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招かれざる客

45)招かれざる客


 街の中央通りから学校へと続く道は文化祭のために貸切になっている。

 文化祭の皮切りは太鼓パレードで幕を開けた。

 尾張国民なら誰もが待ちに待った尾張学園文化祭の始まりである。

 と、これは言い過ぎたか。いや、過言でも良いじゃないか。初日からの大入り満礼だ。礼の一つでも言うべきだろう。

 ご苦労様だ。

 ホント、何を期待しているのか遠く離れた村や町からも来ている。

 通常時の学校は普通科、魔法科の2つの学科で共同での使用だ。他の学科は学校を離れての授業が主だ。

 農業科は、学校裏の畑に裏山の林を使っての実習になる。商業科は、街にある商業モールを貸し与えている。工業科は、騒音なんかの事情で更に離れた奥地の工場だ。

 それぞれ現場での即戦力となる為に学校の敷地を郊外へ置いている。

 今回、文化祭では校舎を普通科と商業科が。校庭を農業科が。体育館を工業科が使用している。外部からの参加者には武道館を貸している。


 いつもは侵入禁止の学校が解放されるということで、興味もあるのだろう。むしろ、禁止されているからこそ…。

 あの悲劇もまた同じ。禁止されるからこそ、興味がそそられる。

 噂が噂を呼んで、文化祭は内外でも話題急上昇だ。

 聴いたところによると「尾張で出世したければ学校に入れ」と言うのは、下克上を目指す者の間で、都市伝説的な噂が流れているらしい。

 急成長中の尾張なら、誰でも出世できるような状況だ。その中で活躍を目指すなら、やっぱり学校に通った方が良いのは一目瞭然だろ。

 文化祭を機に入学者が増えるかもな…。やべ~、また仕事増えそうな予感。


 と、今日は仕事の話は抜きだ。今日は市と2人きりで文化祭を見て回る予定だ。つまり、デートだ。

 先のことより、現在のこと。デート中に仕事のこと考えるのは野暮だろ。


 途中、立ち寄ったのは貸衣装部屋。俺が注目していた出し物の一つだ。

 ホントは市の好きな場所を回ろうと言ったのだが、市が俺に任せると丸投げするもんだから、結局は俺の趣味に走ってしまった。


 こんなんだから、モテないんだよな…。

 そもそも、今日は市の気分転換が目的だったはず…。スライム暴走事件で傷ついた市の心を癒やすために誘ったのだ。

 俺が気分転換してどうするんだ。


 まあ、それでも楽しんでいるようで何よりだ。


「お兄様、お支度は出来ましたか?」

「おう、市。俺の方は大丈夫だ。どうだ、この格好は?」

「よくお似合いです。その出で立ち、戦場に立つ少年兵の機装物語のものですね!」

「だろ!!これは最終決戦兵装の仕様を模したものなんだ。刀も模造刀だがよくできているだろ?これを作った奴は天才だな!!」


 鎧武者に似た巨大人型兵器。絵もなしで聞いただけで忠実に再現するとは…。

 素晴らしい出来映えに感無量だ。


 商業科の出し物であるオークションが始まるまでの時間は、商業科生徒達が各自自由に店を開くことのできる自由時間だ。

 接客業において、接客態度が悪いのは最悪だ。商業科にて学ぶのは経済だけではない。現場での戦力という面も持っているのだ。

 今回の各店の仕入れから販売までを生徒達が全面に出て働いていた。


 当然、慣れや不慣れ経験の差で上手い下手の差はある。生徒達が働いている店の店主も来るとあっては気を抜いてもいられない。…なんてこともあるのだろう。

 和気あいあいといった雰囲気だ。

 全然、そんな事なかった。まあ、好きなことを好きにやってるのだ。和やかムードの中でも真剣な、それでいて情熱のようなものを感じる。

 生徒達それぞれの将来を見据えた店作りが語っている。


 貸衣装屋もその一つ。俺以外にもコスプレしている人間がいる。意外な人気を得ているようだ。


「ええ、本当に。何でも、呉服屋ミツルの協力を得ての催しなのだそうです」


 へぇ~。あの呉服屋、ミツルってのか。初めて知ったぞ。

 名前は大事だ。今更ながら、ちゃんと覚えておこう。


 ─────よし、覚えたぞ。

