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第六話 2 「三本目の剣」

 パーティーの雰囲気が変わったのは、ここ二週間ほどのことだった。



 きっかけは小さなことだったと思う。クレスが横取りしたガチャの引きが悪かった日、八つ当たりがひどかった。翌日も、その翌日も。矛先が初心者だけでなく、古参のメンバーにも向くようになった。


「お前の動きが遅いから連携が崩れる」


「そんな攻撃じゃ意味がない、見てて恥ずかしい」


 些細な失敗への暴言。理不尽な報酬の配分。気に入らないメンバーへの当たりの強さ。リナは黙って聞いていた。自分には向いてこない。クレスもそこまでは馬鹿じゃない。


 でも、他のメンバーの顔が、日に日に暗くなっていった。




 その日の朝、若いメンバーが一人、荷物をまとめて出ていった。


 昨夜クレスに怒鳴られた子だった。何も言わずに出ていった。クレスは「使えない奴だった」と吐き捨てた。


 ガイが何か言いかけた。クレスが「なんだ」と振り返った。ガイは口をつぐんだ。


 食堂に沈黙が落ちた。リナは自分の皿を見ていた。スープが冷めていた。




「お前も最近使えないな、リナ」


 夕方のクエスト報告の後、クレスが言った。

 特別ひどい言葉ではなかった。昨日も一昨日も、誰かに向けて同じような言葉が飛んでいた。リナに向くのは、たぶん初めてだった。


 反論はできた。数字を見ればリナの戦果はパーティー最上位だ。クレスもわかっているはずだ。


 でも反論する気が起きなかった。



「雑魚に助けられたんだって?」


 顔を覗き込んでくる。息からアルコールの臭いがした。かなり飲んでいるようだった。


「強い男でも捕まえたのかね」


 ゲタゲタと笑う声。


 リナの中で、何かが切れた。



 立ち上がった。


「どこ行く」とクレスが言った。


 荷物を持った。元々それほど持ち物は多くない。


「おい、リナ」


 扉に向かった。


「待て。お前がいなくなると困る」


 振り返らなかった。


「私はあんたたちみたいにはなれない」


 扉を開けた。夜の空気が入ってきた。クレスがまだ何か言っていた。聞こえていたが、耳に入らなかった。リナは歩き続けた。





 リナが出ていった後、食堂に残ったのはクレスとガイと、数人のメンバーだった。


 クレスが椅子を蹴った。「あの女、どうせ頭冷やしたら戻ってくる」と言った。誰も答えなかった。


 ガイは立ち上がりかけて、止まった。


 クレスがすでに前に出ていたから——とも言える。リナの背中を見て、追いかけることが正しいのかわからなかった——とも言える。ガイ自身も、どちらなのか判断できなかった。


 テーブルの上に、依頼票が一枚あった。


 数日後に控えた高難度クエスト。Bランクの依頼で、パーティー全員の連携を前提に組んだ作戦だ。バーガンディーの仇討ちの前哨戦——クレスがそう言い続けてきた依頼だった。ガイが下調べをして、リナの火力を起点に組み立てた。リナがいなければ、成立しない。


 ガイは依頼票を手に取った。折りたたんで、懐にしまった。


「どうする気だ」とクレスが言った。


「考える」


 それだけ答えて、ガイは食堂を出た。





 翌朝のギルドは、いつもと同じ賑わいだった。


 リナは掲示板の前に立っていた。昨夜は宿を取って、一人で天井を見ていた。眠れなかったわけではないが、頭の中がうるさかった。


 ソロでやれるか。たぶんやれる。


 ただ、あのことが頭にある。ゴブリンメイジ一体に足を縛られた。第二層では、ソロではああいう場面で詰む。それはわかっていた。


 掲示板を眺めながら、リナは手を伸ばした。Dランクの依頼票に触れた瞬間、同時に別の手が触れた。


「リナさん?」


 声がした。リナが顔を上げると、手の主はセラだった。


「一人でいるなんて珍しいですね」


 後ろには、あの男——トクナがいた。セラが嬉しそうな顔をしている。トクナは黙って見ている。リナは二人の武器を確認した。どちらも★1の装備だった。


「ゴミナイフじゃこの依頼は難しい」


 依頼票を引き抜きながら言った。トクナを見ると、目が合った。


「これでもオーガを倒してる」


 リナは動揺を顔に出さないようにした。オーガはダンジョンでもかなり強い部類の敵だ。並みの武器ではダメージすら与えられない。自分でもソロで倒すのは難しい。


「……本当なのか確かめてやる」


「一緒に行ってくれるんですか?」とセラが言った。


「確かめるだけだ」


 セラがトクナを見て、少し嬉しそうに笑った。トクナは興味なさそうに立っていた。


「リナさんがいれば安心ですね」


「足手まといなら置いていく」


 そっけなく言いながら、リナは依頼票をトクナに渡した。依頼は受けた人間が報酬を受け取る。《蒼狼の牙》のやり口を知っているなら、これが筋だ。それだけのことを、あのパーティーはしてきた。


「報酬は三等分だ」


「ああ」


 受付嬢が不思議そうな顔でリナを見て、「気を付けてね」と誰にともなく声をかけた。



 三人で、ギルドの扉を出た。



 確かめるだけ。リナはそのつもりだ。

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