結婚
32)結婚
行列の中に斎藤道三を見つける。いや、見つけてしまった。嫌な予感しかしねーよ。
迂闊に近づくのは、躊躇われる。
忘れていたが、ひと月前。俺は道三のおっさんに脅迫じみたことをしていたのだった。道三の宝を寄越せと…。完全に恐喝だ。
その意趣返しが、この大名行列なのなら、道三のおっさんの思惑通りだ。
完璧、俺はびびっている。下手に軍を率いって来られるよりも、敵意なしに近寄られる方がびびるものだ。
「あれ? ノブ様…、あれは斎藤さんとこの家臣団じゃないっすか?」
「そんなもん、言われなくったってな…」
「信長様。一大事でございます!!」
火急の知らせと走ってくる。この侍、名前は…えっと誰だっけ?
違うよ。物忘れじゃなくて、物覚えが悪いんだ。家臣が増えて、顔も名前も覚えられない。
さすがに殿様失格か?
「官兵衛じゃねえっすか」
「誰、それ?」
「黒田官兵衛っすよ。新しく雇った軍師っす」
俺の知らない間に雇ったのか?
挨拶くらいはされたかもしれない。いや、覚えてないから、されてないかもな。こんな時の対応って困るよな。
俺から挨拶した方が良いのか?
「はじめまして、と挨拶している場合ではありませんよ。信長様、至急城までお戻り下さい」
そうか。やっぱり、初見だったのか。
挨拶してくれる奴で良かった。礼儀正しい奴は大歓迎だ。忙しさにかまけて、他の新採用した奴らとも、ちゃんと挨拶できてなかった。その内、歓迎会でも催してやるか。
て、そんな事考えている場合でもねーな。
「理由は…。聴くまでもねーよな」
道三の大名行列は城へ向かっている。
何も、大名行列まで作って会いに来なくてもいいだろうに…。
「秀吉。俺は先に城に戻る。お前は自分の仕事をしてろ」
「うっす」
ホントは秀吉かミツについて来て欲しいが、俺の我が儘で仕事を遅らせるワケにはいかない。秀吉は秀吉で仕事を抱えて忙しいのだ。
新入りの官兵衛には、学校欠席の連絡に走らせる。
新清洲城へ向かって続く行列を横目に、俺は一人で急いで城へ戻ることに。
城まで距離は離れているが、何も問題ない。魔法の力は、かくも偉大だ。
瞬間移動はないものの、高速移動“疾風迅雷”を超えた音速移動の魔法“裂破暴風”を覚えたのだ。
他にも色々。最初は学校なんてと思った俺だが、今では学校様々だ。
…なんか、どこかのキャッチコピーみたいだ。
何て考えている内に城に到着。音速移動な慣れない最初のうちは、壁にぶつかって止まっていたのだが、今やお茶の子さいさい。朝飯前だ。
誰も居ないのに、自慢げな俺。その様子を見る視線を感じる。
「お、お帰りなさい…ませ。お早いお帰りで…」
「あ、ああ。た、ただいま」
見ていたのは市だ。
帰って早々、何というタイミングの悪さ。多少、気まずい。恥ずかしい姿を見られたこともあるが…。
那古屋からこっち、市も連れ立って転居して来て以来、必要程度にしか口を利いてくれなくなった。
兄離れどころか、兄嫌いになってしまったようだ。
市の気に障るようなことをしたのか、まったく身に覚えがないのだが、事実こんな状態だ。俺もどうしたら良いのか分からないのだ。
「あの、さ。市…」
「はい。何でしょうか?」
「今まで。つーか、今もだが…、忙しくて話す時間取れなかったけどさ。今度、ゆっくり話せないか? む、無理にとは言わないけど…」
「いえ。そのお心遣いに感謝します。お兄様が忙しくしているのは承知していますが、私もお兄様とゆっくりと話したいと思っていたのです」
これと言って、市に変わった様子はないようだ。俺の考え過ぎだったか?
