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57)尾張防衛・桶狭間

57)尾張防衛・桶狭間


 尾張に潜んでいた忍者達だったが、一掃セールがごとく、自国から売り払われた。どっちかてと、捨て売りにされたって言うほうが良いか。つまりはリストラ。それも本当の意味での首切りだ。

 結果、藁にも縋って俺に泣きついてきたのだが…。今まで散々、こちらの情報を垂れ流してた奴らに温情は要らない。が、使い道がないでもない。そんなワケでスパイをやらせている。今川のところに市が居るよと教えてくれたのも、そんな奴らの一人だった。


「どこまで信用して良いか、分かんねーし。騙そうって言うなら、今度こそ容赦しないってな」


 情報管理を徹底させることで対処する。今は断片的に扱われ、パズルのようになっている。上に行くほど情報が見えてくる仕組みだ。

 断片的な情報しか見えず、組み合わせを間違えると、全く違った情報になる。

 実際、今回の作戦の全容を知る者は少ない。実行には、俺とミツ。サポートには秀吉を据えていた。全容を知るのは三人だけだ。

 逆に敵の情報は俺に流れてきている。

 完全に敵の頭を押さえている今なら、状況的に勝ちに揺るぎないだろう。


「後は、力の差を教えてやるだけか…」


 勝ち方にも気をつけないとな。中途半端にやって、また来られたら堪ったものじゃない。相手につけ込まれる隙を与えるだけだ。俺は騒がしくも平穏な暮らしがしたいのだ。


 ………。

 ツッコミないと寂しいな。一人で喋っててもつまらないし、早くミツと合流しようか。

 重ね掛けの強力魔法で更に速度を上げる。目指すは桶狭間!!






 朝露に濡れる森の中…。昨日、仕掛けた獣用の罠を見にきて見れば、刀を携えている少女がいた。極上の着物を着た少女を誰が農民だと思うのか。見ることさえ汚してしまいそうな、ここに居るのが場違いな少女は何処ともなく歩いて行く。

 興味を引かれ…、もう少し様子を見ることにした。


 気づかれないように、こっそりと後を追う。そんなアホな真似をしていたのは自分だけじゃなかった。

 いや、あれは何処ぞの武士様である。アホ呼ばわりは失礼か…。

 歩き疲れたのか、腰掛けに丁度良い石に腰を下ろした少女。その後ろにゆっくりと近づく武士様。城から逃げ出したのか…、それとも人攫いなのか…判別はつかない。どの道、あの少女の行く末は可哀想だが決まっている。

 忍び寄る男の影に少女は気づいた様子はない。助けに行くべきか…。


「え?」


 次の瞬間、武士の首は胴を離れていた。


「────あ」


 ひれ伏すように崩れ落ちる身体。少女が刀を振るったようには見えなかった。少女は微動だにしてはいない。そして、何より…返り血の一滴もついてはいなかった。


 ボトりと宙を飛んだ首は落ちた。

 見たくはない。見たくはないが、武士と目があった。何かを訴えかけるような視線も見る必要はなくなる。

 傷口から火の手が上がり、一瞬で燃え盛った。

 戦や合戦は何度か見たことはある。魔法の類いで燃やされたのだろう。火を操る武士が、丁度あんな感じで敵兵を倒していたのを覚えている…。

 近年、尾張の殿様が魔法を使える人間を集めているとか。そんな噂を聞くが、魔法の使えない自分には縁のない話だ。


「困りましね。漸く、出会えた方でしたのに…。これでは道を聞けないではありませんか。もう少し、手加減というものを」

(暢気な事を…。あれは、お前を追って来たものだぞ。手加減する必要を感じん。それにな、俺の事象に手加減というものは存在せん)

「そうなんですか。でも、どうしなら良いのか…。ここがどこかも分からないのに」

(…)


 誰と話しているんだ…。他に誰か居るなら、自分の身も危うい。

 危機に瀕して人は感覚が鋭くなると聴くが、どうやら自分の感覚は鈍感なようだ。


「まあ、死体でも使い方があるのですけど」

(……)


 炎が燃え尽き、残された死体。少女は何やらの魔法を掛けた。

 頭部を失い焼け焦げた身体が動き出す。その光景に背筋が凍ったが…。いや…、下の方が濡れているが気にしている場合じゃない。


 何故なら…。


 百鬼夜行。生気のない、動く死体の群れが少女を取り囲んでいた。

 動く死体の仲間入りをした新参の死体も群れの中に入る。その様子をジッと見ていることしか、今の自分には出来ない。

 本能が告げている。今、動くのはマズいってな。…勿論、腰が抜けて動けないわけじゃない。


「どうしたんですか?寝ちゃったんですか?」

(安心せい。まだ、魔力は有り余っているからな。寝てはいない)

「え、どう見ても寝てましたよね?どうして、そんなに寝坊助さんなんですか?」

(う、うーむ、なに。昔に人に囚われていた時があってな……。その名残だ)

「昔に…。そうですか、天魔さんもいろいろとあったんですね」


 聞き耳を立てるものの、やはり聞こえてくるのは少女の声のみ。燃え盛る死体と話しているふうでもない。…それは、それで怖いが少女は話すときには横を向く。隣に誰か居るような雰囲気だ。

