61)災難は伝染し…
61)災難は伝染し…
城下街、商業区。─
半兵衛さんとは道の途中、軽い挨拶をして分かれる。
強制連行される浅井、その背中は哀愁が漂うフツーのおっさんで…。首に縄をつけ連れて行く半兵衛は嬉々とした様子。
対称的な二人にかける言葉もない。軽くでしか挨拶できなかった。
借金を踏み倒さないように浅井に借用書を書かせるためと言ってだけど…。嬉々としてってところが近寄り難いんだよね。
「あー、でも失敗したな」
城に戻るんだったら、僕も一緒に行けば良かったよ。
そーしたら、着替えられたのに。今更ながらに気づいたなー…て、それこそ今更か。
見られることに慣れてしまったのか。それとも着慣れてしまったのか…。
不思議な感覚に自分でも驚くくらいだけど、もう平気だ。平気で街を歩ける。歩けてしまえる僕が怖い…。
こちらに向けられる視線にも鈍感になってる。男性の視線はビミョーに気になりはするかも?でも、あれ、僕を見て興奮を…いやいや、まさか!僕じゃない別の何か、そう例えば信玄様とか?見慣れない組み合わせだから変な誤解をしたんだよ!!
「ん、どうしたのだ?」
「…やっぱり、この組み合わせが原因だよね」
「なんじゃ、急に。そんなに熱い眼差しで見つめられると困るぞ」
「…へ?」
うん。僕も困る。年の差にこだわりはないけども、外見にはこだわりはある。頭の天辺からつま先まで生理的にムリだ。
面と向かって言っても良いものか、ちょっと悩む。僕だって、言っていいかどうかは選ぶ。
「おい、まさか本当に!ほほぅ、そうか。ようやく儂の魅力に気づいたのか!!なかなか見る目のある娘だ」
「はいぃ?ま、待ち!待ってよ!か、勘違いしないでよっ!そう言うのじゃないって!!男は顔!見た目が良いならともかく、信玄様は趣味じゃないしっ!!」
「なるほど、これが信長の言っていた照れ隠し、というやつだな!」
「ちーがーうっ!!これっぽっちも!一欠片だって!ホント興味ないよっ!!」
お父様は、また変なことを教えて!!信玄様も信玄様だ。前向き思考にしても、僕の態度で少しは察してくれても良いだろうに…。
「おいおい、そう邪険にするでない。頼まれたとは言え、男が女を守るのは責務。そして!女は自らを守ってくれる男に惚れるものだ。その身が、こうして無事でいられるのは儂のお陰だぞ?」
だから、僕が惚れると?そんなことあるはずがないよ!!
「この町で、危険なんてないでしょ!どっちかって言うと、信玄様の近くにいる方が危険なんですけど!」
「その通りなのだが、面と向かって言われるとキツいのぅ…。いやいや、待て待て。儂に危険なんてないぞ。儂の近く云々は誰が言ったか察しはつくが、それは有らぬ誤解だ」
「誤解なものか。それとも、私が誘っているっていうんですか?ひどい言いがかりです!!」
幾ら僕が女子でも、魅力がないのは承知しているよ。
どんな格好をしたからって、きっと誰にも通じないのは明らか…。単純バカのお父様にも通じないならやるだけ、無駄。かえって僕が傷つくだけで終わる結果になる。
まさに今がその結果だし…。う、考えただけで傷ついた…。
「いや、それは…。それは、その格好が」
「格好がなんです?この服を着ろと言ったのは信玄様本人じゃないですか!!」
「あ、ああ。うん、そう言うことじゃなくての…あ!いや…何でもない」
ん?んん?信玄様にしては歯切れが悪い。…ま、時にはそんな事もあるのだろう。
注目されているのだし、言いたくても言えないこともある。やはり、この組み合わせは目立ってしょうがない。
「何でもないのなら、別に構いません。それより、信玄様。お付き添いありがとうございます」
ここから先は個人的な行動だ。それに浅井も大人しくなったことだし、警護の必要を感じない。わざわざ付き添ってくれた相手に礼を言うのは人として当たり前のことだ。
それが例え変態であっても…だ。
「何だ?そんなこと言う必要はない、礼には及ばずだ。儂も一応は捕らわれの身だしな。好き勝手にはさせてもらってはいるが、身の程はわきまえておる。儂で役に立つと言うのなら好きに使ってもらって構わんのだ」
巫女服だから?とは、聞けないなー。聞いたところで肯定しようと否定しようと、どちらも同じ意味だもんね。
信玄様が好きなのは巫女服女性であって僕自身じゃない。
だけど、今なら僕の言いなりになってくれるようだ。犬のように従ってくれるだろう。
なら、こんな格好を晒す意味もあった。あった?ないなぁ…。全然、釣り合い取れてないよ。
けど、欲張り過ぎもいけないか。悪意はなさそうだし、好意として受け取っておこうかな。て、結局は僕の魅力じゃないんだよね…。
「では、お手伝いしてもらっても良いですか。妹の初を探しているのですが見当たらないのです」
「何だ。町の様子を見て回っていたのかと思っていたが、初姫を探していたのか」
半分は正解。半分は外れだ。しかし、町の様子を見て回ってますなんて恥ずかしくて言えない。それなら、妹が好きなのでと言ったほうがマシだ。
いや、言わないけどね。
「はい、信玄様もご一緒に探してくれますか?」
「うむ、とは言え…ほれ。探す必要はなかろう。あそこを見てみろ」
そこにと言われても…。ん?
