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墨俣の攻防 前編

55)墨俣の攻防


 娘にしたとは言え、今までの事が許されるワケじゃない。当然、茶々達は保護観察という処分に伏している。


 保護者である俺の役割は24時間の監視。寝ても覚めても、娘たちと一緒いること。

 親子川の字で寝て、一緒にご飯食べて。そして、風呂で背中を洗って貰う…。

 保護観察は俺に対しても罰なのだが、これは天国のようなものだ。

 今日も、風呂場は楽園だ。

 白い湯気の向こう側…。何か、見覚えがあるキレイなお花畑だ。大きな河の先に人影が映る。

 あれは、親父───────。


「イッテーな!茶々、お前なにしてくれてんだ!?ちょっと天国まで行って来ちまったじゃねーか!!」


 殴るか、フツー?

 一撃で天国送りとか、女の子が振るうような力じゃねーよ。

 無事に生還した俺ってのも、大概に丈夫だ。


「お父様が、私の胸触ったからでしょ!」

「はあ!?それは言いがかりってヤツだ。茶々のチッパイに興味なんてねーよ!」

「そんなこと言って、本当は興味深々で…揉みたいんでしょ!結局、お父様って言っても男だもんね!!」

「違っ!俺を信じろよ!!」


 赤く恥じらう茶々は可愛い。だが!全く以て、濡れ衣だ!!


「そんな言葉を信じるほど子供じゃないのよ!それに…、簡単に身を許すほど軽い女じゃないわ!!」


 身は、ね。心は開いてくれてんのかねぇ。

 まぁ、身持ちが堅いのは、お父さん的には安心だ。遊びまくるようなビッチ娘にはなって欲しくないしな。とは言え、俺がわざとやったみたいな言いぐさには承諾しかねる。


「信じろよ、マジで。…まったく、下心なんて一片もねーってのに」


 そもそも、四六時中一緒なのだ。今更、襲うような真似はしないっツーの。

 故意に触ったわけじゃないとしても、不可抗力で接触したのは俺も認めるところだ。そこは少し反省だな。


「お風呂場までついて来てる時点で信用なんて…信用なんて…」


 おや?

 もしかして、多少は信用してくれているのか。俺の目に狂いはなかった。

 つるーんぺたーんのおっぱいの話じゃない。

 茶々達に真相を聞いたあの日。あれがあってから、ちょっと被害妄想が酷くなっしまった。

 思春期だし、仕方ないとは思う。娘達が悪いと責任を押しつけられないだろ。

 そう言うことも含めて父親になる決心をしたのだ。

 そんな茶々の変化…。

 これは俺が乗り越えるべき壁を乗り越えた証しだ。


「まあまあ。そんな事で目くじら立ててもしょうがないでしょ。そもそも、一緒にお風呂に入っているんだし…。揉まれるのは分かりきっていたことだしね?」


 ぁん?江の奴は揉まれんの前提で風呂に入ってたのかよ。始めっから信用されてねぇーじゃんか!?お父様、悲しいよ!


「な、なにを言っているのよ!揉まれたいわけないでしょ!あなた達、どんな覚悟してるのよ!?」

「え、処女を捨てる覚悟だけど?」

「ど、どんだけぇー!!」


 風呂場なだけに、よく響く。

 監視しているって言っても、風呂までついて来る必要はない。本当の目的は娘の日々の成長を見ることにある。

 子の成長に興味が無いなんて言ったら、それこそ父親失格だ。決していかがわしい目的はないのだ。


「ちょっと、茶々姉様。お風呂で大きな声を出さないでよ!響くんだから!」


 て、聞いちゃいない。

 目の前で揺れる山ブドウ。プルーンて感じか…。

 茶々と違って江は発育が良い。

 既に膨らみがある。その姿に恥じるものはない、堂々としたものだ。

 年頃の娘が、けしからんな!!


