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60)続・江姫の災難

60)続・江姫の災難


 近江国の国主、浅井久政の心中は穏やかではない。尾張の国へ来たことにより価値観が揺らいでいた。

 その動揺は目的を見失うほどだ。


 話には聞いていたが、実際この目にすると今の尾張は驚異…。いっそ、異形とも言える。

 魔法自体、確かに異形なもの。しかし、国まで異形とは如何なるものだ。


 目に映るのは魔法を生活の道具として使う民の姿だ。魔法に脅威を感じてない様子を察するに日常的なことなのだろう。

 最強の武力、それが魔法だ。

 異国であるなら、文化価値観が違って当然。しかし、人であるからには魔法に対する畏怖は同じはずだ。

 魔法があるから人は武士に従う。弱き者が強き者に従うのは従って当然。寄らば大樹…強大な国力、勢力を持つ者ほど多くの人間を従わせられる。


 なら、目の前の光景は何だ!

 そんな事をすれば、武士の権威を下げる。最悪、己の立場を失うことになる。自らの首を絞める愚かな行為だろうに。


 これではまるで異世界だ。この光景が、この国では当然だと言うのか?

 正面きって戦わなくて本当に良かった…。いいや、この武力が自分のものとなるのだ。寧ろ、これだけの戦力を育てた信長に礼を言いたいくらいだ。


 それにしても…魔法の国とはよく言ったものだ。町一つの中に、これだけの魔法を目にするとは…。

 あれが農民?…だと?あれで農民なのか??


 よくよく見れば、農民が魔法を使っている。農民と言っても身なりは、自国の農民と比較しても遥かに良い。何故、農民だと判るのかは手に持っている鍬があるから…いや、そんな事は些末なことだ。


 ───。

 まったくもって驚かされはしたが、力がものを言う時代だ。例え、農民と言えど力ある者なら武士として成り上がりはする。

 日常的ではないにしろ、目の前に広がる光景は普通のことになる。


 バカか!バカだろ!!これが普通であるはずがないっ!!あれだけの魔法を持ちながら、成り上がりを望まないのか!?

 一歩歩く毎に異世界に迷い込んで行くようだ。信じられないが、これが尾張という国なのか。

 見るも聞くも、常識では考えられないことばかりだ。


 人だけじゃない。信じられないのは、数も少なく作れる職人もごく僅かという希少な魔法具が平然と軒下に並べられている光景だ。

 能力的には下の下。戦には使えないだろうが、普段の暮らしで使うなら生活を楽にしてくれる。そんな魔法具が平民でも買えるような価格で売られているのだ。

 ごく普通に、ごくごく自然に…。

 その見慣れぬ品々に興味を惹かれる。如何なる物か、そう。これは検分だ。断じて、田舎者のようなことはしない。


 基本的には、家具…。調理器具…?照明器具…?

 やはり、聞き慣れない言葉が並ぶ。どれも一般的な日常品らしい。

 ぬぬ、この程度なら問題はない。しかし、これらの魔法具を戦に使えるものとするなら、近江は天下を取るのも夢ではない…。


 火を起こす魔法具…着火男ひょっとこなるもの…。棒の先端から小指程度の火を出すが、その火力を上げれば大火を起こす魔法具に変えられるはず。取り扱いについて、口うるさい注意されたことからも明らかだ。

 途端に悪巧み。もとい、名案が浮かぶ。と、同時に織田信長の娘を名乗る少女に声をかけられる。


 な、なんだ!?この出で立ちは!!巫女か…。いや、それ以上の存在かも知れぬ。


 巫女とおぼしき少女からは、ただならぬ気配を感じる。尾張の姫、お市の方からも同様の気配があった。

 …なるほど。小娘といえどただ者ではないな。何しろ、ここは尾張だ。


 奇妙な巫女に目を奪われたが、先に浮かんだ名案が抜け落ちるまでには至らなかった。

 惜しむべくは、若すぎること。これはこれで良い。しかし…、欲を言うならもう少し年増の女であったほうが好みであった。

 熟した果実が美味いという、あれだ。だが、今回は目的は違う。


 さて、若き果実を上手く丸め込まねばな。




 ─。


 尾張の姫、お市の方。その身に宿す才能は月曜の魔法である。戦場という表舞台には出てこないものの、その類い希な才能をただ散らすには惜しいものだ。

 しかし、その才能を持っても魔力には限りあるがある。命がけの逃走は呆気ないほどの残念な幕切れを迎えた。

 この失敗の原因を述べるなら、あまりにも目立ち過ぎた。逃走に関して、行く先々。追っ手を放ち、その全てを屍として残している。自ら痕跡を残し逃げていては追ってきてくれと言っているようなものだ。

