58)天と月
58)天と月
逃走から2日が経ち、執拗に追いかけて来た浅井の追っ手も、やっと諦めたようです。
これで一息…。一時はどうなるかと思いましたが、最悪の事態は避けられました。無理やりな婚姻など願い下げです。
「お兄様、ご安心ください…。私は大丈夫です」
何者にも屈したりはしません。既に腹をくくり、固い意志で動き出していたのです。生半可な者達に止めることは出来ません。
(怪我一つさせぬと言うのが、奴との約束だったが…。まったく心配の必要はなかったようだ)
「買いかぶり過ぎです。私の魔法だけではここまで来れませんでした。偏に天魔さんのお陰です」
私に語りかけてくるのは、お兄様の魔剣天魔…。魔剣には意思があるのだと、お兄様は言っていました。
初めは戸惑いましたが、言葉の通じる相手なら恐れる道理はありません。周りが敵ばかりだから、と言うのもあるのかもしれませんが…。今は気兼ねなく話せる唯一の相手です。
(治癒魔法の極み。百鬼夜行を使えるのだ。尚更、我の出る幕ではなかったか)
「いえ。天魔さんのお力添えがあってこそです」
天魔さんの言う通り、百鬼夜行は治癒魔法の到達点の一つです。治癒魔法の本質は生命創造にも似た再生能力にあります。
私の治癒魔法では、死者を生き返らせることは無理です。死体を動く屍にする程度なら…。それでも単純な指示なら従うことはさせられます。つまりは、低脳な下僕と云ったところでしょう。
この魔法はお兄様も知らない秘法…。私の魔法を見抜いたところを見ると魔法の造詣に深いと思われます。
魔剣の中でも天魔に於いては、人並み以上の知能を持っている様子です。侮れません。
「それに私の場合、属性が月であるため夜の間でしか効果を発揮出来ません。お兄様も、この事態を見越していたのかも知れませね」
(………)
約束であったお兄様のお迎えは、待てど暮らせど来ませんでした。お兄様に限って、約束を破ることはないと思いますが…。
そう言えば。幼少期にお兄様と野山を駆け回っては何度となく置いていかれたことがありました。
勿論、良い思い出。怒ってはいないのです。何故なら、迎えに来てくれるのは何時も決まってノブお兄様でしたから。どこに居ても見つけ出してくれます。
一人寂しくなると、来てくれるのもまた…。
(それが、お前の魔法を生み出す源か。心なくば、魔法は使えんからな。逆もまた然り)
「はい。…思うだけでは何も出来ません」
昔のお兄様は魔法の制御が全くと言っていいほど出来ませんでした。そのせいで、周りの者からはまるで腫れ物扱い…。母はそんなお兄様を疎ましく思っていました。
魔法の強さが心の強さと言うなら、制御できなくて当然です。
(ならば、お前は何を思い。何を成す?)
「決まっています。ノブお兄様を想い…この想いを成就させます」
甘えを捨て去って、私にも漸く理解できました。どれ程、お兄様を傷つけていたのか。ですが、どうか許して頂きたいのです。これが、私の初恋なのですから…。
だからこそ、今が立ち上がる時。自らの力で立たないとお兄様の側に居ることも出来ないのです。
(兄妹揃って…いや。言うまい。言う必要がないからな)
「ありがとうございます」
(さて。礼を言う必要もないだろうに)
少し、間が悪かったようです。
「此の度のご尽力に礼を」
(それこそ、礼を言うに及ばず。無論、お主にも死んでもらっては困るからな)
「顕現の為には…ですね」
(それも間もなくだ。舞台は整った)
「そうですか。それがお兄様の命運へと繋がると言うのならば、私も協力は惜しみませんから何でもお申し付け下さい」
神のごとく傲慢な魔剣天魔には、私の魔法は無力です。何の足しにもならないのは分かっていますが…、それでも私に出来ることがあるなら出し惜しみはしません。
お兄様の味方になる者は多くなりました。もう、私だけのお兄様ではありません。独り占めは出来なくなりましたが、私達の関係までは変わりません。何よりこれは、私はお兄様の特別になりたいという一途な想いなのです。
(命を失うとしてもか?)