 しかし、この場に居るのは猟師じぶんと、あの少女。他に誰か居るような気配はない。いや、周りには死体が徘徊しているが…。


「そもそも、あの子には何が見えてんだ…」


 語り合うように話し続ける少女。いや、既に少女であるという認識はなくなった。魔法を使う少女…魔法少女である。

 かの魔法少女は、道に迷っている様子だ。迷子であれば助けるのは当然だが…。


「あれを…助ける?」


 それはどんなバカだ。近づくことさえ恐ろしい化け物じゃないか。一体どんな魔法かは知らないが、二の舞はごめんだ。

 触らぬ神に祟りなし。障られては堪ったものじゃない。このまま気配消して立ち去ろう…。


ピキッ


 無情にも小枝を踏んでしまった。


「そこに居るのはどなたですか!?」

「しまった!──────」


 この場合、逃げるが百計。迷うことなく、一目散に逃げる選択を選んだ。

 それでも自分を追いかけて来ることはなかった。道に迷って疲れていたのか、それとも自分が取るに足らないものだと思ったのか…。その後も、何のこともなく、自分は里に帰りついたのであった。


 その後。尾ひれはひれがついて鬼の妖女の噂が流れることになるが、それはまた別の話である。






 桶狭間。そこには小型の檻が置かれていた。無数に設置された檻に閉じ込められている小さくとも狂暴な獣たち。一つの檻に複数匹の獣が押し込められている。

 檻の中から無数の鋭い眼差しが外をジッと見ていた。

 鎖の錠により閉じられ、暴れようにも暴れられず、さらには身動きを縛る鎖に苛立つ。下手に手を出そうものなら、檻の中に引きずり込まれているだろう。


 檻の戸が開かれたとき、戦場の空気は一変する。


 世に魔獣が現れると、それは天災のごとく扱われてきた。魔獣とは人の手には負えないものだからである。

 戦に使えれば、いや。使えば勝利は揺るぎないものとできる。超常の異能、魔法と言えども魔獣に抵抗できるだけの力はない。それは魔剣の力があってこそ出来ることだ。

 檻の中にいた獣は、風を斬るいたち。風の災害と恐れられる魔獣である。

 鎌鼬の恐ろしいところは、その繁殖力にもある。生まれたての仔魔獣であっても、巻き起こす災害は甚大なものとなる。


 馬鹿正直に誘き出され、正面から対峙する織田陣営。真っ向勝負での初戦は、互いに様子見で終わった。


「尾張へと送り込んだ密偵からの話では、信長のない戦力だとは聴いていたが…。明智光秀か」


 尾張最強の武将。さらに知将とも聞いている。当然、一筋縄ではいかないことは分かりきっていたこと…。今更、策を用いたところで労力の消費だ。

 戦はまだ始まったばかり。だが…先の衝突で、明智の狙いは読めている。

 明智の狙いは陽動。奇襲を狙っての作戦だ。ならば、こちらはその逆。魔獣鎌鼬を用いて一気に攻め込む。


「殿、ここは危険です。お下がり下さい」

「織田の軍勢を前に下がれるものか!!それに鎌鼬を野放しにするわけには行かぬ。放っておくと我らまで奴らの餌食となるぞ」

「も!申し訳ございません」


 鎌鼬の扱い方、飼育には十分な注意が必要だ。

 そもそもの話、魔獣を操る武将と呼ばれてはいたが、服従させているとは言い難い。もし、それが完璧に出来るのであれば檻など必要なかった。

 今の地位を築いたのも、魔獣の自由を奪い屈服させる魔法具〈天空の鎖〉のお陰だ。

 かつては、戦乱の世をもたらした魔人を封じていた物ではあったが、魔人の消滅とともに役目は果たした。今は魔獣を使役するための魔法具となっている。


「まぁ良い。既に魔獣は解き放たれた。後は明智の小僧が悲鳴をあげるまで見守っているだけよ」

「はい。では、ここに本陣の構えを」


 防御結界を敷き、兵を集めて守りを固める。これが何時ものやり方である。


「…信長よ。思う存分、苦しませてやる。これが貴様への誅罰だと知れ!!」


 連合諸国、幕府への反乱。尾張は既に討つべき敵となった。

 家康の失敗が尾を引いている。あの戦には、信長の力量を調べる目的があったが、その目的も中途半端になってしまった。武田と徳川の攻撃中に斎藤勢が来なければ。更に龍神が飛んで来ることも予想外であった。

