激闘、文化祭 前編
46)激闘、文化祭 前編
「悪いな。俺には、この果たし状を受け取る理由がねーし。えーと、な?だから、やっぱりこの書状も要らねーや。当然、決闘もナシの方向で!!」
落ち着いて考えてみたら、決闘なんて前世も含めて経験がなかった。
ましてや、古式ゆかしい果たし状だ。
受け取ったはいいがどうすんの?
と言うわけで、破り捨てるわけにも行かず、受け取った果たし状を突き返した。
へたれたわけじゃない。何の益もないからだ。誰だって意味もなく喧嘩なんてしたくない。
マナーのない客を追い出すだけで、なぜ俺が決闘せねばならないんだ。バカバカしい。
「男が一度受け取った果たし状だ!返すなど許されるとでも思ってか!!」
そんな真似が許されるはずもなく…。フツーに怒られた。テヘペロ、ゴツン!!てな感じだ。
まあ、ふざけた俺も悪いのだ。
「何の掟かは知らんが、勝手に喧嘩売ってきて、素直に買う馬鹿はいねーよ!!信濃じゃ知らねーけど、尾張じゃ押し売りは犯罪だからな!!」
信濃の法律がどうなっているのかは知らん。だが、そこら辺はどこの国だって同じだと思う。
強く言えないのは、俺が国際事情を知らないかに他ならない…。
それでも、ここは尾張。俺の国だ。断固拒否の姿勢は崩さない。
「五月蝿いよ!喧嘩したいんなら、外でやんな。信長!!」
「でも、婆さん─────」
「あんたも男だろ!売られた喧嘩は、ちゃんと買ってやりな!!」
えぇーっ!?怒られんの俺なの??
理不尽だ。何気に傷つくんだぞ…。
「その決闘。暫し、待たれ!!織田信長に用があるのは、其れがしが先である!!」
「おいっ!?今度は誰だよ!!」
横から横へ、槍が入れられては話が進まない。つーか、誰だよ。このおっさん。
同じおっさんでも、風貌は正反対。キリッとした顔で、真っ当な人間に見える。要はイケメンだ。
「お前は…、上杉!! 儂の邪魔立てするつもりか!!」
「邪魔も何も、其れがしの仕事の邪魔をするのは信玄。あなたの方だ。私は、幕府将軍の命によりこの場に来たにすぎん。何を勘違いしているか理解はしているが、勇み足が過ぎるぞ」
「上杉謙信? 幕府の命? もう何が何だか……」
完璧、俺が置いて行かれてる。
訳知り顔な武田信玄と上杉謙信だが、二人に面識のない俺は事情がまったく読み取れない。
やはり、これは俺が国際情勢に無知だからだ。テレビもネットもないからだ、と言い訳ならいくらでも言える。
手足となってくれる仲間には恵まれた。しかし、耳目となって働いてくれる人間が居ない。
見て聞いて、俺のところへ情報を届けてくれる密偵…、スパイ…。募集して集まるものでもない。むしろ、募集して集まる方が信用ならない。
今後のことを考えると、スパイ。この世界風に言うなら忍者が必要だ。
忍者軍団を育成するべきか…。
やっぱりミツと相談しないとな。きっと、ミツなら何とかしてくれるはず。
もしかしたら、ミツは既に独自の忍者部隊を持っているかもしれない。と言うか、既にミツが忍者っぽい。
─────と、今はそんな場合じゃなかった。
事の成り行きを見守る。そこから少しでも状況を読み取ろうと言うことだ。
「…お兄様…」
と、市は小声で話し掛けてきた。
それも当然だ。男の殴り合い…、男の話し合いに市の出る幕はない。
それでも市は引くつもりはないようだ。
「どうした、市?」
「はい。少々、お兄様にお訊ねしたいことがありまして…」
何となく予想がついていた。それについては答えることはできる。だが、言っても良いものか…迷う。
「まあ、良いか。何となく市の言いたいことは分かってるぞ」
答えたところで、俺に害はない。
「流石はお兄様です。あの方が、本当に上杉謙信なのでしょうか?」
「そりゃあ…。あの武田信玄が、あれを上杉謙信だと言っているんだ。本物で間違いないだろう」
疑いの気持ちは、俺も同じだ。
「はあ…。お兄様は、あれを…あの上杉謙信を見てどう思いますか?」
「どうって、人物像についてか。それともあの格好のことか?」
奇妙な出で立ちの上杉謙信。人物を疑うと言うか、人間性を疑うような格好をしている。人の趣味をとやかく言うつもりはないが、隠すべきところは隠しておくべきだ。
「ええ。あの姿で武田信玄と張り合う姿を見ていると…。何と言うか、脱力感が…」
「言いたいことは分かるぞ。猫耳?いや、犬耳かな…。見分けつかないが、獣耳をつけて刀を背負っているってことだろ。…正直、武田も上杉もどっちも変態にしか見えねーよ」
一体どこで仕入れてきたのか…。あんな物を作るのは尾張の人間しかいない。売る奴も売る奴たが、買う奴もどうかしている。
俺と市。そこに武田上杉の珍客の乱入により、店も営業どころの騒ぎじゃなくなった。
武田信玄の横暴を止めに来たはずが、事態の収拾がつくのか…。
婆さんの顔が山姥と変わる。あ、元からだった。…流石に今のは婆さんに失礼だった。
「あんた達!いい加減にしなっ!!これじゃ、来る客も来ないよ!!」
婆さんの貫禄には誰も適わない。戦国武将三人と姫様は追い出された。
ところで…、ここの勘定は誰が持つんだ?
