市奪還作戦 龍と龍
53)市奪還作戦 龍と龍
まるで大岩だな。楽で良いけど…。
雨も風も物ともせず、大きな陸亀は嵐の中を進む。
巨大生物とは言え、亀は亀だ。龍や虎や鳥の尻尾を生やした魔獣だと言っても、結局はどこまで行こうと亀だ。
亀の歩み。ゆっくりとした速度で進む。
本来なら、この嵐に吹っ飛ばされていたところだ。
とは言え、こっちには文句言っても良いか?
後ろでおっさんが、しがみつく感触…。最悪にキショい。
「信長様…。あれは何でしょう」
「ん。どれどれ…」
と、見えたのは丸太小屋だ。如何にも即席で造りました的な、簡素な建物………。秀吉の仕業だろう。
「きっと、あそこに居るんだな」
「どうします。避けて通りましょうか?」
人に迷惑をかけるなという俺の言いつけを守っているのだ。
完全に俺に服従したな。
「いや、あの丸太小屋に向かってくれ」
「承知」
陸亀の甲羅で守られながら、丸太小屋を目指す。着いた先でミツと合流出来たのは言うまでもない。
おっさんから解放されたのは更に言うまでもない。しかし、受難は続く。男難の相でもあるの?─────出来たら、女難の相が良かった。やはり、最悪だ。
合流したけど…。次は豚だ。何で豚が?
勿論、冗談だ。丸々と太った人だ。
「ブヒ!ブヒブヒ!!」
猿轡を噛まされるソイツに、俺は見覚えがあった。
子供の頃、共に遊んだソイツ…。
幼なじみの────。
「家康か!?豚かと思った!!」
「ぶひひ!?」
ぶひひ…じゃねーだろ。
昔は野山を駆け回ったが…。今日は豚の丸焼きのように手足を棒に縛られぶら下がっている。そして、何故か恍惚とした表情…。
俺の幼なじみは、とんでもない変態へ進化してしまったようだ。とんだ豚野郎だ。
過去の思い出は、無かったことにしたい。そう、俺に幼なじみは居なかった。
「何だ。徳川家康…。貴様、捕まっておったのか…」
「ぶひぶひ!!─────ブピ~!?」
あまりに騒ぎ、あまりに暴れるもんで、秀吉に臀部を蹴られた。…が、そこは関わらない方が良い。
逆に蹴った秀吉が悲痛な顔をした。
「おっさんだって人のこと言えねーだろ」
「はひ!そ、そうですね。スイマセン…」
捕まえたのではなし、ついて来ただけのお荷物。家康と大差ない。
強気な信玄はどこへやら。魔獣の力を失い、鎧も剥ぎ取られ、衣服は薄衣一枚にひん剥かれた。
ただそれだけのことで、随分と萎れてしまったものだ。
「俺が居ない間に一体なにが起きたんだ?」
「ノブの方こそ、武田信玄に何をしたんだよ」
信玄の豹変に戸惑うのも無理ない。俺だって戸惑っているは同じだ。
どう扱って良いものか困っている。
「ブヒー!!」
「ひ?!な、何だ!!」
必死にお尻を押さえる信玄に家康が反応する。
何を怒っている?
つーか、何か変な誤解を招いてないか?