「勿論、是非もないことです」
命では賭けの対価にはなりませんが、命を懸けるに十分です。
安易に命を求むと言わない天魔さんてしたが、どう言い繕っても意地悪な物言いです。選択する権利がなくとも自らの意志で、その刀は抜かなければならないのです。
雷雨の中を抜け、どうにかこうにかミツの居る本陣にたどり着いた。
あの魔法陣。…風雲球とか言ったか?
いや、名前なんてどうでも良い。それより重要なのは、この加減を知らない破壊力だ!!
華麗なる脱出ショー?命懸けの脱出マジック?何それ!?死んだよ…いや、死んでないけど。死にますよっ!!
雷に打たれること数十回。その度に防御魔法は消し飛ぶし、完全には防ぎきれなくて感電するし!!
俺だから生きてただけ!!マズいって、こんな物を防衛用に使っちゃダメ!!せめて敵味方を識別できるってなら話は別だ。じゃないと、俺のようにボンバーヘッドになっちゃうYOッ!
「よくぞ、ご無事に…。え、えーと。見、見たことない頭になっているでござるな。どうなっているでござるか…?」
興味深げに見てくる利家。ちょっと鬱陶しい。そんなにアフロに興味あるなら、一発噛ましてやるか?
「好きですなったんじゃないってーの!!」
「いや、ごめん。本当にごめん…ノブ」
俺の怒りを受け止めたのは、何故かミツだった。
「べ、別にミツを責めてるワケじゃねーって!」
ボンバーヘッドならまだしも、衣服は破けるは絡まった鎖が、ちょっとした世紀末ファッションになっていた。
何というか…、市や茶々達には絶対見せたくない姿だ。兄としての尊厳?父としての威厳?いや、これは人として終わった姿だ。
「でも、ほら…。やっぱり、僕の責任が大きいから」
「そんなことねーよ!ちゃんと伝えられなかった俺がワリーんだ。もう、気にしなくて良いって。マジで!!」
俺が「やれ」と言ったら、即行動。ミツに非はないって言っても、そう言うこと気にする奴だしな。少しばかり、フォローはしてやる。…してやったつもりだが、通じているかは怪しい。
「光秀殿…。失敗を悔やんでも仕方ないでござる。拙者なんて先ほども松に叱られたばかりでござる」
「ああ、うん。そうだね」
更にビミョーな表情だ。利家にまでフォローされたら立つ瀬がないな。
つーか、松さん?
「ノブ。アフロなところ悪いんだけど…ノブに会いに来た人が居るよ」
俺の疑問符を読み取ったようだ。
「一体誰が来たって言うんだよ」
終わったとは言え、戦場にお客さんを招待した覚えはない。勿論、来る予定もない。未だに雷雲立ち込める戦場に誰も用はないはずだ。
「僕も詳しくは聞いてないんだけど…。清洲の方で何かあったらしい」
「それは…え?どういうことだ!?」
「うん。報せに来たのはノブの娘。茶々姫様だよ」
何かって、何だよ!それに茶々が戦場に!?
「それと拙者の妻、松も一緒でござる」
「松さんまで!?いや、それはどうでも良い!あ、いや。今はどうでも良い、だ!!」
妻を邪険に扱われヘコむ利家。どんだけ、松さんのこと好きなんだってーの!
「そ…そうでござる…な。信長様、此方にお通ししても良いでござるか?」
「…」
「こっち見るなよ、ミツ。分かってる、身なりを整えている時間はねぇーってんだろ」
クソ…。世紀末な格好のままで茶々に会わないといけねーのか。
間を置かず、美しいお姫様が案内されて来た。少し後ろを歩くのは松さん。松さんとの交流はまだ続いているのでよく見知った顔だ。
メイド喫茶は今も行き着けの店だ。今日はメイド姿ではない松さん?