 目の前の少女は自ら墓穴を掘ったのだ。捕まって当然である。


 一対一なら、女相手に負ける道理はない。才能以前に地力が違うのだ。

 流石に腕力で負けたとあっては家臣達に示しがつかん。


 その家臣達も随分とやられてしまった。幸いに替えのきく命だ。国に帰れば、補充も出来る。

 しかし、失われたものへの贖いはしなくてはならない。罪には罰を背負うものだ。


 幸いに反抗の意志はないようだ。諦めを悟ったのだろう。

 武士であれば、その場で斬り捨てる。しかし、この少女は我が妻となる者だ更に対尾張の切り札。そうそう、簡単には捨てられるようなものではない。


 一体、どのように罰を与えるべきか…。


 導き出した答えは、呪法の一つ…魔呪刻印による緊縛。つまりは、執行猶予だ。


 身包みを剥ぐ。…と、兄のほうが怖いか。


 なけなしの勇気で奪ったのは刀だ。

 ピリピリとして痛い。しかし、振れないわけではない。恐らくは、刀の力が強過ぎるためだ。


 ふはは。魔剣…、これは魔剣だ。


 得てして、得たのは魔剣一本。何時、牙を剥くかも分からぬ娘よりも余程価値がある。

 才能に恵まれぬとも魔剣があるだけで話は違う。自分に魔剣を差し出した。それだけでも、この娘には価値があった。




 ─。


 人とすれ違うたび、変な顔をされる。主に男性のだらしなくにやけた顔が目立つ。

 言うまでもない。この巫女服が全ての元凶だ。

 恥を晒すにしてもお父様ほど吹っ切るには人生経験はない。自然と姿勢が丸まり、裾を必死に抑えてしまう。

 きっと、僕の顔は秀吉サルのように真っ赤に染まっているに違いない。


「どうしましたか?気分が優れない様子。浅井を相手に気負う気持ちは分かりますが、私達がついてます。ご安心召されよ」

「一体、誰のせいで…」

「は?」


 本気で分かってない?!


「普通の服を用意してくれていたら、こんな苦労しなかったんですけどね!」


 もてはやされるのは好きだが、囃し立てられるのは好きじゃない。ちやほやされたくてお姫様になったとのであって、苦労するためにお姫様になったんじゃないんだ。


「そう仰らず。苦労は買ってでもするものです」

「苦労はもう許容一杯です。もう、溢れ出してます…」

「まあ、そう言わず。江姫様なら大丈夫です」

「全然、大丈夫じゃないですよ。売れるくらいの苦労を買ってしまいました。苦労は買ってでもするのなら要りませんか?」

「勿論、要りませんよ。共倒れは御免です」


 にべもなく断らないでよ。ただでさえスースーする格好なのに、空気が寒くなるじゃないのさ。


「はぁ…気乗りしませんね。もっと、私をちやほやして下さい」

「お任せを!!ヒューヒュー!お似合いですよ!!可愛いな、もうっ!!ヒューヒューヒュー!!」


 これならどうですか?と言わんばかりだ。だけど…、その顔に嘘は見えない。真剣に褒め称えてくれている。


「し、仕方ないなー。もう…、そこまで言われちゃやってやろうじゃないの!」


 我ながらチョロい。こんなんじゃ、またお父様に叱られちゃうかな?

