賭けの精算
48)賭けの精算
「合わせる顔がない。」
まさに今の心境だ。何と声を掛けていいのか、市を前にすると言葉がでない。
裏腹に、目の前に腰掛ける市だが、特に変わった様子は見られなかった。
視線が合えうと、いつものように優しく微笑んでくれる。顔が熱くなるのを感じるのも何時ものことだ。
それは、置いといて………。
ひょっとして、あの決闘は俺の夢だったのか?
そんな疑問を抱いてしまうくらいフツーの態度だ。
いやいや、そんなはずがないだろ。実際、顔には出さないだけで…。いや、素直に謝れば良い。考えるのは止そう。考えるから言葉がでないのだ。
「すまん!!市!!」
ギャンブルに負け、女に泣きつくダメ男のように許しを乞う。
俺はそんなダメ野郎じゃないんだぞ、と否定したいところだが、地べたに這いつくばって土下座している時点でダメ野郎だ。
「頭を上げて下さい。その事については、お兄様を責める気持ちはござません。むしろ、武田信玄とも互角以上に戦えると、皆に示したのです。誇らしいことです」
「軽はずみに、決闘して…俺が賭けに乗ったから…。誇れることなんて何もねーよ。だから、怒っても良いんだぞ!!」
市にしてみれば、俺に売られたようなものだ。
人権侵害も甚だしい。フツーなら怒るものだし、訴えられて当然の悪行だ。
そもそも、市の人生を歪める権利など、俺にはないのだ。
このままでは、俺は兄としても男としても立つ瀬がない。
俺を殴ってくれ…。
俺を罵って─────。あれ?下手したら、ご褒美じゃん。ダメじゃん、俺。
「ノブ。その辺にしときなよ。市姫様も困っているじゃないか」
内心の葛藤に悶える姿は、確かに見るに耐えない。醜い俺を制したのはミツだ。
しかし─────。
「それをミツに言う資格はねーよ。ミツは、あの場に居なかったからな!何で肝心な時に居ねーんだよ!!」
「居たとして、それでどうなるって言うんだよ。僕に止められる力はないよ」
それは、決闘のことか。賭けのことか。それとも、最後に放った魔法のことなのか。
確かに、ミツに頼り過ぎていた。否定は出来ない。
ミツにだって、出来ること出来ないことがある。俺の八つ当たりを受け止めることは出来ても、俺の行動は止められない。賭けの支払いは自分で負うべき責任だ。
「それで、どうするんすか?逃げますか?」
「逃げてどうするのさ、秀吉。バカか?」
「いや、真面目な話。俺は約束したからには守るつもりだ」
しかし、それをすると市と離れ離れ。俺の手の届かないところだ。
市のことだ。気丈に振る舞っているが、内心は怯えているに違いない。
ふと思いつく。そう、悪巧みだ。
「だが、約束は市を差し出すこと。差し出した後のことについては言明してないよな?」
「ノブ…。それって、つまり………」
「そう言うことだ」
素直に従いはするが、泣き寝入りはしない。俺には、まだ出来ることがあるのだ。
「ノブらしくて良いね。人質として送られる際、盗賊に襲われることなんてよくあることだ。それに、今回のことには僕も言いたいことが多いしね」
流石は親友だ。俺の無茶な計画に乗ってくれるようだ。
「…しゃぁーないっすね…。幼なじみとしては、俺だって納得いってねーっすから。手伝いますっすよ!」
「なんか、無理やりやらせたっぽい言い方だな。嫌なら別にいいんだぞ? な…?市」
「秀吉殿は、お兄様を手伝っては頂けないのですか?」
「なななななっ!?なに、言ってんすか!!俺が市姫様を、ノブ様を助けないわけないじゃないっすか!!」
凄い動揺だ。
市にお願いされたら、俺だってイチコロだ。
市に逆らえば心を折られて殺される。秀吉が、常々言っている市殺だ。
「決まりだな。市、本当に済まない。今回だけ、一度だけ、武田の下に行ってくれるか?」
「既に覚悟を決めていましたが…。お兄様が助けに来てくれるのでしたら、私は喜んで行きます」
「ならば、決まりだな。細かい計画はミツに任せても良いよな?」
そこは適材適所。出来ることは出来る奴へ。それが一番効率が良いだろうし、何よりも俺は頭を使うのは嫌いだ。
「任せてよ。って、言いたいところだけど。その前に情報が必要だよ」
「それこそ、任せろ。どうせ、これから武田とも会うんだ。必要な情報は全部吐かせてやるっての!」