松さんは松さんで可愛いが…。一番、目を引くのは、何と言ってもお姫様だ。
松さんは確かに華のある美人なのだが、美少女と言うなら…やっぱり茶々姫に軍配は挙がる。
どちらもテストの点数で言えば100点満点だ。だが、テストの教科科目が違うのだ。例えるなら、松さんは社会科目で満点。茶々なら、文系科目で満点!!みたいな感じで…。
それに何より、茶々はやれば出来る娘だからな。総合教科でも、絶対上位に………あ─────、親の贔屓目にしてもちょっと盛り過ぎだな。そこまで可愛くはねーよ!
ほら、見てみーよ。ミスコンどころか、戦場まで追いかけてくる父親思いな女の子だぜ。それも俺が毎日着てるような着物姿で…って。
「茶々!!」
「お父様!!」
人の目もはばからず、零距離密着の熱い抱擁を交わす。いやさほいさ、やっぱりめっちゃ可愛いっす!!
「血は繋がってないはずなのに…。なんで、思考回路がそっくりなんだよ…」
何故かミツに褒められた!
羨ましいんだろうね。皮肉っちゃって仕方ない。もっと見せつけてやろう。そう、熱いヴェーゼで!!
ビシッ!!
はい、イテーよ。フツーに拒絶されましたねー。
まったく、家族同士のキスなんて挨拶程度だろうに…。ハグしたらチュー、これが家族の挨拶なんだって教育してやんねーと如何な。
「お父様!次にやったら殺しますよ!!」
「つれないねー…」
「せめて、綺麗な格好でいて下さい!」
泥まみれ、汗まみれ。更にパンク姿はイヤだと言うのか。て、なら普段ならオッケーってことか!?
「ブヘヘ…」
「お、お父様…。キモいです」
「ま…まあ。その通りで反論出来ねーよ。けど、戯れに来たんじゃねーんだろ。一体何があった?」
この質問には全員が聞き耳を立てる。つーか、親子団欒の光景が見られていたってのか?
うーん。恥じることは何もねーけど、何故だか恥ずかしい気分だ。
それは、茶々も同様のようだ。恥ずかしがる娘の姿に萌え萌えエモーショナル!?…て、ダジャレてる場合じゃねーか。
「エッヘン!!じゃなくて、ゴホン。お父様、大変です!!一大事です!!」
「エッヘンって、お前…。いや、良いんだけどさ。で、大変って何があったんだよ?」
「近江の浅井が来たんです!!」
「はあ?」
だから何って感じだ。それは、そんなに大袈裟に騒ぐようなことなのか?
騒がしい茶々とは逆にクールな俺。
「ホントぉに!!おバカですか!!」
「おいおい、それはお相子だろ。むしろ、茶々の方がバカなんじゃねーのか?」
勿論、頭の良し悪しが人の全てを決めるものじゃない。と言うか、バカな子ほど可愛いとも言うし…。
「こんな言い争い、ホントどうでも良いです!!浅井です。この私を育てた浅井が来たのです!このままでは清洲城が落とされます!!」
「何!!それは大変だ!!茶々の腹黒さを育てた浅井が来たのか!?」
「バカだけど良い!もう、それで良いですよ!!」
いやいや、ちゃんと分かってますよ。まったく、茶々の慌てん坊さんめ。
「怒るなよ。ちょっとした茶目っ気だってーの。お父さんギャグ、つまり…オヤジギャグだって」
「ハア…。オヤジなんて言う年でもないでしょうが。真面目に聞いて下さいね、お父様。洒落では済まない事態なのです。今は信玄公と家康公にお願いして備えさせています」
「屋敷牢から出したのか。茶々がそう判断したなら文句はねーけど…」
信玄に、家康か…。
家臣達だけでは、浅井に喧嘩は買えない。これは国同士の争い事だ。俺なしに、そんな真似をする度胸のある奴が居るだろうか…。
思い浮かぶのは秀吉と乱丸だな。秀吉は美濃だし、放って置いて大丈夫。乱丸は、先の魔法陣で乱れた龍脈にてんやわんやしている頃だろう。
浅井と事を構えても問題のない奴ら。背に腹は変えられないってか…。敵ではなくなったが、両者共に味方とも言い難い。お願いしたと言うが、何かしらの取引が交わさたんだろうか?
