第八話 1 「宝箱ダンジョン」
村はギルドから半日歩いた先にあった。
十数軒の家が寄り集まった小さな集落で、周囲を畑が囲んでいる。村長だという老人が三人を出迎えた。
「来てくださって、本当に助かります。夜になると魔物が這い出してきて、畑を荒らしてしまって」
「どのくらい出てきますか」とセラが聞いた。
「スライムばかりなんですが、種類がいろいろで。普通のは大したことないんですが、黒いやつは毒を吐いて、赤いやつは火を——」
「わかった」とリナが遮った。
「中を見ればわかる」
老人が少し驚いた顔をしたが、トクナが「すぐに始めます」と言うと、深々と頭を下げた。
案内された村の外れには、畑を二つに割るように亀裂が地面に走っていた。丸々と育ったかぼちゃが無惨に荒らされている。
その亀裂の奥へ続くように、ダンジョンの入口が口を開けていた。
◇
入った瞬間にわかった。
宝箱だらけだ。
通路の壁際に、床の隅に、曲がり角の奥に。これまで見てきたどのダンジョンとも違う密度で、金色の光が滲んでいた。
「本当に宝箱がいっぱいありますね。私でもすぐに見つけられます」
セラが言った。ナイフの効果だけではない、とトクナは確信した。このダンジョン自体が宝箱の密度が高い場所なのだ。
「やっぱり低レアリティばかりだな」
リナは興味なさそうに言う。
「開けてみるまでわからないさ」
リナが横目で見た。何も言わなかった。
トクナはさっそく近くの宝箱を開けた。
はじめは順調だった。
青いスライムを片付けながら、トクナは宝箱を開けて回った。★1の短剣、回復杖の残骸、魔法石、消費アイテム——次々とアイテム袋に入れていく。
しかし宝箱が多すぎた。
前方の宝箱に気を取られていたとき、足元の光を踏んだ。見えない宝箱だ。思わず躓いて、前のめりに転ぶ。
「っ——」
スライムが飛びかかってくる。体勢を崩したまま受けた一撃が、脇腹に入った。
「トクナさん!」
セラが回復を飛ばす。リナがスライムを蹴り飛ばす。
「……気を付けろ」
リナが短く言った。
「ごめん」
見えすぎるのも考えものだ、とトクナは立ち上がりながら思った。宝箱の光が多すぎて、足元への注意が散漫になっていた。
その後は宝箱を全部開けるのをやめた。光の密度が高い場所だけを選んで立ち寄る。それだけでも、アイテム袋は十分に膨らんでいった。
◇
奥に進むにつれ、スライムの種類が変わった。
「ポイズンスライムもいるのか」
黒いスライムが現れた。ズルズルと這いずって移動すると、床に黒い液が残る。おそらく触れると毒状態になるだろう。数も多い。
「散らばるな」とリナが言った。
「固まって対処する」
トクナはセラに目配せした。セラは首を傾げたが、すぐに理解したようだ。
「あ、あれ? 杖のスキルが増えてます!」
「昨日凸を増やしておいた。状態異常回復も頼む」
「はい!」
「いくぞ」
リナが号令をかけ、剣を振るう。衝撃波が一体を弾き飛ばし、トクナのデバフで動きを鈍らせ、セラが毒を受けた箇所を即座に回復する。三人の連携が噛み合った。
毒スライムの群れを退けたとき、セラが「MPが半分を切りました」と言った。
そのころには通路が複数に分岐していた。
左、右、中央。どれも似たような暗さだ。トクナは視界を動かした。右の通路の奥に光が見える。大きい宝箱だ。
「右から行こう」
「なんで右だ」とリナが言った。
「宝箱がある」
「……また宝箱か」
リナがうんざりしたように小さく息を吐いたが、ついてきた。
右の通路を進むと、広めの空間に出た。
壁際に、大きめの木箱があった。これまでのものより装飾が施されていて、中身も良さそうだ。
「開けていいですか」とセラが言った。
トクナは一瞬止まった。
何かが引っかかった。宝箱の光は確かにある。しかしその輪郭が、いつもとわずかに違う気がした。説明のできない違和感だ。
「待て——」
言いかけた瞬間、セラがすでに蓋に手をかけていた。
蓋が開いた。
中から歯が生えた口が現れる。
「きゃあっ!」
箱はそのまま動きだし、セラの腕に食らいついた。
ミミックだ。宝箱に擬態して冒険者を待ち受ける魔物。
トクナがロングソードをセラに当たらないようミミックの口の中に差し込む。リナも剣を差し込み、力任せに押し込んだ。ミミックが痙攣する。トクナはてこの原理で思い切りこじ開けた。セラの腕が解放される。
「セラ」
「……痛いです」
深い歯形がついていた。血が滲んでいる。セラが自分で回復の詠唱を始めたが、手が震えていた。
「俺がやる」
リナがセラの腕を取って、回復薬を傷口に当てた。
「ミミックか」リナが言った。
「このダンジョン、宝箱に擬態した魔物までいるのか」
「見た目じゃわからなかった」
「当然だ。ランクDの依頼にミミックなんて出てこない。ミミックがいると知っていれば冒険者ギルドもBランク以上で依頼するはずだ」
「見分ける方法は」
リナは首を横に振った。
「★5武器にそういうスキルがあると聞いたことはあるが、私は持っていない」
(でも違和感はあった。止めるのが遅かっただけかもしれない)
「ごめんなさい」とセラが言った。「確認もせずに開けてしまって」
「俺が先に言うべきだった」
「でも私が——」
「セラ」とリナが遮った。「今は傷の確認だ」
◇
傷の手当てを終えて、三人で状況を整理した。
セラのMPが三割を切っている。ミミックの噛み傷は塞がったが、腕にまだ痛みが残っている。そして——ボス部屋への入口が、まだ見つかっていない。
「一度戻ろう」とリナが言った。
「セラが万全じゃない」
セラは腕を押さえながらも「大丈夫です」と言う。
「まだ探索できます」
「無理だ。ボスが何かもわからない。戻って冒険者ギルドに報告するのが筋だ」
「最後までやりたいです。村の人のためにも、ちゃんと終わらせたい」
「ミミックだって見分けられない」
リナがトクナを見た。トクナは首を横に振る。
「わかってる、宝箱はもう開けない」
「お前は怪我人だ」とリナが言った。しかし声が少し柔らかかった。
しばらく沈黙があった。
「……村まで帰るのは決定だ。そのあとはあとで考える」
三人は探索を切り上げることにした。