 何気に世話になることが多い呉服屋だ。市のセーラー服はこの呉服屋の仕事。わざわざ那古屋まで行かなくても清洲にも同じ店ができたは喜ばしい。

 学校の設立で制服を大量受注したことで、かなりの利益を得たためだろう。

 俺、様々だ。


「そう言や、他にも顔見知りな店が結構あるんだな。当然と言えば当然なんだが…」

「お兄様を知る方々です。お兄様の思考を理解しているのでしょう。みんな、お兄様の行く先に着いて行きたいのです」

「どいつもこいつも、祭り好きなだけだと思うがな。野次馬根性だろ」

「そんなことありません。それだけではありません。人はそれだけで着いて行くものではないです。お兄様が皆の生活を守ってくれているから、安心して生きているのです。この祭りを盛り上げようという気持ちは、お兄様への皆からの感謝もあるのです」


 みんながみんな、そうだというわけじゃないだろう。それでも市の言うことにも一理ある。

 OB達が協力してくれたのも感謝から。この中にだって、俺に感謝している人間もいるのだ。

 誰かの役に立っていると思うと…。うん、働く甲斐があったな。


「報われるな…。やべ、何か泣きそうだ…」

「まあ、お兄様。お兄様の泣き顔を見るのも久しいですね」


 と言う市も涙を浮かべている。

 俺の働きっぷりを知っていて、影から見守ってきたのが市だ。

 心の距離は離れても、気持ちは変わらない。俺を兄として慕ってくれているのだ。


 楽しそうに駆け回る子供の兄妹。

 仲睦まじく寄り添う夫婦。

 年甲斐にもなくはしゃぐ爺さん、それを諫める婆さん。その姿に羨ましいと感じる。


 だが、尾張に暮らす者達が笑って暮らせる。俺はそういう国を作ったのだ。


「さあ、市。次はどこに行こうか? 商業科?工業科?魔法科?どこも目玉は午後からだし…」

「お兄様の行きたいところなら、私はどこへでも着いて行きますよ」


 またお任せか。もしかして、俺は試されてるのか?

 女の言う「お任せ」は、「私の行きたい場所を当てて見てみて?」という意味だ。

 フッフッフ…。

 いいだろう、市のことで判らないことなど無いと証明してやる。

 考えるまでもない。市の行きたい場所は予想が着いている。


「よし、先ずはお化け屋敷に行ってみるか?」

「お化け屋敷ですか。確か、武家屋敷を舞台に怪談を題材にした遊戯施設でしたね…」

「ああ、その通りだ。今、人気の小説を元にしたんだ」


 学校だから許される著作権無視。丸パクリしたところで全ては許される。俺が法律だ!!

 と言うのは冗談だ。このお化け屋敷、怪談猫屋敷は卒業生が書いた怪談小説だ。

 許可を得にいったら二つ返事でオーケーを貰った。


 物語は、死んだ猫の霊が自分を殺した侍に憑りつき周りの者達を夜な夜な殺していき、最後は侍自ら死んでしまうという物語だ。

 祟り猫から要求されたお題をクリアしていけばゴールできる仕組みになっている。


「言われてみれば…。確かに猫屋敷です!!では人喰い猫や魂喰い猫なども!?」

「作品に登場した猫は全部出すんだって張り切ってたぞ。多分、全部居ると思うが…」


 猫屋敷と聞いて、食いついてきた。

 噛みついかれなくて一安心だ。

 市の趣味は把握していたが不安はあった。最近ハマっているのは、怪談猫屋敷と知っていても安心はできない。

 この手のアトラクションに期待しても期待外れなこともある。まあ、文化祭レベルの出し物だ。

 その場の空気を楽しんでくれたら充分だ。


「私が好きなのは腸捻れ猫です。居るでしょうか…」

「う~ん。あれはどうなんだろう、ちょっと微妙な気がする」


 物語中盤で登場した祟り猫。一匹一匹と日に日に増えていく化け猫の仲間だ。人を憑り殺す祟り猫とは違って、驚かすだけの化け猫で、その中でも異色コメディな存在。それが腸捻れ猫なのだ。

 市には悪いが、モブキャラに出番があるとは思えない。期待に添えないかもな…。


「実際に行ってみれば良いんだし…、どうだ。行くか?」

「はい、是非!!」


 せっかくの祭りだ。グダグダ考えていてもしょーがない。とりあえず、行ってみる。


 やはり、長蛇の列ができていた。想像以上の来客数に驚く。一時間待ちくらいか?

