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尾張の現状

49)尾張の現状


 酔いから醒めあらぬ内に、ミツと秀吉に起こされる。

 頭は痛いし、ヒドい吐き気だ。体調はかなり悪い。最低な朝だ。


「うぇ~…。き…、気持ちワリィ~…」

「ノブ、大丈夫?何なら、明日にしようか?」

「そうも言ってらんねぇよ。あんま時間もねーみたいだし…、うぇ。ぷ…」

「ノブ様。吐くなら吐いちゃったほうが良いッスよ」

「別に隠す気はねぇーよ、秀吉…ぅぷ」

「いや、腹ん中じゃなく…。ゲ○の方っす」

「あ…、んん…。ゲ○ってくるよ」


 言葉的には同じでも意味が違う。恥ずかしい間違いだ。

 とか…考えてる余裕ねぇ…。

 口の中で酸味が。

 限界…。


「かなり顔色良くないよ。トイレまで行けそう?…。僕もついて行こうか?」


 酒は脳細胞を破壊すると言うが、俺の貧相な記憶力にも壊滅的な被害だ。

 吐いたら最後。記憶もそのまま垂れ流しになりそうだ。


「ぅう…、頼む」


 ─────何とか頑張った。胃の逆流を耐えきった。

 介抱してくれるミツが天使に見える。

 なにしろ、酒を飲むのは初めてだ。二日酔いも初めてだ。楽しく飲めれば良いかもだが、こんななるなら飲みたくない。

 信玄と上杉は、酒に強そうだったな。あれくらい酒に強いなら問題はないだろう。今日は観光に行くとか昨日の夜に騒いでた。

 羨ましい限りだ。


「そんなになるまで飲んで…。一体、どんだけ飲んだんだよ」

「─────覚えてねーよ…。樽一樽開けたとこまでは覚えてるが……ぅぷ」

「樽?」

「樽。ぅぷ、一人一樽開けた…」


 飲ませるつもりが、飲まされた。飲みきるまで宴は終わらないってのが、あの宴会のルールになっていた。


「それは幾ら何でも飲み過ぎだよ。そんな飲み方、死んじゃうよ。断るところはきっぱり断らないとダメだよ」

「うぅ、頭に響く…。説教なら、もうちょっと待ってくれぇ」


 ──────。


 吐くもの全部吐き出し、気分が落ち着いた。

 ミツの介抱のお陰もある。

 尾張のナイチンゲールとでも呼んであげようか。

 白いナース姿がよく似合う。


「うげぇぇえ!」

「大丈夫?!ノブ!!」


 予想以上の衝撃だった。…今のは忘れよう。


「ああ、大丈夫だ。もう、吐くもんねーよ」

「なら良いけど…。それより、さっき濃姫様がノブの様子を聞きに来たけど?」

「ああ、それは多分…道三の事だろうな。美濃も色々と大変らしい」


 兄貴が反乱した上、父親は行方不明。その話は濃姫に届けられたのだ。

 父親を心配する娘。夫である俺に助けを求めるのは当たり前のことだ。


「美濃か…。あそこは僕も色々とあるし、何とかしたいとは思ってるけどね」

「あ、ノブ様。早かったッスね」

「なんだ?心配してくれたのか」


 俺の部屋でゴロゴロと…。

 心配する人間の態度じゃない。


「心配はしてないッスよ。一人待たされるのが退屈だっただけっす」


 いい加減、猿のツンデレにも飽きてきた。最近は、乱丸を弄っているほうが面白い。

 人の世界を知らない乱丸は、何をしても面白い反応を返してくれる。逆に秀吉は俺らに染まって、まるで現代日本人のようになってしまった。

 もう何をしても驚いてくれないのだ。


「そうか、乱丸は居ねーのか」

「アイツがどうかしたんすか?もしかして、今回の作戦にアイツを使うつもりなんすか」

「それは無理だ。乱丸の力が届くのは清洲とあの山奥だけだ。それに乱丸の力は、広域に特化し過ぎて今回の作戦には使えねーよ」


 俺も大概だが、乱丸は手加減を知らない。何時もフルパワーで力を発揮するため、人が使う魔法のような細かな操作が出来ない。

 使いたい放題の無限パワーを持っているから尚更だ。少しは自重しろ、乱丸。


