3話
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回収班の鳴海さんは、回収した物をよく壊す。
「湊ー。これ、回収してきた」
朝一番、窓口のカウンターに、どん、と置かれたのは宝箱の蓋だった。
蓋だけだ。蝶番ごと、ねじ切られている。
「……本体はどうしたんですか」
「ミミックだったから」
「ミミックだったから?」
「財布、食べてたんだよね。口を開けてくれなかったから、開けた」
蓋をねじ切ることを、鳴海さんは「開けた」と言う。
鳴海晶。二十四歳。ダンジョン管理局回収班の先輩で、B級探索者。肩までの髪をひとつに束ね、身の丈ほどある鉄槌を軽々と担いでいる。深層の魔物を一撃で沈める腕の持ち主で、回収班の誰よりも強い。
そして、誰よりも物を壊す。
「中身は無事だよ。ほら」
差し出されたのは、蓋の裏に貼りついた革の財布だった。ミミックの唾液でべとべとだが、確かに原形はとどめている。
「ありがとうございます。持ち主には、拭いてから返します」
財布の中の免許証で、持ち主はすぐにわかった。この人なら先週、窓口で「財布を魔物に食べられた」と半泣きで届を出していった人だ。食べられた、で合っていた。
「湊ってそういうとこ、細かいよね」
奥からセンター長が顔を出した。蓋をちらりと見て、何も言わずに一枚の用紙を差し出す。破損報告書だ。
「今月、八枚目だ」
「ミミックの蓋も報告書いるの?」
「蓋は要らん。お前が蹴り開けた、更衣室のロッカーの分だ」
「あれは鍵が固かったから」
「鍵を開けろ。扉を開けるな」
ダンジョンで落とした物は、放っておいても入口に流れ着く。ただし、時間がかかる。深い層からなら一週間以上。そのあいだに魔物に壊されたり、持ち去られたりすることもある。
だから、待っていられない物や、届かないかもしれない物は、こちらから取りに行く。それが回収班の仕事だ。持ち主に返せる形で、持ち帰る。
ただ、鳴海さんに任せると、持ち帰る前に壊れる。だから鳴海さんが潜るときは、取り扱い係として、たいてい俺がつく。
◇
「回収、お願いできませんか」
昼前。カウンターの向こうに、頭に包帯を巻いた男が立っていた。
二十代半ばくらい。パーカーの襟元に、配信者がよく付けている小型のマイクが留めてある。
「あ」
隣で報告書を書いていた鳴海さんが、小声で言った。
「ヒカルだ。『潜りっぱなしチャンネル』の」
「知ってるんですか」
「登録者四万人くらいの深層配信者。けっこう観てる」
「詳しいですね」
「最近ずっと、八層の同じあたりばっかり潜ってたんだよね。何回も同じ回廊映すから、コメントで『また赤柱かよ』っていじられてた」
鳴海さんは、こういうことには詳しい。
日野光さん、と彼は名乗った。差し出された回収依頼書には、几帳面な字が並んでいる。
三日前、八層で配信中に落石に巻き込まれた。撮影用のドローンを落とし、配信はそこで途切れた。本人は命からがら地上へ戻ったが、ドローンはまだ八層にある――。
「流れてくるのを待つ、という方法もありますが」
俺は一応、規定どおりに説明した。
「八層からだと、入口まで届くのに一週間以上かかります。ただ、待つだけなら回収の費用はかかりません」
「途中で、魔物に壊されることもありますよね」
「あります」
「なら、お願いします。中にデータが入ってるんです。配信に乗らなかったぶんの映像も」
日野さんはそこで少し笑った。
「ファンに、ちゃんと見せたくて」
「機体の特徴を教えてください」
「白いドローンです。羽根の一枚に、青いテープを巻いてます。前に折れたのを直したやつで」
そう言いながら、彼の目は一度、入口の自動ドアのほうへ動いた。
誰かが入ってきたわけではない。ドアは閉まったままだ。
「配信の最後、見せてもらってもいいですか。場所の手がかりになるので」
「あ、はい」
日野さんがスマホを差し出す。アーカイブの最後の三十秒。
赤い結晶の柱が並ぶ回廊を、ドローンの映像が進んでいく。日野さんの声が、軽い調子で何か話している。