 でも、やっぱり誉められたら頑張っちゃうのが僕。これなら、浅井との交渉も寸なりと終わらせることが出来そうだ。

 なら、怖いものはなにもない。


「おお!何とも頼りになる。流石、江姫様です!!可愛いだけじゃなく凛々しさも兼ね備えておられる!」

「もうもう、誉めすぎです!もっと誉めて誉めて!!」

「ええ、そうですね。江姫様を例えるのなら───」


 と、続く褒め殺し。

 城へと向かう行列に逆らって、浮かれる足どりで僕らは町へと繰り出した。




 清洲城下─。


 清洲は交通の要所。人も物も、この町を通って行く。そうなれば、諍いや揉め事が起きるのが道理だ。しかし、この町の治安は尾張一。いや、世界一かもしれない。

 その清洲の町が騒がしい。城へと来るはずの浅井を迎えに来たのに、浅井の姿も見えない。見えなくなるくらいの騒ぎだ。

 賑わうならいざ知らず、騒がしい…。いっそのこと、五月蝿いとさえ言える。聞こえるのは怒鳴り声、そして泣き声も混じっている。


「騒ぎの原因は…」

「ええ、近江の者達が好き勝手やっていると聞いています。そのせいで、街の者達が城へと押し寄せているのは見たでしょう」

「あれ、苦情陳情の列だったんですね」


 この街はお父様の庇護にある。その上で生活を保障されている。すなわち、苦情があれば城へと持ち込まれる。

 苦情は浅井の振る舞いに怒ってのことだ。何を言われたのか、何をされたのかは知らないけれど、「はい、そうですか」と見ず知らずの人間を許せるはすがないことは分かる。

 だからって、僕らに当たられても困る。それが責任なんだと言われてしまうんだから尚更だ。


「何時もの平和な清洲に戻すには、早々にお帰り願いたいですね」


 求めるのは僕の平和。心の安らぎだ。


「気持ちは理解しますが、あまり無茶はしないように願いたいところです。とは言え、結果が同じなら早いか遅いか…違いはないですか。一つ、此方の手の内を晒してでも一発喰らわせてやりますか」

「無茶をしているのはどっちですか。その責任は取れません」


 一発って、どの一発なのかな。強力な兵器が多すぎてどれも使えはしない。そもそも、使う勇気は僕にはないし…。


「勿論、被害は出しませんよ。少しばかり、鼻先をかすめる程度です」

「ですから!ダメです!!他の者達にも手出しは厳禁だと伝えて下さい」


 まったく。これだから、男って生き物は嫌なんです。戦ばかりして、何が楽しいのやら。到底、理解出来ませんね。


「しかし、指をくわえて見ているだけでは済みませんよ。我々に逃げ場などないのですから」

「分かってます。これでも、一応の責任は感じてます」


 他国の者に好き勝手させては混乱する。このまま治安を乱すのはもってのほか。しかし、重要なのは市姫様の無事。僕の流した情報が元で市姫様に迷惑をかけてしまったのだ。

 市姫様は、僕らの正体に気づいていた。気づいていたと思う。それでも僕らの正体を黙っていたことに恩がある。

 何故、そんな事をしたのかは知らないけど…。それでも恩は恩。市姫様の親友として、これ以上裏切りたくはない。


「では、どうしますか?茶々姫様の意見を聞くなら、浅井の行いは黙って見過ごせとのことですが…」

「お姉様がそう仰るなら従うべきです。私達は浅井の…いえ、近江のことを知らないのです」


 実際の戦力差は今もって不明だ。久政という男がどの程度腕の立つ武将なのか。警戒するのは、その嫡男の長政も同じだ。

 下手に魔法の知識がある分、迂闊に動く者はいない。それは良いことで、悪いことでもある。


「正面きって戦わないような男ですよ。そんな相手に此方も無闇に手の内を晒すのは危険ですか。では、その辺りから探ってみますか」

「ええ、それが良いでしょう」


 半兵衛さんは、僕のことを試していたのかな。

 安易に半兵衛さんの言う通りに攻撃命令を出していたら即時退陣もあったということか。


「はい。しかし、実際調べてみたら拍子抜けなんてこともあるかも知れませんね」

「敵の過大評価なんて良くあること。あまり大きな声を出しては言えませんよ。─ほら、噂をすれば」


 …と、浅井久政おやのほうはすぐに見つかった。

 どうやら親子揃ってということはないらしい。長政むすこのほうが居ないことに疑問はあるが、両者を相手に達振る舞わなくて済むのは正直ありがたい。一筋縄でいかないのは分かりきったことだ。


