嘘を言わずに騙すドラゴン
ふっと戻った意識は、縁がぼやけている。
それでも、見覚えがまったくない部屋でとても大きなベッドに横たわっているのだと、アリアはすぐに気づく。
身体を起こそうとした彼女の頭は締め付けられるように鈍く痛んだ。
くぐもった声を漏らすと聞こえた、入室許可を求める声。
反射的に返事をしてしまったアリアがよろよろと半身を起こしている間に、ぽすんと布団の上に何かが置かれた。
何だろうと見れば、ちょこんと親指をくわえて座っている、天使も裸足で逃げ出す可愛らしいお顔。
浄化・回復のご利益を得たアリアの記憶が確かであれば第六皇子だ。
泣いていたのか、少し腫れている目元がより庇護欲をそそる。
その背後で襟首をくわえているのが誰かわかり、アリアは目を見開いた。
「第一皇子殿下……」
ドラゴンの姿で器用に運んで来たようだが、服を食んだままでは喋れない。
竜顎の下へ腕を伸ばし、そっと幼児の背を支える。
肌触りの良い長袖の下には包帯の巻かれた手が。
いつの間にか実家でも着ないような上等な寝衣にアリアは着替えさせられていた。
あちらからやって来たとはいえ、寝起き感丸出しの恰好での対面はいろいろと問題が多すぎる。
せめて何か羽織るものを探そうと体を捩じった途端、顔を背けられたと勘違いしたのか、第六皇子がわんわんと泣き出してしまった。
思わず抱き寄せると、グラウクスはアリアのお腹で丸まり、小さな両手に痛いくらいの力を入れて服を握ってぐずる。
誰がこの可愛さに抗うことができようかっ――。
ここぞとばかりに背中や頭を撫でながら、しばし、によによ……。
「ーーっぁ……」
やらかしてしまったが正気に戻ったアリアは第一皇子をうかがい見た。
「気にするな。楽にしてくれ。体調はどうだ?」
「少し頭と体が重い感じがするだけで大丈夫、ですが……記憶が変なところで途切れてます」
「グラウの呪いを解いた後に倒れ、約丸一日眠っていた。手当も解毒も済んでいるが、少しでも違和感があれば言ってくれ」
麗しきとも呪われたブルーエンジェルの姿には、やはり危険な何かがあったのだと知ったアリアは神妙に頷いた。
「問題なければ、少し話をしたい」
「椅子に……」
座ろうとアリアは思ったが、見当たらない。
「不要だ。――まだ先のこととは言え、アリア嬢は帝族に嫁ぐ気は?」
「恐れながら、婚約破棄を考えています」
「そうか……すまない」
気まずげな皇子に謝られる覚えのないアリアは首を傾げる。
「手伝ってもらいたいことがある」
「なんでしょう」
「弟たちのためにも、私はできる限り早く帝位を継承したい」
次期皇帝候補・筆頭によると、結果の見えていた帝位争いであり得ない猛追をみせたのが、ただいまアリアの膝でお昼寝中のグラウクスだ。
幼児期に呪いが解けた末皇子を教育し玉座に据えようという勢力が現れかねないらしい。
すでに執務でも飛びぬけた能力を遺憾なく発揮している第一皇子を差し置いて。
「皇帝陛下と違い、今代は皇子の数が多い。帝位に興味がない者はできるだけ早く解放してやりたい。グラウの子が生まれるまで譲位が伸びれば、弟たちはその期間だけ呪いに苦しむ可能性がある」
後継者が決まっても次代の跡継ぎが生まれない限り、皇子たちは継承権を持ったまま。呪いは勝手には消えず、国中の女性が口づけしても呪いが解ける保証もない。
嘘ではなさそうだが、帝族がほぼ初対面の相手に本心を全てさらけ出したとは、アリアは思えない。
「帝位継承に関する騒動を避けるためにも、『第一皇子の婚約者にして、第六皇子の世話役兼教育係』を頼みたい。婚約者に取り入ろうとしたり、対抗馬を担ぎ上げたりしないよう、二人は私の支配下にあると印象付け、私たち二人は想い合う婚約者だと徹底周知させる」
「誰の婚約者かなんて一目瞭然なのに、私が誰を好きかが重要ですか?」
「もちろんだ。あなたはグラウよりも先に私の婚約者になっていたし、我々二人は結婚適齢期。お互いに夢中になって当然だ。母代わりの教育者にそうそう恋心など抱かないだろう? グラウとアリア嬢では結婚する未来があるなど誰も思わなくて当然だ」
挑戦的な笑みを浮かべる竜に違和感を感じる。
しかし、第一皇子の呪いが解けた時はたしかに自分は彼の婚約者だったと納得したアリアは聞き役に徹した。
少し回転の落ちている頭で、アリアは状況とドュレイグの提案を反芻する。
第一皇子はさっさと帝位を継ぎたい。
唯一呪いが解けた状態の第六皇子が、わけもわからず帝位争いに巻き込まれるのも防ぎたい。
アリアを第一皇子の婚約者だと発表して末っ子の世話をさせれば、傍目にはアリアがドュレイグを支持しており、帝位に興味を持たないようグラウクスを育てる流れは明らか。
対抗馬を安全牌にできる。
グラウクスが結婚可能な年齢になる頃、アリアは三十路をとうに越えている。
