龍神の湖 前編
40)龍神の湖 前編
その日は、唐突に仕事が舞い込んだ。
学生と国主という立場に右往左往する日々…。…だと言うのに、山奥の湖に出掛けることになった。
いや、そもそもの話。この仕事は、自分が招いた不始末のせいであって…。つまり、これは後始末。
自分に返ってきただけのことだ。言うまでもなく、仕事を持ち込んできた者に責任は何もないと、付け加えておこう。
さて、山奥の湖。そこは、かつて秀吉が暮らしていた集落があった場所だ。
隕石が落ちたことで出来たクレーターは水が溜まり、湖へと姿を変えた。
その調査が今回の仕事となる。
「周囲の環境は安全そうだ。………、この山に来るのも久し振りだな」
横目には歩く秀吉が見える。
「うっす。俺にとっちゃぁ、里帰りって感じ何でしょうけど…。全然、そんな気がしないッスよ」
その通り。生まれ故郷も思い出の場所も俺が跡形もなく破壊した。破壊の限りを尽くした。
ノリと勢いで…。秀吉には悪いことをした。
哀しいかな、あの頃の俺はバカだったと思う。まあ、それは今も変わらないのだが……。
「そうだね。あの時に比べてだいぶ、地形が変わったからね。山も一つ吹き飛んだし。この道もだいぶ平坦になったよ」
はい、反省しますよ。口には出さないけどね。
だが、ミツの言うとおりだ。
俺の記憶では、もっと起伏の激しい山道だったはずだ。
「そうなのですか、旦那様?」
「ああ…。とは言え、足下には注意しろよ、濃姫─────」
「はい。お気遣い傷み入ります」
と、笑みを浮かべる濃姫。
この笑顔が俺にはキツい。真面目な話、濃姫との結婚は政略結婚で、愛のない仮面夫婦だ。
なら、何故連れてきたのか…。
決まっている。市にフられたから、濃姫が代わりに来ることになっただけのこと。
別に連れてくる意味もないのだが、来たいと言うのなら特に断る理由もない。
「そろそろ、目的の地なのでしょうか? この目で旦那様の勇姿を見ることはできませんでしたが、旦那様の偉業を見ることができるのは、誠に嬉しいことでございます」
…と、これは俺の一方的な意見。濃姫にも、理由があるのだろう。
俺のことが好きだから、と言うのも理由になる。それについては平行線だ。
一方的な片想い。濃姫が思っている俺はちょっと美化されている。過大評価だ。
「偉業…ね。そのせいで、こんな騒ぎになってしまっているんだけどな」
「またまた、ご謙遜を。山を削って湖を作ることなど、旦那様の他に誰もできませんよ。というよりも聞いたことがごさいません」
「それ、褒めてるのか? 今まさに、その事で叱られたばかりだってのに…」
何のフラグもなしに、攻略されない。俺の純情な恋心は、そう単純にできてねーよ。
褒めれば、喜ぶってわけじゃねーんだよ。流石、箱入りだけあって、人の気持ちが分からんらしい。
「胸を張って下さい、旦那様。水は自然の恵み。恵みを人が生み出し、作るのは奇跡です」
とは言え、だ。
褒められれば嬉しいものだ。
例え、それが濃姫からの言葉だったとしても。
「濃姫様。すいませんが、あまりそう言うことを言うとノブが調子に乗ってしまうので、遠慮して下さい」
「ミツさん…。相手が誰でも容赦ないッスね……」
「そんな事ないよ。ただ…。ノブの奥方を名乗るのなら、ちゃんと手綱を締めてもらいたいだけだよ」
流石に、それは困る。それだと、濃姫の尻に敷かれてるみたいじゃないか。
俺は亭主関白なほうが良い。せめて、日が出ているうちだけは………。
「はい。では、これからはその様に」
願いは聞き届けられなかった。
ミツの余計な一言に、勢いつけられた濃姫。
俺はこれからどうなるんだ?