「それは江姉様も同じ…ブクブク──────」

「コラ!お風呂でブクブクしないの!」

「勿論、初は私の味方よね?」


 ぺったんこ同盟でも組むつもりなのかねー。

 初は、年相応に膨らみかけている。並ぶと一目瞭然…。茶々が一番ちっちゃい。

 この同盟は早々に崩れそうだ。


「おっぱいの大きさなんて気にしなくても良いのに…。そんなに気になるなら、お父様に揉んで貰うと良いよ。女の子の胸は揉まれて大きくなるって言うのを聴いたし」


 誰に聞いたのか、親としては心配だ。そんな理由で、娘の胸を触られたとあっては激怒だ。


「初…、それは何の根拠もないデタラメよ。それを教えた人間は、きっとあなたの胸を触りたい変態なのよ」


 全くだ。まだまだ子供な初には、理解出来ない話だろうが、男は獣なのだ。何時何処で狙っているか。

 危機感の足りない初に優しく諭すとは…。流石、お姉さんだ。


「えー?でもねー、お父様が寝ているうちに?私の胸を揉ませてみたんだけど…」


 う。知らないうちに馬鹿なことを…。

 我が娘ながら、恐ろしい娘だ。俺の寝込みになにしてんだ。俺を犯罪者にするつもりかよ!!


「おっきくなっちゃた?」

「うん!!」


 初の行動は読めないな。何をしでかすか分からない怖さがある。

 いやいや、行動自体は悪いとは思わない。その結果が初の成長に繋がっているのだ。

 とは言え、だ。これは期待の持てる話なのかもしれないぞ?


「て!!お前は何見てんだーーーーぁっ!!」

「て!イテテテテ!?あ、アイアンクローなんて、どこで覚えた?!」


 茶々の白魚のような指が、こめかみに刺さってるっての!

 視界塞がれて、愛しの娘達の姿も見えねーし!!チクショー!!


「茶々、流石にやりすぎ。どんな握力してるの?ドン引きよ…」


 風呂場で流血騒ぎとか、洒落になんねーよ。


「怖いよぉー、江姉様ぁー…」

「よしよし、初…大丈夫よ。茶々姉様、初も怯えてます。止めて下さい!」


 恐らく、百合的光景が繰り広げられているだろうが…全然見えねーよ!


「止めないで、江!初!最近のノブ…。お、お父様は、調子に乗りすぎなんだから!今、この場で止めて置かないと後で悔やむのは私達よ!」


 俺は既に後悔している。力関係で言えば、俺が圧倒的だ。なのに、親子関係となると…立場は正反対に底辺だ。

 所詮、父親なんてものは娘に握り潰される存在だ。


「分からず屋なお姉様ね!もう、実力行使で止めるからね!!忍法、水遁の術!!」


 忍法って…。魔法だろ?

 忘れてたが、茶々達も魔法が使えるんだった。

 娘のプロポーションに気を取られ、娘のプロフィールを忘れてた。


「そんなものが当たるものですか!忍法変わり身の術!!」

「俺が身代わりかッ?!───────」


 立ち上る水柱。風呂場のお湯を持ち上げる、江。その魔力は大したものだ。

 そして、華麗に受け流した茶々の判断は正しい。こんな魔法を食らって、生きていられる奴はいない。


「は、はは…。直撃食らって、生きているよ。俺…」

「お、お父様が…お父様が!凄惨な姿に!?…茶々姉様!お父様に何てことを!!」

「どうせ、死にはしませーん。バカなお父様には良い薬でしょ!」

「バカは茶々姉様も同じですよ!」


 俺に気遣ってくれる優しい娘だが、優しさの使い方間違ってるだろ。

 一方、茶々は俺という盾が邪魔になって放り捨てる。長女はどうやら鬼の子のようだ。教育の重要性…、クッ!?もう手遅れか!!


「姉に向かって馬鹿呼ばわり!?…良いでしょう!江も、お父様のように土左衛門にしてあげますよ!!」

「あー、ホントだー。お父様、逝っちゃったんだねー」


 死んでねーよ…。こんな元気そうな死人がいるかよ。

 いや、湯船にプカプカ浮かぶ虫だ。虫の息だ。次第に意識が遠のいて行くのを感じる。

 しかし、このまま黙ってプカプカ浮いてるワケにはいかない。

 やることは一つ!二人を止める!!

 何故なら、俺はお父さんだからだ!!


「き!?」


 確かな手応え、その感触を得た。

 幾ら、可愛い娘でも手が出ないわけじゃないぞ。必要とあれば、暴力も振るう。

 ──────が、それは聞き分けがない時に限る。今回の場合は、暴力は必要ない。

 怒るのと叱るのは、まったくの別物だ。


「ぐ…ぬぅ…、うぅ」


 必要なのは、この状況に抗う力だ!

 力を振り絞れ、俺の腕!!折角、出来た愛娘が醜い争いをしているんだ!!