 それに、信玄と家康が捕らわれてしまうという事態までも起きた。

 しかも、だ。密偵からの報告によれば家康は信長の下から離れたくないと言っているという…。

 今は、再び結ばれた尾張と三河の国の絆は、その昔に紡がれた縁である。心情は想像に難くない。だが、自身の下にある者が、勝手に主を変えることが許されるはずがない。

 信玄に至っては、信長と酒宴を交えて信濃救済の確約を得たと言ういではないか。

 幕府を通して此方が行う予定が、信長の独断で奪われた形だ。

 戦乱の世を纏めようという幕府に対しての反逆にも等しい。戒めるための最後通牒さえも、密偵の疑いありと破り捨てられたのだ。これを許さず何を許すか、だ。

 全ては織田信長が招いた不祥事。

 砂塵を巻き上げ吹き荒れる嵐が、明智の率いる織田勢へと向かう。


「─────尾張が餌場だ。全てを食い尽くせ!鎌鼬よ!!」


 鎌鼬達の狩場となった戦場。鎌鼬の恐ろしいところは姿が見えないところにある。

 風と同化し、人々を襲う。戦場に吹く風が尾張諸共に織田勢を切り刻み、血の臭いが戦場を満たしていた。






 戦場から狩場へ変わった桶狭間。だが、戦火の火の手は清洲まで迫っていた。

 信長の留守を守るのは茶々達三姉妹。…流石に魔法が使えるからと女子供を駆り出すほど鬼畜ではない。だとしても、義理とはいえ親子だ。

 親子仲が悪いならともかく、信長親子の絆は深いものとなっている。

 守るべきものは守る。それだけの絆は、出来上がっていたのだ。

 一方で…。近江の国の頭首、浅井久政と浅井長政の仲は良くない。

 臣民の信頼を得る長政と権力を失いつつある久政の親子。血の繋がった親子とは言え、権力が絡むと面倒くさいことになるのは何処の世界でも一緒だ。

 いや、権力争いがなくても仲は悪かったに違いない。兎にも角にも、この二人は親子とは思えないほど仲が悪かった。


 行軍する浅井久政率いる近江勢。完全武装に身を包み、言わずもがな…全員が魔法を使える武士。その数、二千の兵となっている。

 向かう先に有るのは、清洲城。しかし、問題が起きていた。

 国境までは順調に進んでいた。兵の歩みを止めるものはなく、来てくださいと言わんばかりだ。それも当然。今の近江と尾張は婚姻の約束を結んだ二人がいる。つまりは、近江と尾張は同盟関係にある。

 止められる理由がない。理由はないが、歩みは遅くならざるを得なかった。

 と言うのも──────


「馬鹿者!!たかが、小娘ごときを捕らえるのに何時まで掛かっている!!」

「申し訳ありません。父上…」


 市姫との婚姻を結び、信長を討ち取った後の尾張の支配権を得る。今川との取引により、実質的な後継者として認められたものの、肝心の市姫には逃げられてしまった。

 この婚姻が、なければ尾張を得ることが叶わない。

 悪い知らせとは続くもので、墨俣の戦では織田信長までも逃げられたと言う…。


「今、追っ手の者を送るところで──────」

「馬鹿者が!!これから城を攻めようという時に何をやっている!!そんなことだから、貴様は役に立たんのだ!!」


 苛立つ原因は、息子である長政にもあった。

 近年、国家元首である自分の実権が揺らいでいる。権力を裏で操る長政のしたたかさが原因なのだが、表向きには無能を装っている…。

 息子に操られていると言うのは、親として気分の悪くなる話だ。


「しかし、父上。…いえ、何でもありません」

「自分の役目くらいは把握しているか。失敗は許さんぞ!」


 だが、尾張攻めは降って沸いた好機だ。

 織田信長自身が戦場に出ている上に、斎藤と今川に兵を割いている。城を守る者も浅井が来たとあれば、門戸を開くほかない。となれば、清洲城の占拠は容易い。

 逃げられたとは言え、織田とは婚姻関係にあるのだ。浅井が来たと言えば、簡単に城に入ることも出来る。さすれば、内側からも切り崩せるというもの。

 ここで手柄を立てることで権力を取り戻し、逆な長政を追い落とすことができる。

 無能を装うのなら、無能のままにしておけば良い。息子と言えど、政敵でしかない。


「はい」

「ふん。どうせなら、貴様が密かに集めた侍達にでも、その仕事を回せ。貴様につきまとうしか、他にやることもないのだろ」

「申し訳ありません。あの者達には城の留守を頼んでおります」


 婚姻を結ぶ者として、長政の役目は顔を出すだけである。それ以外に役目はない。兵を引き連れて行く理由ない。

 結局、長政の連れてきて兵の数は少数。自身の周りを守る侍達だけだった。

 しかし、これから信長を討とうと言うときだ。全軍を率いてとは言わないが、兵は多いに越したことはないだろう。


「チッ。貴様は、やはり役に立たん!」

「申し訳ありません…」


 まったく謝っている素振りには見えない。それどころか、どこを見ているのか遠くの空を見ていた。






 墨俣から桶狭間まで…。幾ら魔法による強化しての移動だとしても無茶があった。何とかミツには会えたものの、体力と魔力の限界だ。

 流石の俺もバテた。来てみたら、魔獣の群れ…。疲れない道理がないだろ。


「まったく…。いい加減、無茶が過ぎるよ。こっちの医療班にだって休息は必要なんだよ」


 と言いつつも、きっちりと治癒魔法を使える侍を連れてくるあたり、魔力配分の管理は行っているのだろう。

 兵士を束ねるのが、大将の努め。戦で魔力切れは、敗北の意味だ。尾張では、戸籍管理の一環で魔力測定もしている。ABCで、それは示されるが…。今は余談だ。


「そう言うなって。俺が来なかったら、全滅は必至だっただろ?タイミング的に良かったんだから文句より賛辞をくれってーの」

「よく言うよ。余計な足手まといが一人増えただけだよ。…ほら、とりあえず。コレでも飲んで元気出しな」

「うぅ…。それは…」


 渡されたのは、乱丸印の入った小瓶。かつては液状であったが、改良されて丸薬になっている。見た目は変わったが、漂うこの香りは…。

 思い出したくないあのエリクサーだ。


「何で、これがここにあるんだ。禁止したはずだろ!!」

「これは違うものだよ。効果は同じだけど作り方を変えてみた薬なんだ」

「そういう問題じゃねーよ!?」


 製造を禁止したはずが、互いに解釈のズレがあったらしい。


「大丈夫だって。これは乱丸の聖なる水を───────。つまり、飲んでも何の影響もない!!」

「ちょっと待てよ!?じゃあ、前回のアレは副作用があったってことかよ!?」


 迫り来る恐怖!副作用も怖いが、何よりも笑顔で近寄るミツの顔が怖い!!