「そう言えば、ノブ。どうやって、ここまで来たの。外は嵐だったろうに」
どうやら、ミツは家康に対してスルーの構えのようだ。俺はいきなり、そこまでの境地には至れない。気になってしょうがない…。
「狸の置物だと思えば良いよ。それより」
「おう、それは…。あれだ」
外で待たせている陸亀の姿を見せることで、説明の手間を省く。
「また変な生き物を………」
「いや、ミツだって大概だろ。誰が、こんな状況になってるなんて想像できんだよ!?」
互いに顔を見合わせる。
一言では語り尽くせないアレコレを、互いの目が物語っている…。
とは言え、何の説明もなしとはいかない。互いに何が起きたか状況報告だ。
事後報告になってしまうが、報告連絡相談の重要性は理解している。
「一時はどうなるか、どうなったのか。結構、心配だったんだ。でも、ま…互いに無事みたいだな。良かった良かった」
「全然、ちっとも良くないよ!武田信玄なんて連れ帰ってどうすんの!?」
どうしろって言われても、勝手について来たのだ。
俺に責任はない。…ないとは言い切れないか。1%でもあるなら、やっぱり俺の責任だ。
「けど…、使い道はあるんじゃね?随分と大人しくなったし…。えーと、ほら!情報の一つでも聞き出せば良いじゃん!」
「大人しいっつーか、丸くなりすぎじゃないッスか?まるで別人ッスよ」
「そりゃ、憑き物が落ちたからな。とりあえず、秀吉。手を貸してやれよ」
その代わり、切れて腫れ上がってしまったわけだが…。治癒魔法で治してやれば良いだろ。
「うっす。こっちの方がまだマシっす」
「そりゃあ、家康に比べればな。昔はあんな奴じゃなかったんだけどな…。どこで道を間違ったんだか」
「きっと、ノブの影響じゃないの?」
さもありなん。俺のせいで…。
「違うっての!!俺にそっちの趣味はない!」
「知ってるよ。でも、これでこっちには二つのカードが手には入ったことになる。ノブの言うとおり、情報も聞き出せるし、他の使い道もある。市姫様と人質交換にも使えるかもしれないよ」
それは嬉しい報告だ。
デブ一人おっさん一人で、市を取り戻せるなら激得だろ。
だが、それは今後の交渉次第だ。
俺の首を狙っているのは、幕府の公算が大きいらしい。幕府と敵対する朝廷側も、何やらきな臭い感じがする。
つまりは、周りは敵だらけ…。話し合いで解決できるかも分からないのだ。手札は多いに限る。
「とりあえず、一旦出直しだな。暫くは、市の安全は保証されるはず。それに市には、今は天魔がついていてくれてる。心配ではあるが、心配し過ぎる必要はないだろう」
「ノブにしては随分と物分かりが良いね。このまま突っ込んで行くのかと──────」
「ほら、あれだ!俺も学んだんだよ。急いては事を仕損じるってやつだ。今度はしっかり準備して行くぞ!おーっ!!」
清洲へ帰る。帰ってから策の練り直し…の前にやることがある。
市の救出には、まだしばらくの時間が必要だ。今更だが、戦も交渉も事前の準備が物を言う。今回は考えが足りなかったと反省だ。
「と、帰る前に信玄のおっさんを治療してやらねーとな」
清洲に帰って、こんな姿のおっさんを見られたら、城の奴らはどう思うか。
俺の信用ガタ落ちは必至。いや、必死?…家臣どころか、街の奴らにまで白い目で見られること受け合いだ。
いや、受けも攻めも俺には何の事やら。
「帰りに寄れる場所は…。そうだな─────」
「墨俣城ッスよ。帰りの道にあるッス」
「ん、そうか。じゃあ、墨俣城に寄ってから帰るぞ。お前ら、休憩は終わりだ。出発の用意だ!」
疲れているだろうが、もう一働き必要だ。
この嵐で追っ手はないだろうが、嵐がいつまでも続くわけじゃない。ダラダラと休んでいる隙はない。撤退は迅速にってやつだ。
「ノッさま。この嵐の中を行くんですか?」
「誰だよ、ノッさまって!!変な呼び方するんじゃねーよ!!」
「え?でも、信長様が織田信長ってバレちゃマズいじゃないんですか?」
「一体、いつの段階の話だよ!とっくにバレてんだよ!!」
腕っ節、生命力の高さ。コイツらが、選ばれた理由はそれだけ。頭空っぽなのは分かるが、ここまでお粗末か…。
「だってよ。信長様達、未だ変装したままじゃないかよ」
「そりゃ、変装解いてる隙がなかったからだろ!そのくらい察しろよ!」
「無駄な問答してる隙もないよ。ノブ…、とりあえず僕達にかけられた変声の魔法を解いてくれる?」
魔法を解くくらいの隙はある。言い争う時間はなし。ミツの言う通りだ。
だが、残念なお知らせだ。
「時間が経てば空気が抜けて元に戻る。時間まではこのままだ」
「そうなの?仕方ないか」
「仕方なくないッスよ!!俺の声、元に戻して下さいッス!!」
「だから、時間が経てば戻るって」
「それってどの位ッスか」
「後、半日くらい。かな?」
正確に測っているわけじゃないし、適当だ。そうでも言わないと秀吉は納得しないだろう。
「墨俣に着くまでは、このままってことッスか…」
いや、そんなにヘコむことか?