─────婆さんのことだから、俺のツケになってそうだ。飲み食いしたのは武田だろ。
あ…。そう思うとムカムカしてきた。
ちょっと、懲らしめてやりましょうかね。
婆さんの目も厳しいので、人気のない屋上へ。
秋の空の下。少し寒いが、ここなら誰の目も気にしなくて済む。
おっと…。風が強いから市のスカートがめくれないように気をつけねば…。これも、兄の勤めだ。
「お兄様、大丈夫ですよ?私を気にせず、お話しを続けて下さい」
「そ、そうか…」
残念。見えそうで見えないは、やっぱり見えないようになっているようだ。
他二人の視線が痛い。
気を取り直して、仕切り直しだ。
「先ずは自己紹介からか?」
「うむ。儂は信濃の君主武田信玄だ」
だな。それは知ってる。
次は上杉謙信?
「では、私も。私は上杉謙信。越後の君主である」
「じゃあ、次は俺だな。俺は織田信長。こっちが俺の嫁の市だ」
いや、もうホント。心の中じゃ嫁なんだけどね。読み方は、嫁と書いて妹だ。
そんな事はどうでもいいか。挨拶も済んだし、二人の要件を済ましてしまおう。
二人ともアポなし。なら、来た順番で良いだろう。
つーか、俺の意思としては、武田が先は譲れない。
「おい、エロ親父。さっきの果たし状を寄越せ…。その決闘、受けてやるぞ!!」
「がっはっはっは!始めからそう言っておれば良いものを!!儂の極楽浄土が台無しになったではないか!!」
ヒドい物言いだ。やはり、他人の物は俺の物が武田の持論で間違いないようだ。
しかし…、ここまで武田信玄に言わしめる巫女喫茶…。俺も普通に来たかった。
俺が来たときには、店の巫女さん達は、既に部屋の奥へと逃げてしまった。居たのは婆さん一人…。
婆さん…。何をそこまで頑張るんだ?
「で? どこでやるってんだ。やるなら、早くやっちまおーぜ」
「粋がるなよ、小僧。儂は稀代の武将、武田信玄だ。既に舞台は整えてあるわ!!見よっ!!」
手を天へと掲げる、武田信玄。─────と、地面が揺れる。
指し示す方向には、農業科が頑張って作ったダンジョンに大地がせり上がっていた。
地属性魔法の流動系統であることに間違いはない。しかし、桁違いだ。
農業科生徒達数十人が、一週間かけて作ったダンジョンを破壊した。
勿体ない…いや、破壊出来るだけの力を持っていると言うことだ。
「風林火山は伊達じゃないってか?」
威力もさることながら、魔法は本当に何でもありだ。生活の中でも見られるようになった今でも驚かされる。
自然さえも魔法の前では無力だ。
さもありなん。不安定な一本足に支えられ、花のように大地が花開く。ここが決闘の舞台と言うことか。
実際に造られた舞台を目の当たりにすると、かなり広い印象だ。
元は迷宮。元々は畑だった場所だ。広くて当然だが、一面に広がる闘技場?に来てみると、また印象が変わる。
もっとゴツゴツしているのかとも思ったが、窪地状になっていて表面は滑らかだ。
これなら動きやすい暴れやすい。周りの被害も気にしなくて良さ気な構造のようだ。
俺、武田信玄、上杉謙信。文化祭に揃った国を背負う武将達。もし、本気で魔法を使ったなら尾張なんて軽く吹き飛ぶことだろう。
そんな最悪の事態を避けるために、武田上杉には早く帰ってもらいものだ。
「さあ、場所を用意してやったぞ。早く始めようか! 上杉、貴様も暇なのだろ。この決闘の立会人となることを許すぞ」
結構な広範囲…、大規模魔法を使ったが、武田に疲れた様子はない。魔力量も半端じゃないようだ。
そこは、少しだけ見直したな。
「これはこれは…。随分と上からの物言いを…。ですが、面白そうなので立会人となりましょうか」
上杉謙信、この人はキャラが分かんねー…。
幕府の命令で来てたんじゃないのか?