「え?…は、は、は。実験に失敗はつきものだろ。失敗を乗り越え、成功に至る。何度でも言うけど…大丈夫、今度のは絶対大丈夫だから」


 認めちゃったよ…おいっ。一体どんな副作用なのかは知らないが、クソやべーじゃん。

 少々、おイタが過ぎるぞ。とは言え、自らの非を認めて、次に生かす。その心意気だけは認めるところだ。俺も見習うべきところだ。


「ホントに…これは飲んでも大丈夫なんだよな?」

「うん、勿論さ。回復効果も二倍だよ」

「ミツが、そう言うならきっと大丈夫だな…。大丈夫なんだよな?」


 いや、やっぱり…。しかし、ここで飲まないと言うのも親友として、どうなんだ?


「あ、言い忘れてたけど。その丸薬は1日2錠までだからね。それ以上の服用は人体が人外に─────」

「おい!人外ってなんだ!?甚大の間違いだろ!!」


 人じゃなくなるくらいの副作用か!?聞き捨てならねーよ!!


「いやいや、障害は──────」

「障害!?障害ってレベルを超えてるだろ!!ホント、飲んでも大丈夫なんだよな!!」

「え。うん」


 んな、淡白な返事を…。

 これは…。これは、飲んじゃ駄目な奴だ!!

 俺でも、流石にこれは分かるってーの!!


「いいよ、いい!!要らねーよ!!」


 放り捨てた小瓶を見事にキャッチ。2度目となると、阿吽の呼吸だ。


「危ないな!そうポイポイと投げるのは止めてくれよ!!」

「なんだよ…。まったく…俺よりその薬の方が大事かよ!」

「そんな事ないよ。でも、元気が戻って来ただろ?」


 いつの間にか、体力魔力共に回復している。今はもう元気いっぱいになっていた。

 秘薬のお陰じゃないのは確かだ。ミツとのやりとりで気持ちが高ぶったせいだろう。


「まあ、とりあえず回復したは良いが…。ミツの方は大丈夫なのか?」

「僕?僕は心配いらないよ」

「いや、ミツじゃなくて兵士たちの方。かなりやられてただろ?」

「確かにね。隠すことでもないけど、ノブが来なければ危ないところだったよ。ありがとう」

「礼なんて要らねーって!そ、それより、ホントに大丈夫なのか?」


 血まみれの兵士たちを見ては、心配にもなる。深刻なダメージを負っているわけじゃなさそうだが、楽観できる損害でもなさそうだ。


「大丈夫かって?そんなの愚問だよ。敵がどんな魔法を使ってくるかは調べがついていたんだし、十分な備えはしていたさ。特に後方支援には十分過ぎる程の守りを与えている。治癒魔法だけじゃなくって、魔力回復の薬も完備しているよ」


 おいおい…、マジっすか?

 さっき投げ捨てた、あの薬をみんな飲んでいるのかよ。自慢げに語っているけど、そっちの方が心配なんだけど…。


「お、おい。副作用は出てねーよな」


 確かに、回復力はスゲーけど…問題は副作用だ。一歩間違えたら人外になるような薬をヘーキで飲める、その根性!いや、死ぬよりはマシかも知れないが、薬の副作用で自滅…なんてことになるんじゃないだろうな?


「ちゃんと量用は守らせている。仮に守らなかったら、どうなるかも説明済みだよ」

「ああ、そう…」


 黙るしかなかった。だって怖いんだもん!副作用より、ミツがよっぽど怖いって?!そりゃあ、みんな飲むしかねーよ。同情するよ、マジで!!


「それにしても…風の魔獣とは聞いていたけど、姿が見えないなんて聞いてなかったよ」

「お、おう。そうだな。見えないってのは確かに厄介だな」


 俺には見えてるけどな。


「何、その顔。情報不足を責めてるわけじゃないよ。采配を振るっているのは僕だし、情報を全て知り得る戦なんてないんだよ。それに…一時後退はしたけど、魔獣対策は考えてある。今川は僕に任せてくれよ」


 魔獣にやられていたのも作戦の内だったのだとしたら…。いや、その可能性が大きいか。

 なら、俺は余計なことをしたことになる。でも、仕方ないだろ。俺だって、魔獣が姿を消す能力を持っているとは知らなかった。やられているミツを見つけて、手を出すのも当然と言えば当然だ。


「杞憂だったみてーだな」

「そうでもないけど気持ちはありがたく頂くよ。………そろそろか。兵たちの回復も終わる頃だし、反撃の時だね」


 回復どころか、既に次の手を打っていた。ミツは兵の大半に銃を装備させている。ソイツらは後方に広がって配置され、前衛に居るのは上級武士たちだ。

 他にも、大量に用意されている煙幕弾。…ミツの狙いは読めた。

 風の動きで姿を捉えようって魂胆だ。土煙を起こせば、姿は見えなくてもどこに居るかが分かる。居場所さえ分かれば…。


 待機している兵たちの姿に恐れはない。出たとこ勝負の俺と違って、ミツはちゃんと考えている。俺が心配するのは逆に失礼だ。無駄な心配、余計なお世話。…ミツは言わないが、気持ち的にそんなところだろ。


「分かった。だけど、もうちょっとだけ待ってくれないか?今川の所に俺の大切なものがあるらしいんだ。それを取り返すまでは」

「市姫様が?そんなバカな、市姫様がこの戦場にいるっていうの?!有り得ないよ!?」


 ミツもビックリしているが、俺もビックリだ。市とは俺は一言も言ってない。なのにミツには通じる…。

 まあ、俺が大切にしているのは親友と市だ。通じる通じない以前の話…。いや、ミツは市が居ることを知らなかったのか?