「あれ?ここで、襲撃するんじゃないんすか?」

「んなワケねーだろ。そんなことしたら、俺の責任問題になるだろうが。市奪還作戦は、尾張を出てからやるんだよ」


 何も知らない秀吉は勘違いしているようだ。まだ何も話してないから勘違いするのも当然だ。

 だが、そこら辺りは推して知るべきだろ。


「そうだね。一番良いのは、例の事件で治安が悪化した美濃が都合上良いよね。今の美濃は無法地帯に等しいから何が起きても言い訳が立つし」


 何故、美濃なのか。詳しい状況は知らないが、どうやら武田一行は美濃に寄って行くらしい。

 ホントなら、治安が悪いような場所に市を行かせはしない。が…、今回は丁度良い。


「ま、それで逆に俺達が襲われたら馬鹿らしい。秀吉、作戦の準備は大丈夫だろうな?」

「勿論っす。移動用の馬と変装用の衣服と武器、火薬に煙幕弾。諸々、全部調達してきたっす。足がつかないように隠蔽もばっちりッスよ」


 注文通り、それ以上の働きだ。

 車を使うと俺の犯行だとバレる。変装も同じだ。どこにでも居そうな山賊の衣服だ。

 爆弾や煙幕弾は、目眩ましと逃亡用のもの。忍者がドロンと消えるアレだ。


「護送のためのルートは予め、決まっている。秀吉は、襲撃に適した場所を探せ。分かってると思うが、バレないように慎重にだぞ?」

「うっす。失敗は許されないっすからね」


 みなまで言わずとも…、だな。

 そこまで分かってるなら、これ以上言うことはないだろう。

 後は秀吉に任せて大丈夫そうだ。


「ミツの方は…」

「大丈夫だよ。段取りは決まってるし、後は武田の動向次第だね」


 ミツも問題ないようだ。後は、俺が聞いたことをそのままミツ達に伝えて終わる。


「浮かない顔をしてるね。何か気になることでもあったの?」

「そりゃ…な」


 市奪還も大事だが、他の国の状況も気になっている。今のところは、取り沙汰すような事態ではないにしても、これからどう転ぶかは不明だ。

 予想は出来る。戦争だ。だが、出来る限り予想される事態は避けたい。


 上杉の話だと、尾張は第三勢力になりつつあると言うことだ。

 魔法兵器の開発。魔法の普及。尾張が危険視される理由は多々ある。

 攻め込まれたら守りきれるのか、他の国からしたら気が気でないのだ。

 勿論、そんな暴挙に出るつもりはない。戦争なんて労力の無駄だ。

 俺の天下統一は、戦争をせずに天下を取るのだ。尾張の文明開化は、他国との交渉のため。技術を餌に尾張の傘下に入って貰おうという魂胆だ。


 しかし、出る杭は打たれる。力をつければ逆に狙われる立場でもある。

 それでも、他の国々が襲って来ないのは幕府の命令があるから。尾張にとっては都合が良いが、尾張の為ではないのは明らかだ。

 信玄のおっさんからも言われているから間違いない。詰まる話、尾張は問題を抱えている。


「それで、ノブは落ち込んでいるの?」

「違うっての。そこら辺りの話は、城の奴らが勝手に何とかしてくれるだろ。俺は指針を指し示すだけだ」

「勝手にやってるわけじゃないんだけどね。まあ、ノブの方針はみんな理解してるから。でも、浮かない顔は何が理由?」

「幕府だよ。幕府将軍って誰が今やってんの?」


 室町幕府と言うことは、室町さん?─────と言うのは冗談だ。室町幕府は足利…何某。やっべー、名前が出てこない…。


「足利義輝。幕府最強の将軍にして、勇者だよ」

「勇者?」


 これまた大層な肩書きを…。魔王おれに劣らず、危ない奴のようだ。

 この世界で勇者を語るとは、俺らと同じ転生者なのかも知れない。


「ノブ。今まで学校で何を教わって来たんだい?足利義輝は剣技と魔法に、政治にも優れる人間だよ。勇者と呼ばれる由縁は、超克刀エクスカリバーと呼ばれる聖剣だ。僕も実物は見たことないけど」

