尾張争乱 前編
27)尾張争乱 前編
清洲から信友の軍勢が攻めてきた。予想通り、古渡城殲滅が始まったのだ。
ノブの代わりに軍の指揮をする事になったけれども、初っ端から不利な戦いだ。
ノブの妹…お市の方を人質に取られているため、こちらは反撃できない。出来ることは時間を稼ぐこと。
その間にノブがお市の方を助けられるのか。この戦いの行方は、ノブに懸かっている。
その時間稼ぎのための策はなくもない。街を守る防壁は、そのために作られたものだ。
僕が考え、ノブが作ったもの。ノブが作ったものだから、僕も信じられる。
簡単な話だ。僕がノブを信頼しているように、ノブも僕のことを信頼している。
そう思うと、自分でも不思議な感覚に包まれる。
ちょっと前までは人間不信だった僕なのに…。変われば変わるものだね…。
状況は刻一刻と変化している。変わらないのは、こちらが押されていると言うことだけか。
「保ち堪えてくれよ、秀吉。ノブが市姫様を助け出すまでの辛抱なんだ…」
戦場に出るのは初めてではないけれども…。軍の指揮を執るのはこれが初めてだ。
不慣れな感じは否めない…。僕の命令で皆が動くのだ。
慣れない戦いに四苦八苦する。
斥候から送られる情報を整理して、兵達に指示出して動かす。と言っても、此方からは何も出来ないので後退に次ぐ後退だ。
これも作戦の内。秀吉が動き回っているお陰で作戦は上手く運んでいる。
だけど、本来なら城や街にまで攻め込ませては来ない。
敵にしろ味方にしても、街や人に被害が出るような戦い方は非道とされている。
城も拠点となる場所だ。
破壊してしまっては勝利を得た際、始めから作り直さなければならない。無傷で手に入れるのが得策だ。それこそ、恨みつらみでもなければ、そんな真似はしないだろう。
まさに今がそれだ。
「それもこれも、全部ノブのせい…。いや、信秀様かな?」
信秀と信友の確執は根深い。尾張の覇権を巡っての争いごとは、僕やノブが生まれる以前からあったと聞いている。
今回の一件では、ノブへの執着が強すぎるように思う。いや、前回の戦もノブを口実にしていたけど本当はノブが目的だったのかな?
でも、ノブが一体何を?
「城攻めは判るけど…。市姫様のこと、ノブのこと…。その目的が分からないよな…」
「明智殿!!マズいでござるよ!秀吉殿が取り残されているでござる!!」
戦況を報せるために走る、前田利家。可哀想にノブから犯罪者扱いされた男だ。
今回は無用な戦闘を避けるため、雑用を任せている。今、必要なのは戦力じゃなくて情報の方だ。
しかし、僕は言われるまでもなく状況を理解している。利家の言った通りの状況だ。
北門、東門は信友の軍勢に囲まれた。
魔法銃や魔導砲が使えるなら使いたい状況だ。前回同様、一発逆転。敵を一掃できるトンデモ兵器だ。
別に温存したくて使わないワケじゃない。
「なるほどね。此方の手を防ぐための策略でもあったってことか…。て、感心してる場合じゃないか」
「明智殿。どうするでごさるか!このままでは、秀吉殿が!!」
「利家、うるさいよ。少し黙っててくれる?」
言われた通りに口を塞ぐ、利家。素直すぎて逆に扱い辛い。
ま…。この素直さが、まつさんの心を掴んだってことなんだろうけどね。
「大丈夫だよ。これも、ちゃんと戦略の内だよ」
戦略目的は街の防衛。戦は情報だ。
何故かと言うか、矢張りと言うか…。魔法防壁の隙間は知られていた。
外側からは鉄壁の守りだが、内側からは脆い。住民の逃走のために用意した隙間だ。
この防壁の隙間を知っているのは秀吉とその部下。ノブに僕と少数だけ。他の家臣達には、敵兵が北門と東門に陣取った時点で壁の薄い北側東側を守れと伝えてあった。
つまり始めっから、その情報は知られていたことになる。
「そうなると、裏切り者は限られてくるよね。ま、それはノブが戻って来てからでいいかな」
最初に動いたのは東門に陣取った者達。
秀吉が誘導したのだが、功を争うように我先にと攻めてきた。
「タイミング的にそろそろかな。緊急防御魔法陣、発動!!」