「いぃ……、いぁ…うっ。あん」

「お、お父様───────」

「ハァ。ハァ、ハア…」


 高々、胸に手がかすっただけで、ここまで発展した。

 俺でなければ、屍になっていただろう。風呂場もボロボロにされた。

 この仕打ち、この所業…。しかし、怒る気にはならない。子供に罪はないのだ。

 生まれた環境が悪かったのだ。忍者なら、フツーとは違う生活環境の中で生きていたことだろうから…。だが、俺が親になったからには躾は厳しく、だ。手遅れかもしれないが、遅くはないはず。


「茶々も江も、いい加減に止めろ!!」

「いやっ!はな…、放して!!」


 子供としては叱られるのは嫌なものだ。逃げられないように手は離さない。

 ホントなら正座させて説教したいところだが、風呂場で裸で説教ってどんな状況だ。


「ダメだ。放せねーぞ!!」

「きゃあーっ!!いい加減にするのはお前だーっ!!しねーっ!!」

「………ぁあ。持ってんじゃん…」


 どうやら、茶々には悪いことした。掴む胸がない?全然、掴めているじゃないか。茶々も、ちゃんと成長していたのだ。


「この左手も放そうか。…ね、お父様?」


 手のひらで収まるピッタリサイズ。感触的に…おや?

 変だな。茶々と大して変わらないぞ。どういうことだ。

 ………そうか、つまり!


「お前ら、まだまだ子供だな?ヘブッ!?!」

「もう!お父様のせいで腫れちゃったじゃないのよ!!」

「サイテー!サイテーよ!!」


 腫れて赤くなった胸を必死に揉む茶々と江だが…。うーん、見間違いじゃねーよな。

 揉めるくらいのバストアップだ。


「良かったじゃんか、胸が大きくなってさ。あながち、ウソじゃなかったな」


 うおっ!寒!?

 娘からチョー冷めた目で見られた!!


「死ね!」

「私の前から消えて下さい」


 俺より先に風呂場が消えた。

 今日は風呂場で三度死にかけた…。スリーアウト、チェンジ…。


「ねえねえ、お父様?興味ないって、ホントは嘘なんでしょ?」

「おっぱいに興味のない男は居ねーよ。初は、十分に気をつけろよ」

「うん。勿論」


 プライベートはプライベート。何時までも浮かれてばかりもいられない。尾張に潜り込んだスパイの一件は片付いたとは言え、大切な家族、最愛の妹はまだ取り戻せていないのだ。

 更には、尾張を取り巻く各国の動き…世界の動向…。

 もう暫くは我慢だ。






 ここ数日、義龍の尾張侵攻が止まっている。

 義龍の俺への怨みが消えたワケじゃないから、これは一時的なことだろう。

 これはミツも同意見だった。まあ、何が起きたのかは明白だ。


「──────つまりは、そう言うことだね」


 右往左往する義龍の姿が目に浮かぶ。まさか、俺が搦め手で来るとは思っても見なかっただろうし。まさかまさか、濃が自ら遣ってくるとは想像してなかっただろう。


「分かった。このまま義龍の動きから、目を離さないように頼む」


 今は、まだ動く時ではない。と言うか、動けない。

 魔法が戦況を左右する世界において、魔法を使える侍は強力な武器だ。更に、その侍達を率いる武将が、最終兵器なのは常識だ。

 義龍は、その常識を打ち破ったのだ。対策もなしに突撃は無謀過ぎる。

 とは言え、未だ墨俣を義龍に奪われている状況に、痺れを切らす者も少なくない。血気盛んな奴らは、鶴の一声で留め置いた。

 まあ、義龍への攻撃のチャンスは遠くないうちに来る。


「それと、もう一件…。幕府のことなんだけど、美濃に対する動きは見せてない」

「それは…つまり、味方はしないけど敵対もしないってことだよな」

「よく分かったね。そう言うことさ…。さて、この状況をどう見る?」

「幕府の目的は尾張の統治だろ?なら、美濃との共闘はなくても、漁夫の利を狙って来るかもな」


 幕府からしたら、邪魔なのは俺だ。美濃との戦争で疲弊させた後に攻め滅ぼす。妥当な答えだ。

 美濃に肩入れしない理由は…、財政難?