「間違いなく、それは勇者だな」


 魔剣があるなら、聖剣もあるに決まってる。どんな力を持っているの気になる。が─────。


「そんな事じゃねーよ。俺が沈む理由は…」


 その勇者。幕府将軍の足利義輝が、俺の首を狙ってる。

 人から命を狙われると言うのは、気持ちの良いものではない。


「分かってる。勿論、わざとだよ」

「ヒデーな。意地が悪いぞ。結構、本気で気に病んでんだ。ちょっと真面目に考えてくれよ」

「ははは。別に気にしなくても大丈夫でしょ。どっち道、戦争は避けられないんだからね」


 肝が据わっているなぁ…。ビビってる俺がバカみたいだ。

 ミツは楽観視しているわけじゃなく、客観的に見ているのだ。


「そんな事より、ノブが暗殺……。なんてことにならないようにしないといけないね。警備を強化しておくよ」


 流石に暗殺までは考えてなかった。

 そうか、そんな事も考えられるのか…。ミツは心配ないとは言うが、一度聞いてしまうと考えは離れない。悪い予想ばかり浮かぶ。


「シャレにならねーな…。一応、俺も備えは必要だな」

「一理あるね。守るにしても守られる側の意識は必要だし…。暗殺の知識がある人物でもいてくれると対策も練れるんだけどな」

「暗殺者か…。そう言や、こっちには忍者って居ないのか?」

「居なくはないけど…。暗殺者って感じではないね。どっちかと言えば、密偵とか斥候って感じかな。情報収集のための存在だよ」


 イメージしてた忍者とちょっと違う。俺はもっと格好いい感じのものを想像していた。


「やっぱり、自分でどうにかするしかないか…。信玄のおっさんや上杉の魔法が最適だよな」

「信濃や越後は、身体強化武具強化に優れた魔法が多いからね。炎を纏ったり、炎と同化したり、とかね。土地の風土、文化や人種によっては使える魔法が変化してくるのは当然だよ」


