龍神の湖 中編
41)龍神の湖 中編
意気込んだところで、この広い湖を泳いで行くつもりはない。湖の調査にきているのだ。
調査用の備品としてゴムボートを持ってきている。
一つはミツが持って行ったが、持ってきたのは一つだけじゃない。ミツの物と俺用と予備で合わせて3つ持って来てあるのだ。
そこからの行動は速い。キャンプに戻ってゴムボートを出す。圧縮機により空気を入れるのであっという間に膨らませられた。
予備のボートも出して秀吉と共に沖に出る。
怪しいと思われる場所は、考えるまでもなく隕石の落下地点だ。
どの辺りか判らないが、透明度の高い湖だ。水面の下を見ればいいのだ。メテオストライクの痕が残っている。
と、急に靄が立ち込めた。
「やっぱり、不自然だよな」
「うっす。ノブ様…警戒して下さいッス」
勿論、俺は警戒態勢だ。こんな不気味な状況でのんびりしてられるほどバカじゃない。
秀吉は、俺に警戒を促したのではなく。もう一人の同行者に警戒するように言ったのだ。
つーか、何でついて来てんだよ!?
「旦那様…。怖いです…」
「それは、どっちが?」と訊きたいところだが、我慢だ。
しおらしく淑女然とする濃姫だ。俺がいくら怒ろうが、きっと「キャー」とか言って抱きついてくるに決まってる。
蹴って落とすほどキライなワケでもなし。
「なら、引き返そうか?」
「そんな!?旦那様、ヒドいです!!」
好感度を下げるには、意に反することをすれば良い。恐らく、濃姫の狙いは吊り橋効果。
この執念…。道三の血を受け継いでいる。
「シーっ!!ノブ様達、騒がないで下さいッス!!」
うん。だよねー。
俺も不穏な気配に気がついている。生き物の気配…と、同時に魔法の気配だ。
秀吉には、獣の殺気に感じるのだろうか?
魔剣にもよく似た肌のピリピリする感じ。しかし、その桁は違う。もっと巨大な気配だ。
「見られてるな…」
「うっす。──────」
息を呑む秀吉。
巨大な気配に当てられているのだ。
「そう緊張するな。俺がついてるから大丈夫だ」
「ありがとうございます。頼りにしてます、旦那様」
うーん。まあ、濃姫も守るから良いけど。秀吉に言ったのだ。
「しかし…。霧が濃いな…」
「視界が、こう塞がれちゃどうしようもねーッス…」
「ん? あれは…?」
一瞬、水面で何か動いた。ような…?
「ノブ様!!来まッス!!」
「なっ……」
ボートの横を何か通り過ぎた。
見間違いじゃなければ、あれは背鰭だ。大きさ的に…。
「何でこんな所にサメがいるんだよ!!」
「サメ!?今の、サメっすか!?」
はっきりと見えたワケじゃない。つーか、認めたくないだけだ。
「て!?また来たッスよ!!」
カンペキ、動揺している秀吉。
サメなら、まだマシだ。今度は、はっきりと見えた。
サメにしては胴が長い生き物。背鰭の生えた蛇…。
それは居るはずのない生き物だ。
「秀吉!逃げる準備をしておけよ!」
これはマズいか…。想定外もいいところだ。
超常現象に、未確認生物。常識が通じる相手だとは到底思えない。
「でも、ミツさんはどうするんすか?!もしかしたら、あのサメの腹の中に居るかもしれねーッスよ!!」
「だとしてもだ!!俺がこの場に残るから、秀吉はコイツを連れて逃げろ!いいな!!」
それが一番生存率が高い。ミツなら、賢明な判断と言ってくれるはず。
それに、秀吉はまだサメだと思っている。奴の正体に気づけば、絶対パニクる。濃姫も同じだ。
足手まといは邪魔になる。
「そんな!それでは旦那様が!」
「今は自分の身を守ることだけ考えろ!」
「いえ、大丈夫です!これでも道三の娘!!魔法も使えます!!」
あ、そうなの?