茶々のことだし、足下見られるような不利な取引はしてないと信じて大丈夫だろ。なら、茶々の人選は間違ってないわけだ。
「いずれにしろ、そこまで警戒する必要あんのかよ」
近江の軍備は、この世界では一般的な戦力だ。騎馬などの一般的な武士と魔法使いである上級武士。更に優れた魔法使いである武将…。しかし、まったく脅威はないと俺は思っている。
隠し玉や虎の子は当たり前に持ってんだろーが、それは魔法や魔剣。あるいは魔法具だと予測はつく。
だが、それだと俺やミツを相手取るには足りない。だからこその市との政略…なんだろうが、やっぱりそれだけでは足りないのだ。
この際だから、利家一人で一騎当千無双させて死地に送ると言う手段もあるか。未亡人となった松さんを美味しく頂くのも有りだ。
おお…、茶々の目が切れ切れの鋭い眼光だ。それに松さんも包丁を持って見つめている。て、何で松さん、こんな所で料理してんの?
しかし!旨そうな匂い─…後で俺もご相伴に預かろう。
勿論、料理のほうだ。娘の前で盛るとか、マジありえねーから。
「お父様、どこを見ているんですか。話しているのは私なんです。此方を見て、よく聞いて下さい」
「はい」
「お父様は浅井を甘く見過ぎです。浅井家に伝わる魔法を知っていますか?──────、お父様にとっては天敵とも言える魔法なんですよ」
「…それって、どういうことだ?つーか、茶々。お前、知っているんなら何で言わねーんだよ!?」
俺の天敵?そんなの初耳だ。
茶々め。知っていて黙っているとかありえねーだろ。
こんなところで、裏切りるのかよ。冗談じゃねーぞ!?
「お父様、ゴメンね…。でも、私からは何も言えなかったの。それは江や初も同じ。私達には呪いがかけられていて…」
「呪い?おい、呪いってなんだよ!?」
裏切りじゃないってことか。とは別にまた違う問題浮上だ。
俺でも呪いって意味くらいは知っている。怨み妬みの思い願い。それが、呪いだ。
俺や市のマイフェイバリット本、猫屋敷でも描かれているからな。
「呪縛…。いや、呪術的な魔法かな?」
「流石はミツ様。これは呪法でございます。ある特定の韻を踏むことで、この呪法は効果を発揮するのです」
ムムム。それこそ呪文のように意味が分かんねーぞ?
魔法の一種として呪い魔法みたいなものがあるって話か。人の心が魔法を形作るだから、当然なことに怨みから魔法が生まれることもあるだろうし…。
眉唾な気もするが、ミツの目が真剣だ。一笑に伏すにしても、笑えねー話だな。
「呪法か。それは興味深いね。依代を用意したり…、それとも印を刻むのかな?」
「詳しくは…。ですが、それらは一般的なお呪いでございます。呪法はもっと深いところにある魔法です」
「そうなると…陰陽の魔導に絡んでくるのか…。でも、近江国に陰陽師が居るとは─────」
ミツの話は、ちっとも理解不能だ。
俺に分かることがあるとすれば、茶々が呪われてるってことだけだ。いや、茶々だけじゃなく、江と初も同じ…。俺には、それが一番重要な部分だ。
「呪法だか陰陽だか知らねーけどよ!茶々達が呪われてる?」
「そう。呪法によってね。この場合、特定のキーワードが呪い発動の条件になっている…だよね?」
「き、きわーど??」
「キーワードだ。て、そーか。アレだなアレ…えーと、禁則事項ですってアレか?」
「う、うーん?ちょっと違うような。けど、あながち間違ってはないのか。とりあえず、茶々姫様はその言葉を言わない限り大丈夫。本人も別段、不便はないみたいだし」
浅井に関わる項目には触れられないと、そう言うことのようだ。
確かに、スパイであれば捕まった時の情報漏洩が心配だ。その対策が呪いであり、呪法だ。