市を連れて行くのだ。当然、護衛態勢は整えてくる。
日時に、人手、移動の手段に物資も揃えなければならない。その手の情報が得られれば、市奪還の策を練れる。
100パーセントの成功の為に、どんなことでも出来る。既に、それくらいの覚悟はきめているのだ。
「武田に会うにしても、その姿はどうにかしないとね」
その姿。とは、魔力欠乏の状態。つまり、白髪となっている俺の髪の毛のことを指している。
地毛で、元からこんな髪してますと嘘を言って誤魔化すことも、通常状態の姿を見られているから嘘がバレる。
魔力欠乏状態の姿を人前で晒すというのは、自ら武器は持ってませんと喧伝している。弱味を見せているも同然だ。
武田信玄に、こんな姿を見せられない。
「もう暫く、休息をして下さい。お兄様」
「そうも行かねーよ」
「なら、これの実験。いや、出番だね」
取り出されたのは茶色い瓶。中身は液体のようだ。
元気溌剌?炭酸飲料?─────今時、珍しくもなくなったが、怪しさ抜群だ。
「それは、何だ?」
「魔力回復薬。霊薬だよ」
胡散臭さ満載の魔法薬か…。遂に、ミツは薬にまで手を出してしまったようだ。
「誤解しないでくれよ。コレは正真正銘の霊薬。何て言ったって、乱丸の協力で誕生したんだから」
「乱丸が? 確かに、ご利益ありそうな感じはするけど…」
龍脈の化身である水龍。その協力で製造されたと言うのなら効力はありそうな感じもする。
だが、しかし、疑いは晴れない。龍脈の力は、直接人間には作用しない。龍の力も同様だ。
「一体、どうやって作ったんだ?」
「え? 作り方は簡単だよ。人間と同じ生活と食事によって生まれた老廃物を採集することで、この霊薬は作れるんだ。量は少ないけどね」
「老廃物…」
最早、この時点で危険物認定だ。劇物指定だ。
「そう。原料は、乱丸のおしっこだよ」
「排泄物の間違いじゃねーかっ!?飲めるか、こんなもん!!そんなもの飲むくらいなら、自分で回復するっての!!」
即、廃棄処分を下す。
「だから、それには休息と時間が─────」
「魔力全開!!」
緊急回避の方法だ。これをやると、暫くハイテンションが止まらないが…、何の問題がある。全く問題ないので、良し!!
「─────ねぇ、ノブ? それって前から不思議だったんだけど、どうなってるの?」
「魔力なんて気分の問題だろ?だから、気持ちを高めて、こう…さ?はっ!!って感じで。誰でも出来るだろ??」
「出来ないよ!?なに、それ!?」
出来ないものなのか?
でも、事実できてるワケだから驚くに値しないと思うけど…。まあ、今はそれは置いといて…と。
「そんなことより、武田の奴に会いに行こうぜ。あ、それとも上杉の方が先か?」
「う…うん。武田信玄が先だね。と言っても、二人とも同じ部屋で待ってるから、結局は同じことなんだけどね」
納得いったような、いってないような。そんな微妙な顔をする。
ミツには、前に一度見せている。その時は、何も言ってなかったし、たいしたことないだろ。
「なら、手間が省けていいな」
「本当にノブは気が短いよね。また、ケンカなんてならないように気をつけてくれよ」
「しねーよ!!」
釘を刺されたが、同じ失敗をしそうな不安は俺も抱えている。
不安を抑えてくれているのは、ミツが居るから。俺を止めてくれるのはミツだけだ。
「─────では、お兄様。私は信濃行きの準備がありますので」
「んじゃ、俺も出撃の準備っす」
「お兄様、早く迎えに来てくださいね」
黙って頷く。
市は笑顔で部屋に戻って行った。
「ノブ…。これはもう頑張んないとね」
「だな。賭け事は、これっきり。もう二度としねーよ」
上杉と武田を待たせてるのは大広間。しかし、急遽、場所を変える。
相手から情報を得るには、口を軽くさせるのが一番だ。
相手を上手く持ち上げて情報を引き出す。
接待には酒。オヤジにはキャバクラ。日も高い内から、夜の蝶が舞う華屋敷にご招待だ。
酒と健全なエロスを嗜むオヤジ達の憩いの場。尾張清洲の名店“御息城”。
ミツの計らいもあり、男三人それぞれを美女が囲むハーレム状態だ。
「うむ。なかなかに良い店だな」
「それって、誉めてんのか?」
巫女喫茶では、あれだけハシャいでいたが、今回はテンション低い。
店の選択を誤ったか?