それは知らなかった。…が、大した戦力になるとは思えない。俺が見たものを考えると、やはり足手まといだ。
「多少の魔法が使えたってなぁ…」
「そこまで言うならお見せします! 地の岩玉!!」
どこに向かって撃っているのか、岩の塊を撃ち出した。
属性は地。岩玉は地属性の基礎魔法だ。大きさ、攻撃距離を見る限り、魔力は高い方だろう。
しかし、経験値が乏しい。この程度の使い手なら、今の尾張にはゴロゴロ居る。
「て!何やってんスか!!今の攻撃で怒らせちゃったみてーッスよ!!」
水面が大きく揺れる。
激しく体を動かす事で波を起こす事が出来る。つまり、それだけ巨体である証明になる。
「このままだと不利か。氷結結界!白銀世界!!」
水と風による合成で生まれた氷属性魔法。
その結界魔法で湖を凍らせる。効果は周囲100メートルに及ぶ広範囲結界だ。
俺の力を目の当たりにした濃姫の息は白い。
「これが旦那様のお力…」
「惚けている場合じゃねーぞ!今の内に逃げろ!!」
ここから岸までは凍りつけた。ボートで逃げるよりはマシだ。足場さえあれば、何とかなるだろ。
「ノブ様、俺もやるッスよ!!」
「好きにしろ。でも、奴の正体を見てビビんないでくれよ」
「え? サメじゃねーんすか?」
まだ気づいてないのか。秀吉の鈍感さは折り紙付きだな。
「結界で奴を捕らえてはいるが、そう抑えられるものじゃねぇ…。出てくるぞ」
氷に亀裂が入る。
「うわっ!? 何スか、これ!!」
「溶かされてる??」
氷が砕かれていく。となれば、当然のこと結界が破られた…。
と、同時に蒸気が上がる。俺の力を上回っていなければできない芸当だ。
「ど、ど、ど、どうするんすか!?」
「俺の結界を破るほどの力か。やっぱり龍は最強の代名詞だな」
湖を凍らせる魔法を破ることのできる存在。
龍にとっては、これくらいは雑作もないってことだ。
自然発生したエネルギーが姿形を形作り、龍へと変貌した。
魔法で造る魔法生物と、どう違うかは判らないが性質は同じもの。違いがあるとするなら、意思を持っているという点だろ。
つまり…。いや、矢張りか? これは魔剣と同じ存在だと考えられる。
「龍!?ノブ様の嘘つき!!さっきはサメって言ってたじゃねーっすか!!」
「いや、ホントに本物の龍とは限らねーよ」
未だに姿を現さない龍。もしかしたら、俺の勘違いかもしれない。大蛇という可能性もまだ残されている。
できれば、蛇の方が良い。あ、でもやっぱり龍というのも見てみたい。
「うわっつ!悠長に構えてる場合じゃねーな。結界強化!」
グラつく足場。
だが、何とか持ち直す。拮抗する力に水と氷の半々だ。結界に残されている魔力は多くはない。戦闘となれば、尚更に結界に回せる魔力は足りなくなる。
できれば現状維持……。
(小賢しい人間だ。この地は我が領域。何人たりとも侵すことは叶わん!!)
「はっ!!ようやく出てきたな!!」
「の、ノブ様…。何スか、この水柱は!?」
「よく見ろ。これは水柱なんかじゃねーぞ」
頭上を越えて噴き上がる水柱の先っちょを指差す。秀吉もようやく気がついたようだ。
龍という存在。この世界でも通用するもののようだ。
少し心配になったぞ。…東洋と西洋で龍に違いがあるように、この世界でも違いがあると説明が面倒だ。
「この世界には実在するんだな。まさかホントにって、びっくりしたぞ」
「れ、冷静っすね。ノブ様…」
冷静なものか。興奮だ。大興奮だ。
(我が領域に侵入する者よ。覚悟はできておろうな!!)
「まあ、待て。俺達は、この湖を調査しに来ただけだ。争う気はない、話し合わないか?」
傷つけたくないのは本心だ。
龍という存在は特別だ。この世界にとって、ではなく俺にとってという意味で。
その返答は、強烈な一撃をもって返される。
龍の尾による攻撃。正面からなぎ払うように氷上を滑って来る。
警戒はしていたから、避けるのは簡単だ。
しかし、矢張り足手まといが邪魔になる。
「さっさと逃げろっつったろ!!バカが!!」
未だ、その場に留まる濃姫。後方の濃姫を守るためには、ここを動けない。
打てる手は防御魔法による防壁を張ること。結界のダメージから推測して強固に張った防壁だ。
龍尾の攻撃を防ぐ。衝撃が走るが、ダメージはない。
「申し訳ございません…」
「謝るくらいなら、なっ!?」
今度は後ろから尾が襲う。前方の尾は抑えている。
つまり、2本目の尻尾だ。二股の尾を持つ龍なんて聞いたことはないが、こっちの世界ではそういう存在なのかもしれない。
「クソ!!間に合わねー!!」
こんなことになるなら、その手の知識も学んでおくべきだった。どんな相手でも情報は大事。情報収集を怠った俺のミスだ。
「任せるッス!!風雲猿手!防風林!!」
横列に並んぶ防風林。後方から襲う尾の攻撃を防ぐ。
「ちっ!これで終わりじゃねーってか!!」
今更ながら、情報収集した結果。見えたのは最悪の状況だ。
この湖全てが龍の体。見渡せば、四方八方を取り囲んでいた。
この凍らせた足場も長くは保たない。八方塞がり。さらに不利な状況だ。
「ノブ様、どうすんスか!!」
「とりあえず…。救援を待つ」
「んな時間はねーッスよ!!」
「はあ…。まったく、冗談の通じない奴だ」
「今、冗談なんて言ってる時ッスか!?」
その通りだな。返す言葉もない。
だが、そこまで危機的状況というわけでもない。むしろ、心の余裕がある。
「何だ? 俺が慌てふためいていた方が良いのか?」
「う…。それは、それでいやッスね…」
俺のイメージする俺とは違う想像をしたのであろう秀吉。
想像とは言え、俺に失礼だ。
「俺に謝れ!!」
「それは、もっとイヤッス!!」
きっぱりと断られた。
なかなかの男気と褒めてやりたいところだが、それこそそんな場合じゃない。今は集中力を研ぎ澄まさなければならない。
「なら、もうチョイ気張ってくれ。今、手頃なものを探しているんだ」
「ぇえ!?ノブ様、何するつもりッスか!?」
何をするも、分からない秀吉じゃない。既に危険を察知して退避の行動だ。
二度目となれば、尚更に。それにあの時よりも付き合いは長い。俺の考えくらいは読めて当然だ。
「離れるなら、濃姫も一緒に連れて行けよ。濃姫も秀吉について行け」
「は、はい。─────秀吉殿。旦那様の言うことなので、今回は渋々です。私に触れることを許します」
「の、ノブ様ぁー」
文句言いたげ、という表情だ。俺も同感、気持ちは分かるが、そこは秀吉に我慢してもらうしかない。
何気に貞操堅い濃姫。ホント、面倒くさい女だ。ビッチのクセに。
「秀吉、後10秒だ。急げよ」
「そんだけあれば充分ッス!!」
濃姫を担ぎ、ありえないスピードで逃げる秀吉。
秀吉にとって、水龍の攻撃はただの障害物競争のようなものだ。
運動能力の高さ、回避力の高さが秀吉の強さ。守りながら戦うのは、秀吉の強味を失わせる悪手だ。
「さあ、後10秒。付き合ってもらうぞ!!」
(愚かなる者。我に太刀打ちできぬと知れ!!)