少々、やり過ぎてしまった。秀吉には悪いことした。反省反省っと。
「信長様。そんで、俺ら…嵐の中を行くんですか?」
「行くぞ。行くに決まってんだろ」
風が止むまで…何て悠長なこと言ってたら、また同じことの繰り返しだ。嵐よりそっちの方が危ないだろうに…。
出来る限り、この場を離れた方が良いのは、コイツらだって分かっているはずだろ。
「そりゃ、信長様達は魔法なんてスゲーもん持ってるから良いだろうけどよ!俺達は魔法の魔の字も持ってねぇんだぜ?」
「何だ。そんな事を心配してたのか。そのことなら心配要らねーよ。このままで行くんだからな」
言った意味が分からない様子だ。丸太小屋を作り直して馬車のようにする。それを陸亀に引っ張って貰うのだ。
「どうやって!?」
いちいち説明か?
それはそれで面倒だ。
「だから、あれだよ!!」
再び、巨大陸亀の姿を見せる。
亀と言っても魔獣だ。その姿に驚く。中には腰を抜かす者までいる。
ホントに見えてなかったんだな。大き過ぎて岩に見間違えたってとこか。
信じられない信じたなくないものは見えないってだけかもしれないか。
「ふざけんなよ、信長様よぉ!!魔獣っ言ったら、天災と並ぶもんだ!あんた何やってんだ!?」
「人の話は、ちゃんと聞いとけ。あの亀は俺に服従している。何の心配もねーよ」
「ふぁあ…。お?信長様、お話は終わったのですか?では、そろそろ出発の頃ですか?」
動かないと思ったら、こな嵐の中で寝てたのか。図太い神経してんな。
こいつらにも見習って欲しいな。まったく。
「おう。清洲に帰る前に寄り道すんぞ」
「構わぬが…、どちらへ?」
「墨俣だ。それと、荷物も増えるが大丈夫か?」
荷物って言うか、この丸太小屋そのものだ。
「身体は縮みましたが、力はそのままです。幾らでも運べますよ。ガッハッハッ!」
「頼もしいな。じゃあ、宜しく頼む」
「何々、儂はもう主様に服従しておる故、願わずとも命令下されば良いのです」
と、言われても。犬猫じゃあるまいし、ホイホイと命令するのはちょっとな…。
「その話は一旦保留だ。とりあえず、準備するからお前は小屋の前で待機だ」
「お任せあれ!」
気合い入っているな。そんなに俺に良いところを見せたいか?
まあ、見せたいんだろうな。
「秀吉、この小屋造ったのお前だろ?」
「うっす」
「あの陸亀に合わせた馬車に作り替えれるよな。出来ねーとは言わせねぇぞ?」
「う、うっす」
丸太小屋の再構成を開始する。
「良し、お前たち整れーつ!!」
秀吉の邪魔にならないよう並ばせる。縦に二列、小さく前ならえの姿勢だ。
「ありがてぇッス、ノブ様。んじゃ、一気に仕上げるッスよ!!」
丸太小屋は生まれ変わり、巨大荷車へ姿を変えた。
「電車に似てるな。秀吉の発想にしては良い出来映えじゃん」
「まあ、ノブ様に散々つき合わされたお陰ッス」
むむ。ちょっと聞き捨てならないが、今回は多目にみてやろう。秀吉のことだから、ツッコミを入れると余計なことを言いかねない。やぶ蛇で、ミツに怒られるのはゴメンだ。
「これで準備は整ったな。じゃあ、出発するぞ。─────陸亀!やってくれ!!」
「お任せあれ!!」
尻尾の龍が噛みつくことで、電車と連結する。そして、ゆっくりと亀の電車は発車した。
発車して数分…、無言。さらに数十分…、静寂。
暇だ…。やることがない。皆、疲れてボーッとしている。
話しかけても無言の返事。暇だ…。
ガタンゴドン。ガタンゴドン。野を越え山を越え、進む電車に揺られ、ガタンゴドン。ガタンゴドン。
「ノブ様、うるさいッス。そんな音しないッスよ!揺れもしないッスよ!快適じゃないッスか!」
「悪かったな。どうせ、俺は音痴だよ!!」
ひさびさの電車。乗ってるのは身内だけ。
暇すぎて、マナー違反してしまった。