人の流れが、そこにはない。人は立ち止まり、何やら騒いでいる。
別段、不思議ではない光景ではある。商業区であれば、人気の店には行列ができる。浅井の一件を除いても、何時も賑わいを見せる町だ。目当ての物に群がっているだけにしか…。しか?
「あれは…家康様でしょうか?」
僕の見間違いじゃなければ、人だかりの中心に立つているのは元主様の家康様だ。
「ここからだとフガフガ言っているようにしか聞こえませんが、あの声は家康様ですね。この人だかりの中で、よく見つけられたましたね」
この混雑、この人の中、よく見つけられたものだ。正直、驚きだ。
家康様は目立つ容姿ではない。一般人の中に混じってしまえば見分けはつかないような人だ。
これは四獣の力?かな?
四獣を失って弱体化したと聞いていたが、その能力までは失ってはないようだ。
これは少し、評価は上げなくてはいけないかな。
「うむ、奴の臭いは独特だからのぉ」
「臭い…ですか?全然、感じないですけど。信玄様が言うなら何か臭ってくるんでしょうね」
「儂の鼻も捨てたものでもなかろ。自慢ではないがな…ならば、近くに初姫も居るはずだ」
本当に自慢っぽくないな。これはあまり、触れないでおいたほうが良さそうだ。
臭いの元…。もとい、家康様はと言えば。僕の護衛として信玄様を使っているように、初の護衛には家康様が付いてくれている。
武将と呼ばれる一級の魔法使いに守られているなら、何の心配もない。強いて言うなら、人格に問題?
「確かに、言う通りですけど…。近寄れる感じではないですよ」
関わり合いたくない人…じゃなくて、家康様には未だに頭が上がらない僕だ。主従の間柄にはない今も、あまりに恐れ多過ぎて、僕の護衛としてはあまりに余りある光栄ってなもので…。
人格を認めてないわけじゃ…って、誰に言い訳してるんだろ??
「近寄れんと言うのなら…おいっ!そこをどけ!!江姫も早よう、来い!」
言うが早いか、既に人垣をグイグイ押し分けている。この強引さ、押しの強さに負けたのなら納得のいくものだ。
「まっ待って下さい!…て、えっ?誰か触りました!?」
「貴様ら、何をしている!この娘に触るとは!ええいっ!触るな!見るな!匂いを嗅ぐな!!」
群集相手に一歩も退かない。これが武将の底力?
全然、弱体化してないじゃないの。
「ふーやっと抜けたか…ん?いや、奴は…、何をやっているのだ?」
「ーん、と…。此処からだとよく分かりませんね」
抜けた群集の中に更に別の輪が出来ている。学生服に身を包んだ者達が輪を形成している。
学生…、お父様も通う学校の生徒達だ。
「近くに行けば分かるだろ。さあ、行くぞ!」
「ですから、待って下さい!」
ホント、強引な人だ。
学生達を掻き分け、やっと到着した時には屍の山。かなり叫び声が上がっていたようだけど、あれは全部信玄様がやったこと。僕は後ろを着いて歩いていただけだ。
「家康様。何をしているのですか?と言うか…これは、何の騒ぎでしょうか?」
やはり貫禄ある家康様。前を立つのも恐れ多い。
「ああ、江姫…様。うん、ちょっと慣れないね」
それは僕も同じ。家康様に様付けされるのは変な感じだ。ましてや、姫様とか…うっわー!穴があったら入りたいよ!