合図とともに防壁の周りに青々とした新緑の森が出来上がる。
魔法陣発動の引き金は、妖刀 麁正だ。
魔法陣と妖刀の魔力があれば、僕でも普通に魔法は使える。予め用意していた魔法だ。
いきなりの森の出現に、視界を奪われ足を止めざるを得ない。その上、森の中は秀吉の独壇場。こちらが攻撃出来なくても、やれることはあるんだ。舐めて貰っちゃ困る。
そもそもの話。防壁の隙間、弱点というのは嘘だ。
ノブは裏切り者がいるとは思ってないだろうけど、確実にいる。防壁の弱点という嘘の情報が流れた時点で確定した。
それが誰か、まではまだ分からない。が、いると分かればそれなりに対応しないとならない。
て、わざわざこんな時にやる必要なかった…。ノブのせいで「僕がやらなくちゃ」の癖がついてしまった。
「外側は秀吉に任せるとして、内側は僕の方で対処しないとね」
まあ、裏切り者なのか、どこかのスパイなのか確認したいところだけど、今はそれどころじゃないし…。
とりあえず、動かせる者達を使って街の住民達は水路を辿って街の外へ避難させている。
今、防壁へ来ている奴らは敵側の人間。つまり
、殲滅対象だ。
「さあ、利家。君の出番だよ。行ってきて!」
「おおっ、やっとでごさるか!!して、拙者は何をすれば良いのでごさるか?」
どうして、ノブの周りに集まって来る人間はバカばかりなんだよ…。
誘い出された奴らを叩くだけなのに。いちいち説明しなきゃならないのかぁ…。
面倒くさいよなぁ…。
「利家。北門の辺りに人が集まっているのが見える?」
「見えるでごさる。あれは、街の者達でござるな」
「違うから!!あれは、敵。内側から門を壊そうとしている連中だよ!!君の仕事は、あの敵を倒すこと!!分かった?」
「え…。敵だったでござるか!?」
ホントに分かってないよ、この男。秀吉は、よくこんな人間を上手く扱えるよ…。
あれで秀吉は人の扱いが上手い。天下人の片鱗なのかもしれない。僕としては、ちょっと複雑な気持ちだ。
「そう。だから、早く行って来て。このままだと、街にも被害がでるよ?」
他の奴なら、多少の被害と切り捨てるところ。だが、利家にとっては重大問題だ。
ノブは勘違いしているけど、利家が団子屋に入り浸っている理由は市姫様じゃない。市姫様がお世話している新人の娘まつさんに惚れているからだ。
両想いなんだから、さっさと付き合っちゃっえば良いのに…。
「そのような、非道な真似はさせぬでござるよ!!明智殿。拙者、命に代えてでもこの街を守ってみせるでござる!!」
ここら辺は、ノブ同様に鈍感だ。
それでも、気合いが入ったなら結果オーライだ。本当に面倒臭い。
「うん。じゃ、まずは北門にいる連中を倒して来てよ」
「任せるでござる!!」
はぁ…。やっと行ってくれた。
最初から、そう言ってたのに何でこんなに回りくどいんだよ。やっぱり、僕に指揮官は務まらないな。
「嘆いても終わんないよね。それに、城に入り込んでいる敵はあいつらだけじゃないだろうし…」
一応、茶々さん達に城で怪しい奴らが居ないか監視に付けている。誰の影響か、女の子に甘い傾向にある城の人達だ。
茶々さん達に油断も隙も見せまくってくれるくらい甘々だ。
危険なようで、実は安全な仕事。それでも頼んだら、すんなりと引き受けてくれたことには素直に感謝だ。
「後は、報告待ちかな…」
それも、お茶でも飲んで…だね。
前田利家ら、数名は街を守れともう交戦を始めていた。あの気迫なら心配はなさそうだ。
ススッとお茶を飲む娘は、奇妙な格好をしていた。黒地の着物に前掛けを掛け、猫のような動物の耳を頭につけている。そして、更に奇妙なことに尻尾までついているのだ。
狐か、化け猫か。
だが…。紛うことなき、お市の方。宿敵であった信秀の娘だ。
信秀が溺愛した箱入り娘。世間知らずの姫のようにワーキャー騒ぐかと思いきや…。
敵の城だというのに落ち着いた様子だ。その態度に苛立ちを覚える。信秀を思い出させる不敵な態度だ。
やはり、娘とは言え血は争えない。しかしだ。しかし、何故この娘が我が城に居る!!
