第九話 2 「救出」
ボス部屋は坑道の最奥にあった。
ゴーレムは大きかった。人間のような二足で立ち、天井に届くほどの体躯で、全身が岩と土でできている。動くたびに地面が揺れた。
「作戦通りに」
と、トクナがディーンに言った。
「わかった」
ディーンがブレイカーを両手で構えて踏み込んだ。あまり使ったことはない、と言っていたが、ゴーレムの振り回した腕をなんなく避け、ゴーレムの足に鉄の板を叩きつける。通常の武器ではほとんどダメージが出ないはずだが、特攻スキルが発動した瞬間、岩の表面にひびが走った。
「効いてる! 続けて!」
ディーンが二度、三度と叩くとゴーレムの体勢が崩れた。
その瞬間、リナが動いた。
「背中だ」
リナは軽やかに飛び上がり、一息でゴーレムの背中に乗ると、躊躇なく剣を振り下ろした。衝撃波がゴーレムの背中の弱点を直撃する。ゴーレムは痛みを感じているのかわからないが、大きく体を揺らし、リナは危険とみたのかすぐに離れる。
「一撃ってわけにはいかないか」
それでもゴーレムの体に大きな亀裂が走っている。間違いなく攻撃は通っている。
ゴーレムは体を起こし、両手を広げてから息を吸うように体をのけぞらせた。部屋全体を薙ぎ払う大技の予備動作に入った。
「あれが大技だ!」
ディーンが叫ぶ。
「ガイ!」
「わかってる」
ガイがディフェンダーを前に構えた。みながガイの背中側に移動する。
「まだだ」
ガイは自分に言い聞かせるようにひとり呟く。無敵になれるのは1秒のみ。決して強いスキルではない。だがタイミングさえ合えば。
「ガードスキル発動!」
ガイが叫ぶと剣が光り出し、完全ガードのスキルが発動する。淡い光がガイを中心に広がり——直後、轟音とともに衝撃波が部屋を走った。
ガイの後ろとはいえすさまじい衝撃にお互い差さえあって過ぎるのを待つ。衝撃は光の壁に当たって霧散した。一秒の静寂。目を開けると全員がその場に残っていた。
「今だ」
ガイは言うが、その場で膝をつく。見るからにダメージを負っているようだった。さすがに1秒の無敵では攻撃を完全に防ぐことはできなかったか。それでもトクナ達を守ったのは彼の凄さだろう。
すぐにセラのヒールが入る。ガイは立ち上がるとディフェンダーをしまい、★5の両手剣に持ち替えた。大技でゴーレムも気力を使い果たしたのかその場で体勢を崩し、弱点がむき出しになっている。ガイは強く踏み込むと跳躍。大上段からの最後の一撃が背中の亀裂に深く入った。
爆音と共にゴーレムが崩れた。岩と土となり床に散らばる。
ダンジョンに静寂が戻った。
◇
目の前に現れた紫色の結晶。ダンジョン核。ディーンが剣を振り上げるが、ガイが制止した。
「核はまだ壊さない、だろ?」
トクナが言うとガイはうなずいた。
「なぜだ」とディーンが聞いた。
「壊すとダンジョンが崩落する。今ここにいる怪我人全員を連れて出口まで逃げるのは無理だ」
「それだと依頼が」
「壊さずに一度全員を外に出す。それから戻ってきて壊す」
ガイはまた頷いた。ディーンも納得したようで剣をしまう。
「二往復することになる」
「そうだ。まだ全ての敵を倒せた訳じゃない。まず歩けない者を先に出す。俺が先導するよ」
「なら俺は残るよ。おまえ達が戻ってくるまで怪我人を守っとく」
ディーンがそう言った。
第一陣の移動が始まった。
とはいえほとんどの敵は倒されている。来た道を戻るだけだ。崩落しそうな通路を避け、たまに来るゴブリンをいなしながら進む。トクナが先頭に立ち、負傷者を支えながら坑道を進んだ。
出口まであと少しのところで、前方に人影が現れた。
クレスだった。
数人を連れて、坑道の途中で立っていた。消耗した様子もなく、装備も綺麗なままだった。
