第十話 4/4 「新たな力」
久しぶりに来たダンジョン二層は薄暗かった。
石造りの通路が続き、ところどころ水が染み出して床を濡らしている。一層よりも湿り気があって、空気が重い。最初の広間でオークの小群れと遭遇した。
「やってみます」
セラがほむらの枝杖を前に向けた。先端の石が赤く光り、直後に五つの火球が広間を走った。オークの一体に三発が集中して当たり、大きく体勢を崩す。
「効いてる」
リナが崩れた方へ踏み込み、そのまま仕留めた。トクナが残りを片付け、あっという間だった。
「強いですね、これ」
セラが杖を眺めた。
「MP、どのくらい使った」
「三割くらいです。あと二、三回は使えます」
「じゃあもう少し奥まで行けるな」
そのまま先へ進んだ。オークをもう二群れ片付けた頃、リナが眉をしかめて声を抑えるように言った。
「待て」
トクナとセラは足を止める。リナは地面を見ていた。そこには血と引っ掻いたような爪の跡。
「オークじゃない」
トクナは気配を感じて顔を上げる。広間の奥の暗がり。オークじゃない。もっと重みのある気配が二つ、動かずにこちらを見ている。
「何かいる」
「見えないが」
リナが剣を抜いた。その瞬間、暗がりがずるりと動いた。
リザードマンだった。
直立した爬虫類の体に、鱗が薄明かりを鈍く反射している。手には粗削りの刃物。二体。どちらも人間の背丈を超えていた。
「おかしい、普段二層にこいつはいないぞ」
リナが呟く間もなく、一体が踏み込んだ。速い。リナが受けに入ったが、体重差で大きく押し込まれた。
「セラ、やれるか」
「やります」
セラが攻撃杖を構えた。火球が五発走り、一体に当たって怯ませた。リナが立て直し、怯んだ方へ踏み込む。トクナが逆を取った。
しかし二体目が素早く立ち直り、リナの横に滑り込む。
「リナ」
声が間に合わなかった。刃物がリナの腕を掠め、リナは短く呻いて後ろへ飛んだ。
「大丈夫か」
「動ける」
強がっているが、剣を持つ手が少し下がっていた。
「セラ、回復を」
「はい! ……あ」
短い声だった。セラが自分のMPを確認して、少し表情が固まった。
オーク戦で二度、リザードマン戦でさらに一度。火球を放つたびにMPが削られていた。すでに回復魔法を使うだけのMPはなかった。
「回復薬を」
セラは杖を置いてアイテム袋を探す。リザードマンはその隙を見逃さず、標的をセラに決めていた。
「回復はいい! 下がれ!」
トクナが寸前でリザードマンの攻撃を受け止める。だがもう一体も迫っていた。
二人を守りきれない。
トクナは覚悟を決めた直後、
「伏せろ!」
鋭く男性の声が響き、直後に大量の紫色に光る稲妻が水平に迸り、リザードマンに直撃した。仕留めはしなかったものの、不利と悟ったのかリザードマンたちはダンジョンの奥へと下がっていった。
「退きなさい」
それだけ言って、男とその仲間三人はこちらを振り返ることなくリザードマンを追って奥へ向かった。
リナが小さく舌打ちしたのが聞こえた。
◇
冒険者ギルドに戻ると、普段より人が多く少し騒がしかった。
依頼の報告を済ませると、受付嬢の顔がすこし曇った。
「実は今日、同じような報告が他からも上がっていて」
「リザードマンがいたことか」
「それだけじゃなくて。一層にも、普段いないはずの魔物が出たと。ゴブリンよりも一回り大きい種類が、群れで」
カウンターの奥で、ギルドの職員が地図に何かを書き込んでいるのが見えた。複数の印が、ダンジョンのあちこちに散らばっている。
「何か起きてるのか」
「調査中です。ただ、しばらくはいつもより慎重に動いていただけると」
受付嬢は言葉を選んでいた。それ以上は言えないのか、それ以上はまだわかっていないのか、どちらかだった。
◇
ギルドを出た路地で、セラが立ち止まった。
「すみません、リナさん」
「何が」
「MPの管理、甘かったです。攻撃を使いすぎて、いざというときに回復ができなくなってしまって」
リナは少し間を置いてから、
「もう怪我は治ってる」
「それはさっき私が回復したので……」
「だったら結果オーライだろ」
「そういう話じゃないと思うんです」
リナが口を閉じた。セラは下を向かずに、ちゃんとリナを見ていた。
「回復役なのに、攻撃が楽しくて、全部のMPで撃ちたくなってしまって。反省しています」
トクナは何か言おうとして、やめた。代わりに、
「火球が五発当たったとき、リザードマン二体が同時に怯んだ。あれがなかったら最初の一体でもっと手こずってた」
と言った。セラが少し顔を上げた。
「MPの管理は場数を踏めば身につく。スキル自体は本物だった」
「……ありがとうございます」
「お世辞じゃない」
「わかってます」
セラは攻撃杖を一度見てから、アイテム袋にしまった。回復杖の方を、両手でしっかり持った。
「次は、ちゃんとやります」
「次はダンジョン三層だな」
リナが言うと、セラは「え、いきなり」と小さく声を上げた。リナが笑い、トクナも少し笑った。
ギルドの灯りが通りに長く伸びていた。その奥では、地図に印を書き込む作業がまだ続いていた。