「でも、それは亀…?虎?龍?鳥?…魔獣のお陰じゃないの?」
「俺の音痴がか?」
「そっちじゃなくて、快適に進めることがだよ。魔獣のお陰で嵐の中でも進めるし、揺れもない。それに車内の中も室温が保たれてる」
確かに快適空間だ。大雑把な奴かと思ったが、細かな気配りの出来る奴だったようだ。
「こんなのは魔法の無駄遣いだ。魔法とは戦にのみ使われるべきものだ」
「臭いな…」
「臭い台詞だろうが、真実であろ?」
「いや、おっさんの台詞が臭いんじゃねぇよ。おっさん自身が臭いんだ。こっちに近寄んな」
尻丸出しな上、穴が緩んでいる。もうプンプンだ。二重の意味でプンプンだ。
「な?!」
「ブヒブヒ!!」
「そうだな。おい、信玄のおっさんも縛り上げておけ!」
青ざめるのは、信玄のおっさん。さらに秀吉とその仲間たち。
家康に至っては何故か、好感度が上がっている気がする。
「何度も言うが、俺に変な趣味はないからな!」
「勿論、分かっているッスよ…」
「俺ら、さっきもそこの豚を縛り上げてたもんで…。うんざりしてんだ」
何とも言い難い空気だ。
「気の毒には思うが、墨俣までの辛抱だ。我慢してくれ」
「臭い物には蓋。ってことか…。仕方ねーな」
と、急に電車が止まる。止まったのは陸亀だ。到着にしては妙な止まり方をした。
「主様。外をご覧ください」
陸亀に呼ばれた。何かあったのだろう。
雨戸を開け、様子を窺う。既に暴風圏内を抜けていた。
そうなると、墨俣城の姿がみえてくる。城というより要塞の風情だ。
「陸亀。後は俺が先導するからついて来い。その姿は逆に攻撃されちまう」
「主様が自らとは、恐れ多い。そこの下僕で充分ではありませんか?」
「下僕…。まあ、そう言ってやるな。俺の代わりに市救出を頑張ってくれたんだ。休ませてやりたいんだよ」
秀吉にしては珍しくヘバり気味。もっとも、ミツは秀吉以上に疲れている。
俺が抜けたことでの、二人の負担は相当なものだ。
今回の事は予想外が多過ぎる。もっと視野を広く、情報を集めるべきだったのだ。
「ってワケだ。お前らも休んどけ」
他の奴らもお疲れだ。今日は墨俣で休んでから明日帰れば良い。
俺も、この後は飯風呂寝るのコースを一直線だ。
「はぁ…やっと、一段落ッスね。今日は散々な一日っした…」
「本当、僕もクタクタだ。墨俣まで行けば、足を伸ばして寝られるよ」
「にしても…。ノブ様は元気ッスね」
「んなことねぇよ。結構、ギリギリだ。もうすぐ休めるからそれまでは、って我慢してんだよ」
最後くらいは、リーダーらしくビシッと決めたいものだ。
「ありがてぇッス。ホントなら、俺がやることなんッスけど…見ての通り、こんなんで…」
言わずもがな。秀吉は、とっくに限界を超えていた。魔力欠乏による身体の変色だ。
緊張の糸が切れたことで、その症状が一気に出たのか。
「無理すんな。だが、良かったな」
「え、もう着いたんスか?」
「まだだよ。俺が言ったのは、こっちの方だ」
と、喉を指差す。
その意味を理解したようだ。
「あぁ…。そう言えば、そうっスね」
「反応薄いな。待ち望んだ元の声だろ、まったくよ─────お、門が見えたぞ。誰か居るか!!門を開けろ!!」
ギギギっと音を立てて、門は開く。
門の内側。目を疑う光景が広がる。
「な、何が起きた…」
暴風の防壁に阻まれ、墨俣城へ攻めるしか道なく。しかし、墨俣の防御は鉄壁だ。
つまり、この砦が落とされることは国境線が破られたと言うこと。
どうやら、すんなりと帰してはくれないようだ。
「はっはっはっはっ!はっはっはっはっ!織田信長!見たか、これが俺の実力よ!!」
どこからともなく高笑いを上げて侍らしき人物が出てきた。
向こうは俺を知っているらしいが、向こうの一方通行。力自慢をしに来たのか?