「そうですね。でも、その内慣れると思いまふ」
「まあ、そうだろうけど。緊張しなくても大丈夫だよ。君も随分な出世をしたようだしね」
これを出世と言えるかどうか。立場は良くなったけど、扱いはあんまり変わってないんだよね。
「いえ、一国の主と一国の主の娘とは対等ではありませんし…。寧ろ、僕のほうがかしずく立場でしょうし」
「や、止めて欲しいな!ノブ君の娘になった君を町の中で跪けさせたとか!ほら、僕って捕らわれの身じゃん?ね?ね!!」
「まあ、はあ。家康様がそう言うのでしたら」
ポンポンっと、膝に着いた砂を落とす。
あ…っと、油断すると丸見えになるんだった。危ない危ない。
「それにしても、ノブ君も趣味が悪い」
「いえ、この服は信玄様が…」
「だろうね。でも、そんな格好で出歩くなんてノブ君に迷惑だろ。ノブ君の娘となったのならちゃんとしてもらわないと困るよ」
返す言葉もない。やはり、一度返って着替えるべきだった。
まあ、家康様の説教は素直に受け止める。長々と説教はされたくない。横に居る妹の見ている前で説教される姉の姿は何をおいても見せたくなかった。
「ええ、と。それで一体これは何の騒ぎなの、初?」
「えーとね、えーとね」
今にも泣き出しそうな、初。きっと頭の中は混乱状態で整理されてないのだ。
「僕から話すよ。と言っても、うーん。何から話すべきかな…。浅井の騒動で何処も彼処も苦情が殺到してしまって人手が足りなくなったんだよ。そこに来てくれたのが尾張学園の生徒達なのは見ての通り…」
学園の生徒達もいずれは国を背負っていくことになる。実際に現場に立つて働いている者達もいる。
騒ぎを聞きつけ手伝いに駆けつけた次第であることに間違いない。
信長様不在とあって、ならば我らがと集った雄志…。あれでは、逆に邪魔にしかなってない気もする。
「実績的な現場教育…だっけ?ノブ君も言ったやつだよ。お陰で助かっているけど、これだけの人を仕切るには姫様お一人様は辛いでしょ?」
「ああ、なるほど。結局、初には荷が重かったか」
まだ初めのうちは良かったんだろう。けど、次第に膨れ上がっていく案件に二人だけでは対処が追いつかず、人手を増やしたは良いが、今度は…と。今はそんな状況のようだ。
「お姉ちゃん。ご、ゴメンなさい…」
「いいの。僕のほうこそ、無理やらせちゃったね」
初の落ち込む姿は、浅井のものとはまるで違う。保護欲をそそる小動物のようだ。
「お前こそ、無理をしているのだろうに」
「む…余計なことは言わなくて結構!」
僕も人のことは言えない。無理というか、そもそもが無茶だったのだ。
僕と初は教育とよべるような教育を受けてない。教育という言葉も尾張に来て初めて知った。
頭を使えと言われれば頭突きをかます鉄砲玉、それが僕だ。
消耗品として扱われる僕らのような人間には、だから無茶なのだ。
「一応、心配して言っているのだ。余計なことかも知れんが、人は一人で生きているのではないんだぞ」
「生き死には、余計関係ないでしょ」
「そう言うことではなく、もう少し家族以外の人間も頼れと言っているのだ」
物心つかない頃に人買いに売られ、物心ついた頃に魔法に目覚め…。家康様に拾われた。
家康様には感謝しているけど、そんな生き方がしたかったわけじゃない。何を信じるか、それさえ選べなかったのに今は自分で選ばないといけない。
「そんなこと分かってますよ。ですから、こうして信玄様のお力を…」
「むむ。言い方をまた間違えたの。お主の場合、他力本願で良い。もう少し肩の力を抜いて人任せにしてみろ」
「ですが、それでは格好がつかないでしょ」
「そんなことはない。信長を見てみろ」
なんという説得力。確かに、お父様の人任せっぷりには反論の余地なしだ。
「でも、あれはお父様だから出来ること」
「ガッハッハッ、何の心配も要らないだろ。何故ならお主もまた信長の娘なのだからな」
「フツーにバカにされているような気もしますが…。その通りですね」
闇の中の一縷の光が差す。
出来ること出来ないこと、自分を信じることと人に頼ること。この手に長けるのは…
チラッ─
「うむ、ここは儂の…」
「家康様、ここの仕切りをお願いします!」
「え、僕。うーん、あまり目立つことは得意じゃないんだけど…。いや、ノブ君のためにも一肌脱いでみようかな」
一体、お父様の何が良いんだか。元主様は、お父様にご執心だ。
僕の任務だった信長様の現状報告には熱心に聞いていたとか。だからこそ、この場には相応しい。上手いこと采配を振るってくれる。
「そうです。お父様もきっと見直すと思いますよ」
「俄然、やる気出て来るよ!」
「─いや。家康よ、ここは儂が…」
「よーし、やる気出て来たよ!!じゃ、行ってくるね!!」
見ざる聞かざる言わざる。信玄様のことは眼中にないようだ。
「エッと…あの…」
「後のことはお姉ちゃんに任せて、初は休んでていいよ。でも、遠くに行っちゃダメだよ」
「うん、ありがとー。っとね…お姉ちゃん?」
間をおいて呼び止められる。うつむき加減の初がいじらしく思う。妹は誰にでも愛想を振り撒くが、本当に心を開く人は少ない。なので、こちらも心を込めて返事をする。
「ん、なに?」
「大好き!」
「っ!?…うん、うん…」
不意打ち!ひ、人前で恥ずかしげもなく言うこと??