「なんだ、帰るのか」
「負傷者を先に出す」とガイが言った。「援軍を呼びに行ったのではなかったのか」
「……いろいろあってな」
クレスが視線を逸らした。
「ダンジョンボスは? 核はどうした?」
「ボスは倒したが奥にまだ人が残っている。助けが必要だ」
「そうか」
それだけだった。クレスは道を空けたが、自分から動こうとはしなかった。
ガイが一瞬クレスを見た。何も言わなかった。
出口で第一陣を外に出してすぐに引き返した。
だが異変はすぐに起こった。入り口から何歩も進まないところで、走ってくるクレスと数名と再び会った。直後、坑道の奥で低い轟音が響いた。
目を凝らすと、坑道の奥から煙が迫ってくる。
「ダンジョンが崩壊する」
とガイが少し緊張した声色で言った。
「逃げるしかない」
坑道全体が揺れ始め、トクナ達はすぐに入り口に引き返すしかなかった。
トクナ達が坑道から飛び出すと同時に衝撃と共に土埃が吐き出され、しばらく目の前も見えないほどの土煙に覆われた。
土煙が収まると、坑道の入口が完全に崩れていた。
しばらくして、別の場所からクレスが歩いてきた。土まみれになりながら、しかし手にダンジョン核の欠片と宝箱から拾ってきたのであろう★5の剣をしっかりと握っていた。
後ろには数人しかいなかった。
一緒に戦ったディーンや、怪我でトクナ達の助けを待っていたメンバーの姿はなかった。
「クレス」とリナが言った。
「一緒にいたメンバーは」
クレスが肩をすくめた。
「足が遅かった。仕方がない」
「お前……何をしたかわかってるのか?」
トクナは怒りを抑えながら絞り出すように言った。そうしなければ今にもクレスを殴りそうなほど怒っていた。
「さあな。町のためにダンジョンを破壊する依頼を済ませただけだ」
残ったメンバーに睨まれていると気づいて逃げるように、それでもダンジョン核の欠片はしっかりと握って去っていった。
ガイは離れていくクレスを見たまま動かなかった。
◇
その場にいた全員が、しばらく黙っていた。
ガイがトクナの方を向いた。
「世話になった」
「お互い様だ」
ガイがディフェンダーをトクナに差し出した。
「返す」
「俺のパーティーには両手剣を使える者はいない。持っていってくれ」
トクナを見てガイは、
「……そうか」
とだけ返してディフェンダーを背中に担いだ。
「ガイ、《蒼狼の牙》にいつまでいるんだ?」
とリナが言った。
「抜けることは考えてない」
即答だった。
「今はまだ、やることがある」
クレスの去った方に視線を向けた。一瞬だけ。それからトクナを見た。
「いずれ、また」
「ああ」
ガイは歩き出した。クレスの隣に並んで、同じ方向へ歩き始めた。クレスは何も言わなかった。ガイも何も言わなかった。
曲がり角を曲がる直前、ガイが一度だけ振り返った。
トクナと目が合った。
何も言わなかった。ただ、わずかに頷いた。
「ガイはなんとも思わないのか?」
吐き捨てるようにリナが言うが、トクナは声を抑えるように、
「そんな冷たいやつじゃないさ」
とだけ言った。
◇
「セラ」
坑道から出るところまでは一緒にいたはずのセラが見当たらず、トクナとリナが探していると、瓦礫の陰になるところにうずくまっていた。
「セラ?」
リナも声をかけると振り向いたが、何が起こったのかわからないように放心状態だった。
「あの、ディーンさんは……? ダンジョンはどうなっちゃったんですか?」
トクナがゆっくりと頭を横に振ると、やっと理解したのか、セラはポロポロと涙を流し始めた。
「だって、みんなまだ元気でしたし、一緒に帰るって……」
リナがそっと寄り添う。セラはしばらく泣いていた。