他人事であれば、貴族令嬢が結婚適齢期を犠牲にして尽くしても、幼い皇子には遅かれ早かれ捨てられると思うだろう。
そこで、恩を売れば甘い汁を吸わせてくれる第一皇子側に、第六皇子の婚約者が与するという思惑か――。
頭脳戦と心理戦が入り混じった駆け引きで読者を翻弄した前世の小説を思い出した。
その話を知らずとも、すんなり納得するだろう貴族たちを手玉に取るなど、ドラゴンにはお手の物かもしれない。
彼の言う通り、第六皇子を傀儡にしたい者たちへの防波堤となれそうだと、自身の立場を客観視できた。
「そもそも末っ子を皇帝に育てようにも、現状では無理だ。そんなことをすればグラウに恨まれる」
「?」
「昨日から兄弟以外が近づくとグラウは泣き喚いて手がつけられなかった。見知った世話係でもだ。引き離されると思ったのかもしれない、ひきつけと蕁麻疹が出た」
「そんな……」
驚いたアリアは口に手を当てる。
「――が、あなたは例外だ。アリア嬢もグラウを非常に気に入っている様子。とことん都合が良い」
「いたいけな皇子を玉座から遠ざける、極悪婚約者としてですか?」
「それは貴族たちが勝手に決める。それと、幼子の世話で忙しい故、妃教育を受けずとも文句が出ない」
実践される可能性の低い妃教育よりも、帝族の養育の方が優先されてしかるべきと駄目押しがくる。
「もちろん、本人が授業を希望するなら講師を手配する」
「いえ、座学を後回しにできるのならその方向でお願いします。それより、私、魔獣を育てた経験はあっても、幼児の世話は……」
「心配するな。兄弟総出で手伝えばそう手はかかるまい」
「……」
服の着替えや食事の介助ができそうのは、骨格的には第二皇子のみと知っているアリアは、胡乱げな目をしてしまった。
「ちなみに断れます?」
「断ってもかまわない。もし引き受けてくれるなら、望みは可能な限り叶えると約束する。ほしいモノは何でも言ってくれ」
婚約破棄を防ぐためか、皇子の婚約者にはこの世の全てが集まる――と言っても過言ではないほど様々なモノが、皇子個人の財産から与えられる。
ただしこれらは婚約から結婚へと誘う餌だ。
女性側からの婚約破棄の暁には、食べたり、捨ててしまったモノ以外、もらったものは原則全て返還義務がある。
とはいえ、皇子の呪いを解いたもしくは解こうとする女性に優しい権力者一族だ。破局後も一つだけプレゼントを持ち帰ることが許される。
「生活必需品は支給してくれるでしょうから…………今は特に何も」
「そうか。――絵を熱心に観ていたと聞いた。芸術作品に興味があるのか?」
「恥ずかしながら、そのような高尚な感じではなく、画家に頼んだ絵を集めていて……毎日描いてほしい構図が無尽蔵に湧いてきて困ってます」
「それでは一日一枚のペースでも到底足りなさそうだな。そんなに描かせても、本じゃないから置き場に困るか?」
ふっと笑ったドュレイグの言葉に、アリアは天啓を受けた気がした。
画廊に飾られている宮廷絵師が描いた絵をもらう気満々でいたのだが、欲が出た。
一枚で物足りないなら、一冊の画集にまとめてしまえばいい。
例え厚さが天井を突き抜け、幅が玄関扉を通らなくなろうとも、一冊は一冊だ。
後で本をばらして絵を独立させても、そこは目をつぶってくれるだろう。
なんだったら、絵がたくさん詰まった箱庭球を『一つ』もらうのもありかもしれない。
「天才かしら」
とても嬉しそうに、アリアはふふふと笑う。
「何を考えているんだ?」
「宝石を一つ選べないなら、複数の宝石でネックレスを、いえ、服を仕立ててしまえばよい。そのような名案に思い至ったのです」
「一つと言わず、いくつでも作ればいい」
「はいっ。とっても素晴らしい一点モノをいただくつもりでしたが、国宝級のモノをたくさんもらって帰ります」
「…………」
喜色満面での帰る気満々発言にドュレイグは無言になる。
彼の心情を汲み取ったアリアはさすがに下卑ていたかもしれないと、ニヤニヤ笑いをひっこめた。
「そこで、ほしいものは人手でもかまいませんか?」
「希望はあるか?」
肯定を示唆する簡潔な問いに、待ってましたとばかりに身を乗り出したアリアの勢いは淑女には程遠い。
「私専属の者を領地から呼び寄せていいでしょうか? あと、ご兄弟のお世話のために、いくつかお願いも聞いてください」
ドラゴンは即座に了承した。
読んでいただきありがとうございます。
アリアが「本当は私、グラウ様の婚約者だけど、外では第一皇子の婚約者として振る舞うわ」って感じに勘違いしてることが伝わりますように......。
失敗してましたら、ツッコミいただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたします。