「此方においででしたか。お迎えに参りましたが、何分急なもので…。あ、挨拶が遅れました。私は城主信長の娘、江でござい─」

「おいっ!な、なんじゃい…その格好は!?」


 好きで着ているわけじゃない。というか、この驚きよう…。

 うん、分かってたよ。分かってたけども、それでも驚き過ぎ!こんな反応をされたら恥ずかしさが増し増し増しだ。羞恥心の大盤振る舞いだよ!!

 きっと、僕は尾張で一番恥ずかしい格好をしているに違いない。お父様には絶対に見られたくないよ。


「え、ええ。失礼のないような身の証しを立てたのですが…」

「侮れん─。ん、いや。そうか、失礼した。姫とは言え、かなり高位の巫女のようだ」


 そうじゃないんだよ。僕は巫女じゃないし…。


「街中で立ち話もないでしょう。何やら、荷物も多い様子…。場を移しましょう」

「そ、そうだな。そうしよう」

「では、荷物はお預かりします」


 結構な量の荷物。お土産というわけじゃなさそうだ。

 街の人達からの視線が妙に痛い。まあ、イタいの僕も同じか…。

 詮無いことだけど、この場で人目を憚りたいのは僕の方だ。

 ─ん?後ろから妙な視線が?


「申し訳ありません。ちょっと失礼を…。─半兵衛さん。お話が…」


 じっくり見ているんじゃないよ!?何を見ているのよ、何を!

 はぁ…やっぱり、この服が原因か…。着物くらい自分で選べば良かった。選ばせてはくれないのだろうけど…。


「いえ、私にはありませんよ。お話があるのは浅井様の方です」


 おいっ!コイツ、ふざけんなよ!鼻の下伸ばしている場合かよ!!

 睨みを効かせて合図を送る。その動揺っぷりに少々溜飲が下がる。


「お、お!」

「な、何ですか!?」


 浅井の前であったことを忘れていた。いや、後ろの方か。

 まあ、どっちが前か後ろかなんて、それこそどっちでもいいことか。

 一応は客なのだ。客の前でする話でもないと言うのが大事。礼儀知らずとバカにされてしまう。


「信長の娘でなければ…お持ち帰りしたい…」

「ひぃ!?な、な、何を!」


 て!お前もかいっ!?

 恐ろしいことを平然と言う。もう、恐怖しかない。どうしょう…僕の心はもうズタボロだ。


「と言うのは半分冗談だ。後十年…いや、二十時後くらいならば有無を言わせず持ち帰るがな」

「…」


 何年経とうとも嫌なものは嫌だ。と言うか、十年二十年経ってもこの服を着られるわけがないじゃないのよ。年相応の服を着ているわよ。勿論、ジャージは外せないけどね!


「ぬぬ?そこは喜ぶところではないか」

「そうですね。ありがとうございます?─所で、今日は何用でこちらへ入らしたのですか?」


 あれで誉めていたつもりだったのか。冗談半分と言っていたが、本気にしか聞こえなかったよ。


「分からぬか。所詮は女子だ。政治の道具にはなれても政治に割って入ることも出来ぬか。貴様では話にならぬな」

「果てして、そうでしょうか。私はこの城の…いえ、この国の全権を握っているのです。今は対等な立場、侮ってもらっては困ります」


 まずは相手に認めさせること。下に見られては通る話も通らない。

 それに、嘘は言っていない。代理の代理とは言え、採決の権限は委ねられている。交渉を…向こうが望んでいるのなら、交渉事も僕の一断で進められるのだ。


「ふふふ。そうか、そうか」

「?」


 僕のことを笑った感じではない。これは…与しやすい、騙しやすいという感じだ。


「いや、笑って済まなかった。政治に関わる女は少ないからな」

「はい。とは言え、居ないわけでもないでしょう。浅井様が、どう考えているかは分かりませんが、話の通じない相手では…私はありませんよ」

「うむ。なら、江姫よ。此度の近江尾張の縁談は聞き及んでいると思うが?」


 縁談?