兄離れと言っても極端に態度が変わるわけでもないようだ。もっと冷たく扱われると思っていたのにな。
嫌われてないと分かれば、内心ガッツポーズだ。
「良し!!じゃ、今度マジで時間作るから、ゆっくり話そうぜ」
「は────「殿!?此方にいたでござるか!!それに、市姫様まで!?」
く…。何故、邪魔をするか、ござるめ…。
「痛い!? 何で蹴るでございるか、殿?」
「足が滑った。で? そんなに慌ててどうした?」
どうせ、道三のおっさんが到着したとかの報告だろ。分かってるから、急いで戻って来たんだ。
「道三殿が来たでござる。とんでもない土産を持ってきたでござる!!」
「とんでもない…か。道三のお宝だろ。どんな物なのか、やっぱ…興味あるな。市も興味あるだろ?」
「そ、そうですね…。嫌な予感しかしませんが、興味はそそられます」
すげーシンパシー。俺と同じこと感じたようだ。恐ろしくもあるが、だからこそ見てみたい好奇心。その誘惑には勝てない。
魔王と呼ばれても俺は鬼ではない。
「なら、市も一緒にどうだ?」
「殿!!それは些か不味いかと思うでござる!!」
急に大声出して、どうしたんだ?
その道三のお宝とは、市に見られるとヤバい代物なのか。男が見られて不味い物。考えつくのは、アレか。エロ本か。
ござるが、必死にアイコンタクトを送ってくる。かなり、必死に。
まず、間違いなくエロ本だ。
確かに、それは市に見られると不味い。
てゆーか、道三のおっさん。処分に困ったお宝を俺に押し付ける気か? いや、要らないわけじゃないけど、くれるって言うなら仕方なく貰うさ。
しかし、それは市の前でなければな!!
市はすでに出迎えの支度を済ませている。生憎、俺一人で会いに行くことは無理そうだ。
せっかく、市との関係修復できそうなのに、ここでエロ本受け取ってしまったら、絶対もう次の機会なんて…ないっ!!
残念だが、道三のおっさんには来て早々にお引き取り願おう。
「お兄様。お先にどうぞ」
俺の前を歩いていた市は足を止め、先に部屋に入るように促す。
考え事をしていたせいで、俺は部屋を通り過ぎようとしていた。兄を立てる市の配慮だ。
「……と、待たせたな。道三のおっさん」
「うむ、ひと月振りだな。先の件は美濃にも伝わっておるぞ。まさか、本当に尾張を統一してしまうとはな」
「その内に、美濃も俺が貰ってやるよ。世界征服のついでにな」
と、これはほんの冗談めいた挨拶だ。同盟組んでる美濃を攻める理由はないのだ。
戦争に明け暮れる世界が平和になるなら、世界を征服して独裁者になるのも悪くないと思っているのは確かだ。
だが、断っておきたいが、別に俺一人で世界を支配したいわけではない。誰かが変わりにやってくれるなら、その誰かに任せてしまうだろう。
尾張統一して分かったが、国を治めるのは面倒くさいことばかりだ。それが世界となれば、尚更に面倒くさいことになりそうだ。
国家の統一ではなく、平和を維持する意志の統一。それが俺の考える天下統一だ。
まあ、何のプランもない絵空事だ…。誰も本気にはしないだろう。
「ブッハッハッハ。征服なぞせんでも時期にそうなる。なんせ、儂の宝をくれてやるのだ」
美濃のことは冗談のつもりだったが、道三のおっさんは真に受けてしまった。
だいたい、エロ本貰ったからって、どうして国まで貰えることになるんだよ。
エロ本をネタに道三を強請るってのか? さすがにエロ本で、美濃は落とせねぇっつーの。落ちるのは評判だけだ。どっちの評判が、ではなく両方ともに。巻き添え食らうのは御免被る。
「その話なんだが、やっぱりなしの方向で頼むわ…。俺も男だし、興味は…。無くはないが、今は不味い」
「なに!?ここまでの準備に、どれほどの時間と金を費やしたか分かっているのか!?」
知るはずねーじゃん…。エロ本ごときに、国の宝とか言って厳重警護で護送してきたのは、道三のおっさんが勝手にしたことだろ。
持って来させて「要らねー」は悪いとは思うけどさ。
「そんなこと言われてもな。そもそも、道三のおっさんとは趣味が合うとは思わないんだよな」
これは大事だ。緊縛とか、熟々が好きとか。この歳のおっさんの趣味は理解できないことが多い。俺はノーマルなのだ。
「そう焦る必要はあるまい。一度、目を通して見るのも悪くはないだろ?」
「おい!!ここで見せる気か!?」
やべーだろ。市が居るんだぞ!? ──て、俺を無視して話を進めるな!!つーか、どこから持って来るんだ!!
