6話
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体が、勝手に動いていた。
踏み込む。剣を抜く。斜めに一閃。
自分の腕とは思えない速さだった。
空中の魔石が、二つに割れた。
術式の線が途中で断たれ、赤い光が、ふっと消える。二つの欠片が、乾いた音を立てて床に転がった。
遅れて、ぴし、と小さな音がした。
窓口の奥の壁に、まっすぐな線が一本、走っていた。
剣の届く距離じゃない。それでも壁は、斜めに、きれいに切れていた。
「……は?」
郷田の口が、半開きのまま止まった。
日野さんは、ドローンを抱えたまま固まっている。
俺も、たぶん同じ顔をしていた。
郷田が先に我に返った。腰の短刀を抜き、カウンターを飛び越えてくる。
「てめえっ」
俺はもう一度、剣を構えた。
――動かない。
さっきまで腕を引っぱっていた何かが、どこにもいない。手の中にあるのは、ただの重たい、古い剣だった。
さっきの一閃で、何かを使い切ってしまったみたいだった。
一度きりなのか。それとも、何か制限のようなものがあるのか。
短刀が振りかぶられる。
そのとき、入口の自動ドアが、外側から吹き飛んだ。
「湊ー。帰ったよー」
鉄槌を担いだ鳴海さんが、ガラスの破片の向こうに立っていた。
郷田が振り向くより早く、鉄槌の柄が、その鳩尾に吸い込まれた。
郷田は、カウンターの手前で静かに崩れ落ちた。
「……鳴海さん」
「ん?」
「そのドア、自動ドアです。近づけば開きます」
「中から変な音したから。待てなかった」
鳴海さんは、足元のガラスを見下ろした。
「……開くんだっけ、これ」
「開きます」
◇
郷田は駆けつけた管理局の保安部に引き渡された。
保安部の職員は、真っ二つになった魔石の欠片を拾い上げ、それから壁の切れ目を見て、しばらく黙った。
「これは、どの魔道具で?」
「……剣です。落とし物の」
職員は俺の顔と、処分待ちの棚の古い剣を見比べ、何も書かずに手帳を閉じた。
ドローンの中には、発破を仕掛ける郷田たちの姿が、はっきり映っていた。仲間の名前も、すぐに割れるだろう。
「ほんとに、ありがとうございました」
日野さんは、ドローンを抱えて何度も頭を下げた。
「明日から配信、再開します。全部話します。赤柱の回廊のことも、落石じゃなかったことも。……あと、遺失物センターのことも」
「うちのことは、話さなくていいです」
「いや話しますよ。窓口の人が剣で魔石ぶった斬ったんですよ!? あんなの話さないほうが無理ですって!」
声が大きい。配信のときは、たぶんずっとこの調子なのだろう。
鳴海さんが、隣で小さく笑った。
日野さんが帰ったあと、鳴海さんは壁の切れ目を、指でなぞっていた。
「これ、湊がやったの」
「剣が、やったんだと思います」
「ふーん」
鳴海さんは、それ以上聞かなかった。
かわりに、吹き飛ばしたドアの前で、破損報告書の用紙を一枚、自分で取ってきた。
「今月、九枚目」
「壁の分も書いてください」
「それは湊の分でしょ」
剣は、手袋をはめ直してから、処分待ちの棚に戻した。刃こぼれは、さっきより増えていない。あの一閃のあとでも、古い剣は古い剣のままだった。
持ち主の届は、今日も出ていない。あの暗い場所で、あの影を斬った誰かは、いったい何者だったのか。
◇
鳴海さんが帰り、ドアの代わりにブルーシートを張り終えたのは、日付が変わる少し前だった。
ごとん。
建物の脇から、投入口に何かが落ちる音がした。
閉館後に見つかった落とし物は、あそこから回収箱に入れる決まりだ。こんな時間に、誰かが届けてくれたのだろうか。
回収箱を開けると、小さな真鍮の鈴がひとつ入っていた。
紐に、センターの荷札が結んである。
拾得場所の欄に、「八層」。
処理者の欄に、「戸倉」。
俺の字だった。
書いた覚えはない。俺は荷札をひっくり返し、拾得日の欄を見た。
来週の水曜日の日付が、書いてあった。
手袋を外せば、わかる。
これが、いつ、どこで、どうやって落とされるのか。
――まだ、落とされてもいない落とし物を。
俺の指は、荷札の上で止まったまま、しばらく動かなかった。
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