4話
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鎧ムカデ。体長は五メートル近い。黒光りする甲殻が何十もの節に分かれ、無数の脚が、かちかちと岩を鳴らしている。
節のあいだから、酸の匂いがする。甲殻の縁には、これまでに襲った探索者の装備の欠片が、いくつも食い込んでいた。
「湊、下がって」
「はい」
言われる前から下がっていた。俺は短槍を構え、ムカデの脇腹めがけて突き出す。
がきん、と手が痺れた。穂先が、甲殻の上を滑っていく。
ムカデの頭が、ぐるりとこちらを向いた。
顎が開く。粘ついた糸を引きながら、俺の顔の高さまで持ち上がる。
「ありがと。こっち向いた」
鳴海さんの声が、すぐ横を通り過ぎた。
鉄槌が振り下ろされる。
鈍い音とともに、ムカデの頭の甲殻が蜘蛛の巣のようにひび割れた。巨体がのたうち、尾が壁を薙ぐ。鳴海さんは跳んでかわし、そのまま二撃目を構えた。
その瞬間、俺は見た。
ムカデが這い出してきた岩の窪み。そこに、光る物がいくつも積み上げられている。折れた剣の破片。誰かの腕時計。ガラス瓶。
鎧ムカデは、光る物を巣に集める。
その山の中で、小さな赤いランプが点滅していた。
「鳴海さん、待って! 巣にドローンが!」
鳴海さんの鉄槌は、ちょうど巣のほうへ振り抜かれるところだった。
「えっ」
鳴海さんが、空中で無理やり体をひねる。
鉄槌は巣を逸れ、真横の壁にめり込んだ。
ごん、と回廊全体が揺れた。
天井から、赤い結晶の塊が一本、剥がれ落ちる。
それはまっすぐ、のたうつムカデの頭の上に落ちた。
静かになった。
「……ほら」
鳴海さんが、鉄槌を壁から引き抜きながら言った。
「壊さなかった」
「壁は壊しました」
「壁は落とし物じゃないし」
鳴海さんは鉄槌を下ろすと、俺の右手を見た。
「さっきの突き、手、痺れてない?」
「少し」
「無理しなくていいのに。あたしが全部やるから」
「全部やると、全部壊れるので」
「それはそう」
認めるんだ、と思った。
センター長の破損報告書が、今月九枚目になるかどうかは、壁の持ち主次第だ。ダンジョンの壁の持ち主が誰なのかは、俺も知らない。
◇
ムカデの巣から、ドローンを掘り出した。
手のひらより少し大きい、白い機体。四枚の羽根のうち一枚に、青いテープが巻かれている。別の一枚は折れていて、胴体もへこんでいたが、赤いランプはまだ律儀に点滅している。
「これかあ」
鳴海さんが手を伸ばしかけた。
「俺が持ちます」
「なんで」
「鳴海さんが持つと、たぶん、もう一枚折れます」
「失礼な。優しく持つって」
そう言いながら、鳴海さんは足元の石を拾って握った。石が、ぱきりと割れた。
鳴海さんは黙って、石を捨てた。
「湊がいると楽だよね。壊す前に止めてくれるから」
「止めなかったら壊すんですか」
「壊すね」
即答だった。
これで、ドローンがまだ八層にあった理由もわかった。ムカデに巣へ持ち込まれて、入口への流れから外れていたのだ。このままなら、一週間待っても窓口には届かなかった。
俺は右手の手袋を外した。
鳴海さんは、俺の能力のことを知っている。何も言わずに、回廊の奥へ視線を向けてくれた。見張りのつもりなのだろう。
素手で、ドローンに触れた。
◇
赤い結晶の光。荒い呼吸。
すぐ横の壁が、内側から弾けるように砕け散った。轟音。熱。焦げた匂い。
震える親指が、スマホの『配信終了』を押す。頭上のドローンを掴んで、引き寄せる。
「頼む。届いてくれ」
かすれた声。
ドローンを、回廊の奥の暗がりへ放り投げる。
背後で、砂利を踏む音がした。
「待てよ、ヒカル」
低い声だった。
走り出す。足元の水たまりを踏む。揺れる水面に、一瞬だけ、黒い手袋をはめた誰かの手が映った。
◇
そこで、記憶は途切れた。
「湊?」
鳴海さんが、こちらを覗き込んでいた。
俺はドローンから手を離し、ゆっくり息を吐いた。指先が冷たい。
「……事故じゃないです」
「え?」
「落石じゃありません。誰かが、壁を吹き飛ばしたんです。日野さんは、その誰かに追われてた」
焦げた岩の断面。真っ暗になったアーカイブ。窓口で、閉じたままの自動ドアへ一度だけ動いた日野さんの目。
「それで、ドローンを投げたんです。自分で」
「なんで。大事な機材でしょ」
「大事だから、だと思います」
俺は、手の中の機体を見下ろした。
「ダンジョンで落とした物は、入口に流れ着く。日野さんはそれを知ってて、投げたんです。追ってくる誰かの手に渡らないように。自分が逃げきれなくても、これだけは、俺たちの窓口に届くように」
――頼む。届いてくれ。
あれは、そういう意味だった。
鳴海さんが、鉄槌の柄を握り直した。
「追ってきたのは、誰」
「わかりません。顔は見えませんでした。黒い手袋をしてたことと、日野さんの名前を知ってたことだけです」
鳴海さんは、回廊の奥の暗がりを見た。
俺も、同じほうを見た。
日野さんが急いでいた理由が、ようやくわかった。
一週間も待っていられなかったのは、データが惜しいからじゃない。
ファンに見せたい、というのも、たぶん半分は嘘だ。
俺はドローンを布でくるみ、回収袋の一番奥にしまった。
「帰りは、あたしが前ね」
鳴海さんが鉄槌を担ぎ直した。いつもの鼻歌は、もう聞こえなかった。
これを探しているのは、たぶん、日野さんだけじゃない。
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