「帰蝶を此処へ」
「マジか!?おっさん、神経図太いな!おい!!」
帰蝶って何だ?エロ本の名前か?隠語っぽい響きだな…。そこら辺をわきまえてんなら、妹が居る前でエロ本を出すんじゃねーよ。
「い、市。ここから、ちょっと不味い。目を!!眼を閉じてくれ!!」
「え?」
「殿。帰蝶様をお連れしました」
くっ!!手遅れだったか。しかも、連れて来たって…持って来たのは女子じゃん!!
…それも、キレイ系女子。妹と他の女子の前でエロ本を鑑賞しろと言うのか?
何なの、これ!?俺にはキツい。拷問だ!!
「恥辱だ…。これが道三のおっさんの狙いか。精神的に追い詰めて、俺を陥れる…。やられたぜ」
「何を言っている。ここに居るのは、儂の娘の帰蝶だ」
「む、娘!?」
全然、似てねーぞ!!つか、娘にエロ本持たせるな!!親父の趣味、娘にモロばれか!?それを娘は容認か!?
親も親なら子も子だな!!おい!!
「そう。儂の娘だ」
「マジか…。なんだか、目眩が…」
「はっはっはっ!帰蝶を見て、目を眩ましてしまうとは。余程、気に入ったと見える!!」
娘自慢はいらねーよ。それは親父だけで十分だったつーの。何でまた……。
「で…、道三の宝って言うのはどこにあるんだ?」
「ん?何を言っている。目の前にあるではないか」
「え…。すまん。言っている意味が分かんねえんだけど……」
道三の娘、えっと? 帰蝶さんは、どう見ても手ぶらだ。何かを持っているようには見えない。一体どこに宝が…。
まさか、バカには見えないとでも言うのか!?
「断腸の思いで、手放すのだ!!今更、要らぬからと、とぼける腹か!!許さんぞ!!」
「さーっせんしたっ!!」
現実から目を逸らすのも、もう限界だ。
───ああ、分かってるさ。
道三のおっさんがいくら怒鳴ろうと大声出そうが、怖くはない。現実の事実の方がよっぽど怖いってもんだ。
道三の言う、宝とは娘の帰蝶さんのことだ…。
「分かれば良い。時に、結納の件だが───」
「だが、断る!!」
「国を治める者が、この期に及んで逃げるつもりか?」
「に、逃げてねーよ。何だよ、結納って!!それじゃあ、まるで俺から結婚申し込んだみてーじゃねーかよ!!」
俺は道三の宝を寄越せと言ったのだ。娘を嫁にくれとは言ってない。
だいたいからして、初めて会った女性と、そんな急に結婚なんてできるかよ。彼女居ない歴イコール人生×2の俺が、いきなり結婚って…。
心の準備がまだ…。
それなら、気心の知れた三人娘の誰かと結婚した方────。いや、ねーな。アレは選択肢にない。
「帰蝶さんでしたか? あなたは、それに…結婚に納得しているのですか。これは斎藤殿の独断…。いえ、政略結婚になるのですよ?」
横から口を出してきたのは市だ。
市にも思うところはある。結婚となれば、この女性が姉になる。急に家族ができるとか、市も心穏やかではいられないだろ。
「勿論、何のわだかまりもなく。とはいかないでしょう。…ですが、織田信長様の人となりは、父から聞き及んでいます。魔法の才に溢れ、己が野心に燃える気高い武士であると。そして、民のことを先に考える心優しき方でもあると…」
え? 誰、それ?
道三のおっさん。娘にデタラメ教えて、結婚させる気だったのか。それじゃ、結婚サギも良いところだ。
「話を聞いただけで、お兄様のことを全て知ったつもりですか? そんな方にお兄様は渡せません!!」
ひさびさに、背中から冷たい汗が…。もしかしなくても、これって市がキレてるよな。
どうすんだよ、道三のおっさん。
あ。ダメだ。目を逸らしやがった。国を治める者が逃げるのかよ。
「知らないからこそ。と言うものもございます。男女の関係なれば、互いに分かり合って深めていく絆こそ結婚なのではございませんか? それとも、お市の方様は生まれながらにして兄である信長様のことを知っていたと?」
「そ、それは…。ですけど!!第一、お兄様は断ると!ですよね、お兄様!!」
ええ!?そこで俺に振るの??
