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63)江の災難 終結

63)江の災難 終結


 事態を飲み込めずにいた。

 城が崩れ落ちたかと思いきや、次は街が泡まみれ。

 こんな時こそ、落ち着いて整理すべし。

 僕の知らないところで知らないことが起きていても、留守番を任されたのは僕なんだ。

 知らないことが悪いわけじゃない。知らないからと何もしない、何も出来ないことが悪である。


「江姫様、一体何が」

「知りません」

「江姫様、一体どうしたら」

「知りません!」

「江姫様…」

「知らない!知らない!もう、何も知らないよ!!」


 もっともらしいことを言ったところで、流石に許容量を超えてしまった。みっともない、こんな姫としてあるまじき行為に誰も文句は言わない。

 誰一人、この事態に対して僕と同じように見ているだけなのだから…。


 宿屋。とにかく、てんやわんやあって初の休んでいる宿屋へと来ている。

 全ての原因は魔法によるもの。

 宿は…睨んだ通り、この辺り周辺があの泡の発生源だったようだ。

 となれば、思い当たる節があった。僕ら姉妹はお父様の計らいで水曜の魔法を与えられた。

 誰にでも使えるようになる不思議な水を飲んで。


「そりゃあ、力を得て浮かれるのは分かるけど…」


 だからって、これはやり過ぎ。安易に魔法を与えるのは考えものだ。

 大丈夫だろと根拠のない思いつきで、初の魔法が暴走したんだろう。お父様の幼かった頃のように…。

 あの可愛いイルカ(乱丸)さんだって言っていたように魔法を使い過ぎると大変なことになる。

 魔力量を考えると、これはすでに危険域…。


「初にはお仕置きが必要なのかな?」

「ああ、江姫様───」


 宿屋の主の話から、宿の人は無事。けど、初は逃げ遅れてしまったらしい。確認がとれないところからまだ中に居るのは確か。

 危険の潜む中、なかなか踏み出せない様子だ。


「ここは私に任せて。信玄様が町を見回っています。それに家康様も学校に控えてくれています。救護が必要なら言って。あなた達が無事であるのが一番なんだ」

「しかし、江姫様に何かあると…その…。私が…」


 宿の主は、お父様を恐れているようだ。公私ともに危ない人だから、そう思われても仕方ない。勝手な思い込みで人を決めつけるなと、お父様は言いそうだけど僕には庇いきれないとこだ。


「その心配は要らない。民の安全を守るのが僕たちの役目だよ。お父様だって分かっていることだし、私も魔を宿す者。なら、心配は要りませんよね?」


 僕の場合は自分の身は自分で守れば良いだけのこと。宿の主人が恐れることにはならないようにすれば良いのだ。


「わ、分かりました。家の中は散々たる有り様です。中に入るなら、お気をつけて下さい」


 言われずとも魔法を纏う。

 初が魔法の扱いを間違えたせいなのか、ただならぬ雰囲気を感じる。

 慎重に、慎重に奥へと入って行く。大した距離じゃないのに、その廊下は異様に長く感じような…。

 それもそのはずか。泡の玉が邪魔して進めないのだ。

 途端に全ての泡が消える。初の身に何かあったとしか。

 居ても立ってもいられなかった。一気に駆け出し、部屋の中へ突入した。


「………え?」


 中に入ってみれば、何…?この状況??宿屋の主人が言った「気をつけろ」って、そー言うこと??

 この状況は気をつけようもないじゃない!!


「なにやっとんじゃ!!?」

「フニフニ、ふにふに。柔らかさなら、市にも負けねーな。おっと、そんなことより怪我してねーか、ちゃんと確かめねーとな」


 ウソ、聞こえてない?

 初の身体の曲線をなぞる、その飢えた獣の手は止まらない。あんな所こんな所、留まることを知らない。

 あまりに飢えすぎて、目の前にある餌に夢中で気づかなかっただけ?