これで、話せなかった事情は理解した。つまり、この魔法こそが浅井の奥の手なんだろう。
「クソ、どいつもこいつもふざけた真似しやがって!バカが!!やっぱり、茶々の方こそバカじゃねーか!!」
「あ…え?えぇえっ!?ど、どうして、そうなるのよ!!」
バカにバカと言われるのは心外!みたいな表情を浮かべる。いや、俺も別に茶々のことを悪く言うつもりはない。だが、これは流石にバカとしか言いようがねーよ。
「親子だからって、隠し事はナシにしろ。なんて言うつもりはねーけどよ。困っていることがあるんなら、早く言えっつーの!!親になったのは気の迷いでも気を紛らわすためでもねーぞ。本気なんだっ!!」
「重々承知してますよ。それに、この件は…べ、別に…それほど困ってたわけじゃないし…」
「困ってんだよ!!口の悪い娘が愚痴の一つも言えねーってのは、十分に困った事態だろうが!!」
尾張国では言論の自由が保障されている。だから、俺のことをバカだと言っても罰則はない。
勿論、言われれば怒るけどな。
「怒るとこ…、そこなの?」
「そーだよ!ミツも子持ちなら、俺の気持ちも分かるだろ?…つーか、そうだよ!!ミツが居るじゃん!」
「え、今度はなに!?」
呪法と言うが、魔法の類いだ。全てを消してしまう無属性魔法なら…。
「ミツ!ミツになら、その呪いってやつを解いてやれんじゃねーのか!!」
「無茶振りだよ、それは…。呪いって言うのは爆弾みたいなものなんだよ。仕組みの分からない爆弾、それも金庫に入った爆弾だ。鍵はあっても鍵穴がないんじゃ、解除も解体もしようがないよ」
「だったら、その爆弾ごと丸っと消しちゃえば良いだろ?」
うわっ!?すっげー嫌な顔された!!
「僕の魔法は万能じゃないんだ。呪法については、今知ったばかりで殆ど知識はない。それに無理に解こうとしたら、即爆発の危険性だってあるし…。少しでも手元が狂ったら、ノブの大切な茶々姫が丸っと消えちゃうんだよ?」
確かに…。
例えるなら、茶々という入れ物に入った爆弾。爆弾の核である呪法がどこに仕掛けられているか分からない。その上、爆弾の仕組みも分からない。
素人が安易に扱えるものじゃないなら、逆にそっちの可能性が高いか…。そりゃ、嫌な顔もしたくなるよな。「知らなかった。」っていっても…かなりハードル高過ぎるムチャな要求をしたんだからな。
「私としても…そうですね。光秀様に、そこまで迷惑はかけられません。お父様も止めてよ、ホント…。このくらい、まだ我慢できるんだから。それよりも優先するのは市様のことです」
「その通りだけどよ…。幾ら我慢出来るつっても、俺の気が治まらないっつーの!」
気が治まらないどころの話じゃない。恐らく、初めて会った時から呪法は仕掛けられていた。その間ずっと、この呪いと付き合ってきたせいで、今は慣れたんだろう。いや、違うな。
感覚が麻痺して、痛みが分からないようになってしまったのだ。娘が、こんな状態であることに気づかず…。ここで怒らなかったら、俺は親である資格はない。子供の痛みは、自分の痛みと同意義だ。
この感覚は最近になって身についた感覚だ。
何故なら、俺は織田信秀の息子。娘を溺愛したあの親父の血を継いでいるのだ。前の両親とは違って、子供の愛し方は学んだからな。
「私の為に怒ってくれるのは嬉しいです。今まで私を心配してくれた人は居ませんでした…。私をこんな境遇にした浅井は許せませんが、お父様には一刻も早く市姫様を助けて欲しいんです。だって…、一番辛い思いをしているのは市様なんだよ…」
「………そうだな。済まん、ちょっと熱くなり過ぎた」
冷静になれば、答えは簡単だ。浅井はそもそも敵…。向こうからノコノコやって来たのだし、やり合うには丁度良い。だが、攻め込まれたタイミングは最悪だ。立場も危うく、更に既に懐まで攻め込まれている。
