外伝 星の降った日
13)外伝~星の降った日~
甲斐国・武田信玄
「殿ーっ!!とーのーっ!!大変に!!一大事にございます!!」
「騒ぐな。見えているわ!!」
遠く、尾張の国。隣国ではあるが見えない距離ではない。いや、遠くであろうと見えると言った方が良いのであろうな。
何の冗談か、天から火の玉。星の一つが落ちてきた。
「殿。如何しますか?」
「何をするも、何もせんわ。星が降ろうが、月が落ちようが我が国でないなら、それで良し。誰ぞの魔法であろうが、我が国に来るなら討ち捨てるまで!!それだけのことよ」
誰の仕業か目星はついている。
天の属性を操る者。織田には一人だけ。元服したての若僧だ。
「はっ!!では、皆には殿の言葉、そのままに伝えます。皆、不安がっておりますれば…」
「ふっ…。それは、お前も同じことだろ。武田の軍勢が星一つで取り乱すか…。あの虎は、厄介な者を生み出したものよな」
多くの戦を共に戦った戦友、山本勘助も未だかつて見たことのない風景に驚きを隠せない。それは逆に小気味良い。久しく見ない顔だ。
「殿…。いずれは、相見えることになるでしょうな…」
「楽しみよな、勘助。風林火山、我が内の獣が騒ぎ立てるわ!!」
「殿がいるなら、甲斐の守りは揺るぎませんな」
実は、その逆。
内に犇めく、四匹の獣。旗に掲げる風林火山を、風林火山たらしめる獣達が怯え、警戒の声を出し暴れまわっているのだ。
今も争う毘沙門天。上杉と相対した時でさえなかったことだ。
「言う通り、まだまだ先になりそうだ。あれがこれから、どこまで力を伸ばすのか」
「しかし、このご時世。呆気なく果てるやもしれません」
「小僧と侮ると、また星が落ちるやもしれんぞ?」
「う!?」
隣国故に噂は聞くが、あれが大うつけと呼ばれる子供の仕業だと、信じる者は少ない。
と言うより、やることが馬鹿げている。信じる方が馬鹿な気さえする…。
「勘助。尾張に幾人か巫女を送れ。但し、手出しは無用と付け加えてな」
「は、はい。では、そのように手配します」
勘助が去り、程なく地に星が落ちた。しかし、その衝撃は来ない。来る気配もない。
あれは幻かと噂され、結局は尾張織田への警戒は薄れて行くことになる。
「しまった!!うつけの名を聞いておくのを忘れておったわ!!うーむ…。勘助、呼び戻すか?」
近江国・浅井長政
星が流れるのは凶兆と言われる。ならば、落ちるのは吉か凶か?
「あれは、私の見間違いかな?」
「いえ。某にも、しかと見え申した」
「そうか。皆も同様かな? 騒ぎにならなければ良いが…」
浅井家の嫡男として生まれ育ったが、皆の期待は薄い。自分でもそう悟っている。
側に仕えるこの男も同じことを思っているに違いない。言葉には出ないが態度に出ている。
「あちらは尾張の方角。騒ぎになるとすれば尾張であるかと存じます」
「吉兆に、国の境は関係あるまい。こちらに飛び火せぬよう市中に家臣達を走らせるべきなのだろうな」
「若が、そう仰るのであれば直ぐに」
「うん。頼む。それにしても…」
「はい? 如何しましたか?」
去り際に言った余計な一言が足を止めさせてしまったようだ。
無表情な顔の裏で、面倒くさいと言っているのが丸わかりだ。
「ああ。えっとな…。あれ魔法なのだろうかと思ってな…」
「間違いなく。自然の意に反しております。魔法でしか成し得ぬ所業では?」
本当に訊きたいのは、そんなことではない。魔法であるなら誰がやったのか、目的は何であるのかと言うことだ。
とは言っても、それに答えてくれないだろう。
「天を降らす魔法か。そんなものは見たことも聞いたこともない」
「尾張には天を司る魔法の使い手が居るとか…。その者の所業と考えれば、真っ当な答えかと存じます」
「そう言えば、居たな。尾張の虎の子が。確か、うつけの若と麗しき姫君、だったか?」
うつけだとしても、美姫お市の方だとしても勝てる見込みは皆無だろう。年は変わらないと思ったが。
せめて、私にもそれほどの才があれば良かったのに…。
いずれはどこかで出会うのか。
出会うことなく、戦国の世が終わってくれればと願うしがないな。
尾張国・織田信友
星の降った日より数日────。
城内は未だ騒ぎの中だ。
「今、この国を支えているのは俺だぞ!?無視することなどあってはならないのだ!!」
此方から使いの者を走らせるように言ってはいる。しかし、古渡城に行きたがる者はない。
全ては恐怖からだ。
騒ぎの元凶を恐れる家臣達。あれは、ただのうつけだと言うに…。
当然、許すはずもない。尻を叩き、使いを走らせた。その使いは未だ戻らない。
「しかし、信友様…。この一件、やはり我らは見過ごしておくべきでは?」
「逆に今が好機よ。奴には弱みがある。そこをつけば、あの力は我がものよ!!信秀の悔しがる顔が目に浮かぶわ!!」
星が降らせる力には驚愕させられたが、力ばかりのバカ。その認識に間違いはない。
厄介になる前に、そろそろ潰しておくべきか…。
「次期守護役に信勝を推すのは、そのために…。ですか?」
「当然だ。うつけは、あの信秀の血を色濃く継いでいる。そんな者を守護役にしてたまるか。尾張も、奴の力も全ては我がものよ!!」
六曜の魔法を持つなど、あのうつけ如きに不遜なものだ。
あれは、俺が持つに相応しい素質。失敗の多い、継承の儀。だが、我に秘策あり!!
これは確実な継承を可能にする秘儀だ。
流浪の坊主から教えられたものだが、この時期にとは…。まさしく、天命。俺が天下を取れと言っているとしか思えん!!
「首を洗って待っているが良い、信秀!!貴様の血が、俺を高みへと昇らせるのだ!!」
尾張宗家すら、とるに足らない存在だ。
全て、我が前に跪く。今は戦の支度を整え、その時は待つだけだ。
いやいや、もう笑いが止まらんわ!!
三河国・徳川家康
「今川からの書状か…」
尾張攻めの打診。と言うよりは脅迫だな。
ノブくんとは戦いたくないんだよな。一応、命の恩人だしさ。
「それにしても、滅茶苦茶だな。尾張に星が落ちたとか。…コイツ何言ってんだか」
だとしても、こっちも断れないんだよな。こっちは小国だし。
でも、何かしらの手は打っておくか。
今川の背後には足利も居るし、慎重にいかないとな。
………。
それにしても、ノブくん元気そうだな。
星が落ちたとかはともかく、相変わらずみたいだし。ああ、久し振りに会いたいよね。
次に会うときは戦場になるだろうけど…。
「悲しいよね。でも、これも戦略だよ」
戦となれば、何の躊躇いもなく刃を突き立てられる。幼なじみが、そう簡単に殺せるとも思えないのも同様だ。
どっち道、ノブくんとは会うことができれば、それで良しって。こう言う悪巧みは、ノブくんの方が上手だったな。
「まったく…。待ち遠しいね」