 市姫様のことを言っているのか。浅井の言いようだと、国の吸収合併を言っているようにも聞こえる。

 どちらが属国になるのかと言えば、立場的に弱い尾張だろうか。ともすれば、主従関係を結ぼうとでも言うつもりか。


「お待ち下さい!その縁談は我が主、信長様も知らぬこと!第一、縁談など信長様が許すはずがありません!!」

「黙れ!家臣風情が口を挟むな!」

「むっ…」

「堪えて下さい。半兵衛さん」


 ここは我慢だ。ここで僕まで騒ぎ立てては示しがつかない。

 こみ上げる怒りを抑える。


「ならば、儂ならどうかの?…事の発端は儂にある。幕府の命令とは言え、市姫を近江へと送ったのは儂だ。そもそも、一方だけの都合で運ぶものでもなかろう」

「ふふ。だから、どうした。この縁談は幕府の預かるところ。幾ら、信玄殿でも幕府に逆らうだけの力はあるまい」


 余計な口を挟んで、黙らされてるんじゃないよ。ホント、役に立たないなぁ。


「幕府か…。幕府にこだわる理由はないな」

「ん?」

「今の幕府にこそ、何の力があると言うのか!一時は天下を治め、朝廷を超える力を手にしながらも、今は国一つ救えておらぬではないか!故に、儂は我が道を行く!!己が国を救うためならば、魔王とも手を組むぞ!!」


 おお、格好いいことを言う。少し見直しましたよ。

 …けど、どうなんでしょう。ピッチピチのてぃーしゃつじーぱん姿では締まってるようで絞まらないよ。


「信玄、貴様は幕府の意向に刃向かうか!」

「ならば、今すぐに信濃を救ってみせろ!!信濃の民は泣いておるぞ!!」


 幕府の権威なんて民には届かない。良策を施そうと民は飢えて死ぬし、戦に巻き込まれ死んでいく。

 僕個人としては生きていく為に忍びの真似事なんてしていたけれど、幕府の為。天下国家の為に、なんて気持ちはさらさらない。


「それとこれとでは話が違う。幕府批判の話は我にではなく、幕府側に伝えるべきだ」

「貴様が伝えよ。どうせ、儂も既に反逆者扱いなのだろ?」

「ふふ…」


 伝えるにしても、悪意ある報告をするんだろうね。信玄様の決意は固まったようだ。


「お取り込み中、失礼します。信玄様…、熱くなるのは分かりますが、今は尾張と近江との話会い中です。浅井様、お話の続きを」

「うむ、先ほども申した通りだ。ただし、我はここに婚姻の承諾を得るために来たのではない。婚姻は既に決まっておる。つまり、我が息子の下に嫁いで来たからには尾張は我が領土と同義。此度は、その下調べのようなものだ」


 交渉じゃないの?

 交渉もすっ飛ばして、いきなり飛躍し過ぎだよ。


「それは…つまり、城を明け渡せと仰るのですか?」

「ばかな!それは横暴というもの!」

「幕府内でも尾張の処遇は扱いかねている。今回の措置はそのためのもの。それとも、幕府加盟の国全てを敵に回すのか?」


 お父様が聞いたら、飛びつき首を絞めていたかもしれない。僕だって、勝手な言い分に苛立ちはある。だけど、その対処法は思いつかない。


「先に仕掛けてきたのは幕府ではありませんか。とは言え、幕府相手に私達だけでは何も出来ないでしょう。お父様…父の勝敗によってこの先が決まります。であるならば、婚姻の件に関しても戦の結果次第と」