「どうやら、市は人質にされているって話らしい。俺に対しての脅しのためにな」


 市を盾にされたら手を出せない。だから、市の捜索を優先させていた。

 ミツ達との戦闘で市を盾にしなかったのは、舐めていたからだろう。


「そうなの…。でも、そんな素振りはなかった…。いや、別の目的があるってことかな」


 ミツに分からないなら、俺に分かるはずがない。しかし、俺だからこそ分かることがある。

 そもそも、市は近江に連れて行かれたと聞いていたのだ。ミツが不信がるのも当然だ。

 だが、しかし!!


「目的なんて知ったことかよ。俺には分かる。ここに市が居るってことは。だったら、助けるの一択しかねーだろ!!」


 待つのも、待たせるのも…もうゴメンだ。目前にあるのに手を伸ばさないのは、バカを通り越してアンポンタンだ。


「その情報…。一体誰から聞いたの?」


 俺の話だけでは、信憑性に欠けるってことか。


「スパイさせてる奴らの一人だ。顔も名前も知らねーけど、秀吉が俺のところに連れて来たんだし信用してもいいだろ」

「危ないな…。秀吉が連れて来たからって情報まで信用出来るとは限らないんだよ。一体何の根拠で信用しているのさ」


 疑う気持ちも理解できる。俺だって、信用しているわけじゃない。

 だが、今となって俺にははっきりと分かるのだ。市に持たせた魔剣の存在が。


「ミツには分からんかも知れねーけど、間違いなく天魔の気配を感じるんだ。今川の本陣からな」


 魔剣天魔は特別な魔剣だ。まあ、魔剣自体唯一無二で、同じ魔剣は存在しないのだが…。

 その魔剣、天魔の魔力を俺は感じていた。自分の感覚でしかない。ミツを納得させられるかはビミョーなところだが…。いや、自分の感覚を信じないで何を信じれば良い。


「そう。一応、根拠はあるってことか…。仕方ないね、作戦は一時中止。市姫様の救出はノブ一人に任せることになるけど大丈夫かい?」

「ああ!!」


 力強く頷く。

 ミツは納得してくれたみたいだ。

 天魔は魔剣の分際で人間嫌いだ。特に嫌いな人間には触れさせることは絶対にない。つまり、天魔があるということは市が居る証明になる。それは、ミツも知っていることだ。

 天魔があることでミツも納得してくれた。いや…あえて言おう。俺という存在がミツは納得する材料になったのだと。

 と、口に出して言ったところでミツの照れ隠しで説教されるだろう。ここは、お口にチャックだ。


「だが、ミツ。俺の方は良いとしても、ミツは大丈夫なのか?」

「勿論、大丈夫だよ。僕にだって守りたいものはあるんだ。決して、逃がしはしないよ」


 並々ならぬ決意を感じる。今川は踏んではならないミツの尾を踏んでしまったと言うことか。しかし、同情の余地はない。


「ミツも本気だな。なら、手加減する必要はねーよな」

「ああ、当然さ。遠慮なんて要るものか」


 ミツの怒りには俺も賛同するところだ。

 妻と子供が、帰りを待っている場所に魔獣が解き放たれたら大惨事を招く。俺だって、帰りを待っている子供達がいる場所だ。

 魔獣を一匹だって残すことは出来ない。

 現に信濃は魔獣それで深刻な問題が発生している。共存共栄なんてのは互いに利益があって成立するものだ。

 一方的なパワーバランスでは、力の強い方が食い尽くして終わってしまう。


「自然の摂理とは言え…見過ごせないものもある」


 俺達の家族が、魔獣たちに食い荒らされる光景は想像することさえ嫌悪を感じる。

 絶望の下に滅びるのは、どちらなのか。徹底的に懲らしめてやる必要があるな。


「良し。魔獣は任せたからな。どちらが食物連鎖の上に立っているのか、きっちり教えてやれよ!」

「魔獣を食べるつもりはないよ。根こそぎにしてやりたいだけだよ」


 ミツ同様、ミツの率いる部隊は士気が高い。銃の扱いにも慣れている熟練の部隊だ。

 一度戦って魔獣の力は理解した。あの魔獣たちは数は多いが、個々の力は大したことはない。まず、取りこぼしの可能性はないだろう。


 この後の展開は、思った通りだ。

 語るまでもない。まる裸にされた獣の命運は決まっている。

 魔獣が狩り尽くされると、後ろに控えていた今川の兵隊たちが残される。

 ソイツらも当然のごとく、魔法銃の餌食となった。

 弱肉強食、弱い奴は食われてしまうのだ。


 戦闘の間に今川陣営の後ろへと回った俺。ミツ達の戦の様子をただ黙って見守っていた。

 魔獣や先に戦っていた兵隊は先鋒部隊でしかない。未だに敵は残っている。敵陣には多くの兵が守りを固めていた。