「愚かで結構だ!もう散々言われ続けてきたからな!!」
龍のような生き物から見てもバカに見えることにちょっとショックだ。
せめて、仲間の行動を身を呈して守る者。勇敢である。とか言ってくれても良いだろうに。
(愚かな。力の差も判らんか…)
「そこまで、差があるとは思えねーけどな」
(ならば、見せてみよ。貴様の力をな!!)
狙い通り、注意が俺に向いた。
(我が一撃にて死の恐怖を刻め!愚かなる者よ!!)
龍と言えば、ブレスの攻撃だ。しかし、湖がコイツの体なのだ。物量による攻撃の方が効果的なのであろう。結局、ブレスの攻撃は一回も来なかった。
最後に水を巻き上げた竜巻による攻撃を凌ぐ。
これでタイムアップだ。
「残念だが、10秒経ったぞ。死の恐怖を刻むのはお前だ!水龍!!」
俺の魔法は既に発動している。
二度目の衝撃。魔法の名称は隕石落下。宇宙に漂う岩の塊を操作して落とす魔法だ。
同じ場所に二度、隕石が落ちることになる。後の世に語られる“神殺し”である。
湖に落ちた隕石の衝撃は、湖の水を蒸発させ一滴の雫も残さず吹き飛ばした。
水龍の正体が湖の水ならば、これで勝敗は決したと言える。つまり、俺の勝利だ。
龍という不思議存在を失ったのは残念ではある。まあ、親友を失う方がよっぽどツラい。
「ふぅ…。終わったか? おーいっ!!秀吉、無事かーっ?」
どこまで逃げたか知らないが、そう遠くまでは行ってないはず。
それに、呼べばすぐ来るのが秀吉の良いところだ。
当然、今回も期待を裏切らない秀吉だ。
「大丈夫ッス。て言うか、ノブ様こそ大丈夫ッスか?」
「当たり前だろ。自分の魔法で自滅するほどバカじゃねーよ」
「流石ッス。あ、濃姫も無事ッスよ」
うん。それが聞ければ充分だ。濃姫の安全確保は道三のため。そこは俺の責任になる。
「………」
「どうした?」
怪我もなく無傷なはずが、濃姫はうずくまっている。
「おい、秀吉。ホントは怪我させちゃったんじゃねぇのか?」
「ちょっ!?俺に責任押しつける気ッスか!!」
人聞き悪い。逃げる前までは怪我もなくピンピンしていた。その後のことは知らん。
秀吉の責任になる問題だ。
「だ、大丈夫です…。ちょっとだけ…、…です」
よく聞き取れなかったが、少し何かあったらしい。何かって何だ??
秀吉をみると、ブンブンと首を横に振っている。直接、訊くほかないか。
「どこか怪我したのか? 済まんが、城に戻るまで我慢してくれ」
治癒魔法は使えない。城に戻るまで治してやることはできない。とは言え、手当てくらいは出来る。
どこが痛いのか言ってもらわないと手当てのしようもない。
「いえ、本当に大丈夫です…。その、少しお漏らし………」
「秀吉!!」
「聞いてません!!俺、何も聞こえなかったッスから大丈夫ッス!!」
俺も聞かなかったことにしてーよ!!秀吉のヤツ、上手く逃げやかって!!逃げ足だけは早いよな!!
「濃姫…。こっちだ」
と、手を引いてキャンプまで連れて行く。ビビってたんなら先に言えよとは思うが、連れてきてしまったのは俺だ。
濃姫の不始末は、俺の後始末。キャンプまで戻った後は着替えを済ませる。
こっちの方が龍よりも強敵かもしれない……。