「く。何故、こうなった!!信長の弱点を見つけて来いと言ったのだぞ、儂は!!」
あろうことか、信長の妹を攫ってくるなど。馬鹿か!? しかも、本人かも怪しいものじゃないか!!
いや、話してみて本人だと分かったが…。
「も、申し訳御座いません。しかし、これが一番効果的な方法だと聞いたもので」
信長の弱点であるとは訊いているが、攻め方を完全に間違っている。一歩間違えれば、奴の魔法。あの星を落としたふざけた力で、こちらがやられていたのだ。
それもあって、お市の方の扱いは厳重に厳重を重ねて対応させている。
お市の方の態度に家臣の態度が、相まって尚更に苛立ちを隠せない。
家臣の男は、恐らくは外道坊主の話を聞いて動いたのだ。その前に、儂に相談せよ。と言いたいが…。
「まあ、良いわ!!那古屋への攻撃はどうなっている!!」
「は。陥落の報は未だに来ておりません。しかし、お市の方を人質に捕られては反撃も出来ない様子。落ちるのは間もなくかと」
「そうか。ならば、攻撃の手は緩めるなと伝えておけ!」
ある意味これは正解なのか。信長も要求した通り、一人でこちらに向かっていると聞く。
これまでの経緯はともかく、結果的に思惑通りに事は進んでいる。
肝心の外道坊主は、あれからどこかに行ったが、特に気にすることもあるまい。
「前回は失敗したが、天はやはり儂の味方をしている…。これならば、信長のあの力を我が物に出来るな!!」
笑いが止まらぬな。おっと、まだ戦は終わっておらんかったな。全てが終わった暁には奴の骸で祝杯を挙げるてやるか。
不思議なことだ。
あの馬鹿げた力を見せつけられても、恐れを感じない。いや、あの力は儂の力になるのだ。恐れる必要もない、当然のことだ。
「さあて、ノコノコやってくる信長をどうやって始末してやるか。待てよ…」
考えてみたら、継承の秘儀を試していなかった。自分の目で確かめないことには、実際のところは不明瞭。もし、失敗でもしようものなら我が野望が遅れてしまう…。
誰か使って、試してみるか。
そう言えば…。
「おい!信長は六曜の魔法であったな?」
「は、はい。火水風地木、それと天の魔法を使えると…」
それも天性の才能を以て使えるのだ。天は才能を与える相手を間違えた。
尾張の武将、儂でも使えるのは水。それに、使えなくもない火の属性。火曜より劣る、弱火の魔法だ。
「んん。月の属性はなしか…」
「はい。天と月を二つとも持った者は今までのところ生まれてはおりません。両方とも持つのは不可能だと伝えられております」
ふん。それは今のところだ。
信長から天を…。それにお市の方から月の属性を得れば、儂は史上初の大将軍となれる。
形骸化した幕府も、内輪もめを続ける朝廷も、儂の力の下にひれ伏し、天下は我のものとなるのだ。
「それ故に、失敗は許されないな。…貴様、魔法は使えるのか?」
「は、一応は…。風の魔法を─────」
目の前にいる男は、最近入った侍だ。どこか、山賊でもやったいたような風貌をしている。
こんな下賤な男を城に入れるなど…。
それもこれも、織田信長!!忌々しいが!前回の戦で多くの上級武士、武将達を失った。
魔法が使えれば良いと、取り入れたは良いが。
失って惜しい奴でもない。
「と、殿…。な、何を!?」
「なに、決まっている。貴様のその資質を儂が使ってやると言っているだけよ!!」
一刀両断で男の首が飛んだ。
首が胴を離れ、崩れ落ちる男。その場にいる者は吹き出る血を浴びることになる。
当然、この場にいるのは儂一人だ。
継承の秘儀には、供物を求められる。必要なのは血だ。
詳しくは、血統値?なるものがあれば良いと言われたが、外道坊主が何を言っているやらさっぱりだ。
と、せっかく儂の為に流れた血だ。無駄には出来ぬな。ゴクリと一飲みに────。
「グヌッ?! ゲホッ、ゲホッ。ハァ…ハァ…。これは美味い物ではないな…」
続けて継承の儀を行う。それだけだ。
しかし、これで儂も風の魔法が使えるはずだ。死んだ者が、どの程度の実力を持ってたかは知らんが、城に仕えられるくらいの力量はある。
儂の力が加われば、どこまで強くなるものか?
