第十一話 1/2 「夜の咆哮」
朝のギルドに、紙が一枚貼り出されていた。
掲示板の依頼票ではなく、受付カウンターの真横、誰もが必ず目にする場所だ。
『ダンジョン周辺における魔物の異常活動について。冒険者各位はしばらくの間、ダンジョン探索に注意されたし。』
短い文面だったが、周りに集まった冒険者たちの顔は一様に硬かった。
「昨日より外まで広がってます」
受付嬢が声を落として言った。
「ダンジョンの中にとどまらず、周辺の森でも目撃情報が出ていて。今朝も城壁の外で足跡が見つかりました。すでに実際の被害も出ていて冒険者ギルドで対策検討中です」
「ダンジョンから溢れ出してるのか」
「そうとも言い切れなくて。もともと外にいた魔物の活動が活発になっているという意見もあります」
「それなら俺たちも調査を」
受付嬢は首を横に振る。
「現在環境が不安定なため、Cランク以下の依頼は中止しています。《蒼狼の牙》であれば依頼をお願いできるのですが」
そう言いながら受付嬢はリナに視線を向けるのにつられてトクナとセラも顔を向けた。
リナはたっぷりと時間をかけて、
「今日はやめにしよう。最近頑張りすぎたからな」
それだけ言って、一人で冒険者ギルドを出ていってしまった。
「依頼以外で町の外に出る時も気をつけてください」
受付嬢の注意を聞いてからトクナとセラも冒険者ギルドを後にした。
◇
夜になっても何も起きなかった。
夕食を終えて宿に戻り、セラが杖の手入れをして、リナが剣を砥いで、トクナはアイテム袋を整理しながら窓の外を眺めていた。
遠吠えが聞こえたのは、夜半を過ぎた頃だった。
一頭じゃない。重なって、響いて、やがて町の方角から悲鳴と怒号が混じり始めた。直後、ギルドの方角から鐘の音が鳴り響いた。
「なんだ!?」
トクナは音に驚いて飛び上がったが、リナは冷静だった。
「冒険者ギルドの緊急招集の合図だ」
「行こう」
三人は宿を飛び出した。
◇
町に出ると、石畳の上に爪の跡が走っていた。
城門の一角が崩れている。分厚い木の扉が外側から一撃で叩き割られたように裂けていて、その周りに冒険者が数人、腰を抜かしたまま動けずにいた。
冒険者たちを囲んでいるのは狼だった。
通常の狼よりふた回り大きい。全身の毛が鋼鉄のように硬く、風にもなびかない。 街灯の光を鈍く反射している。四本の足が石畳を踏むたびに低い振動が伝わってきた。爪の一本一本が短剣ほどの長さで、すでに石畳に深い傷をつけていた。
一頭ではなかった。路地の奥に二頭、広場に二頭、遠くの通りにもまだいる。
「結構いるな」
リナが舌打ちした。
他のパーティーも次々と飛び出してきて、各々の武器で攻撃を始めるが、連携は取れていない。誰かが一頭に飛びかかると、別の一頭が別の方向へ走り出し、また別の冒険者が追いかける。そうして町の中に混乱が広がり出した。
「セラはMP管理を意識して動いてくれ。リナ、広場の二頭を先に片付ける」
「はい!」
「わかった」
◇
広場の二頭は動きが速かった。
トクナがロングソードで《鈍化》のデバフを与えつつ誘導し、リナが踏み込む。セラが火球を一発だけ撃って片方の足を止め、リナが仕留めた。二頭目はトクナが死角から入って急所を刺した。
「MP半分残ってます」
セラが短く報告した。前回とは違う判断の速さだった。
「よし、路地の方へ」
移動しようとしたとき、広場の端から大きな声が聞こえた。
「退け退け、《蒼狼の牙》が来たぞ!」
クレスだった。
十人近くを引き連れて、正面から広場に入ってきた。腰にはゴテゴテと遠目からわかる装飾過多な剣は★5だろう。仲間たちも重装備だ。周りにいた冒険者たちが思わず道を空ける。
クレスは路地の奥に残っていた一頭に向かって剣を抜いた。
「Aラングパーティーの俺たちなら一撃だ」
踏み込んだ瞬間、狼が体を低くして体当たりに入った。クレスは剣を振り下ろしたが、硬い毛皮に弾かれた。クレスは明らかに驚きの表情。
「なんだこれ、効かない」
よろめいたところへもう一撃。クレスの手から★剣が吹き飛んだ。石畳を転がり、狼の前足が踏みつける。金属の歪む音がした。
クレスは顔色を変える。
「おい、誰か拾ってこい!」
仲間の一人が駆け寄ったが、狼がそちらへ向き直る。仲間が悲鳴を上げて退いた。
「使えない奴らだ! 武器がないなら仕方ない。俺は装備を整える。お前たちは戦い続けろ!」
クレスはそれだけ言い捨てて、来た方向へ走り出した。仲間たちが顔を見合わせ、その場に取り残される。そこはさすがに《蒼狼の牙》だ。なんとか狼を相手に剣をふるっている。
踏みつけられた★5の剣だけが、石畳の上に残された。
トクナはそれを一瞬見てから、悲鳴の聞こえた路地へ向かった。
◇
群れの数は思ったより多かった。
路地の二頭を片付け、通りのもう一頭に向かっている間にも、城門の方からまだ来ている。倒しても倒しても終わらない。
「数が減らない」
リナが息を切らしながら言った。
「数は多いけど統率も取れている。どこかにボス個体がいる可能性がある」
トクナが城壁の方を見た。狼はその方向から来ているようだった。
「確かめられるといいんだが」
直後、背後から声がかかった。
「そこの三人」
振り返るとガイがいた。消耗した様子はなく、年季の入った革鎧に返り血を浴びながら、静かに立っていた。
「大型個体がいるのはわかるか」
「城門の外だろ?」
ガイは頷いた。
「俺がここを引き受ける。お前たちがやつらのボスを倒してくれ」
「一人で大丈夫か」
「《蒼狼の牙》の他の連中もいる。クレスはいないようだが」
最後の一言は、淡々としていた。
「わかった」
トクナがうなづく。
ガイはトクナの反応を見て振り返る。《蒼狼の牙》の残ったメンバーもぐいと前に出た。
「破衝撃!!」
ガイの身長を超える両手剣が光を放ち、生きているようにうなりをあげる。力任せに叩きつけられた両手剣から目で確認できるほどの衝撃波が発生し、地面を這い狼の群れに道を開けた。
「いけ!」
トクナたちは振り返らず、狼の群れの中にできた道を走り抜けた。




