増殖
「くしゅん」
誰かが噂をしている。だが、今はリノスにはどうでもよかった。
「あの、男の人を見ませんでした? 眼鏡を掛けて、くたびれた白衣の」
「見てないなぁ。そもそも、ここは普通の人間には危険だよ」
見張りの竜騎士が答える。
「そう、ですか」
誰も父の姿を見ていない。
夜になると魔物が活発的になる、と追い返されてしまった。
(オレが竜騎士なら……)
苛立ちを抱えながら、リノスは村へと戻る。
「おーい、坊主」
背中のカゴに玉ねぎを積んだ農夫が声を掛ける。
「あ、オッサン」
いつも村長の家に、野菜を運んでくれる人だ。
「村長の家の離れの方、灯りがついてるんだが……ひょっとして」
「え……」
村長の家の離れは、父さんが資料置き場として使っていた。
自然とリノスの足は早まる。
オッサンが言った通り、珍しく灯りが灯っている。
村長の家の離れに向かい、リノスは勢い良く扉を開けた。
「父さん!」
入った瞬間、何かの資料を踏んだ。
一度出した資料は、次々と床に散乱させるズボラ考古学者。
間違いない。
「あのさ、帰ってるなら声ぐら……い」
グサリ、背後から何者かがリノスの左脇腹をナイフで刺した。
ポタポタ、と鮮血が床へと滴り落ちる。
「……なんでキミなの?」
背後で、抑揚のない声が呟いた。
ガリラヤ村、山頂の神殿。
「お兄様が、魔物召喚用のオベリスクを破壊したおかげで、明日からの調査は比較的に楽になりましたわ」
及第点ですわ、と褒めていたカエルレウムだが
「召喚用のオベリスクなんて、とっくの昔に破壊したと思っていましたが……まさか、ウロボロス族の遺跡に残っているとは思いませんでしたけど。おまけに、外壁は石碑でカモフラージュされていたようですが、よくお分かりになりましたね」
祭壇の上で伏せているたアートルムは
「人間を見たが、その近くで見失った」
片目を開いて、気だるそうに言う。
「あんな場所に人間が居るとは思えませんわ」
ドドドドド、勢いよく誰かが山道を登ってくる足音。
「あら、この品がない足音は……」
嬉しそうな妹の顔を見て
「お前の相棒か」
「村で、子供が攫われた!!」
大声でミシュナが告げる。
アートルムとカエルレウムは顔を見合わせ
「名は? この村はガキが少ないからな、聞けばすぐわかる」
「リノスだ、村長の所で世話になってる子供」
「確か、お兄様のお友達ですわね」
「あれは、公害の一種だ。しかし、あいつが」
顔見知りの子供が行方不明、気分がいいものではない。
「彼は、セトの知り合い……奴が、何かしらの口封じのために接触したのかもしれん」
「ミシュナ、流石にそれは飛躍しすぎですわ」
カエルレウムは肩を竦める。
「セトのは、竜騎士の英雄じゃねーの?」
アートルムの言葉に
「それは、昔の話です。今じゃ、竜殺しのウィルスをばら撒いてると噂されてますわ」
カエルレウムは首を横に降る。
「とにかく、これから現場を調査する。レウム、貴様も来い!」
「強引ですわね……そこがいいのだけど」
二人の後ろ姿を見送り、
「これから、面倒なことに巻き込まれる気がする」
アートルムは深いため息をついた。