 まあ、現在の幕府の財布は干上がっているらしいし、ローリスク、ローコストで片を付けたいのだろう。

 しかし、その策も失敗したと言える。肝心の美濃が動かないのだから。


「頭から湯気が出てるけど、ノブにしては頑張ったかな。事態はもっと複雑なんだけど、結果としては間違ってないから丸にしておくよ」

「ギリギリ合格ってとこか。で、幕府がどうしたんだ?」


 今更になって、美濃に肩入れでもするつもりなのか。それとも、美濃に発破をかけて尾張に侵攻させるつもりなのか。


「自ら動くことで、義龍を刺激するつもりなんだ。美濃の前に幕府が攻めて来るよ。規模は五万、今川の兵だよ」

「今川…。誰だ、ソイツは?」

「駿河、遠江、三河を治める幕府の重鎮だよ」

「そうなのか。意外に早かったな」


 あれ?…ミツの表情が優れない。


「いや、今更なんだけどね…。まあ、ノブに言っても意味のないことだよ」


 んー。なんか、馬鹿にされてる気がする。


「気にする必要ないことなら、気にしねーけど。それにしても、五万か…」


 全然、想像がつかない数だな。

 五万は多いのか、少ないのか。俺には判断つかないところだ。ただ、見過ごすワケにはいかないことくらいは分かる。


「なら、そっちにも兵を割かないといけないか。采配はミツに任せるが、一般国民には被害が出ないように頼むぞ」


 それと一応だが、清洲に住む市民にも避難勧告を出した方が良いか。

 現在、建設中の城…。あそこなら被害が出ない。それに建設中とは言え、防衛を目的に造成された土地だ。清洲が落とされたとして、あの城なら易々と攻略されはしないだろう。


「市街地戦にはならないよ。相手は今川だし、戦場はあそこしか考えられないよ」

「だが、戦争になるんだぞ。戦闘に巻き込まれないにしても、国民達の不安は出来る限り取り除いてやんねぇーとさ…」


 既に美濃に対する国民の不安の声は、挙がっている。そんな中で、今川が攻めて来るとなると不安不満の声は増すばかりだ。

 国内経済にも、影響が出ているのは間違いない。


「の、のぶ?!本当に頭から湯気が出てるよ!?大丈夫??」

「ん?大丈夫だ。心配いらねーよ。絶好調だ」


 濃が居ないお陰で夜も安眠出来て、心身ともに健康そのもの。逆に熟睡し過ぎて、娘たちに起こされる始末だ。

 娘達とのあれこれは、家族の団欒。戯れに過ぎない。


「いや、僕が悪かったんだね!負担が必要以上にかかり過ぎたんだよ、きっと!!」

「幾らミツでも、それは言い過ぎだ!!俺はもう子供じゃねーんだ!日々、成長してんの!!知恵熱も出ねーし、茹だってもいねーよ!!」

「わ、分かったよ。でも、気分悪くなったらちゃんと言ってくれよ?今、ノブに倒れられたら大変なんだからさ」


 心配されてんのか、馬鹿にされてんのか、マジで分かんねーし。既に気分悪いわ!

 ここはビシッと言ってやらねーと如何な。


「良いか、ミツ。俺はな。娘の前では、カッコイいお父様でありたいんだよっ!!」


 これ以上、娘たちにバカにされないようにするのも大変なのだ。古臭いが、親父の背中を見せて育てたい。憧れの目で見られたい。最終的には「将来はパパと結婚する」と言わせるのが目標だ。

 やはり、この台詞が父親冥利に尽きる最高の言葉だろう。


「ぅわー…、何を言い出すかと思ったら本音が出ちゃってるよ。気持ちは理解できるけども、それはノブには無理だと思うよ…」

「ぐぬぅ。た、確かに、今はその通りだ!否定は出来ねーよ!」


 まだまだ全然理想の父親像にはなれてないと言う実感はある。

 んん?…そう言や、俺の理想の父親像って、こっちでの父親なんだよな。

 俺的にも心配になってきたな。血は争えないと言うことか。やべーな。


「無理かどうかはやってみねーと分からねーだろ。こっちもそっちも、…な」

「そうだね。今川は僕に任せて、ノブは義龍の方を頼んだよ」

「…それにしても、道三のおっさんはホントに死んだのか?」


 親父と言えば、オヤジ。道三のおっさんも気がかりだ。

 死んだとは聴かされても、全然ピンと来ない。死んだにしては遺体が出て来ないが、生きてたとしても、この状況を見てるだけの人物じゃない。


「ごめん、その件は何の情報も出て来ないんだ。濃姫様も何も掴めてないみたいだし…」


 花を添えようにも遺体が無いんじゃ、弔いにならない。

 濃の里帰りには、墓前に花を供えることも含まれていた。


「仕方ねーか。生きてても死んでても、もう止められない戦だ。せめて、冥福を祈ってやるか」

「それだと確実に死んでいるよね…」


 あー、そうか。こう言う場合は、無事を祈るって言うのか?