「うぅー…」

「おっ?毛がねーな。つるぺたって、そうじゃねーわ。怪我だろっつってな?」


 独り言でありながら、このくだらないダジャレ…。

 そもそもからして、お父様が居る理由が分からない。分からないが、何をしているのかは、はっきり分かった。

 養女を襲うとは…。幼少を襲うとは…。


「初に手を出すなんて。お父様は一体、何をやっているんですか!!」

「おお、おお!?居たのかよ!!ご、誤解すんなよ?コレは…初に怪我がないか調べているだけなんだぜ?」


 なるほど…。鬼畜かと思ったら、ただの変態か。なら、安心。

 いや、何がなるほどなんだよ。どこが安心なんだよ!


「毛が無いとか言ってましたよね。それ、確認する必要ありましたか?」

「き、聞いていたのかよ!?つーか、見てたのかよ!!止めろよ。いや、一言声を掛けてくれ!」


 声は…ちゃんとかけた。初に夢中になって聞いてないお父様が悪い。


「まあ、お父様に裸を見られた程度で何とも思いませんけど…もう一つ、質問して良いですか?」


 見られたのは初であって、僕じゃないという理由もある。きっと、僕の場合なら江だけに剛毛だ。とか、言うに決まってる。


「なんだよ。親子の間で、ですますは止めよーぜ?行儀良くとか、礼儀正しくとか、俺嫌いなんだよ」

「うん、そうだね。僕が聞きたいのはお父様が居る理由─。お父様は美濃に行っているんじゃなかったっけ?」

「それはー、話せば長くなる。面倒だし、どーでもいいじゃん」

「良くないよ!説明!ちゃんと説明してよね!」


 まったく。城崩壊からの一連の事柄はお父様が関わっているのは間違いはない。むしろ、関わってないと考えるほうが不自然だ。

 そして…、なぜに反省しないのだ。まるっきり反省という態度ではない。


「んだよ。面倒だな…」


 斯く斯く然々、文句を言いながらも律儀に説明してくれる。

 と、呑気に構えてられたのも、ここまでだった。聞くんじゃなかった。

 美濃での経緯。桶狭間での、はた迷惑な妨害活動。…最後には自分の居城を壊している。

 何故だろ、僕まで同罪になった気さえする。


「なにソレ!戦場を渡り歩く?あっちこっちで何してんの!?落ち着きないにもほどがある!常識までどっかに落っことして来たんじゃない?!」

「常識?おい!俺にそんなくだらんもの求めるな!つーか、端っから持ち合わせてねーよ。そんなもん!」

「そーでした!お父様はそう言う人間だったってこと忘れてたよ!」


 お父様が敵でなくてホント良かったと思う反面、お父様の側にいると言うのもなかなかに恐ろしい。

 何より、そんなお父様に染まっていく僕もまた怖い…。


「命がけで帰ってきたのにヒデー言いようだな!お前らが大変だって言うから、俺はよ!!」

「ハイハイ、ご苦労様」

「怖い顔すんなって!そりゃ、そんな格好させられて腹が立つのも仕方ねーだろうが。す…少なくても、江が大変だったんだってことは分かってるから。ちょっとは笑えって!」


 カッチーン!

 誰のせいで苦労しているのか!ちっとも分かってないじゃないの!!