 しかし、見るも無残。怪我の一つもないのに今川兵の士気は落ちている。それも最低辺と言って良いくらいにだ。

 今なら、俺一人でも十分にやれるかも。と、そう思った矢先だ。

 不測の事態が起きる。やはり、いくら作戦を考えても思った通りには事は進まないものだ。


「せ、先鋒隊!ぜ、全滅です。殿!!」


 想定していたより、事態の進展はずっと早いようだ。早く市を見つけねーと。


「鎌鼬も同じく…。明智率いる織田勢は確実に近づい参ります」

「糞が!!残っている者達を本陣の守りに当たらせろ!このままでは本陣に攻め込まれるぞ!!」

「いえ、それが…。織田勢も退いているようで…」

「なに!?どういうことだ…。いや、ならば好都合か…。兵達の撤退を急がせろ!!良いな!!」


 初対面であったが、多分…あれが今川とか言うヤツだろう。陣羽織を着て偉そうな感じで撤退の号令を下していた。

 ますます以て計算外だ。何故に全軍撤退?俺からしたら、何それだ。俺なら、ここは全軍突撃。手薄になるところを狙っていたのに…


「はい!」


 撤退を喜んでいるかのように見える。て言うか、めっちゃ嬉しそうじゃねーか?


「…これで…帰れる…。出世は諦めて…。あぁ、田舎へ帰ろう……」


 俺の耳は、その小さなつぶやきを聞き逃さなかった。

 あー、そう言うことかよ。俺達っつーか…ミツは、やり過ぎてしまったのだ。

 魔法や魔法陣など大規模な攻撃をしたとしても、まず全滅は有り得ない。更に…。今川は、これまで魔獣を使った戦い方をしていた。負けることは今までなかったはずだ。いや、魔獣という凶悪兵器を餌にまともに戦って来たかも疑わしい。

 そう言う状況が重なってしまった。

 だが、この状況に乗らない手はない。混乱している今の内なら、市の救出も楽に行くはず…?


「あれ…。天魔の気配があるのに市の姿がねーぞ…」


 感じていたはずの天魔の気配。その魔力は薄い。

 目前と言うほどに近づいているのだ。距離の問題ではない。

 となると…?

 もしかして、寝ているんじゃねーだろうなぁ…。自分から言い出しておいて、それはねぇーだろ!


「呼び起こしてビックリさせてやる」


 当然、誰にも気づかれないよーに。ソーッとだ。

 眠る魔剣を起こすには魔力を注げば良い。俺と天魔の結びつきは一心同体と言っても過言ではない。

 眠れる虎を起こせば、状況も…あ!?状況悪化するんじゃね!?


「………」


 魔力を送っているのに返事がない。まるで屍のように。

 どういうことだ?

 天魔の寝起きの悪さは尋常じゃない。寝ていたなら、俺の魔力で暴走してもおかしくないなずだ。


 …………。


 この弱々しい魔力。それに薄められた感じは…。似て非なる全くの別物だ。

 つーか、見て気づけよ!!あれは天魔じゃねーし!!いつから俺の魔剣は鎖に変わったんだよ!?


「何者だ!!」

「しまった!?つい、うっかり…」


 一人ツッコミやっちまった!!マズい。俺がこの場に居ると知られたら…。


「曲者め!貴様、織田の手の者だな!!」


 おっ。どうやら、俺が当の本人だとバレてない。俺は、まだまだ名前だけの有名人ということだな。

 まあ、その方が都合が良い。今置かれている状況を考えれば尚更だ。


「待て!迂闊に近づくな!!」

「しかし、このままでは逃げられてしまいます!」

「ふ、奴は決して逃げん」

「は?それは、どういう…」

「ソイツが織田信長だ。バカを絵に描いたような男、それが何よりの証明だ」

「バレてんのかよ!?つーか、言いたい放題だな、おい!!」


 反論の余地はない。たった一人で敵陣に乗り込むようなバカは俺だけだ。

 徹底的にバカを晒してしまった。敵将を前に恥ずかしい…。


「何を頬を染めている!貴様、気持ち悪いぞ!!」

「と、殿をお守りしろ!殿の身が危ないぞ?!」


 待ってくれ。それはあらぬ誤解と言うヤツだ…。

 仕方ない…。ここは、尊敬する兄貴を見習うとするか。


「勘違いすなよ!俺は妹にしか興味はねぇーぞ!!」

「キモっ!?」


 えぇー…。男同士よりも男と女の方が自然だろ。それよりも、不自然なのは今川の方だ。俺だと分かっていて人質を盾に出す気配がない。


「ゴ、ゴホンっ!…その、なんだ?ここに市が居ると聞いていたが、居ないみたいだが…。えーと、冥土の土産に市の居場所を教えてくれねーかな?市が何処にいるのかを」


 気を取り直して、と言いたいところだが全然立ち直れねーよ!視線がイタい!!