 尾張の戦局は、これから慌ただしくなる。道三のおっさんのことは、全てが終わってからにしよう。






 意外なことに、国内の混乱は少なくて済んだ。むしろ、尾張の経済は活性化さえしている様子だ。

 戦争になることで、一時的な消費が増えているから…らしいが。決して、良いことではない。

 いくら民間に被害が出ないようにしようとしても、確実に失われるものがある。食糧に武器も、ただじゃないし、兵の命もだ。

 それでも沈んだ空気よりはマシだ。


「つーか…。戦争だってのに、バイタリティに溢れてんな。何でもかんでも商売にすんなよ」

「マスコット人形やレプリカの刀に鎧…。お土産品だね」


 暗い雰囲気がまるっきりない。

 尾張を守る侍達が戦争で召集となり、各地から集まって来た。人が増えれば、物も金も動く。戦闘が始まるギリギリまで商売するつもりのようだ。

 売れるときに売れ、買えるときに買えは商売の基本だが、何もこんな時まで商売しなくてもいいじゃねーか。


「商魂逞しいっつーか…ポジティブなのは、誰の影響だ?」

「決まってるだろ。そんな分かりきったことを一々聞かないでくれよ」

「うっす。ミツさんの言うとおりッスよ」


 俺の影響だって言いたいらしい。ヒドい…言いぐさだ。


「んで?準備は進んでんだろうな」

「そりゃ、もうバッチリっすよ。万事抜かりなし。何時でも行けるッス!」


 前も同じようなこと言ってなかったか?

 まあ、良い。秀吉だって、同じ失敗を繰り返す奴じゃない。そこは信頼しても大丈夫だ。良いんだよな?