…が、それも今更だ。
こんな状況は何時も通りの日常だろ。浅井を潰して市を取り戻す。そして、浅井を潰すことで茶々の呪いも解ける。取り戻すものが一つ増えただけのことだ。
この機会は、やりようによって大いなるチャンスに変えられる。
「全くです。こんなことで、ホントに市様を助けられるのですか?正直、不安で仕方がありません」
何という手の平返し!?しかし、それって…
「俺を心配してくれるのか?」
「決まっているでしょう。勿論、私が心配しているのは市様です!誰も、お父様の心配なんてしていません!!」
「決まっているのかよ?!」
ちょっとは俺の心配もしろっての。くそ…茶々は人の弱い部分を突いてくるよな。
ミツに会う前は、俺の心配をしてくれたのは市だけだった。
チビっとは俺を支えてくれる奴らも増えたが、本当の意味で俺を心配してくれる人間は、今でも片手でも持て余す。
数を競うようなものじゃないが、茶々には俺のことをもうちょっと…。
「そもそも、お父様には必要ないものです。それとも、お父様は娘に心配されるような情けない親になりたいのですか?」
キッツいねー。言われなくても、子供に心配されるような親になるつもりはない。こんな事を言うのは、茶々がそれだけ俺を信頼してくれている証し。つまり、これは俺への信頼の現れだ。
「分かってるって。後のことは、俺に任せてお前は休め。ここまでどうやって来たのかは知らねーけど、疲れが出てるぞ」
「く、悔しいですが…。その通りです」
長距離移動の魔法は、体力魔力ともに消費が激しい。俺でさえ、結構な量を消費したんだ。茶々、それと松さんの2人掛かりで使って来たとしても危険だっただろう。
その苦労に見合うだけの働きはしてやらねーとな。
「じゃあ、ちょっと行ってくるぜ!」
「ちょっと待ってよ、ノブ!!勝手に盛り上がって、勝手にどこに行こうとしてるんだよ!?」
「家族が傷つけられて黙ってられるわけねーだろ。清洲に帰るに決まっているだろ。俺から市を奪って、茶々を苦しめているような奴は俺自らが成敗してやるよ!!」
「少しは冷静になってくれよ。ここから清洲まで一体どのくらいあると思っているんだよ!」
なぬ!?冷静に!!
「俺は冷静だっての。マジで!」
信じてもらえねーが、実は本当に冷静なのだ。もし、ブチキレしてたなら浅井だけじゃない。怒りの炎は飛び火して、近江にも火の雨を降らせているところだ。
市や茶々が辛い状況に堪えているのに、俺が黙っているはずがない。
「今から行っても間に合わない。それが判断出来てないじゃないか。その一体どこに冷静さがあるって言うんだよ」
「ちゃんと冷静に判断してんよ。間に合わせる方法はある。世界の裏側にだって行けちゃうような奥の手がな」
鵺のもう一つの使い方。それが、弾道軌道モードだ。ただし…、これは膨大な魔力を消費する一回限りの使い捨ての切り札。弾道軌道モードを使えば、魔剣鵺は二度と使い物にならなくなる。
魔剣鵺にかけた時間に金。それに労力を考えれば、絶対に切れない切り札だ。だとしても、何が大切か、なんて…。選ぶことも迷うこともねぇーよ。
「だとしても!ノブは一人で行くってことだよね?」
「当然、そうなるな」
ジャンボ機のように大人数を運ぶ能力はない。ない以上、行くのは俺一人だ。
そんな今更な質問を何でするんだか。ミツの方こそ冷静なのか、ちょっと疑わしいぞ。
「万全の態勢で行こうとか、敵の戦力を調べてから…とか。ノブは考えないの?」
「ミツの言う通りだとは思ってるさ。だがな…。やっぱり、俺はジッとしていることが出来ねー性分なんだよ」