恐ろしい予感が、脳裏をよぎる。
「しなくて良い!!ミツも余計なこと言うな!!」
「でも、さ。そろそろ本気で身を固めるべきだよ。…あの話は僕も聞いてる」
あの話。…俺がフられたって話のことだ。
秀吉に焚きつけられて、倫理に外れた道を走ってしまった。ミツに相談しようにも、新婚生活の邪魔はしたくない。
あの話は、ミツには話してなかったが、何処からか聞いてはいたようだ。
「だからって、濃姫とくっつけようとするなよ。俺だって、フツーに恋がしたいんだ」
「気持ちは分かるよ。けど、土台それは無理な話だよ。ノブも分かっているよね?」
「分かんねーよ。俺には、分かんねぇ」
ホントは分かってる。既にフられた俺だが、未だ未練タラタラだ。
ここで諦めたら、本当に失ってしまう気がする。自分勝手な思い込みだし、カッコ悪いとも思うが、何故か諦めてはいけない気がするのだ。
「本当にノブは馬鹿だね。でも、ノブが諦めてないなら、僕は応援するよ」
持つべきは親友。だが、これは俺の問題だ。
ミツには出来るだけ迷惑かけないようにしよう。
身重の妻を置いてまで、今日は来ている。それだけでも頭の下がる想いだ。
「男同士で、こそこそ何を話しておいてですか?」
「変な勘ぐりすんなよ。腐った目で、こちらを見るな!」
「はて? 一体何のことでしょうか。大丈夫です。男同士でも受け入れるくらいの器量は持っていますよ」
受け、入れんな!!
それが腐ってるって言うんだ。これだから、濃姫のことが好きになれないんだ。
「あ─────。ノブ様!到着したッスよ!!」
話に夢中で気付かなかった。いつの間にか、目的の湖に到着したようだ。
山育ちの秀吉だ。山の中でも迷うことなく、あっさりと見つけだした。
秀吉が指差した場所には巨大な湖があった。
「思ってたよりデカいな。まるで海みたいだ」
「海? 私、海を見たことがないのです。これが海なのですね!」
「いや、海じゃなく。海みたい、だからな。間違えないよーに!」
まあ、見たことないなら仕方ない。────にしても、絶景だ。
透明度の高い綺麗な湖だ。
「本当に、綺麗な湖です」
「あれ?俺、口に出してたのか?」
「はい」
まあ、仕方ない。ホントに綺麗なのだ。水面下も丸見え。スケスケの透明だ。
真っ裸で泳いだら気持ち良さそうだ。いや、しないけど…。
「私も感動です。この美しい湖を見れて、感動しない者はいません」
「ああ、全くだな。…おっ? 魚も居るのか!」
湖を泳ぐ魚が見える。生き物がいるなら、飲み水にも使える?
まあ、その調査も含んでいるのだ。ゆっくり調べよう。
「ノブ様。テント張りましたよ!野営の準備も万端ッス!!」
「そうか。あれ? ミツはどこに行ったんだ?」
いつの間にか、ミツの姿がない。野営の準備を秀吉に押し付けて一人でどこに行ったんだ。
準備を手伝わない俺が言えた義理もないが…。
「ミツさんなら、着いた途端に沖に飛び出して行ったッスよ。俺が止める間もなく…」
「何やってんだ」
「すいませんッス……」
「秀吉に言ったんじゃねーよ。ミツが、そんな行動とるなんてな」
考えられないな。この湖に何かあるのか?
まあ、居ないなら居ないで羽を伸ばせというもの。
今日は水着回だ。
「秀吉、お前…水着は持ってきてるか?」
「水着?ふんどしならあるッスよ!」
「あっそ…」
まあ、ふんどしでも良いか。俺はちゃんと水着持ってきてるし…。
さて、濃姫は放っておくわけにもいかないし…。かと言って、誘わないのも俺の主義に反する。
一応、誘ってみるか。
「濃姫は、どうする?」
「旦那様のお誘いを断るはずがございません。勿論、私もご一緒に」
「でも、水着ないだろ?」
「いえ、ちゃんと持って来てます」
秀吉でさえなかった水着という概念。何故、濃姫が持っているのか…。下着の間違いじゃないのか?
余談だが、濃姫は着物の下は下着だ。ブラにパンティだ。
俺の趣味…。は、ともかく。下着の概念は持っている。
「こちら、尾張一の呉服屋に仕立てさせた水着です。初めて水着を見ますので…。本当にこれが水着なのでしょうか?」
「水着です。ビキニです…」
間違いございませんよ…。
誰の陰謀だ。
いや、これはミツの入れ知恵だ。そもそも、この湖の調査を持ち込んだのはミツだった。
俺がフられて傷心中なのを知っていたミツが、余計な気を回したと考えられる。
「そうですか!!では、これで旦那様とご一緒できますね!!」
「ああ…、うん。そうだな」
ミツの手回しの良さに感心する一方。余計なお世話だと言いたいが、本人が居ないと言えねーじゃん!!