俺も有名になったものだ。
しかし、有名無実。こんな簡単に城を落とされては堪ったものじゃない。
「誰かに似てるような…」
誰かと誰かを足して2で割ったような奴だ。
「く。どこまでもバカにしおって!!今や俺も一国一城の主となった。美濃大名、斎藤義龍とは俺のことだ!!」
斎藤義龍か。道三のおっさんと濃を足して2で割れば、確かに似ている。
「同盟を結びに来たって話じゃなさそうだ」
「親父に続き!信長の首を捕りに来た!貴様の命は俺が頂くぞ!!」
道三を追い落として、国を乗っ取ったとは聞いてはいた。
道三おっさん…。死にそうにないと思ってたのに死んだのか。だから、次は俺の番ってことか?
「どいつもこいつも、首だ首だと。つーか、ここに居た奴らはどこに行ったんだ」
国境防衛の重要拠点が、この墨俣城だ。当然、生半可な兵力は置いてない。
姿形も残さず忽然と消える。争ったような痕は残るが、何が起きたのか?
反抗したにしても、一方的な攻撃だったのだろうが、そこまで圧倒的な戦力差があったとはおもえない。少しでも情報が欲しい。
「全員、あの世へ送ってやったわ。親父殿と同じようにな!」
「全員…。一人残らずかよ」
相手が敵なら情けは要らない。だが、コイツに砦を落とせるだけの実力があるとは思えない。
何かしらの策略か、また別の手段。魔獣や魔法による攻撃を受けた可能性もある。
「貴様もこの城の者達の所へ送ってやるぞ。後ろの者も一緒にな!」
俺だけでなく、ミツ達も標的か…。もう少し、手の内を見せてくれれば…。
「主様よ、まどろっこしいことは後でも良かろう。今は、敵が居て…。敵は滅ぼすのみであろう?」
その思想は危な過ぎるだろ。野生の世界なら、弱肉強食が摂理。敵は倒すのは間違ってはないが、俺は獣とは違う。まどろっこしいこととは言うが、そのまどろっこしいこと…事実背景を確かめないと後でまた別の問題が発生するのだ。
まだまだ、人間の世界に溶け込めない陸亀。今は優しく見守って然るべき。
「その通りだ!魔獣を連れて来るとは予想してなかったが、次は貴様の命を狙っていたのだ。丁度良い。ついでに戦鎧機龍の性能、試させて貰うぞ!!」
あー、コイツも危ない思想の持ち主か…。
これでよく道三のおっさんを追い落としたもんだ。
息子だからって、負い目があったのか?まあ、そんなところだろ。
しかも、道三のおっさんが自慢する鎧まで奪われて…。
「道三のおっさんも報われなぇな。て…、俺も人のこと言えねーよな。クソ…」
墨俣は義龍に落とされ、絶体絶命のピンチだ。
「親父殿曰わく、この鎧一つで城を落とせる最強の戦鎧だそうだ。親父殿はお前を気に入っていたようだが、この鎧で葬られるのだ。皮肉なものだな、はっはっはっはっ!」
普通の鎧と比較しても、二回りは大きい鎧。用意された武器も、人間に扱える大きさを超えている。
このバカでかい鎧の為の専用装備ってことだ。
「流石、道三のおっさんだ。俺のツボを刺激する物を作るじゃないか」
自らの尾を喰う蛇、ウロボロスをかたどった鎧だ。兜が蛇の頭部。背中から下へ伸びる蛇の身体は股下、股間部分を守って胸部へと伸びる。一周回って、尻尾の先端が顔を守っている。
蛇なのに手足があるのは蛇足か?