 ここで、職権濫用はしやしない。この待ち時間も俺には幸福な時間になる。

 待つのが好きというわけではないが、無駄な時間ではない。

 他愛のない話をしながら待つ。おしゃべりするだけで、わだかまりも溶けていく。更に親身にもなれる。心の距離は密着状態だ。

 嫌な奴なら、話すのもしんどいが…。好きな奴なら別だ。これで物理的な距離も近ければ良かったのに…。高望みはすまい。


「なるほど、尾張の今を表す祭り…。それが文化祭なのですね」

「そんな難しい話じゃねーよ。好きなことやりたい事をやらせたら勝手にこうなっただけだ。…市も見習って好きにして良いんだぞ?」

「好きにと言われても…。私は何が出来るのか分かりませんし、何をしていいのかも分かりません」


 俺が結婚して市のやることがなくなった。遊んでいても良いが、俺が働いている横で遊ぶことが出来るような市じゃない。

 今の市は、目的がない状態だ。

 学校に行きたいと言ったのは、城に居てもやることがないからに他ならない。市の入学を認めたのは、市をおもんぱかってのことだ。

 俺は親父みたいに篭の鳥にはしないのだ。


「だからこその学校生活だろ? とりあえず、何でも良いからやってみれば良いんじゃないのか。できなくたって文句言わないし、できないことをできるように学ぶことが学校の目的だ」

「はい。─────流石はお兄様の創設した学校です。まだ学校生活には慣れてませんが頑張ってみようと思います」


 市の場合、学校で何を学ぶかよりも何を得るのかが大切だ。

 学友を得るのも良い。他に特技を得るのも良いだろう。

 彼氏は…。彼氏は、まだ早いな。だいたい、俺を見てビビるような男に、市は任せられん。

 て!!

 学校は彼氏彼女を作る場所じゃねーよ。

 市が得たものが、市の人生で大切なものになってくれると俺は信じる。




 文化祭で賑わう校内。お祭り騒ぎを大いに楽しむ俺達。

 市は、二度三度とお化け屋敷を回り、俺は何度も付き合った。勿論、お化け屋敷だけで終わらない。

 迷路を造った農業科も覗きに行く。

 広大な敷地を誇る農業科の畑は、迷路どころじゃなく迷宮へと変わっていた。

 リアルダンジョン、まさに俺好み。

 迷宮を支配する野菜大王を倒してフルーツ姫を助けるというコンセプトだ。

 迷宮内には野菜大王の力により、モンスター化した狂暴な野菜が徘徊している。配置されたモンスターを倒すと野菜に戻る。手に入れた野菜はお持ち帰りできる。宝箱も設置されており、箱の中身はフルーツだ。野菜大王を倒して者には更に豪華商品がプレゼント。大人も子供も楽しめるアトラクションだ。