「バカだね、ホントに…。そりゃあ、僕だって人のことは言えない。だけど、ノブには命を粗末にして欲しくないんだ。特に自分の命をね」
ーん。前にもどこかで聞いたな。あれは、そうだ。確か、市から言われたのだった。
あの時はピンと来なかったが、ミツに言われると重みが違う感じがする。やはり、命の誕生に付き添ったパパの言葉は深いー。
「僕達は自ら命を絶ったけど、今はこうして奇跡的にやり直すチャンスを与えられた。僕にとっては、この世界で家族ができた。家族だけじゃない。もっと多くのものを手に入れられたことがとても幸せだ。なのにノブが死んでしまったら、この人生が意味のないものになってしまうよ」
茶化すような雰囲気じゃねーな。
ミツは本気で俺の心配をしてくれている。それこそ、聴きようによっては愛の告白…プロポーズにも聞こえる台詞だ。
ならば、俺も本気で応えないとならない。
「………」
とは言え、こう言うのは苦手だ。どう返してやれば良いのか。変に答えると説教されそうだし、真面目に答えても変な誤解をされるかもしれない。
「よく考えて欲しい。それとも、一時の感情に流されて命を無駄にするつもりなのか?」
「それは…。それは、違うぞ!!命を無駄になんて使ってねーよ!!清洲は俺達が作った街だぞ。それに帰る場所でもある!それを人任せに守らせてどうすんだよ!!家康?信玄?あいつらだって今はロクな力は持ってねーだろ!個人的な因縁だけで行こうってんじゃねーんだよ!!」
本音を言えば、ほぼ個人的感情だ。
市や茶々、それにミツもだし…。国や街だって俺にとっては個人的な部分が多い。何を言い訳にしても結局は俺個人の部分に絡んでしまうのだ。
でも、それが俺だ。
「どうして、こうなっちゃうかな…。全く、ノブには呆れるよ。呆れ過ぎて…、信じたくなっちゃうじゃないか」
「おう!俺を信じろ!!」
「うん。信じることにするよ。あ、そうだ。念の為、これを持って行って」
又しても、乱丸印の…。ここで断ると心配かけそうだし、使わなければ良いだけの話だ。
有り難くもないので、無言で受け取る。
「僕達も、ここを片付けたら直ぐに清洲に戻る。帰ったら、勿論だろうけど全部終わっているんだろうね?」
「そりゃあ、当然な。ミツに出番は残さねーよ!!」
ミツに出番があるとしたら、それは後片付けだ。毎度お馴染みの後始末。ミツに気づかれる前にさっさと出発してしまおう。
ミツの承諾を受けるのに結構なタイムロスをした。だが、無駄な時間じゃない。友達とおしゃべりするのも大切な時間だ。
「さて、──────」
今日が初陣の鵺だったが、これが最後のお勤めだ。
ミツの話を聞いた後だと、考えさせられるな。魔剣といえ、これも命あるものだ。
はあ…。おっと、こんな事では魔法にも影響が出るな。ここはザックリスッパリ切り替えよう。
有終の美を飾るには早過ぎる。つっても、武器を駄目にするのもこれが初めてじゃねーしな!!せめて、呪って来ないように祈るだけだ。
「────鵺。行くぞ!!」
俺の後方並ばせて配置。前に習えの縦一列だ。
燃料を魔力にした飛行機である。ただし、その魔力が問題だ。
万全の状態な、鵺の魔力だけで十分たが、弾道飛行となると俺の魔力も必要になる。ただでさえ燃費の悪いってのに俺の魔力も食わせるのは自殺行為だ。
ぶっちゃけ、世界の裏側までは飛ぶことは不可能。ミツの手前、見栄を張りたかっただけだ。
発射態勢に入り、背中に圧力を感じる。実射試験は秀吉で何度も試したが、自分でやるのはこれが初めてだ。
ドキドキの緊張感。何故か、市との思い出が走馬灯のように脳裏に浮かぶ。そのほとんどが、市の泣き顔…。そして、俺の不注意で招いた惨事。死にかけた市の顔だ。て、縁起ワルっ!?