突然、画面が激しく揺れた。岩の崩れる轟音。コメント欄が一気に流れる。
『落石!?』『ヒカル大丈夫か』『やばいやばい』
そこで、映像は真っ暗になった。
「八層の『赤柱の回廊』だね」
鳴海さんが画面を覗き込んで言った。
「崩れたのは、どのあたりからでしたか。天井ですか、壁ですか」
「え……いや、急だったんで。よく覚えてなくて」
日野さんは包帯の上から頭を押さえた。それ以上は聞かないでくれ、という仕草に見えた。
「本当に、事故だったんですね」
俺がそう言うと、日野さんは「はい」と答えた。
答えるまでの間が、少しだけ短すぎた。
「事故です」
センター長が奥から言った。
「八層なら、鳴海と湊で行ってこい」
日野さんは何度も頭を下げて帰っていった。自動ドアを出る前に、一度立ち止まって、外の左右を確かめてから。
「ヒカルさあ」
鳴海さんが、閉まったドアを見ながら言った。
「配信だと、もっとうるさいんだよ。ずっと喋ってて、魔物に向かって実況とかしてて。今日、別人みたいに静かだった」
「頭を打ったからじゃないですか」
「……かもね」
鳴海さんはそう言ったが、納得した顔ではなかった。
◇
回収班専用の昇降路で七層まで降り、そこからは歩いた。
八層の空気は、地上より少しだけ重い。湿った岩の匂い。遠くで、何かが這う音。
管理局の規定では、六層より下はB級以上の探索者が同行しなければ入れない。俺ひとりでは、この階層に立つことすらできない。だから回収班の深層の仕事は、鳴海さんと組むのが決まりになっている。
鳴海さんは鉄槌を肩に担ぎ、鼻歌まじりに先を行く。俺は管理局支給の短槍と、空の回収袋を背負ってついていく。
「そういえば聞いたよ。ミノタウロスの人」
「……どこで聞いたんですか」
「センター長。お茶噴きそうになったって、嬉しそうに話してた」
あの人は、窓口であったことを、たいてい鳴海さんに話している。俺のいないところで。
「指輪、ちゃんと渡せるといいね」
「渡せると思いますよ。噛まなければ」
鳴海さんは声を出して笑った。笑い声が、八層の暗がりに吸い込まれていく。
ぱきん、と嫌な音がした。
「あ」
鳴海さんが、手元のランタンを見下ろした。持ち手が根元から折れている。
「握っただけなんだけど」
「握っただけで折れる物じゃないんですけどね」
鳴海さんは折れたランタンを、ひょいと岩陰に放った。
「捨てないでください」
「壊れたし」
「捨てた物も届くんです。一週間後に、俺の窓口に」
「じゃあ、湊が拾ってくれるじゃん」
「……そういう問題じゃないです」
俺は岩陰からランタンを拾い、回収袋に入れた。鳴海さんは予備の明かりを点けながら、横目でこっちを見ていた。
「湊ってさ、なんでそんなに物を大事にすんの」
「仕事なので」
「ふーん」
鳴海さんはそれ以上、何も聞かなかった。
この人の、そういうところは嫌いじゃない。
赤い結晶の柱が見えてきたのは、それから二十分ほど歩いたあとだった。
柱の根元が、ほんのりと光っている。アーカイブで見た回廊だ。
天井まで届く結晶の柱が、左右に何十本も並んでいる。赤い光が足元の水たまりに映り込んで、回廊全体が夕焼けの底に沈んだように見えた。配信者に人気の場所だというのも、わかる気がする。
ただ、今は誰もいない。足音が、やけに遠くまで響く。
壁際に、崩れた岩が積み重なっていた。三日前の「落石」の跡だろう。
俺はしゃがみ込み、岩の断面に触れた。手袋越しに、ざらりとした感触。
「……焦げてる」
「ん?」
「岩の割れたところが、黒く焦げてます。落石で、こうはならないと思うんですけど」
「魔物が火でも吐いたんじゃない? 八層だし」
「八層に、火を吐く魔物っていましたっけ」
鳴海さんは少し考えて、首を傾げた。
そのときだった。
かち、かち、かち。
硬い物が、石畳を叩くような音。
鳴海さんの鼻歌が止まった。
回廊の奥から、それは這い出してきた。
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