 景品となる野菜やフルーツは農業科が育てた力作ぞろい。見たこともない野菜やフルーツを欲して多くの勇者達が挑んでいる。

 この迷宮を攻略出来るのか賭事まで行われているようだが、今回だけは多めにみてやる。祭りに水を指すような真似は場を盛り下げるだけだ。

 まあ、問題が起きるようなら生徒会執行部が出張って来るので大丈夫だろ、多分。


「見てください、お兄様。フルーツ姫がまるで桃のようですよ」

「見事な桃だな。だけど、あれにはあまり触れないでおこうか。つーか、見なかったことにしような?」

「え?あ、はい」


 キョトンとしたが、納得した様子。その表情もまた可愛い。

 ま、桃のフルーツ姫に関しては名前だけで姿形は全くの別物。桃の姫様もネココスしてたし、まんま桃のお姫様が居ても良いだろう。

 だが、果たして桃のフルーツ姫の登場はあるのか…。

 広過ぎて、短時間ではクリアできそうにない。丸一日掛けてようやくと言ったところか。

 もっと楽しんで行きたいところだが、俺らは早々にリタイアだ。

 もっと遊んで行きたいが、市を忘れて熱中するわけにはいかない。綿密なデートプランが狂ってしまう。


「商業科と工業科は物販だったな。工業科は…、時間的にも頃合いだし、見に行こう」


 工業科の新作発表は、準備があるため昼前頃から開場されることになっている。

 今が丁度、その時間だ。


「今からで間に合うでしょうか? この人入りです。あちらも並んでいるのでは…」

「大丈夫だ。あれは俺も関係者だから、裏から入れるんだ」

「では、お兄様とはここでお別れですか?」

「それも大丈夫だ。俺は展示だけで、実演なんかはやらないからな。でしゃばって他の生徒の邪魔はしたくないんだ」


 既にでしゃばった感はあるが、皆のためを思ってこそだ。

 発明とは1パーセントの閃きと99パーセントの努力であるとか…、何とか。

 失敗したのではなく、失敗するやり方を発見したとか…。発明王の言葉を教えてやったのだ。


「それに、今日は一日市と文化祭を楽しむっていっただろ」

「そうでしたね。今日はありがとうございます」

「おいおい、礼を言うのはまだ早いぞ」


 と言うか、礼を言われるような事はしていない。礼を言うなら、全部見て回った後に言って貰いたいものだ。

 俺達の文化祭は、まだまだ始まったばかり。次は工業科の出し物を見て回るのだ。

 まだまだ楽しめる文化祭。市にももっと楽しんで貰いたい。


 体育館は既に酷い混雑だ。

 工業科が展示する物は、生徒達が考えて自力で作ったものだ。力作ぞろいとは言い難い。どちらかと言えば、アイデア商品に近い。家庭で役立つ小物とか、そんな物が並んでいる。