「そ、そうだな。俺はいや────」
「とは言わせんぞ? 儂の娘、儂の宝を寄越せと言ってきたのは信長の方からではないか。つまり、求婚。さらに結納。だと言うのに結納金も出さん上、ここで破談にさせる意味…。分かっておるのか?」
今度は道三のおっさんがでしゃばって来たし!!結納とか、結納金とか、俺にわかるはずねーよ!!
「殿…。とーの……」
小声で話しかけてきたのは利家だ。俺が、押されまくっているせいで、助け舟を出してくれたのだ。
どうでも良いことだが、利家の小声はデカい。市はおろか、道三たち親子にもまる聞こえだ。
「不味いでござるよ、殿。ここで破談にしては美濃との同盟は破棄。それどころか、戦争になるでござる」
「え?何でだよ」
「お市の方様も言った通り、これは政略結婚。同盟の確約でござる。ましてや、結納金もなく結婚など、斎藤殿に喧嘩を売ってるでござるよ」
「つまり、あれか? 結納金とやらを払えば大丈夫なんだな?」
利家は否定の首を振る。
「それだけでは済まぬでござる。破談にするとなれば、それ相応の賠償が必要でござる」
マジか…。賠償請求されても払える金はない。ただでさえ、改革により尾張は財政難なのだ。
結婚しなければ、戦争。金を出さないと、戦争。
これなら…。エロ本出された方が、まだましだった。三次元世界は、ホントに面倒くさい。
「お兄様。ビシッと言ってやって下さい。お兄様には私がいるから大丈夫だと!!」
「大丈夫じゃないだろ、それは!?」
兄離れしたのかと思っていたが、全然そんなことなかった。むしろ、悪化している気がする…。
「いえ、これは美濃との政争です。負けたままで悔しくはないのですか! 私は、お兄様を奪われて悔しいです!!」
俺の妹は大丈夫なのか。政争と言っておいて、公私混同してんじゃん!?
俺も兄だ。市の気持ちは分かるけど…、やっぱりコレはどうにもならない。
今回は道三のおっさんに完敗だ。負けを認めるのも勇気。決して、彼女居ない歴イコール人生×2を終わらせたいからではないんだぞ。
「市…。これも、尾張のためだ。各産業が軌道に乗ったばかりで、大切な時期なんだ。今、戦争になったら国は破綻する。それだけは回避しないと…」
「それは分かってます。ですが、無理…。無理にでも納得するしかないのですね……」
全然、納得した風ではない様子。
しかし、最悪な日だ。完璧に市に嫌われたな、これは…。市のためなら、何でもできると思ってたのに、国と妹を秤にかけたら国に傾いてしまう。国の頭首としては正しい判断かもしれないが、兄としては最低最悪な部類の人間だ。
これで完全に俺の妹パラダイスは終わったな。
「道三…、聞いての通りだ。帰蝶は正式に俺の嫁にする。結納金のことは、もう暫く待ってくれ。これも、聞いての通りだ。農業は生産力は上がっているが収穫は先だし、工業も新技術の導入で慣れるのに時間が掛かる。商業は不安定な市場に安定には程遠い。だが、必ず払う。それまでは────」
「皆まで言わずとも尾張には恩がある。いや、信長にはだな。結納金は待つが、式は挙げさせてもらうぞ。それとな…、内に目を向けるのはいいが、外にも見るものは多いぞ?」
「何の話だ。今のところ問題はないって聞いているぞ」
寝耳に水だ。外とは、国外のことを言っているのだろう。しかし、これといった問題は起きてなかったはずだ。
もしかしたら、平定したばかりで狙われているぞと言う警告なのかもしれない。
国の防衛には、魔法銃を配備する予定になっている。完全配備とはなってはいないが、魔法銃の威力を知る諸外国は簡単には攻めて来ないはず。専守防衛が現在の状況だ。
「ならば良いが…。もし、帰蝶に何かあったら信長…。貴様の命はないものと思え」
「何もしねーよ。親バカめ」
と、子供のようにふてくされる道三。親バカなだけでホント良かった。バカ親だったら、手のつけようがない。前世の親のように…。
「それでは、信長様。不束者ですが、これから宜しくお願いします」
「うん。まあ、…はい。結婚はもう少し先になるが…。こちらこそ、宜しく頼む」
こうして…。俺の結婚が決まった。