「信玄公が、珍しいことを言うものだ。間違いなく誉め言葉ですよ、信長」
「がっはっはっ!!」
図星だからって、笑って誤魔化したな。
まあ、気に入ったようでなによりだ。胡麻擂り接待ではなく、情報を搾り取るための接待だ。
必要であれば、巫女も呼ぶのもやぶさかではない。
「一応、一流の店なんだからな。節度は守ってくれよ」
「ほほう…。これで賭けをチャラにしようと言うのか?」
「深読みし過ぎだ。市も了承済みだ。キッチリ、支払いはするさ。勿論、この店の支払いも含めてだ」
「がっはっはっ!ならば、良し!!」
信玄のおっさんは、丸め込めれそうだ。上杉は…。うん、既に食いついている。
動物と戯れる上杉。昨日見た上杉の獣耳は、農業科畜産学科のイベントに立ち寄ったからだ。
動物好きなのだと予想したが、ドンピシャと言うやつだ。
「それで、市はこの先どうなるんだ?」
やはり、腹芸は苦手だ。
何の考えもなしに、率直に質問を投げかける。
「うむ。その事なら、安心しておけ。悪いようにはせぬ」
「現状、既に悪いことになってんだが…」
「うむうむ。ならば、言い直そう。尾張にとって、悪いようにはならぬ。とな?」
人に心配されるような国家運営なのか?
武田の狙いが読めない。
「その話の前に、信長くんに渡しておくものがある」
と、上杉謙信から手紙を手渡された。昨日、言っていた書状とかいってたやつだ。
「これは?」
「幕府将軍、足利義輝様からの通達書ですよ。中は、ご覧の通り。織田信長への尾張守護役の離任状ですね」
「要は、俺はクビってことか。別に構わねーけど?寧ろ、辞めれるんなら嬉しいぞ?」
怖い顔して言われても、別段これといった感想はない。何時かは、誰からか言われるだろうと思ってた。
「なるほど。責任をとると…。では、その首を差し出すのですね。了解しました」
「んん?なに?」
意地悪く笑う上杉。
対して武田は、口を開けて呆然としている。
俺は何か間違ったことを言ったのか?
「馬鹿か、貴様は!!!」
「うおっ!?ビックった!!急に、なに大声出してんだよ」
「最早、形骸化した幕府の言うことを素直に聞いてどうする!!首を差し出せと言ってきたのは宣戦布告の合図だろうが!!─────少しは見所が有るかと思えば、腑抜けか。貴様!!」
あー。つまり、降伏勧告ってことか。
回りくどい。その上、いちゃもんだ。実際に国を動かしているワケでもないのに、外からとやかく言ってくるアレな人間と同じだ。
「ま、死にたくはねーし…。幕府の威光は、完全無視を決めるか。て、あれ?」
「どうかしましたか、信長くん」
「そう言や、美濃の道三が頭首じゃなくなったって話。あれって、もしかしてコレと関係あるのか?」
話の流れからして、無関係ではないだろう。
一体、何があったのか。道三の一件も気になる話だ。
「尾張と関係あるのか、ないのか…。斎藤道三は反乱により失脚した。反乱の首謀者は道三の息子だと、話には聞いてますね」
「反乱だって!?」
へ…、何言ってんの?