「何と言うか…。想像していたものより…」

「ここは販売を目的にしているからな。展示というよりお土産だ。工業科の目玉はあっち側の方だ」


 体育館を半分に割り、二つの区画に分けている。展示するだけでは、ただの自慢っぽくなるので、土産の販売もしようと話し合った結果だ。

 地味だが、何気に人の入りは多い。

 商業科と比較すると美術的な価値より、性能や効率重視のラインナップだ。自分への土産に丁度良い感じだろう。


「では、隣の展示の方へ?」

「ああ。行こうか」


 展示と言っても節操のない並びになっている。車に家電、新型銃器。と…俺の作った熱気球。

 かなり異色な空間になっている。


 一般家庭への普及を目指す車は自転車となった。二輪だとバランスが悪いと三輪車や四輪車の自転車だ。

 バランスは良くなったが、見た目は悪くなった。まあ、俺の感性なので初めて見た人間にはこれが普通に見えるのだろう。

 俺にはヘンテコ自転車にしか見えない。でも、乗り心地は良さそうだ。


 家電の方もなかなかに人集りが出来ている。

 電気もないのに家電は動かない。魔法陣を利用する事で問題を解決。

 これは、今までの魔法を使った物作りから、魔法を生かした生活の提唱なのだ。

 魔法陣はバッテリーの代用だが、持続時間は短いし、魔法陣を用いるには専門的知識を必要とする。まだまだ誰でも気軽にとはいかない。

 だが、魔法陣に関しては特に問題はない。問題は持続時間だ。

 まだ国民には秘密だが、今の尾張には龍脈の力がある。

 龍脈の自然エネルギーを使えば、魔法陣に持続的に魔力供給か可能だ。

 大自然の力を使うには色々と段階を踏まえねばならない。龍脈発電所と言ったところか。

 龍脈の公表と共に、龍脈発電と魔法家電の発達は今後の課題だ。


 新型銃器に関しては、もう語る言葉もない。

 尾張では、従来の火縄銃は完全に魔法銃に移行した。他の国々も少しずつだが、魔法銃を取り入れているが、完全配備は尾張だけだ。

 過信するわけじゃないが、魔法銃の威力は魔法にも劣らない。弾代は掛からないし、火薬も必要ない。その上、環境にも優しいエコだ。

 とは言え、魔法銃にだって短所はある。

 連射が効かないし、魔法のような操作が出来ない。魔法銃での戦闘となると新しい戦い方が必要になる。

 銃の延長ではあるが、銃と同じような戦術は使えない。例えるなら、ロケットランチャーのようなもの。周りにまで被害が及ぶ。

 近接戦闘が主流な現在、仲間まで殺してしまう兵器になっている。使うなら、奇襲や籠城戦だ。

 それは他国の場合。尾張は基本的に銃が主力だ。銃だけで戦うなら一方的に攻撃できる。魔法の使える人間の多い尾張ならではの戦法だ。


 やはり、俺の考えは正しかった。この文化祭には尾張の最先端技術、全てが揃っている。見る者には、どれほどの価値があるか…。


「あ、信長様!!来てたんですか!!」


 声をかけてきたのは田子作くんだ。

 那古屋で遊んでいるところを学校へと引っ張り込んだのだ。どうせ、やることなくてヒマだろ?ってな感じで。

 今や彼も立派な職人に成長した。これも学校の教育の成果だ。


 俺を見つけて駆け寄って来るとは律儀な奴だ。俺の方は全然、気にもとめてなかったのにな。


「うーん。結構混んでるな、俺のところに来てて大丈夫なのか?」

「心配要りやせんよ。それより、信長様の出し物に猿助が出るって聞きやしたけど…。マジっすか?」


 猿助、それは秀吉のことだ。那古屋ではよく聞いた通り名だ。懐かしい。

 秀吉のことを猿と呼んでも怒らない数少ない友の一人だ。

 秀吉の出世と無事を喜んでいたのを思い出す。その秀吉が俺の悪巧み(笑)を心配するのも無理ないことだ。


「今日はこの後にお披露目の予定だ。心配なら見に来いよ」

「うげ…。じゃあ、マジなんすね…。猿助の奴は一体何をしたんすか? あ…いや、何をする気なんすか?」


 おいおい。ホント、人聞き悪いな。俺の逆鱗に触れたとか、虎の尾を踏んだとか、まったく事実のない酷い言われようだ。


「それは見てのお楽しみだ。秀吉も最初はびびりまくってたが、本番となればノリノリだったぞ。今は魔法演習場で準備中だ」


 魔法訓練の為に建てられた地下演習場。敷地面積は校庭と同じくらいだ。

 俺の出し物のため、今は閉鎖している。中に何があるのか、知っているのは俺と秀吉だけなのだ。

 同じ学生でも預かり知らぬことなのだ。


「なら良いんすけどね…。あまり無茶させねーで下さいよ、信長様」

「分かってんよ。だいたい、俺は秀吉に無茶させたことなんて一度もねぇんだぞ。むしろ、守ってやってるくらいだ」


 命に関わることに巻き込むようなことはしない。偶然、巻き混まれた場合はその限りじゃないが、その時は俺が体を張って守る。家臣だからって捨て駒にするのは俺の流儀じゃない。


「織田のうつけと呼ばれた…あの信長様が??何故かカッコ良く見える!?」

「秀吉と言い、お前と言い。一言余計なんだよ!!ここは素直に格好いいと言えよ!!」


 勿論、自分の身が第一だ。勝てない時は逃げる。無様で情けなくても命があってこそだ。


「余計言い難いっす。自分で言うのは止めた方が良いっすよ」


 もっともらしいこと言うようになったな、田子作くんは。

 那古屋に居たころとは偉い違いだ。学校は人間性も成長させてくれるようだ。


 と、市を待たせてしまった。


「まあ、その話はまた今度だ。俺らは、もう行くよ。田子作も頑張れよ」

「田子作さん、頑張って下さいね」


 思わぬ市からのリップサービスに顔を赤くする田子作。

 市もなかなかにノリが良い。だが、田子作には過ぎたサービスだ。


「お兄様…。そろそろ…」

「ああ、そうだな。腹も減ってきたし、休憩にするか」


 文化祭を一通り見て回ったが、メインイベントは午後からの予定だ。

 一旦、休憩してから再び繰り出す。


「はい、では─────」

「お兄様にお任せだろ?」

「流石…、お兄様。お兄様には適いません」


 最初っから、そのつもりだ。

 学校の食事なんて、ありきたりで味気ないものだ。

 ここは、久しぶりにアレが食べたい。ふわっとしたオムライス。

 そう思うきっかけは、やはり那古屋の店が関係してくる。

 今回は文化祭で、さらにサービスを上げての出張をすると言う。これは行くしかない!と目をつけていた。

 それに市にも馴染み深い店だ。


 文化祭特別出張店“メイド喫茶・団子屋”。

 何度も言うが、文化祭特別出張店。これにはまた別の意味がある。メイド喫茶特別コスチュームの登場だ。

 何時ものメイド服を脱げ捨て、白と赤のコントラストで身を飾る。

 四象天院の名残、此方の世界では女魔法使いの着る衣装。俗に言う巫女服と言うやつだ。

 勿論、俗世に染まりきった似非の冠が付く。しかし、これは何とも……?