結局、濃姫への入れ知恵もミツの徒労に終わっている。無駄に苦労人な気がしてきた。
「それでは、着替えて来ます。旦那様もご一緒にどうですか?」
あー。「はい」、と言えたらどんなに楽か…。
既に体の隅々まで見られている。俺も…、まあ…、うん。なので気にする必要はないのだ。
だが、だからこそマナーは守らなければならない。それでは、ただの変態になってしまう。
「あ。私、水着を着たことがありませんでした。旦那様が、着せてくれると嬉……、助かるのですが。お願いしても宜しいですか?」
目が獲物を狙う獣の目をしている。
「あ」ってなんだ。白々しいんだよ。
つーか、あれほど綺麗な湖を見ておいて、何で発情してんだよ。
「の、ノブ様…。俺、お邪魔みてーっすね…。先行ってるっす!!ごゆっくり!!」
「待て!!秀吉!!」
クソ猿め!!
俺を置いて逃げやがった。あいつは、一体どっちの味方なんだ。この状況…、俺に逃げ場はない。
「さあ、さあ。旦那様、早くしないと日が暮れてしまいます」
「く…。こうなったら、ヤケクソだ!!ただし、お触りはナシだぞ!!」
そこがボーダーラインだ。百歩譲っても百一歩目は越えさせない!!
「そんな!?旦那様だけ楽しむつもりですか!!………それは、それで………」
顔を赤くする濃姫。こいつ、何でもありだ。
「何を想像してんだよ!!俺も触んねーよ!!」
何で残念な顔してんだ。
いくら、色仕掛けしてきてもダメだ。逆に引くわ。
本気で腐ってんな、濃姫は…。
俺が教えるまでもなく、着替えを済ませた濃姫。結局、着方がわからないとは嘘っぱち。そこまでして…。
いや、そこは触れてはならない。お触りはナシと言ったのは俺だ。
健全に楽しむのだ。健全に。
せっかく、湖に来たのだ。楽しまないと損だろ。
煌めく太陽。尾張の夏も終わりも近い。空には、うろこ雲がかかっている。
それでも、水は気持ちよかった。
水遊びもほどほどに、今度は夕食の準備を始める。これも仕事の内だ。
メニューは定番のカレーだ。
しかし、俺のカレーは一味違う。各種スパイスを厳選し、作り方にこだわったオリジナルブレンドカレー。
俺のカレーこそ、最強!!名付けて、スパイシー・ノヴァだ!!
悲しいかな、秀吉も濃姫でさえも、この名前に無反応という反応を示した。
良い匂いが立ち始めると、夕食の時間だ。
実食となれば、今度は真逆の反応を示す二人。この反応の差はなんだ?!