いや、竜だったか。
だからって、この鎧にやられることは本望じゃない。抵抗はする。
「主様の手を煩わせることはないでしょう。儂が暴れさせて頂きます!吹き飛べ、小さき者共!!」
尻尾の一つ。鳥型の尾を前へ突き出し、羽を羽ばたかせる。
魔獣が災害と恐れられる理由。確かに、これは災害だ。
墨俣の砦は、陸亀によって完全に陥落した。この損害…誰が持つんだよ。
「─────そよ風だな。魔獣の力とは、この程度のものか…。戟槍よ、戦塵を巻き起こせ!!」
両肩の上に乗る二つの大砲が火を噴く。閃光と轟音が視覚と聴覚を奪う。
何が起きたのか分からないまま、振動が大地を揺らした。
音が鳴り止むと全ては終わっていた。砦を崩壊させた陸亀は横たわっている。
力を封じられたとは言え、武将でも手も足も出ないくらいの実力は残っているはずだ。
それを瞬殺…。
「マジか、道三のおっさん。城を落とすってのも、あながち間違いじゃないな」
「残るは貴様のみ!貴様に奪われたものを全て取り戻す!!この王蛇の牙でな!!」
意思を持つ刀が魔剣なら、紛れもなくあれも魔剣だ。
しかし、それは明らかに人の手で持てるサイズじゃない。鎧に合わせたサイズの魔剣ではなく、魔剣に合わせて造られたのがウロボロスの鎧だと考えられる。
「陸亀…。お前、大丈夫か?」
「済まぬ…。体を維持できぬ…。後は頼み─────」
言い終える前に陸亀は消えた。
封印された陸亀の本体は日緋色金だ。傷つき倒れたとは言え、時間が経てば復活できる。
しかし、俺は戦力を失った。復活を待つ時間はなかった。
「どう見ても、分が悪い…」
「絶望だ!もっと絶望しろ!!俺はその顔が見たかった!!」
「悪趣味な野郎だな、おい。つっても、その通りなんだけどよ」
絶望的状況じゃないが、勝算は低い。
攻めるには、俺も魔力が足りない。多少は回復した魔力だが、戦闘状態となれば多少回復した程度では不足だ。
いざとなれば、緊急回復で魔力は戻せるとしても、怖いのは義龍の鎧と魔剣だ。
退くにしても、ヘロヘロ状態のミツ達はどうする?
「更なる絶望を与えてやるぞ!機馬隊、出陣せよ!!」
「はっ!!」
義龍の号令を聞き、駆けつけてくる5人の騎馬武者。敵が増えたことに驚きはないが、とても奇妙な姿をしていた。その姿に驚く。
上半身が鎧武者。下半身が馬。ケンタウロスだ。
「これぞ、美濃を征した戦鎧魔機馬だ!行け、魔機馬隊!目標は信長の仲間の殲滅だ!!」
「はっ!!」
前進しながら、背中に背負った大筒を取り出す。
魔機馬の為に用意された魔法銃。これもまた大きな砲筒だ。
その砲口の先にはミツ達が乗る電車がある。
「撃たせねーぞ!大地顎砕!!─────っつ!?はえぇっ!!」
五匹のケンタウルスを五本の牙で囲む。内、四匹を逃がしたが、一匹は捉える。
捉えられたが最期、ケンタウロスは大地に飲み込まれ消えた。
「爆龍砲、構え!─────撃て!!」
「撃たせねえって言ってんだろ!!断崖絶壁!」
届くかギリギリの距離だが、バリアを張れる距離。
一発、二発、三発…。
止められたのは三発。三発目の砲弾で岩壁が崩壊した。続く、四発目は直接的な軌道を描き飛んでいく。
「やらせねぇ、っつ─────」
「─────やらせんのは、俺の方だ!!貴様の相手は、この俺だ!」
割り込んで来るのは巨大な蛇。魔剣が見せる霊獣形態だ。
王蛇と銘を打つなら、その姿はキングコブラだ。世界最大の毒蛇、その毒を喰らえば一巻の終わりだ。
「邪魔をすんな!」
(─────?!)
「お前の声は聞こえてる。意表を突くなら声を立てるな!下がってろ!!」
王蛇の横槍で、ケンタウロスの榴弾が電車に直撃する。
間に合わなかった。
榴弾の爆発で電車は炎上する。
「はっはっはっ!!良くやったぞ、お前たち!!」
「いえ、まだこれからです。義龍様」
ミツ達の安否を確認する間もない。その声は地面の下から聞こえた。
地面が盛り上がる。出て来たのは、先にアースファングで飲み込まれたケンタウロスだ。
怪我を負うこともなく、大地に呑まれ土を被った程度。傷の一つもついてない。
魔法の効きが悪い。魔法への防御が高すぎる!
「全く以て、頼もしい奴らだ。では、貴様らに手柄を得る機会を与えよう。信長の首を取れ!!」
「はっ!!─────行くぞ、信長!珠龍砲」
馬体の後ろ脚に備え付けられた箱は…、ミサイル発射装置だ。ミサイル自体は、丸いボールの形をしている。
「照準合ってねーじゃねぇか!どこを狙ってん?!」
上空へと打ち上げられた球は落下を始める。
誘導。いや、自動追尾を備えているのか。美濃も独自に技術を磨いている。
当然だな。競い合うことで技術は磨かれる。そうなるように仕組んでいたのだ。
「珠龍砲の標的は貴様だ!当たるまで追い続けるぞ!!」
「ふん!こんなのは何かにぶつけりゃ、止まるってのがセオリーだろ。護法、傘地蔵!」
降り注ぐミサイルから身を守る為の傘。しかし、ぶつかる感触はあるが、爆発は起きない。
「どういうことだ?………不発弾か」
「言ったであろう!貴様に当たるまで止まらぬと!!」
傘に当たり、弾は弾む。まるでピンボールのように…。磁石にでも引っ張られるかの如く、俺の周りを離れない!