 ─────痛い。何故か、市の視線が痛いのです……。


「お兄様…。どちらの店に入るつもりでしょうか?」

「それはな…、市」


 どちら…とは。もう一つ、地味に店を開く定食屋がある。こちらは地元、清洲からの出店だ。

 男同士。いや、俺一人であったなら選択の余地はなかった。

 目の前は天国。隣には女神。この究極の選択を間違えれば地獄行きだ。

 いや、既に地獄の一丁目。予測しろ、俺。この先を!!


「はい、どちらですか?」


 何という質量を秘めた視線。プレッシャーに押し潰されそうだ。


「も、勿論。今日は市に付き合うって言っただろ?他の邪魔は要らねーよ、うん」


 脳内で繰り返すシミュレーション。やはり、選択の余地はなかった。


「では、そういうことで。ここは私に任せて下さい」

「うん…。まあ、頼むわ─────」

「せ、生徒会長!!ここに居たんですか、探しましたよ!!」


 入ろうとした瞬間、呼び止められる。


「そんな慌ててどうしたんだ?」


 今日は怒られるようなことをした覚えはない。て、怒られる前提かよ。自分で自分が悲しくなる。


「…実は…」


 と、今日もまたまたモジモジくん。

 しかし、表情は打って変わって真剣な表情だ。


「─────がっはっはっは!!好いわ好いわ!!ここは極楽だ!!」

「な!なんだ!?」


 響くのは、加齢に満ちたゲスい笑い声。どうやら、巫女喫茶は悪い客に当たってしまったみたいだ。


「はい。実は、越後の上杉と言うものが生徒会長を探してまして…」

「越後?上杉?…えっと、誰?」


 越後さん?それとも上杉さん?いや、どちらも聞き覚えのない名前だ。


「お兄様。恐らく、越後の国の上杉謙信ではないかと」

「へぇ~。上杉謙信か。それが一体、俺に何の用だ?」


 偉い有名人が来たものだ。しかも、俺を探してるときた。

 文化祭を見て、尾張と交易したいとかの話だろうか。それはそれで尾張には旨味のある話だ。


「がっはっはっは!!どうした、近う寄れ。酌をせい!!」


 またも、下品な笑い声が水を差す。

 マナーのない客は、コレだから困る。店員も同じ人間だ。接客は仕事だからやってるだけで、好きでおっさんの相手をしているワケじゃない。

 さらに周りにまで掛ける迷惑を考えないオヤジは余計質が悪い。店の外にまで聞こえるデカい声を出してんじゃねーよ。


「それが、生徒会長。用件を聞こうにも、目を放した隙に当の本人が消えてしまいまして…。もしや、生徒会長の所へ来てないかと」

「うーん。それは困ったな」


 本当に本物の上杉謙信なら、国の頭首。貴賓扱いだ。

 いきなりの来訪は、対応に困るが放置も出来ない。至急、探し出して目的を聞かないと俺も気が気じゃない。


「ですが…。お兄様が動き回っては二度手間になりかねません。生徒会執行部を使ってはいかがですか?」

「うん、そうしよう。そう取り計らえ」

「はい…。で、生徒会長はどこで待ってますか?」

「そうだな。そこの飯屋にいるから」

「分かりました。では、上杉様を見つけましたら生徒会室まで連れて行きます。呼びに行きますので生徒会長はここで待っていて下さい」


 出来れば、ここに連れてきて欲しかったが…。まあ、ここは話し合うような場所でもない。

 文化祭を楽しんでいる中で、国の政を話していては雰囲気ぶち壊しだ。TPOというやつだ。


「じゃあ、俺のTPOは誰が考えてくれんだよ…」

「ええと…。てぃーぴーおーのことは存じませんが、お兄様のことは私が考えていますよ」


 うぅ。泣けてくる、お兄ちゃん想いの優しい妹でマジ良かった。これだから、市のことが好きなんだよな。


 その気持ちは未だに捨てきれない。今は仲の良い兄妹でも充分だ。