「面白そう」って…。どう言うこと? ホント、幕府の威信なんてあったものじゃないな。
ま、俺もあまり幕府に関わりたくないからスルーしよう。
「上杉謙信…さん? とりあえず、決闘のルール─────。えっと…決まり事を教えてくれ。まさか、何でもありなわけねーよな?」
「そうですねぇ…。決闘とは言え、試合。いえ、私闘ですか。決めごとは必要ですね」
「うむ。そうだな。儂は頭を使うのは苦手だ。上杉に任せる」
ここで口を挟んでくるかと思ったが、武田は素直に従った。
口では、ああは言っているが態度がデカい。もともとから、そのつもりだったのだろう。
だから、戦場ではなく学校を選び、決闘という形での争いにしている。…と言うことだ。
しかしだ。ここは言わせて貰う。
武田信玄は、バカだ。
それにしても、タイミングが悪い。今は文化祭の最中…、始まったばかりの初日だぞ。
尾張各地から祭り目当ての観光客がきている。
見られることには慣れてない。それどころか、人の目が気になるシャイボーイだ。
まるでどこかのアイドルだ。
観客というより、野次馬たちが群がっている。
俺が武田信玄と戦うとなって見にきた根性逞しい野次馬たちだ。
「想像以上に恥ずかしいぞ。見せ物じゃねーんだけどな…」
賢い者達は物見櫓まで造っている。完全に見せ物にされている。
そんな俺の気持ちを知ってか、市は執行部を呼び集めてくれた。
しかし、執行部と野次馬。数の差は圧倒的だ。野次馬たちを退かせるのは無理だった。
もっとも、野次馬たちはこれが俺のイベントだと思っているらしい。時間が経てば経つほど人が集まってくる。
時間帯的に、今は魔法科の魔法演劇のはずだ。…悪いことをした。何故か、そんな気分になる。
「なかなかの人望だな、織田の小僧よ!!」
「一応、国主だ。小僧はやめてくれ」
マジでやめてくれ。人望じゃないから。
身分、立場的には同じだ。
人を見下すのは、自分を偉く見せたい愚か者。噂に名高い戦国武将武田信玄がこの程度のちっさい人間だったとはがっかりだ。
せっかく見直してやったのに、プラマイはマイナスじゃねーか。
「両者、互いに決闘の決まりをもう一度確認を」
一つ、場所。武田信玄が用意した特設会場を使用する。場を降りたら負けとなる。
一つ、勝敗。互いに魔力が尽きるか、降参によって決するものとする。武器の使用は自由。
一つ、生死。命の奪い合いはなし。急所への攻撃は避けること。
例え、急所へ攻撃されても肉体ダメージを魔力へのダメージに変換されるから肉体的に何の問題もない。金的なものは精神的なダメージだ。
なので、命懸けの戦いにはならない。代償結界と呼ばれる魔法なのだとか…。
世界は広い。まだまだ俺の知らない魔法が沢山ある。
道三のオッサンが居れば、美濃の魔法を知ることが出来る。…が、招待したのに一向に来る気配がないのは不思議だ。
「祭り騒ぎは、道三のオッサンも好きだろうに…。何で来ねーんだ?」
「今更、余所の国の心配か? 斎藤道三は今は国の頭首ではなくなった。となれば、尾張も気が気でないか。次は我が身よ!がっはっはっは!!」
オッサンが美濃の頭首じゃなくなった?
年も年だし、隠居でもしたのか。気にはなるが……。
「その話は、この決闘が終わった後にじっくり聞かせて貰うぞ」
「良かろう。儂も早く始めたくて、うずうずしておる」
俺にはまったくそんな感情はない。同意を求められても困るが…。
武田信玄の実力を実際に確かめておくのは、この先を考えて必要なこと…、そう考えていたほうが建設的だ。
「人のこと言えねーよ、どっちがガキだ」
「では。始めますよ」
「おう!!」
「何時でもいいぞ」
互いに武器を構える。
ここは俺のホームだ。武器なら腐るほどある。圧倒的火力で叩き潰してもいいけど、流石にフェアじゃないのでやめておいた。
互いに獲物は刀。魔剣や妖刀の類いではなく、普通の刀だ。
俺の刀は、学校設備の練習用のものをちょっと拝借させてもらった。
一応、国税なので無事に返却できるといいが…。
対して、武田の持つ刀は自前の逸品だ。相当な値打ち物だと思う。魔剣妖刀を見分けることができても、何の魔力も籠もらない刀は見分けがつかない。
審美眼のない俺でも、武田の持つ刀の異様な威圧感は鳥肌ものだ。
魔剣でなくても、多くの血を吸ってきた刀なのだろう。
油断のならない刀だな。魔剣ならいざ知らず、安物の刀では勝ち目は薄い。
無傷で…というのは、どうも無理っぽい。
当の本人、武田の目は真剣だ。鬼気迫るものを感じる。
これが本物の武将の姿。真の兵で、戦場に名を馳せた強者。
気圧される。
ここが戦場でなくて助かった。勝っても負けても、ここで失うものはないからだ。
立会人、上杉謙信の一声に決闘が始まった。