 ここは俺も一肌脱ぐべきか…。


「うん…ゴホンッ!敵は義龍に、今川だ。どちらの動きも油断は出来ねーぞ!再確認しておけよ!」

「う、うっす!行って来るッス!!」


 何で、あんなに慌ててんだよ。やっぱり、俺も一肌脱ぐしかねぇーな。


「ノブ…何を企んでるかは知らないけど、ほどほどにね」

「ああ、ほどほどに。しかし、万全にだろ。分かってるって。さっきも言ったが、義龍に今川も動きは油断出来ねーしな」

「特に義龍からしてみれば、ノブの動きが気になっていることだろうね」

「そーかな。俺ってか、義龍が気にしているのは、濃じゃないのか?」


 兄を止めに行くと尾張を離れた濃。残念ながら、説得は失敗したようだ。聞いたところによると、逆に危うく捕まってしまうところだったらしい。

 今は、上手く逃げ切り反義龍派の者達に匿われているとか…。とりあえず、安心ではある。


「あぁ…そうか。濃姫様も大変だね。でも、十分に時間を稼いでくれたんだから、そこは感謝しなくっちゃね」


 何気に、最後の一言が効いていたらしいな。働きに見合った代価がある。やはり、そこが原動力だろ。


「なら、俺にも感謝してくれよ。美濃の抵抗組織をまとめ上げた俺の手腕をさ」


 濃が美濃へ行く以前から、既に幾人かの外交官を送っていた。

 美濃から逃げ遅れた尾張の国民の保護をするための名目だ。

 美濃国内に在住している尾張の人間は、少なくない。義龍の反乱で退避していたが、美濃に残留した者も多かった。

 きな臭い状況で居残ったアグレッシブルな奴らだ。ただ黙って状況を見ているだけなはずがない。

 義龍派に反抗すべく、道三派の人間を集め戦っていた。それを援護するための外務官の派遣だ。


「まあ…、ノブの努力は認めるけどね。結果的にレジスタンスをまとめ上げたのは濃姫様だよ。濃姫様が旗頭になってくれなければ、今頃は空中分解してたさ」


 なかなかの厳しい言葉。自らがやったことじゃないので、正しい評価ではある。


「だとしてもさ。濃には良いお膳立てになっただろ。元々、義龍の説得が上手く行くとは思ってなかったし…。奴を止めるのは俺しか居ねーだろ」


 再戦を望むのは俺も同じだ。

 ここまで仕出かした義龍に、今更何を言っても後には退けないだろうし…。行くところまで行って、最後にツケを支払わなければならない。

 待っているのは、濃が望まない悲惨な未来…。対価はデカくついてしまったな。


「それは濃姫様には聴かせられないね。間違っても本人の前で言ったらダメだよ」

「分かってる」


 濃は諦めたわけじゃない。だから、居残っているわけで…。俺の伝家の宝刀が抜けない理由てもある。


「うん──────。ノブに任せるって言ったけど、この戦局次第じゃ前回の二の舞になるよ」

「まあな。敵は義龍だけじゃねぇし、今川も来てるからな。現有戦力の二割だけで対処しないとならねぇーもんな」


 しかも、俺の率いる兵で魔法を使えるのは秀吉と秀吉の配下の兵数名。俺を含めても、手が2つで数えられる。

 更に、秀吉は参戦せず別行動となるので戦力低下は間違いない。


「それが分かってるなら、十分。頼りにしてるよ、ノブ」

「ああ、尾張の底力を見せてやるさ。俺を舐めている奴にな」


 舐めているんじゃなく、怒りで周りが見えてないんだろうけど…。

 あー、何だろうな。親近感が沸いてくる。これ以上、情が湧かないうちに決着つけないとヤバいな。






 着々と戦支度は進んだが、俺にはやることがもう一つあった。ミツや秀吉とは違って、俺は未だに学生という身分だ。

 学校の閉鎖も考えられたが、長い戦争になるワケでもない。学校は存続が決まっている。

 身分は学生だが、一応は国家元首だ。公務扱いでの休学の申請をしないとならないのだ。

 面倒くさいが、しばらくの見納めだ…。


「まったく…。何時になったら俺は卒業出来んだよ」


 とは言え、学校が楽しいのは間違いない。学校を卒業してしまうと待っているのは頭首としての仕事だ。

 出来ることなら、ずっと学生でいたい…。


「あ、信長様じゃないか。久し振りの登校ですかい?良いんですかねぇ、こんな所で油を売って。これから戦争になるんでしょうに」

「だから、休学届けを出しに来たんだよ。何で本人じゃねーと受付ねぇんだ。融通効かねーな…」

「それを決めたのは信長様でしょ」

「あー、そうだった。………つーか、お前が何故ここにいる!孫市!」


 暗殺者が、何をシレっと普段通りに学校に来てんだ。

 好きにしろとは言ったが、自由過ぎるぞ。


「まあ、何というか…。恥ずかしながら、戻って参りました!尾張の生活を体験しちまうと、他の所で生きていくのは不便で仕方ねーですよ。つー訳で、これからも宜しくお願いします!!」

「宜しくお願いしますじゃねーよ!」


 先日のスパイ捜索の網に、よく引っかからなかったものだ。

 俺も、よく気づかなかったものだ。


「好きにしろと言ったのは信長様だ。だから、好きにさせて頂きましたよ」

「いや、生き方は自由だけどさ…。俺って敵だったんじゃねーのかよ」


 因縁があったんじゃないにしても、命の奪い合いまで演じたんだ。そんな相手を信用しろと?

 無理だろ。


「疑問はもっとも。信じてくれとは言えないが、信長様のご息女からは見逃されているのは確か…」

「うっ…、そこを突くのか。狡い奴だな」


 茶々も知ってたんなら教えてくれよ。まあ、実際に会って確かめろと言う茶々の考えなんだろう。

 ぶっちゃけ、孫市は信頼しても良いかなぁ…と考えている。何の根拠もない俺の勘だ。


「俺だけじゃなく、一族の中からも信長様支持の声が多かったので、ソイツらも連れてきました。此度の戦のお役に立てば、少しは信用出来るのでは?」

「…それも茶々達の入れ知恵か」


 知ってはいるが俺の娘は、相当に腹黒い。いや、そこがまた可愛いんだけどな。


「いえ、お墨付きで」


 太鼓判押しちゃったのかよ!?軽く舐められているな、これは…。


「茶々達に感謝しろよ」

「ありがとうございます!!」


 随分とあっさり寝返ったが…。ま、俺に刃向かうよりも仲良くしたほうが一族的にはお得ってことか。

 他の国には、24時間営業の店もないし、利便性を考えたら、住み易いという言葉も本音なのだ。


「二度目はねぇーぞ」

「是非もない」


 傭兵部隊、雑賀衆。孫市という腕利きのスナイパーをゲット。…で良いのか?

 まあ、即戦力になるのだ。娘達の手のひらで踊らされてる感じがしないでもないが、素直に感謝しておこうかな。





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