 思いつかないなら、引き延ばしという手がある。


「相手は美濃!それに今川の軍勢だ!たかが一国で敗れるはずがない!!」


 もう勝った気でいるようだ。確かに、どちらも戦力は強国と言える。しかし、尾張と比べると圧倒的と言える程ではない。


「まずは勝敗が決してからと言っているのだ。それくらい分かれよ、浅井」


 流石に勝敗を待たずに領土分配もない。勝ち目がないのなら話は分かるが、尾張の人間にしてみれば勝算が高いのは尾張だ。


「…っ。良いでしょ。暫くは尾張は織田に預けさせるが、幕府の法には従って貰うぞ」

「ええ、それで結構です」


 信玄に睨まれ、渋々といった感じに収まった。

 勿論、素直に従う理由はない。ただの時間稼ぎなのだから。


「それでは、幕府の法に従って街から取っていった品々の代金をお支払い頂いても宜しいでしょうか?」

「はあ?な、何のことだ!?」


 そう言えば、町の人達からの苦情が来ていたのだった。あの苦情の山は、浅井に商品を取って行かれたと…、そう言う苦情だったみたいだ。

 僕には、あの苦情の山は処理できない。僕の代わりに受け付けていたのが、他ならぬ半兵衛さんだ。


「惚けられても、店の方から請求が来てます。請求の宛名は近江浅井となってますし、物品も…お持ちのようですね」


 物があっては動かぬ証拠。突きつけられては、言い逃れも出来ない。

 苦情の処理をここで、とは…。お父様やミツ様が信頼するのも頷ける。


「小娘!何が可笑しい!!」

「いえ、別に」


 おっと。うっかり笑みが浮かんでしまったようだ。


「えー、それで代金なのですが…尾張では独自の貨幣経済を築いておりまして───」


 んな、法外な!!

 そんな間の抜けた声が響いた。

 僕にはお金のことは分からない。とは言え、きっとかなりふっかけたんだろう。

 尾張の商人に身分の差は関係がない。そもそも、お父様相手に商売している人達も多いのだ。今更、一国の主だからと気後れするはずがない。


「さて、僕のやることはもうないかな」


 …うん、なさそうだ。そう言えば、初は大丈夫かな?

 確か、町の混乱を収めるために働いているはず。その警護には家康様が付いていてくれている。乱暴狼藉は…されてないだろうけど、可愛い妹のことが心配なのはお姉さんとして当然のこと。ちょっと様子でも見に行ってあげよう。


「江姫様、お待ちを!」


 今日二度目となる待ての声。それもまた半兵衛さんだ。

 絶対、ろくでもないことになる。が─


「どうしましたか?」


 逃げられない。とういか、逃げられないように道を塞がれてしまった。

 木曜魔法、通栓棒。何も魔法まで使わなくてもいいだろうに…魔法の無駄遣いだ。


「浅井様はどうやらお金が足りないご様子。一国を治める者に恥をさらせとは言えません」


 ここで返品と言えば笑い者にされる。まあ、既に笑い者なのだが…。


「それとこれと、僕に何の関係が?」

「ええ、ここは代わりにお支払いして頂き。後で、お金を返すというようにすると良いかと」


 つまり、この支払いを僕が持てと…。そう言うこと?


「うーん…」

「当然、返って来るお金では有ります。しかし、国の資金を勝手に持ち出すわけには行きません。浅井様の顔を立てるためには、江姫様のお小遣いを頼るしか…」

「う、うーん…?」


 全然、顔を立ててない。逆に面目丸つぶれだ。

 どうも、半兵衛さんは更に浅井を物笑いの種にしたいようだ。それは笑えるけど…だからって、何も僕のお小遣いを使わなくたって良さそうなものなのに。


「どうか!どーうーかーっ!!」

「わ、分かったよ。好きにするといいよ」


 まあ、お小遣いならまた来月になれば貰えるし…。と言うか、僕のお小遣いって浅井の懐具合よりも裕福なの?僕のお小遣いって一体幾ら??

 こ、怖いけど…。こ、こんど確かめてみたほうが良いかな…。


「ははぁーっ!ありがとうございます!!」

「…ぬ、すまん…」


 結局、半兵衛さんの熱意に押される形で僕のお小遣いは全部吹き飛んだ。

 金勘定は得意じゃないにしてもかなりの金額なのは間違いない。本当に返ってくるのかな?

 結局、最後まで半兵衛さんには押されまくりだ。どうも、僕は押しに弱い。借金にしても浅井が踏み倒さないことを祈るばかりだ。





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