「死に逝く者に教える理由はないが…。寛大にも教えてやろう。信長の妹は浅井に預けてあるのだよ。正義に従わぬ貴様を我ら幕府に従わせる為にな」

「何が正義だよ!姑息な真似しねーと女一人も攫えねー奴に正義なんてあるか!!」


 正義を語るなら、市こそが正義!可愛いは正義!それが不文律だ。

 そんな事も知らない奴に従う理由はない。逆に妹の言うことなら、ホイホイと聞いてしまいそうな自分が怖い。


「ふん。吠えろ吠えろ。所詮、貴様は負け犬だ。聴きたいことはそれだけか?ならば、死ぬが良い!天空鎖縛、絞殺である!!」

「─────う?!な、何だ!!」


 一瞬の突風の後、身体に鎖が巻きついていた。巻きつけられたと言ったほうがより正確か。

 鎖の両端に立っていたのは二匹の化け物。手とも言えない獣の脚で握られた鎖を両端から思いっきり引っ張っていた。

 ただの人間なら、これだけで引きちぎられていた。

 だが、今の俺は複合強化の魔法で無敵状態。若干の息苦しさを感じたものの、大したダメージではない。

 この程度で死ぬようなら、俺だって黙ってない。優しい俺は先手を譲ってやっただけだ。


「どうしたよ、その程度で終わりか?」


 言葉が通じるかは怪しいが、俺が何の痛みも感じてないことは理解したようだ。次は何するかと思えば、旋風のようにクルクルと俺の周りを走り回り始めた。

 鎖はどこまでも伸びる。周り続けても俺と化け物の距離は縮むことはなかった。


「流石に、これはちょっとキツいな」


 蛇のように締めつけ、…魔力も封じる鎖のようだ。一巻きされただけでは気がつかなかったが、何重にも重ねて巻かれたことで漸く理解した。


「この手応え…。魔獣鎌鼬よりも、余程強力な魔力を秘めているな。だが、こうなってしまえば助かる道理がない。織田信長も所詮は獣と同じだ」

「馬鹿の代名詞みたいに言ってんじゃねーよ!殺すぞ!!」


 市が居ないと分かれば、大暴れするところだが…。こうも拘束されては、どうしようもない。


「威勢の良いことだ。だが、この鎖に縛られ立ってはいられんぞ。勢いだけで、この場を抜けることは出来るものか!!」

「分かってんだよ!そんなことは言われるまでもなくな!!」


 説教くさいジジイだ。年上の人には敬意を払え、と言うが相手を選ぶ権利はある。

 勝ち誇る卑怯者に下げる頭は、端っから持ち合わせてない。


「助かりたくば、首を差し出すか…。尾張を差し出すほかないぞ」


 バカは見せても流石に、そこまでバカじゃねーし。言いなりになって死ぬ気もさらさらない。つーか、市を助けず、このまま死んでたまるものか。


「確かに、このままじゃ俺でも身動き取れねーよ…」


 考えなしに敵陣に入り込んだのなら、俺はヤツの言うとおりに殺されている。潜入には失敗したが、作戦が失敗したわけじゃない。

 勝ち誇るのは結構だが、ちゃんと最後まで始末をつけてからじゃねーと意味はない。


「だけど、な。お前はミツに負けたんだ!!」

「負けてなどおらん!二の脚三の脚がないのは貴様らも同じこと!明智は追って来ないのも、そのためだろうが!!」


 確かにミツは圧倒的有利な状況で後退を始めていた。

 今川の台詞は誰が聞いても強がりにしか聞こえねーが、ミツの後退は紛れもない戦略的撤退だ。


「ミツを…いや。あまり、尾張を舐めるんじゃねーぞっ、俺の声を届けろ!!空気咆─────!」


 空気を震わせ、爆音を轟かす巨大音声。近くにいる者は耳を塞ぎたくなる騒音だ。

 俺の声は、はっきりとミツに伝わっただろう。





 風に吹かれ、その声に気づく。離れていても心は一つ…なんて言うつもりはない。戦いで気持ちが高ぶっていたからだ。


「ここに市は居ない。やっちまえ…か。まったく、また騙されたのかな?人の話を鵜呑みにして、ノブは素直過ぎるんだよ」


 勿論、悪い意味で…である。


「そこが信長様の良いところではないでござるか?」

「場合によりけり、だけどね。まあ、君も人のことは言えないんだ。気をつけたほうがいいよ」

「そう言われても、どう気をつけて良いのか…。松にも同じことを言われているでござる…」


 頭を使わない。いや、使いどころを知らない男、前田利家。しかし、今回の戦では利家の力に助けられた。

 何時もは恐れられるツッコミにも切れ味が出ない。て言うか、怖がられる理由が見当たらない。僕は、フツーにダメ出ししているだけなのに。


「て!無駄話ししている暇はないよ!!」


 合図を送る余裕があるってことは、当然逃げる余裕もあるということ。慌てることはないにしても、悠長に眺めているだけではノブの身が危ない。

 殺してもただじゃ済まない。転んだら、全てを巻き込んで転ぶのが僕の親友だ。

 作戦決行の時。作戦を台無しにされる前に事は速やかに行われる。


「そ、そうでござブゥッ!茶々様!?それに松まで!!」

「松さん?え、茶々様!!いや、それどころじゃないでしょ!!今は作戦集中して!!」


 溺愛する愛娘。と、ノブは言うけど端から見れば、偏愛の間違いだ。血の繋がらない親子関係ではあるが、ないがしろには出来ない。一応、これでも宮仕えである。ツラい立場だ。

