いたまま、何も言わなかった。


 クレスが腕を組んで立っている。昨夜から変わらない話だ。「返事を聞かせろ」。それだけだった。


「……お断りします」


 セラの声は小さかったが、はっきりしていた。

 クレスの表情が動いた。怒りというより、面倒くさそうな色だった。


「そうか」


 それだけ言って、クレスは顎をしゃくった。仲間のひとりがセラの荷物を掴み、扉の外へ放り投げる。セラが何か言う間もなかった。


「出てけ。レベル1の魔法使いの回復なんて、どうせいらない」


 セラを吐き出した扉は、バタンとわざとらしく音を立てて閉められた。



 部屋の隅で、ガイはそれを黙って見ていた。

 三十に差し掛かったばかりの男だ。痩せた体に、年季の入った革鎧。目立つところは何もない。《蒼狼の牙》の中では古株で、クレスの右腕と呼ばれていたが、自分からそれを名乗ったことは一度もなかった。


 閉まった扉を、ガイはしばらく見ていた。

 それから視線を動かして、部屋の隅——壁と床の継ぎ目あたりで、一瞬だけ止めた。


 誰も気づかなかった。ガイ自身も、何事もなかったように顔を上げた。


「次のクエスト、行くぞ」


 クレスの声に、ガイは短く頷いた。





 雨が降り始めたのは、昼前のことだった。


 ギルドを出て路地に入ると、細い雨が石畳を濡らしていた。軒を借りながら歩いていると、曲がり角の先に人影があった。


 壁に背をつけて、座り込んでいる。

 近づくと、若い女だった。年はトクナガとそう変わらない。薄い金色の髪が雨に濡れて頬に貼り付いている。膝の上に回復杖を抱えて、俯いている。泣いているのか、雨に濡れているのか、判断がつかなかった。


 少し迷って、声をかけた。


「大丈夫か」


 女が顔を上げた。目が赤い。やはり泣いていたらしい。しかしトクナの顔を見た瞬間、どこかで見たことがある、という表情になった。


「……あなたも、追い出されたんですね」


 トクナは少し考えて、頷いた。


「昨日な」


「私は今朝です」


 それだけ言って、女はまた俯いた。雨音が路地に響いている。トクナは壁に背をつけて、隣に座った。

 しばらく、二人とも何も言わなかった。




 女の名前はセラといった。


 《蒼狼の牙》で回復役をしていたこと、回復量が少ないと言われ続けてきたこと、それでも居続けたのは右も左もわからない世界で他に行き場がなかったからだということを、セラは雨を見ながらぽつぽつと話した。感情的になるわけでもなく、淡々と。ただ時々、声が少し揺れた。


「ステータス、見せてもらっていいか」


 トクナが言うと、セラは不思議そうな顔をしながら杖を差し出した。


「本当は★4の杖だったんですけど、追い出されるときに取られちゃって。これは弱い杖なんです」


 セラのステータスを確認する。



【セラ】

【職業:転生魔法使い レベル:1】

【装備:★1回復杖「古びた癒し杖」】

【攻撃力:2 回復力:10】

【スキル:なし】



 杖に回復力のステータスはある。スキルは、ない。


「回復って魔法を使うのか」


「はい。でもレベル1なので回復魔法しか使えなくて」


 恥ずかしそうに笑う。


 そういえば、と、トクナはアイテム袋を探った。昨日クレスに押しつけられたガチャの外れ品の中に、杖が混じっていたはずだ。


「これは違うか、これかな……あった」


 古びた癒し杖を取り出す。セラが目を丸くした。


「同じ杖だ。こうすると——」


 二本を重ねると視界に文字が浮かぶ。同意すると、杖が光の粒子をまとい、一本になった。



【★1 回復杖「古びた癒し杖+1」】

【攻撃力:2 回復力:11】

【スキル:なし(解放まであと9)】



「ほら、変わっただろ?」と、トクナが言うと、セラが身を乗り出してステータスを覗き込む。


「同じ武器を合わせると強化できるようなんだ。しかもスキルが解放される。まあ、あと九回は必要だけどね」


「私のも」


 セラはアイテム袋から同じ杖を四本取り出した。自分で重ねて、光の中で合成する。



【★1 回復杖「古びた癒し杖+5」】

【攻撃力:2 回復力:15】

【スキル:なし(解放まであと5)】



「あと五回か」


 トクナが呟くと、セラはもう一本、別の杖を取り出した。


「これも持ってるんですけど」


 細身の木杖。先端の意匠が回復杖とは異なる。



【★2 攻撃杖「古びた攻撃杖」】

【魔法攻撃力:22 回復力:0】

【スキル:なし】



「攻撃魔法用の杖です。これを持つと魔法攻撃が強くなるんですけど——」


 セラが続けかけて、口をつぐんだ。


「攻撃魔法は使えるのか?」


「……いいえ」


 俯きかけたセラに、トクナは言った。


「それでも持っといたほうがいい。凸できるかもしれない」


 セラが顔を上げる。「そういう考え方、したことなかったです」と、今度は素直に笑った。

 雨がわずかに弱まっていた。


「こうしててもしょうがない。一緒にクエストを受けないか」


 セラは少し間を置いて、頷いた。

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