 魔法バカのミツのご高説だ。

 雪に埋もれ国もあるし、大半が砂漠な国もある。国が変われば魔法も変わる。為になる話だ。


「きっと、土地の龍脈に影響されてると思うんだ。そのための龍脈研究なんだけどね」

「じゃあ、俺には信玄のおっさんや上杉の使った魔法は使えないってことか?」

「ああ、ごめん。言い方が悪かった。大丈夫だよ。ノブにも、ちゃんと使えるから。勿論、秀吉も使えるから心配は要らないよ」


 秀吉のことは特に気にしてなかった。秀吉には類い希なる運動神経がある。さらに言うなら、身体の丈夫さは人並み以上、人並み外れだ。


「流石、ミツだな。既に武田のおっさんや上杉の魔法は解明済みか。あれは見ただけじゃ、分からなかったんだよな。特に上杉が使った魔法をぶった斬ったヤツが…」


 上杉の魔法を斬る技はともかくとして…。

 信玄のおっさんの魔法なら、ある程度は真似できる。

 とは言え、そのやり方が分からなかった。

 使えないなわけじゃないと言うなら、習得は可能だ。

 同じ人間が使う魔法だ。

 …信玄のおっさんは化け物だったが、一応は人間だ。使えない道理がないってことだ。


「恐らく、その魔法も習得は出来るよ。武田信玄が使った方の魔法が習得は難しいかな。あれは霊獣の力を使ってるからね」

「霊獣?なら、やっぱり無理なのか?」

「問題ないよ。尾張にも霊獣は居るだろ。それも身近に」

「あ!乱丸か!!」

「見た目はあんなだけど、乱丸も立派な霊獣だよ。いや、それよりも上の存在…精霊かな? ノブが乱丸を制御出来るようなら、龍脈の力を使えるだろうね」


 つまり、信玄のおっさんみたく乱丸と合体しろってことか。

 うーん、それはちょっと遠慮したい。竜騎士や竜人みたくなるならともかく、身体の中を蠢く見てくれは生理的に無理だ。気色悪くて鳥肌が立ってしまう。


「出来る出来ない以前に乱丸自身が制御できてねーよ。んな危険な真似出来ないっての!」


 一応、拒否の姿勢を見せておく。

 ミツの事だ。嫌だって言っても無理やりやらされそうな気もする。


「ノブなら大丈夫でしょ。龍形態の乱丸の声も聞こえるし、意思の疎通が出来るなら合体?融合にも支障は出ないよ」

「出るよ!むっちゃ出るって!?」


 信玄のおっさんみたいな姿では、好きな女の子を抱くことも出来ない。

 だいたい、乱丸が居なくなるのも困る。


「勘違いしてるようだけど…。一時のものだよ。説明書は書いてあるから目を通しておいてね」

「助かるぜ、ミツ」


 一時的な姿と聞いて一安心だ。


「で、上杉のアレは何なんだ?魔法なのか?」


 一番憧れるのは、やっぱりアレだろ。


「ただの刀で魔法に対抗は出来ないよ。上杉の魔法は天属性の武装魔法だろうね。それも特別な魔力を込めた魔法…。それが何なのかは僕も分からないけど」

「武装魔法か…」


 未だに使えない俺には習得は難しい。先に武装魔法の習得が必要のようだ。


「そっちの方は僕も調べてみるよ。その間にノブは武装魔法を使えるようになってね」

「市の奪還が先だけどな。練習はしておく」


 刀一つで魔法を凌駕する。課題が増えただけのようでもあるが、やること無いより有った方がいい。魔法は俺の人生の潤いだ。


「と、話がズレた。とりあえず、戦争が避けられないってのは分かった。これから尾張はどうなんだ?」

「先ずは国の防衛。今はどこの国も足並みが揃ってないから散発的な争いになるだろうね。そこから反撃だ」

「面倒くさいな。長期戦になりそうだ。今の内に攻め込んだ方が楽なんだけどな…」

「それはノブの望むところじゃないでしょ?」


 良く理解してらっしゃる。俺は世界を支配したいワケじゃない。平和な世界を作りたいのだ。


「尾張を中心とした新しい世界統治機構の構築には幕府の協力が不可欠だ。不要なものは削るが、幕府の力まで削ぐつもりはねーよ」

「まあ、元々からして幕府に削るようなものも少ないんだけどね」

「うわっ、それ言っちゃお仕舞いだろ。その通りだけどさ」


 簡単な話だ。幕府が尾張の…俺の首のすげ替えをしよう言うように、俺も幕府の首のすげ替えをしてしまえば良いのだ。


「逆に心配になるよ。幕府の人材不足は深刻だしね」

「そんなものなのか?」


 国の実情と変わらない。教育不足では育つものも育たないってことだろう。


「尾張が特殊なんだってこと忘れてないよね。あちこちで戦争は起きてるし、人も死んでる。教育不足よりも寿命の短さが問題なんだよ」

「なるほどな。都合良く、勇者義輝も死んでくれねーかな」

「それじゃあ将軍が変わるだけだって。問題は何も解決しないよ。幕府の対応は引き継がれるから、戦争は避けられないことくらい分かってるでしょ?」

「まあ、俺もそこまでバカじゃねーよ。ちょっと言ってみただけだっての」


 邪魔者なのは違いないが、死んで欲しいほど憎いワケじゃない。いずれはぶつかる敵だ。多少、悪口言っても良いじゃない。


「あまり、幕府を舐めないほうが良いよ。層が薄いって言っても強い人間は本当に強いんだ。遅れを取ることはないだろうけど、戦場では何が起きるか予測はつかないよ」

「未来が見えるわけもないし、戦場じゃ油断はしないって。それに数も問題にしてねーよ」


 尾張を取り囲む国々とその兵士の数で言えば圧倒的に不利だ。

 となれば、やることは決まっている。尾張に敵を食いつかせての奇襲攻撃。敵大将を討ち取るだけだ。

 腹を決めれば、覚悟も決まる。

 話してみると楽になるものだ。とりあえず、尾張の方針は決まった。

 暫くは防衛戦。と、その前に市を取り返さないとな。

 迎えに来てくれと頼まれたのだ。何としても市を助ける。


 決行の日は近い。その日まで、普段通りに過ごすとしよう…。





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