「ふざけんな!こんなん、どうやって防げってんだよ!!」
「まだまだ、珠龍は増えるぞ!どんどん増えるぞ!!貴様に、これが避けられるか!!」
他四人も加勢に入ってきた。
同じように龍砲とやらを撃ち込んでいる。最早、球の数は数え切れない。
数の多さも、そうだが…。跳弾を繰り返すことで球の速度も上がっているようだ。
どこかのスポーツ選手のように、凄まじい動体視力で追うこともできない。どこかの天才のように軌道を計算することは、もっとできない。
支援魔法でなら、前者は可能だ。それでも目で追うだけで精一杯だ。
「どうする。どうすんの。どうすりゃ良い!!」
護法傘地蔵を砕くまで破壊力を高めている。爆発しなくてもぶつかっただけでお陀仏だ。
て、ダジャレてる場合じゃねーよ!!
「手も足も出ぬか、信長!貴様など、所詮その程度!親父殿も何故このようなうつけに!!」
「は?─────何のことだ。気が散るだろ!…くそっ!」
「惚けるのか!!妹のことだ!!誰の許しを得て結婚を認めたと言うのだ!!」
恨まれる覚えがない。俺はともかく、濃は結婚にノリノリだった。
「それを俺に言ってどうすんだ。愚痴は直接本人に言え!俺を巻き込むな!!」
「故に親父殿には天罰を与えたのだ!しかし、貴様は天に頼るまでもなく、俺が直に殺す!!そして再び、俺の手の元に帰蝶は戻ってくるのだ!!」
敵とはいえ、想いは伝わる。気持ちが分かっちゃう俺は、義龍と同類だ。否定しようもない。
義龍のこの行動は俺と同じ。個人的感情に他ならない。
「もっと早く言ってくれれば良かったのにな…」
言ってくれてら、のしを付けて返してやった。
今更、そんなことを知ったところで何の意味もない。完全に俺を殺す気だ。
「泥棒には、お似合いの最後だ!!殻に閉じこもったまま死に果てろ!!」
「義龍様、お離れ下さい。一度爆発が起きれば、ここも危険です」
傘は破れ、地蔵も綻びている。砕かれた岩を流動させ、盾として使って直撃は防ぐ。
誤魔化し、誤魔化し、爆発は避けられてはいる。それも、そろそろ限界だ。
今も跳弾を繰り返すたびに岩は削られている。何より包囲される範囲が狭まってきた。
「時間の問題だな。…覚悟を決めないとダメか─────」
半死半生か、死…。死ぬのは市を助けてからと決めている。せめて、九死に一生の覚悟は要りそうだ。
それだけの覚悟なら、足りない魔力でも魔法の質は高められる。思念が生み出す具現化の力、想像力だ。
「─────ノブにぃーーーーっ!」
「やべ…。乱丸の幻聴が聞こえるって、俺の走馬灯に出てくるほど絡んじゃいねーだろ」
乱丸には悪いが、お呼びじゃない。来るなら、走馬灯の中ではなく、いまここに………
「加減できないから気をつけてね、ノブ兄。─────水把掌!!」
竜巻が起きる。
今時の走馬灯はマジ凄い。陸亀でも吹き飛ばすことが出来なかった戦鎧を、竜巻は易々と天高く舞い上げる。…という幻だ。
「…幻にしてはリアリティあるんだな」
んなわけないだろ。ミツに、そうツッコミをいれられそうだ。
ツッコミを入れられる必要はない。これは現実だ。疑問により、ちょっと頭の理解が追いつかなかっただけだ。
「ノブ兄!今の内に!!」
「………乱丸か!?ど、ど、どうしてここに!?」
龍が蜷局を巻く。つーか、飛んでる。
「僕の事より、ミツ兄達を!!」
「わ、分かってる。この場は任せたぞ」
「うん、任せて!ノブ兄直伝の超魔法。濡らせ!乱れ雲水!!」
うわ、それを使うか!?
