追跡
「なんと言うか、汚い部屋だな」
村長の話では、リノスの父が資料置き場として使っていたようだが、床には読み散らかしたように資料の一部と思われる紙があちこちに落ちている。
「本棚から一部分だけ、資料が抜けている。村人の話では父親が戻っていたと言っていたが、それならこんなまどろっこしいことはしないと思うが……」
「……」
先ほどから、無言のまま家に入りたがらないカエルレウム。
ミシュナは振り返ると
「どうかしたのか?」
「いえ、なんだか……」
「腹が空く匂いだな、肉の脂身のような」
鋼のように重い男の声。
オールバックの黒髪、彫刻のように整った顔立ち。
黒いロングコートを纏った、長身の若い男。
「何処かで聞いた声だが……どちらさま?」
首を傾げるミシュナに
「兄様ですわ」
カエルレウムが答える。
「あの黒竜か?」
ミシュナは目を皿のようにして、長身の男を見上げる。
「面食い竜」
その言葉に、アートルムは苦虫を噛み潰したような顔。
「お兄様、そこまでご友人のことを……」
長いこと人の姿になるのを拒んでた兄が、一人の少年を助けるために立ち上がった。
「感動ですわ」
目尻に涙を浮かべるカエルレウムに
「んなわけねーっての。これで、ちんちくりんに恩売って、竜騎士になりたいって言わせねぇように大人しくさせるんだよ。そして俺は、念願の安眠を手にいれる」
アートルムは凶悪な笑みを浮かべる。
例えるなら、お姫様を助けにきた勇者にさらに意地の悪い試練を突きつける魔王。
「貴様……」
ポンポン、とミシュナがアートルムの背を叩く。
「顔は怖いが、竜にしてはいい奴だな」
「お前、俺のことけなしてるだろ……それより」
コホン、とアートルムは咳払い。
「ご丁寧に拭き取られてるようだが、入り口近くの床に血が流れた形跡がある。この部屋に漂っている肉の脂身のような原因だろう」
「これが血の匂い……?」
竜族の胃袋を刺激する血。
今は空腹を感じるさせる程度だが、飢えた竜族なら……
「考えたくありませんわ」
カエルレウムは口元を抑える。
「では、リノスは怪我を? と言うか私は平気だが」
青ざめているカエルレウムとは対照的に、人間のミシュナは平気そうだ。
「この血は、竜族に効果があるんだろう。俺は、あいつの血の匂いまでは知らんが残っている血の跡からなら少しは記憶を読み取れかもしれない」
アートルムは、微かに残っている血の後に触れた。
「……我々によって、余計な手間が増えた」
抑揚のない声。
「我々は、殺してはいない」
右の少年。
「我々は、研究所まで運ぶ」
左の少年。
彼らに個人という感覚はない。
ただ一つの共通点をのぞいてーー
映像は途切れる。
「……どうなってるんだ?」
アートルムは片眉を上げた。