似たような境遇なはずなのに、裏表のない初にちょっとばかり嫉妬する。
「うむ。これが若さか。しかし…儂の出番を…」
その後、しばらく信玄様は不機嫌だったという落ちがついた。
清洲城、応接の間─。
贅を尽くす豪華な装飾、身を包み深く沈む横長椅子。透けて見える硝子の机も全て客を出迎えるために用意されている。
威圧的な雰囲気を持つ魔王の玉座と名付けられた部屋と違って、ここは机と椅子や箪笥などが置かれる着飾った部屋だ。
密かに半兵衛は気に入っていた。
座布団ちゃぶ台な自分の家とは違って、すきま風もない。室温は快適に保たれ、さらに使用人が、頼まずとも茶や菓子を用意してくれる。ここでなら、ぐうたらに一生を過ごせるとさえ思える楽園だ。
出来るならば、ずっとここにいたい。
「出来るのならば…の話ですか」
「な、何か言ったか?」
呟いただけのつもりが、結構な声量になっていたようだ。もしかしたら、浅井が神経質になっているだけか。
どっちにしろ、聞かれて不味いことではない。
「いえ、こちらの話です。まずは楽にして宜しいですよ、浅井様」
「う、うん…。うむ!」
座っただけで、椅子の良さに気がついたようだ。まあ、当然だ。
腰を下ろしただけで包み込む座り心地の良さ。まるで母に抱かれているかのような安心感がある。
「どうかなさいましたか?」
「いや…。う、いや、何でもない!!」
床に座布団とは違い、長座椅子はそのまま横になれる。長時間寝転がっても身体が痛むことがない。この感覚を味わっては言葉も出ないだろう。とは言っても、長座椅子に胡座はないだろうが。
「そうですか。この部屋にあるものは全て高級品。うっかり壊してしまわぬようお気をつけ下さい」
「っ?!」
高級品とは言ったが、弁償を要求するつもりはなかった。壊されては自分の責任になる恐れがあるために注意を促しただけである。
「この部屋は信長様の自慢でもあります。重要な客人の為にだけ使われる部屋です」
「そ、そうか」
安堵の様子を見せる。
自分が特別な客として扱われていると思ったのだろう。
既に用意されていた茶菓子に手を出し、次いで一服。冷静を取り戻すには十分か。
借金をしたこと、それと返済の約束。それら全ての書面を書かせた後、ようやく本題に入る。
「…」
「さて、幾つかお尋ねしたいことがあるのですが…。そう、尾張に来た本当の目的です」
江姫様には借用書を書かせる為と言ったが、本当の狙いは別にある。
浅井など所詮は小物だ。小間使いが似合うような名ばかり武将。いや、かろうじて武士と言ったところか。
そんな浅井が来たとなると目的は明白だ。
「ほう…。流石は尾張の一翼を背負う軍師。よくぞ見抜いたものだ」
やはり、あの方からの伝令を伝え来たのか。
邪魔となるのは尾張。正確には織田信長だ。国を落とすには頭を叩くが早い。
しかし、あの方は慎重な方だ。十分に策を練り、完璧な時期に狙いを定めている。
「それで、あの方は何と?」
信長を討つために動くにはまだ早い。恐らくは、信長の動向を聞きに来たのだろう。
出来れば、新たな連絡網が欲しいところだ。次の布石を打つにしても、このまま連絡が取り合えないのでは作戦の推移が分からないので計画の狂う恐れがある。
まったく…、あの小娘達は余計な真似をしてくれたせいだ。これ以上、邪魔をするようなら消しておくのも一手か…。いや、それこそ計画が狂う。地味に嫌がらせするくらいが丁度良い。
「は?あの方?」
分かってない!?しまったぞ…くそっ!どうする。ここで下手打てば首が飛ぶぞ!?
