第十一話 2/2 「夜の咆哮」
城門を抜けると、すぐにボス狼がいた。
群れの他の個体とは明らかに違った。肩の高さがトクナの身長をゆうに超えていた。毛皮は暗闇の中でも鈍い金属光沢を放っていて、首から背にかけて刃のように尖った毛が逆立っている。遠吠えをやめ、三人が出てきたのを見てただ静かに立っていた。
「大きい…」
セラが呟いた。
「やれるか」
「やります」
セラが火球乱射を放った。五発が首領の体に当たったが、毛皮が熱を吸収して煙が上がっただけだった。首領はほとんど動じない。
「効いてない」
「もう一回」
もう一発撃っても同じだった。傷らしい傷がつかない。
リナも踏み込んだ。剣を首領の脇腹に叩き込むが、毛皮に弾かれて手が痺れた。普段使っている★4短剣はわずかに刃こぼれしていた。
「硬い。刃が通らない」
首領が体を回転させると尻尾が薙ぐ。リナがとっさに跳んだが、端が掠めて石畳に叩きつけられた。
「リナ」
「大丈夫」
起き上がったが、剣を持つ手が震えていた。首領が低く唸りながら距離を詰めてくる。
トクナはアイテム袋を探った。ずっと使い道がなく持っていた一本を思い出した。時々ガチャから出ていたので強化していた、細身のナイフだ。最近スキルがついたのだが、用途が限られていて保留にしていた。
【★2 短剣「暗殺者のナイフ+25」】
【攻撃力:61】
【スキル1:弱点特攻(敵の弱点への攻撃時に200%の会心が発生する)】
【スキル2:弱点看破(敵の弱点部位が見えるようになる)】
「リナ」
投げた。リナが片手で受け取り、ステータスを一瞬確認して、
「これを使えってことか」
「あいつには弱点があるはずだ」
リナは短く息を吐いて、ナイフを握り直した。
構えが変わった。
剣を持っているときとは違う、小さく低い構えだ。首領の動きを見ながら、じりじりと横へ回る。首領が向き直ろうとするたびに逆方向へ動く。
スキルが発動しているのか、リナの目が細くなった。
「首の後ろだ。逆毛の境目のところ」
トクナがセラに向いた。
「そこに火球を一発、ピンポイントで撃てるか」
「……やります」
セラが杖を構えた。
狼の視線がセラに向いた一瞬でトクナも距離を詰め、ロングソードでの《鈍化》をかける。効果は薄そうだったがないよりはマシだ。
「ファイヤーボール!」
いつもの五発同時発射ではなく、一発に絞って詠唱した。小さな火球が真っ直ぐに飛び、吸い込まれるようボス狼の首の付け根に直撃した。
ボス狼が初めて声を上げた。
毛皮ではなく肉の焦げる臭いがした。ボス狼は動きを一瞬だけ止める。
「今だ」
リナが踏み込んだ。首領の体を駆け上がり、焦げた箇所へナイフを全力で叩き込む。深く、刃が根元まで入った。
「オオオオオォォォォン!!!」
ボス狼は声をあげて崩れた。
巨大な体が地面に倒れ、揺れが足元まで伝わってきた。遠吠えが止まった。
しばらくして、町の中から聞こえていた争闘の音も、少しずつ静かになっていった。
◇
夜明け前の広場に、冒険者たちが集まってきた。
怪我人を抱えた者、装備が壊れた者、消耗しきって座り込んでいる者。それでも誰も死んでいないのは、早い対応があったからだと受付嬢が言った。
ギルドの職員が被害状況を確認して回っている。トクナたちがボス狼を倒したと報告すると、周りにいた冒険者が振り返った。
「ボス狼を? 三人で?」
「信じられん」
どよめきが広がりかけたとき、別の声が割って入った。
「《蒼狼の牙》だ!」
ガイを先頭に、《蒼狼の牙》のメンバーが城門から戻ってきた。残りの群れを町の外まで追い払ったのだろう、全員消耗していたが、全員立っていた。
「さすが《蒼狼の牙》だ」
「群れを一手に引き受けたのか」
「やっぱり頼りになる」
賞賛の声が広場に広がった。誰もが《蒼狼の牙》を見ていた。クレスの姿はなかった。
「ボス狼はリナさんが倒したらしい」
「そうか、彼女も《蒼狼の牙》だ!」
「さすが《蒼狼の牙》だ!!」
ガイはそれを無表情で聞いていた。賞賛を受け取りも、否定もしなかった。ただ一度だけ、人だかりの外に立っているトクナたちの方を見た。
何も言わなかった。ただ、わずかに目を細めた。
トクナは頷いた。それだけで十分だった。
◇
リナが暗殺者のナイフを取り出したが、トクナは首を横に振って、
「そのまま使ってくれ」
と言った。
「身軽で攻撃力の高い人が使った方が強いんだ。セラへの指示も的確だったからな。今後も一緒に戦ってくれるならだけど」
「当たり前だろ」
「《蒼狼の牙》はいいのか?」
トクナはイタズラっぽく笑うと、
「抜けとけばよかった」とリナがつぶやいた。
「ところでこれ」
リナは使っていた★4武器を見せた。ボス狼を攻撃した際に刃こぼれしていた。
「ボス狼に攻撃した時に欠けた。でも★2短剣はなんともなかった。攻撃の仕方かもしれないが」
「そういえばクレスさんの武器も簡単に曲がってましたね」
「凸に武器強度の影響があるかもしれない」
夜明けの光が広場に差し込み始めた。石畳に残った爪の跡が、長い影を作っていた。
◇
翌朝、ギルドに入ると、フロアの空気が違った。
奥の高台にギルドマスターが立っていた。普段は奥の部屋にいて滅多に表に出てこないため、トクナは初めて顔を見た。
威圧感はないが、冒険者たちが自然と口を閉じた。
「昨夜の件については全員に感謝する。皆のおかげで被害は最小限に抑えられた」
短い前置きの後、
「ただ、昨夜の魔物の動きは通常のものではない。何かに追われて町まで来た可能性がある。以前報告の多かったダンジョン内部を優先的に、原因の調査を進める。さらなる情報を持つ者は報告を」
静寂。
その沈黙の中に、
「ギルドマスター」
クレスの声が割って入った。いつの間にか来ていたのか、入り口の近くに立っている。
「《蒼狼の牙》が調査に乗り込みます。ランクも実績もある。任せてください」
周りの冒険者が目を合わせた。昨夜逃げた話は、すでに広まっているのだろうか。誰も何も言わなかったが、誰も同意もしなかった。
ギルドマスターは表情を変えずに、
「もちろん《蒼狼の牙》への協力要請は検討する」
とだけ言って奥に戻った。
クレスは不満そうだったが、それ以上は言わなかった。
ガイはクレスの二歩後ろに立っていた。ギルドマスターの言葉が終わった後、クレスを見なかった。視線だけが、静かにトクナの方へ流れた。
トクナはそれに気づいたが、何も言わなかった。