まあ、仕方ない。ここは俺が大人になってやるか。
食い終わってみれば、見事に完食。しばし、スパイシー・ノヴァの余韻に浸る。
「夏の思い出には丁度良いな。後は花火でもあれば言うことなしだ」
流石に花火の準備はしてない。これでも仕事という名目できている。いくら何でも不謹慎だ。
「狼煙用の照明弾ならあるッスよ?」
「それ、非常用のヤツだろ!使っちゃいけないだろ!!」
確かに打ち上げるものだが、それは花火じゃない。
「ッスね。そんな真似したら、ミツさん激オコッスよ」
「分かってんなら、言うなよ!!」
恐ろしいわっ!?しかも、それを俺の責任にするつもりなんだろ。
「旦那様、そろそろお休みの時間ですよー」
「おっと、やべーやべー」
その肝心のミツは、戻らない。一体何を発見したのか…。まあ、朝までには戻るだろう。
しかし、どこまで行ったんだ? そもそも、この湖に一体何があるのか不明だ。
て、それを調べに来ているんだった。
少し不安だな。戻らないなら探しに行くか。
翌朝になってもミツは戻らなかった。
「まさか、水難事故!?いや、遭難したってことも考えられるか!?」
「ミツさんに限って、そんな…」
「明智殿は機転の利く方。大丈夫だとは思いますが……」
三人とも同じ意見。かく言うわけで、ミツの捜索が始まった。
調査に来て、ミツの行方不明。矢張り、この湖には何かあるようだ。
「先ずは、ミツの足取りを辿ろう。行き先くらいは分かるだろうし…」
「ッスね。ノブ様の魔法で捜せれば一番なんスけど」
残念。それは既にやっている。しかし、ミツからないのだ。湖の沖に出ては足跡も残らない。嗅覚もあてにならなし、天眼を使っても姿形は捕らえられなかった。
矢張り、水難事故…。湖の底にミツが…。いや、まだそうだと決まったわけではない。
「とりあえず、分かれて捜すぞ。俺は右回りで湖の周りを。秀吉は左回りだ」
「あの、私はどうしますか?」
「ミツが戻ってくるかもしれないから、ここで待機だ。俺と秀吉は合流したら一旦戻ってくる。それで良いか?」
何か発見があれば、そのまま捜索だ。
人が多い方が良いが、人を呼びに戻るべきなのか判断に迷うとこだ。
もし、何も発見できなければ人を呼びに戻るという判断も必要か…。
「うっす。善は急ぐッスよ!!」
「じゃあ、行ってくる。ミツが戻ってきたら、そのまま待たせておいてくれ。もしかしたら、俺の勘違いってこともあるからな」
勘違いなら、それで良いが…。ホントに遭難だったら大変だ。
「はい。では、お気をつけて…」
ミツの捜索を始める。
ミツを呼びながら痕跡を探す。沖に出たなら、岸に打ち上げられている可能性もある。
………。
湖の周りをぐるりと半周したところで、秀吉と合流した。
俺は何の発見はなし。秀吉も同様だ。
湖の周囲には、ミツの痕跡も不審なところもなかった。
一旦戻るべく、右回りで一周する。
秀吉の見落としを心配したわけじゃない。もし、ミツが夢中になるものがあるとすれば、それは魔法に関わるものだ。
俺なら、魔法の反応を感じることができる。流石に近くに行かないと判らないが、秀吉よりは遥かにマシだ。
「やっぱり、ミツさん…」
「おい!!縁起でもないこも言うな!!」
「うっす。すいません…」
流石の秀吉も元気がない。
こんなに心配かけて、ミツのやつ。戻ってきたらお仕置きだ。
「にしても…」
「どうしたんスか?」
「いや、確かにメテオストライクの威力はスゲーし、範囲も広かったけど…。ここまで広かったか?」
隕石が落ちてできたクレーターに水が溜まって湖が出来たのは分かるが…。俺が想像した以上に大きい湖だ。
それに円形に出来るはずが、そうでもない。どちらかと言えば弓状だ。
「そう言えば…。でも、その後ミツさんが後始末してたッスよね」
「いやいや。いくらミツでも、ここまでのことは出来ねーよ。どんだけ予算必要になるんだよ!」
今は結構な税収があるけど、当時はそこまで多くはない。…なかったはずだ。
「じゃあ、この湖は自然にこんなんなったんスか?」
「多分な。だから、不自然なんだよ。自然に出来上がったっていうには意図的な。うん、意志みたいなものを感じるっつーか…」
自分で言っても自信はない。勿論、何の根拠もない話だ。
「なら、そー言うことじゃねーっすか?」
「ん?どう言うことだ」
「だから、その不自然な自然の意志ってヤツをミツさんも感じたんじゃねーッスか?」
秀吉のクセ…。
秀吉のクセに核心ついてきたな。
なるほどな。湖の調査の目的はこれだ。つーか、今更だった。
湖を見て海だと思った理由。それは、湖が波立つていたからなのだ。海でもないのに、波立つことが有り得るのか?
風も穏やかで、台風直撃なワケでもない。それなのにザブンザブンと大波小波で水面が揺れている。
「原因は判らないが、ミツが調べようとしていたのはこれか…」
自然に起きるミステリー、超常現象。ミツの好きそうな話だ。
「どうするッスか?」
「決まっているだろ。俺達も沖に出るぞ!」
一話で終わる予定が…。
予定で終わりました。予定は未定ってやつですね。