子供だから許される。いや、もう子供でも許されないイタズラ魔法!
ホントの名称は飆。
風でスカート捲り上げるだけの魔法だが、過去、数多の女性を泣かせたサイキョー魔法だと教えた。直伝も紛れも無い事実だ。
乱丸は北風と太陽から考えを得たんだろうが、濡れた程度では鎧を脱がせられない。所詮はイタズラ魔法だ。
「ウオォオォウォアォオ」
「そうでもないな。桁違いだ」
大は小を兼ねる。と言うが、今回は兼ねなかった。洗濯機にでも放り込まれた感じにケンタウロス鎧がグルグルと回っている。
魔法防御を備える魔機馬も、地に足が着かなければ形無しだ。ましてや、中身は人間だ。
「─────て、見てる場合じゃねーよ!!早くミツ達を助けねーと!!」
爆発、炎上。燃える電車…。助かる見込みはないが、ミツ達が簡単にくたばるはずがない。
救助活動を急ぐ。
秀吉の作った電車は二両編成。片一方を潰されただけに留まる。
予想通り、ミツ達は全員無事だった。
結構、際どかったのは言うまでもない。消火が遅れたら、確実にミツ達は死んでいた。
爆発はミツが。火の進行は秀吉が食い止めていたようだ。
それが原因で、気を失った様子だが死んではない。
「一気に運べる数じゃねーな。陸亀はもう使い物になんねーし…」
乱丸に頼るか。
「…ノブ、良かった。ノブは無事だったんだね」
「おい、人の心配してる場合かよ!大丈夫なのか、ミツ!」
「はは…、大丈夫って言いたいけど。流石に無理っぽい。逃げる気力もないよ。─────ノブだけで良いから逃げるんだ」
相当、追い込まれているな。俺がミツを置いて逃げるわけない。
「置いては行かねーよ。安心しろ、乱丸が来てくれた」
「そうか…、乱丸が…」
「ああ。だから、心配するな」
「うん。分かった…」
それだけ言って、ミツは気を失った。
ミツ達を助けるには乱丸の力が必要不可欠。助けに来たんだし、徹底的に助けてもらうか。
「乱丸!ミツ達は無事だ!!そっちは大丈夫か!!」
「全然、余裕~。余裕~」
心配の必要はないか。
だが、言うほど余裕ではなさそうだ。誰一人倒せてない。義龍も五人のケンタウロスも、身動き出来ないだけだ。
「乱丸。その状態を維持したまま、こっちに来れるか?」
「うん。大丈夫、大丈夫~。──────それで、ノブ兄。どうしたの?」
「乱丸、お前さっき飛んでたよな。この電車ごと、俺達を運ぶことは出来るか?」
「あ~。…うん、出来るよ」
自信がないのか、歯切れの悪い返事だ。
それでも出来るなら充分だ。
「良し、じゃあ。頼む」
「頼むって…。僕がノブ兄達を連れて帰れば良いの?あいつら倒すんじゃないの?」
「無理だ。今日は無理だ。ミツ達の安全の優先が先だ…」
「分かったよ。ノブ兄の頼みだもん。僕もミツ兄は好きだからね~」
乱丸にとってもミツは遊び相手だ。無事とは言え、危うい状態なのは変わらない。
乱丸も、言葉の意味を理解した。魔法を維持しつつ後退を始める。
「の、信長!!貴様、逃げるか!!」
「今日のところはな!覚えてろよ、この野郎!!」
捨て台詞にしても、ありきたりだ。ありきたりだが、本気の台詞だ。
やられっぱなしで終わらせるつもりはない。次に会うときは、あの鎧共々終わらせる。
「頼んだぞ、乱丸!!」
「は~い」
「えっ!?」
声に似合わない風体の乱丸にパクッと丸呑みにされる。
まさか体内収納されることになるとは…。運び方までは考えが及ばなかった俺が悪い。
人生初の初飛行が、こんな形で叶うとは思わなかった。
人生初の初飛行と言うならこの場に居る全員だ。だが、雨戸に閉ざされた車内では、そのことに気づく者は居ない。
知っているのは俺と乱丸だけ─────。
何はともあれ、木造の電車は清洲へ向かって空を飛んだ。