 どちらにしても、今は茶々に構っている時間はない。ノブがやらかしてしまう前に片を付けないと、ノブが尾張を滅ぼすかも知れないのだ。


「は!?その通りでござる!!松と茶々様はここでゆっくりと休んでいるでござるよ!!」

「ウンウン!!」


 事情はどうあれ、今は戦の最中だ。折角、来ていただいたところ悪いけど、話は後回しにさせてもらう。

 戦争とは関係ない民間人。ここは尾張の国。茶々姫も松さんも居ても不思議はない。不自然ではあるが、それもまた今度だ。


 ノブの声により伝えられた号令に、指揮官である僕を除いて軍は動き出していた。

 侵略に対しての防衛は備えている。防衛に築かれた魔法陣は2種類ある。進軍の歩みを止める防衛用のものと、逆に進軍して来るものに損害を与える攻撃用のものだ。

 今回、使うものは後者の方だ。


「大気盤性魔法陣、風雲球の陣。緊急発動!!」


 極魔法数十発分の魔力エネルギーが込められている。防衛用でも攻撃用でも使われる魔力エネルギーは同じ。何度でも同じ結果を齎す。何よりも、魔法陣に描かれる絵図には芸術にも匹敵する美しさがある。


 魔法の芸術である魔法陣に討たれるのであれば、今川兵たちも光栄だろう。


 ポッカリと空いてしまった戦場の空白地帯に巨大な煙突が出現した。砂埃に撒かれて、その全容は伺い知れない。

 大気盤性魔法陣、風雲球の陣。それは、天高く伸びる煙突のことではない。魔法だろうと煙突は煙突。煙突とは煙りを吐き出すためにある。もしくは、サンタの侵入経路だ。

 もし仮に、この煙突から侵入しようものなら、巨大なエネルギーの流れる龍脈に焼き尽くされることになる焼却炉だ。

 それは、それで魔法陣としての役割を果たしているが、今川兵にしてたら、よく分からない突起物から煙が出てきただけ…。

 しかし、大気盤性魔法陣風雲球の陣とは、この雲がメインなのだ。

 見上げる空に煙突から吐き出されるまん丸い黒い玉が浮かぶ。これが第二段階─────。

 龍脈エネルギーの塊…。圧縮されていたエネルギーが一気に弾け飛ぶ。

 後は様子を見ているだけで魔法陣風雲球が全部片付けてくれる。今川だけは、僕の手で片付けてあげたかったけど…、この放電の嵐の中に入る勇気はない。




 ピカピカのバリバリに目が眩む。フラッシュライトでも浴びているような気分だ。

 肉の焼け焦げたような臭いが、辺り一面に広がる。

 等しく平等に。人も魔獣も関係なく、この戦場にいる全てに電撃は放たれる。


「…な。なんだ、これは…」

「くそ!合図送ったは良いけど、俺も早く逃げねーとヤベーじゃん!」


 今川の命令で数万の兵が一塊となっている。魔法陣が発動すると一網打尽…と言う具合だ。今まさに、その光景が目の前で起きている。

 鎖を握っていた魔獣も逃げ出そうとして、雷の餌食になった。


 俺も呑気に鎖に絡まっている場合じゃない。分かっているが、縄抜けな脱出マジックは俺は教わってない。

 つまり、脱出不可能…。このままじゃ!?


「く!暴れるな!!」

「殿、ここは危険です!早く撤退を!」

「分かっているが、このうつけが手を離さんのだ!天空の鎖は置いては行けぬ!」


 離さないんじゃなくて、あちこち絡まってんだよ。俺のせいにするんじゃねーよ!

 俺と今川、…2人で必死に鎖を解こうとするが、絡まりすぎてどこがどこやら分かんなくなった。

 紐が絡まった時は落ち着いて…。イライラしていては上手くいかないものだ。て、考えている時間も惜しい!!


「ひぃーぃ?!と、殿!!もうそんなガラクタほっといて早く逃げましょ!!」

「ガラクタ!?この天空の鎖は家宝だぞ!!」


 言い争いしてる暇はないと思うが…いや。それは、俺も同じだ。

 雷が嫌いな人間がいたなら、きっと震えて縮こまっていただろうな。

 まあ、俺に関係あるのは…、立場的に同じってことだけだ。互いに逃げ遅れているわけだから、協力し合うのは必然─────。


「鎌鼬を失ったのです!最早、それはただのガラクタでしょ!今は逃げて命を拾いましょう、殿!!」

「がら、ガラクタ…。いや、その通りだな…」


 え?なに、この展開…。嫌な予感しかしないんだが…。


「お急ぎ下さい。馬は怯え、使いものになりません。徒歩で逃げることになります」

「分かった。織田信長よ!この戦、一旦預けるぞ!!だが、勝った気になるな!!再び──────」


 その後の言葉が続くことはなかった。再び…は、もう二度と訪れない。

 だって…。電撃喰らっちゃったんだもん。


「て…呆気なさすぎだろ!」


 そりゃあ、さ…。カッコつけたいのは分かるよ。でも、刀抜いて振り上げいれば雷だって落ちるっつー話だよ。

 散々人を振り回しておいて、挙げ句は感電して真っ黒焦げ。一体、尾張に何しに来たんだか分かんねーじゃん。


 気がつけば残っているのは俺一人。

 魔法陣のエネルギーが全てなくなるまでは、放電は止むことはない。

 一度発動してしまった魔法陣を止める術がないのは、考えものだな…。

 さて…、どうやって逃げようか?


 縛られ、一人放置された俺。華麗なる脱出マジックが、静かに披露されることになった。






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