「いや、俺の勘は当たった試したがねぇし、気のせいだろ」
とは言いつつも、胸騒ぎは抑えられない。虫の知らせなのか、何なのか…。
嫌な予感を感じていられたのも束の間だ。弾道飛行に必要な魔力が溜まったのだ。
頭剣猿、胴剣狸、脚剣虎、尾剣蛇の順に魔力が一気に噴射される。
清洲まで一直線にひとっ飛び…。なのだが、爆発的に放出された魔力に堪えきれず、魔剣鵺が悲鳴をあげた。
ついでに俺も絶叫する。カウントダウンもなしにぶっ放されたら誰だって悲鳴を上げる。決して、俺がビビりだからじゃない…。
一筋の雲を架けながら、空飛ぶ未確認飛行体。その絶叫か悲鳴か分からない雄叫びに、足下の村々で魔獣が出たのではないかと、蒼然となったという。
うーん、宇宙人も魔獣認定してやるべきか?
油断大敵。いえ、油断していたつもりはありませんでした。城に帰るまでが逃亡。安心しては駄目です。
一度は退いたと思った浅井の追っ手でしたが、またも追っ手を差し向けられました。あれから既に五回の襲撃を受けています。
百鬼夜行の屍兵は死屍累々。殺されたというなら、元から死んでいたのです。この場合は、黄泉に返されたと言うべきでしょう。
「つっ…。敵も本気、ですね。昨日までの者達とは規模も練度も桁違いです」
と言うのも。どうやら、追っ手を指揮するのは長政のようです。無銘の武人ではありますが、力量は女の私よりも遥か上でしょう。
長政の指揮の下、近江の侍達が迫ります。ひしひしと狭まる包囲の網、未だ視認を出来ませんが、度重なる襲撃が全てを物語ります。
「浅井長政の実力は、私以上なのでしょうか」
だとすると。逃げきれるか不安になります。
痛覚がなく刃物は無意味。魔法であろうと百鬼夜行の魔法で蘇る屍兵は不死身の軍団と言えます。
ですが…。魔力を分散しているとは言え、こうも容易く敗れるとは思ってもいませんでした。
(月曜の魔を超える力を持っているのなら、既に天下は取っていたことだろうな。天月の魔に勝る五曜は存在せん)
天地がひっくり返らない限り、天魔さんの言う通りです。
「そう言えば…昔、お父様から聞いたことが有ります。敵を弱らせる魔法があると…」
つまり、浅井長政の魔法は支援魔法の一つ…と言うことでしょうか。未だに推測の域を出ませんが、この魔法をかけられると屍兵達の動きが鈍ります。身体的な能力の低下。いえ、魔力さえも低下させられます。
先ずは敵を知らねばなりませんが先入観に捕らわれるのもいけません。一応の仮定としておくことにしましょう。
しかし…。このような魔法を使うとは、敵を弱らせ一方的に痛めつけることを好む方ようです。性根が腐っている。そうでなければ、百鬼夜行が負けるはずがありません。
悔しい反面、私の未熟さに憤りを覚えます。
(最後の一匹もやられたようだぞ。追いつめられたな。手を貸そうか?)
私を守る有象無象の兵…数を増やした百鬼夜行を全て失ってしまいました。
「いえ、大丈夫です」
ここは既に尾張の国。地の利なら私に歩があります。懸念材料は魔力消費ですが、百鬼夜行も破られ、魔力を回す必要はなくなりました。それに休息したお陰で魔力も回復しています。
(何時になく、強気だな。だが、もう暫くの辛抱だ。直に助けが来るぞ)
虚勢であることは見破られているようです。どんなに足掻いても時間稼ぎが精一杯。ですが、助け?
「それは…つまり──────」
私が語るまでもなく、答えは出ています。何の標もなく、私を探し出せることが出来るのは一人だけです。
私をこれ以上なく元気づける言葉はございません。そして、お兄様が来ると言うことは天魔さんの悲願も叶うと言うことなるのでしょう。
多くを語らない天魔さんですが、天魔さんの叶えたい願いとは、復活。失った力の復活なのです。
今でも最高位の魔剣が、その力を取り戻したとき、私の願いも叶うのです。
しかし…。至らない私が、天魔さんの願いが…。私の願いが、一体どのように叶うのか。その願いが何を此の世にもたらすのか考えが及ばなかったのです。