「ふん。考えるのは性に合わん!使って見れば良いのだ!!要領は同じ…、風牙狼!!」
風が吹き、外へと飛び出した。
狼と言うより、子犬だな。初めて使ったからか、それともまだ力が馴染んでいないのか…。
しかし、結果としては風属性を得ることには成功した。
「うむ、まあ…こんな物か。やはり、信長の血が必要だな」
始末する順番は、信長を殺してから…だな。間違えて、お市の方から殺しては信長のうつけは何をしでかすか…。全く読めんっ!!
だが、その前に奴の城。古渡城が落ちるのが先であろうな。
清洲の城に高笑いが響いた。
ミツさんの言った通りの展開ッスね。
急に森が出来て右往左往する侍達。先程までの気勢は失われていた。
自然を操る信長の魔法とは違い、侍達の魔法には自然に対抗できるほどの力はない。それが出来ないから、今の世は戦国乱世になっている。
森の中で立ち回れる奴なんて、そうそう居ないッスよ。ま、ノブ様つーか。ミツさんの考えで作られた物ッスからトーゼンと言えばトーゼンなんすけど。
「ノブ様みたくはできねーッスけど。行くッスよ、演武人形撃!!」
侍姿の人形達を作り出す。
元々は、ノブ様が作った魔法。えーと…、パペットマンとかいう魔法っしたか?
信友の使っていた魔法水狼群を参考にして改良したと聞いていたっスけど…。形状と属性は違うもの、だけど基本性能は同じ魔法ッスね。
演武人形撃(パペットマンⅡ)は、敵を対象に体当たりする。単純な動きしか出来ないッスから撃とは言えないッスね。
「やっぱり俺じゃ、こんな物ッスか」
作り出せたのは五体。動きも遅く、敵の前に立った途端に斬られて終わる。
魔法で作られた物は、壊れても魔力を与えれば、再び動き出す。不死の兵士だ。
とは言ってもノブ様の言った通り、役に立たない魔法ッス…。魔力さえ与え続ければ、わざわざ作り直す必要はないのは便利ッスけどね。
ノブ様が秘策とか言うもんスから、黙って聴いていたら、何すか?これ?
「完全に俺、囮じゃねーッスか。ヒドいッスよ」
ノブ様は、魔法を使える者なら「自分と同じことが出来る。」みたいに考えているっぽいスけど…。
無理ッス。無理、無理。
演武人形撃を使えば保ち堪えられるとか言って見せてくれたッスが、作り出したのは百体。ノブ様、マジあり得ねぇ…。
真似してみろとか、無茶ぶりにも慣れてきた自分も怖いッスね。
「まぁ、そのお陰でこうして立ち回れるんすけど!!」
不意打ち、騙し討ちに罠を仕掛けて。気を失った奴らを縛り上げる。
森に入った者達が、誰も戻らないのを不信に思う者はいなかった。
日の光も遮る薄暗い森に、密集した木々が視界を塞ぐ。森の外からだと何が起きてるか分からない状況だ。
人形が動き回り、森の外には戦っている声だけは届いていた。
遅れる侵攻に、吸い込まれるように森へ踏み入れる信友軍。無駄な時間だけが過ぎていった。
「にして…やっぱり、俺の負担がデカいッスよ。ノブ様…」
ミツさんには、ノブ様を信頼してと言っておきながら、俺は何なんスかね…。
適当なこと言ってノブ様の後押ししちゃって。ホントなら、ノブ様のこと止めるのが友ってもんでしょ。
それに、ヤバくなったら逃げ出そうとか考えている自分が嫌になるッスね。ノブ様なら、逃げろ…とか言いそうッスけど。
「ノブ様といい、ミツさんといい…。お人好しッスね」
ま、これで貸し借りなしッス。
秀吉の活躍により、東門の防衛は成される。内側より防壁を破壊しようと試みた者達はどうなったかと言えば。光秀の偽情報に躍らされ傷一つつけることも出来ずに失敗に終わった。
この者達の制圧に、猛り狂う獣の如く変貌した前田利家の働きがあったのは言うまでもない。
残るは北門の防衛だが、信友の軍勢に動く気配はなかった。
東門の動向を見て警戒を強めたのか、はたまた別の思惑があったのか。両者不動のまま大将同士の決着を待つことになった。