しかし…まだ大丈夫なはずだ。あの方の名はだしていない。
「も。勿論、お市の方様です!此方に来るのであれば何か伝達事もあるでしょうから!」
失敗は犯したが、まだ致命的ではない。
「ヌシは…何者だ?」
「何者も何も、私は一兵卒に過ぎませんよ」
バカのクセに勘だけは鋭い。信長もそうだ。妙に核心を突いてくる。
意表は突かれたが、こちらに動揺はない。この程度で動揺するような安い人間なら、今こうして城に居ることはなかった。
「ただの兵卒にそのような気配があるものか。貴様からはネズミの臭い臭い匂いが漂ってくるぞ?」
「はて?何を言っているのやら。私をネズミと言うからには、その先どうなるか…分かっているのでしょうね」
睨み合いになる。視線や所作で相手の考えを読むのは、このような場において強力な武器となる。それに…背負っているものの重さも勝敗を分ける結果へ繋がる。
ここで負けるとは思えない。それは、覚悟の違いに起因する。要は武器とその使い手の関係と同じことだ。
「ふ…。まあ、良い。儂には関係のないことだ」
武器を取る前に退いたか。しかし、逃げたわけではい。間合いを置いたと見るべきだ。
「想像するのは勝手ですからね。会って間もない人間と分かり合うのは不可能でしょ。行き過ぎた想像は、妄想と変わりありませんよ」
「妄想とまで言うか。く…まぁ、良い!ところで借用した金は返すにして、利子と言うのは少々暴利ではないか。これでは開いた口も塞がらないと言うものだ」
結局は金の問題か。言いたいことは分かる。
莫大な負債を抱えて帰れない。目がそう言っている。
先ほどの失敗はなかったことにするなら、今はまだ奴の要求を呑んでおくべきか。
「有らぬ疑いで人を脅すと?それに利子はきちんと計算したもの。借りは決して安くは有りませんよ」
「む…」
「しかし、確かに額が額だけに一度に払うのは難しいでしょう。ですので、分割払いを考えてみましょうか」
「ぶ、分割払い!?」
「複数回に割ってお支払いいただく方法です。浅井様個人のお支払いなので本来なら、認められませんが…。今回に限ってと言うことで」
「ほほう…。なかなかに話の分かる男よ」
そんな簡単に納得するのか?話はここから…浅井を協力者として使う算段だったのに。いや、そもそもが浅井だ。使い物にはならんな。
「…ん?」
「お、おいっ!どうした!急に黙り込んで…ん?」
湯飲み茶碗がカタカタと揺れる。次第に大きくなる揺れに危機を感じた。
地震にしては揺れ方がおかしいのだ。
この部屋は盗聴盗撮に備え、完全に遮断されている。ただの地震でも全く感じられないほどにこの部屋は特別製である。
しかし、揺れは治まるどころか激しさを増していく。部屋全体が揺れ、嫌な音を立て始めた。
「地震…にしては妙な。一体何事か」
隔離されているが故に外の様子は窺い知れない。
この変事に一旦部屋から出て確認してみるべきか。いや、異変があれば城の者が知らせに来るはずだ。
来ないと言うことは、思い過ごしなのかもしれんか。
「ふふ、この程度の揺れに驚いているのか?まさか、地震が怖いとか言うのではあるまいな」
「地揺れに驚いていては、信長様に仕えることなど出来ませんよ。浅井様こそ、この地揺れを可笑しいとは思いませんか?」
「ふっふっふ…話を逸らそうという魂胆かな。侮っては困る。地震で揺らぐ儂ではないぞ」
もしかしたら、嫌な態度をとる客はさっさと帰れと部屋が言っているのかもな。
魔法で造られた部屋には精霊が宿るとも言うし…。
「なに!?───」
爆発?!
「ぼ、防御を!クソ、間に合うか!?」
何が起きたのか悟るより先に、床は抜け、壁は砕ける。部屋を支える柱も折れ、瞬く間に崩壊して行く。
応接室にあるものは踊るように飛び跳ね姿形を変えていく。この部屋に掛けられた魔法が解けている。
「だず、助け、て──」
崩壊して行く部屋の中、浅井久政の断末魔が聞こえた。崩壊に巻き込まれたのだろう。
亡くして惜しい人物でもない。無くして惜しいのはこの応接室だ。
「クソ!俺にもっと力があれば!」
自分の身を守るだけで精一杯だった。一体何が起きたのか分からない。これが人の仕業なのかも不明だ。
だが、これが人の手によるものなのなら、この対価は高いぞ!
許さん。許されんことをしたと思い知れ!!
応接室の崩壊は半兵衛に深い傷をつけた。
心の闇を色濃くした半兵衛。望み通り半兵衛の魔力は、闇の影響を受けて更に一段の高みへと上がっていた。