美濃は経済的に豊かな国だ。道三の手腕により産業は発展した。
内政不安、反乱が起きるような兆しはなかった。上杉の話は眉唾な話だ。
「がっはっはっ!!道三も不憫な奴だ。娘は織田に奪われ、息子には反旗を翻されたのだ」
「武田が言うのなら信憑性がありそうだ…。マジか…」
「当の道三は、難を逃れたと言う話ですよ。それより、信玄公の言うことは信じられるとは……。聞き捨てなりませんね」
えぇ…。そこに食いつくのかよ…。刀に手を伸ばすのは止めろ…。
「いや、だって俺達は会ったばかりだろ?初対面に等しいのに、信頼なんて生まれねーよ」
「ああ。そうでしたね。─────織田の噂を聞いていたせいか、私としては身近に感じていたようです」
刀から手を離して一安心。
ふむふむ…とか、マジで近親相姦じゃなくて!?親近感を持っていたようだ。
「理解が早くて助かるよ。それにしても、道三のおっさんも大変だな。生きているなら、連絡の一つでもしてくれば良いのに。一応、俺は義理の息子だぜ?濃姫だって心配するだろうが」
無事なら無事で一言連絡くれれば良いのに。と言うか、反乱の騒ぎも教えてくれれば良いのに。
俺じゃ、頼りないとか思ったのか。俺に借りを作りたくないとか思ったのか。
「今は尾張周辺の国々が、尾張に対して警戒態勢を敷いてますからね。道三も、そこら辺を心配したのではないのですか」
「逃げた先でも危険が有る。確かに、そんな場所には逃げられないな。つーか、尾張が警戒されているって話も初耳だぞ?」
「ですから、信玄公が取り持ってくれると言う話に繋がるのですよ」
幕府側からの降伏勧告。美濃の反乱。周辺国家からの警戒。…流石に俺も事態を理解する。
尾張は孤立無援。文化祭なんてやってる場合じゃなかった。
信玄の見立て通り、心配な国家運営だ。
言いたいことは分かった。だが、それとこれとでは話は別だ。
「市を嫁に娶ろうって魂胆だな!尾張の技術を得るために!!」
政略結婚により尾張と同盟を結ぶ。尾張にとってみても利益のある話だ。
それは、対等であるならば…。
娶ろうと言うより、寝取ろうという腹積もりなのだ。とんだ腹黒スケベ親父だ。
「その通りよ。尾張の文化は、目を見張るものがある。一体どこから生まれてくるのか、尾張の人間の知恵には驚かされてばかりよ。尾張と繋がりを持てば、世界の覇権争いも如何様にもなるだろうな。がっはっはっ!!」
「そのために市を利用しようってか?」
人質に捕られたら、俺といえども言うことを聞くしかないだろう。
やはり、取り返すしかない。今は話に乗った振りしておく。取り戻すのは今じゃない。尾張の状況を聞いた後なら尚更に。
「政治には付き物。よくある話ではないか」
人に言われると腹が立つ。よくあるからって何だ。
エロ親父め…。
「良くねーよ。そんな理由で、市と結婚すんのかよ。歳の差を考えろ!自分の歳を考えろよ!!」
おっさんと市では一回りどころか二回りは差がある。歳の差婚も珍しくないが、離れ過ぎだろ。
親父と同じくらいの男にお兄さんとは呼ばれたくない。
「誰が儂がすると言ったのだ!!大うつけ、貴様の手垢塗れの姫など欲しがるものか」
「オイっ武田っ!!市はな!!市はまだ綺麗な身体だぞ!!俺を馬鹿にするのは構わないが、市を馬鹿にすることだけは、ゼッテー許さねーぞ!!!」
「何だと!?未だに生娘だと!!まだ手を出してないのか!?男ならガツンと行かんか!!」
それが出来るなら苦労しない。結局、遠回りに伝えてみたわけで…。
兄が妹に告白するんだぞ。一体、どんな顔して告れと言うんだ。
「わりーかよ。俺だって、そう言った…………は、恥ずかしいんだよ!!」
フツーの恋でも勇気が要るのに、兄妹でなんて無理がある。逆にどうすれば良いのか聞いてみてぇよ…。
「はっ!?聞こえんな?何か言ったか、大うつけ」
「くっぅ…。ああ!もう、いい!その話はお終いだ!飲め!!兎に角、飲め!!俺の酒が飲めねーのか!!」
ダメだ。おっさんに勝てる気がしない。都合が悪いと聞こえないフリ、その癖言わなくて良いことを平然と言う。人をからかって楽しいか?
く…。飲んでない俺の顔が暑い。きっと真っ赤になってることだろう。とてもじゃねぇが、素面ではいられない。
俺も飲む。グラス一杯を一気飲みだ。
「信玄公…。少し戯れが過ぎるのではありませんか?」
「ふっ…。小僧などあれくらいしてやらねば成長しないだろ」
「それは経験談ですかね?」
「貴様にも教育ってヤツが必要か?」
「まあ、それは追々に…、戦場でお願いしますよ」
「どうやら貴様も、我と同じ穴の狢のようだ」
酒に酔わせるつもりが、俺が酔ってしまいそうだ。
完全に酔いつぶれる前に、市がどこに行くのかとか色々と聞いていたが、ぼんやりとしか覚えてない。
親父達の宴会は、俺が酔いつぶれたあとも延々と宴々と続いたと言う。
乾燥してきたのか、お肌カサカサ。静電気がビリビリくる。
敏感肌で気になってしょうがない。