 誠意、もてなしの為に着替えた程度で苦労とは言わない。言って欲しくない。


「分かってない!分かってたら笑えなんて言えないよ!だいたい、楽しくもないのに笑えるわけないでしょーが!」


 僕らにあるのは親子の絆で、主従の絆じゃあない。口うるさく言うお父様じゃないと思っていたのにがっくりだ。


「笑いどころが欲しいのか?なら、俺が来たってことが笑いどころじゃん。落ち担当つーか、マジで墜ちたし…」

「やり過ぎて引くんですけど!凍りつくくらい寒いよ!笑顔も凍てついちゃったよ!!」

「笑顔?真顔じゃんかよ。そんなんじゃ可愛くねーよ」

「はあ?」

「江は笑った顔のほうが可愛いって言いてーんだよ!」


 おっと、これは意外にもお父様らしくないことを言う…。僕らのことは恋愛対象には見ないくせにね。


「そ、そんなこと言ってもちっとも嬉しくないんだから!」

「いや、マジで!もう、マジで可愛いよ。何つーか、その服と合わさると辛抱堪らん!ムラムラするーっ!?─て、あっぶねーな!何しやがる!!」


 僕の拳は空しく空を切った。

 危なく騙されるとこだった。男は獣だ。


「何で避けるの?フツーは自分から当たりに行くものでしょ。例え、金を潰されるとしても」


 僕の魔法、金剛法の豪腕怪力も当たらなければ無意味だ。


「狙いはそこか!恐ろしいこと言ってんな!」

「お父様がソレを言うか!!戦場で斬った張ったしてたんだし、そのくらいどうってことないはずだよ!!」


 お父様に比べたら、確かにまだまだ威力は弱い。だからこそ、急所を狙ったのだ。


「どうってことあるぞ!だいたい、そんな格好してるヤツがワリぃーんだよ!俺はまだしも、他の奴らにはご褒美…いや、目の毒じゃねーか!」

「まだ言うか!!」

「ううーん。うるさいな…」


 寝ぼけ眼で起き上がる。お父様が確認済みだから、怪我はないはず。だとしたら、あの騒ぎでも起きない初の図太さに呆れるばかりだ。


「ようやくお目覚めか。心配したんだぜ?それにしても成長したな。初も江も」

「今度こそ当てる!」


 握りしめた拳が空を切ることはなかった。

 流石に自ら当てられに来ることはなかったが、避けることもしなかった。


「使わねーのか?魔法…」

「当たり前じゃない。家族に向かって本気出すはずない。そんな親不孝なことするわけないよ」

「おい…、俺を殴るのは親不孝じゃねーのか?!」

「論外」

「論じてくれよ!」

「仲良ーね。お父様、お姉様」


 仄かに笑っているようだ。ちょっと不快…でもないか。何というか、団欒という感じがこそばゆい。

 言い争う気分でもなくなった。


「はぁ…もういい…」

「だな。だが、市やお前ら三人は清洲で…ってか、尾張じゃ人気あるんだから人前でそんな露出度多い服着るんじゃねーぞ。ケツ丸見えだかんな」


 …短すぎる袴。なのに切れ込みが入るという大胆さ。見られたととしても、下着が…。下着?

 邪魔だからと脱がされた記憶がある。


「マジで?」


 青ざめるほかなかった。街でジロジロ見られていたのは…。

 考えたくもない。街中をお尻を出して歩き回っていたなんて…


「大丈夫だ。世界にはこんな格言がある!お尻を出した子、一等賞ってな!!」

「意味わかんないよ!なに!?一等賞って!!尾張一の大うつけってことかな!!」


 ついでにでんぐり返しでもしようか?お尻どころか全部見えるけど!!


「いや、その座は譲らねーぞ!ならば、見せてやろう。これが尾張一の大うつけの真の姿だ!!」

「げぇ」


 マジ…?

 意味わかんないよ、何でお父様が脱いでんの?


「これで街を歩けば、俺のほうが馬鹿だろ?」

「じゃあ、私も一緒に!」

「待て!お前ら正気か!?お父様ならともかく初はダメ!絶対に!!」


 家族揃ってお尻を出して歩くなんてダメに決まってる。

 それも国の主が裸になろうと言うんだから、もっとダメでしょ!!


「俺ならって…。まあ、初は止めとけ。お父様命令な?」

「うん」

「お父様もダメだからね!!」


 裸の魔王なんて、いや。いやいや、裸の魔王の娘とも呼ばれたくはないよ。


「えーっ!何でだよ!」

「僕が恥ずかしいからに決まっているでしょ!!─は!そうだ!そうか、お父様を殺して僕も死のう!!」

「おい、待て!サラッと俺を殺すな。混乱するにしても錯乱し過ぎだろ!落ち着けよ!」

「これが落ち着いてられるか!」


 着替えたくとも家はお父様に破壊された。この騒ぎでは服を売ってくれる店は無いだろう。

 このまま、お尻丸見えのままでいることに…。

 僕の命運は尽きていた。





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