「がっはっはっは!!どうした、次は酒が足らんぞ!!もっと持って参れ!!後、そこの巫女も黙って見てないで儂に酌をせいっ!!」


 どうも要求がエスカレートしているようだ。

 学校の治安維持をする執行部は、俺の命令で動けない。

 仕方ないか…。


「すまんな、市。ちょっと待っててくれるか?」

「はい。お兄様、お気をつけて」


 言わなくても分かってるのは市も同じだな。

 国民の命を預かる国主だから?

 学校の生徒代表である生徒会長だから?

 理由は勿論、俺が気に食わないからに決まってる。


 店内には我が物顔で傍若無人に振る舞うエロ親父が酒を飲んでいた。

 その他に客は居ない。完全にコイツのせいで客が逃げ出したのだろう。俺も関わり合いたくない人種の人間だ。

 しかし、この店には俺も思い入れがある。せっかく、那古屋から出張って来てくれたのに、これでは婆さんが可哀想だ。


「お客様?ウチはこのような商売をする店ではございません。どうぞ、お引き取りを」

「んん?何者だ、貴様は!!」

「メイド喫茶、名誉店長の織田信長ですけど、何か?」


 当然、名誉職。何の権限もない上、俺が勝手に言ってるだけだ。きっと、婆さんも許してくれるはず。


 返ってきた反応は、予想に反したものだった。


「がっはっはっは!!ようやく見つけたぞ!織田信長!!」


 俺を探していた、となるとこのオヤジが上杉謙信か。

 こっちも予想に反していた。まさか、彼の有名人。上杉謙信がただのエロ親父だったとは、毘沙門天と唄われた上杉謙信のイメージが崩壊だ。


「俺を探してたと言うことは、お前が上杉謙信だな。用件を聞こうか」

「上杉ーっ!!儂は信濃国の王、武田信玄だ!!あんな男と間違うとは、貴様の目は節穴か!?」

「………え?武田信玄??マジで???」


 どっちにしてもイメージ崩壊は免れない。

 上杉謙信と双璧を為す武田信玄。それが巫女好き。巫女喫茶に入り浸り。

 有りか、そんなことが…。そんな現実が…。


「しかし…。いや、やはりか。上杉め、あいつも来ているのだな。先んじて正解だったか」

「何の話か知らねーけど。武田信玄と言い、上杉謙信と言い、一体俺に何の用だよ。俺は忙しいんだぞ!アポくらい取ってから来いや!!」


 せっかくの文化祭。開催までどれだけの労力を捧げたのか分からないはずない。

 邪魔も入らず楽しんでいたと言うのに、すんなりと行かないのは俺の定めか?


「貴様の都合など知ったことではないわ。儂は儂の都合で来ているのだ」


 傍若無人!?その内、お前の物は俺の物。俺の物は俺の物。とか言い出すぞ?


「だからって、営業妨害していい理由にはならねえぞ。何の用事か知らねえけどさ、もしまだ営業の邪魔するってんなら一戦交えたっていいんだぞ」


 場合によっては暴力で解決も一つの手段だ。

 まあ、これは最終手段で理性ある人間には話し合いが尤もだ。

 ただ…、こんなんでも武田信玄だ。

 酔っ払いとは言え、一筋縄ではいかないだろう。舐めて掛かると、痛い目を見るのは逆に俺になる。


「ほほう。これは、好都合。今日は貴様にこれを届けに来たのだ。受け取れ!!」


 酔っ払いのエロ親父とは言え、一国の主。ここは流石と言うべきだ。

 正直、酔っ払いの相手はイヤだったが、既に酔いから醒めているようだ。

 もしかしたら、酔っ払ったふりをして本当は素だったのか?

 だとしたら、素でエロ親父なのか。


 俺の中の武田信玄のイメージが、ますます崩壊して行く。


 このまま唖然としてもいられない。差し出された一通の書状を受け取る。


 果たして、俺は人生で初の果たし状を叩きつけられた。





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