呪われ皇子に口づけを ② ~~ドュレイグの視点~~
元4話「異形が迫りくる画廊へ」を2話目にまとめたため、元5話を4話に繰り上げました。
ここに空きができたので、同じシーンのドュレイグ側の視点を追加しました。
(2026/10/12)
第一皇子の成人を祝うパーティーを皮切りに、独り身令嬢が贈り物を捧げる期間が始まった。
立ち替わり入れ替わりやってくる令嬢たちは、騒がしいか虫の息かのどちらかだが、彼女らに共通している感情はどれもうんざりする類のものだ。
普段なら歯牙にもかけないドュレイグであっても、至近距離かつ時に接触を伴うため、早々に嫌気が差す。
喰らう気もない怯える生贄に値踏みされ恨まれ、なじられる気分を味わった。
心外であり、不快で、後味まで悪い。
成人パーティや執務の合間に、義務に臨む令嬢とのやりとりを淡々と済ませた。
年頃かつ婚約者のいない貴族令嬢最後の一人がやって来ないことに、半年ほどが経って気がついた。
婚約にも結婚にも興味のない皇子にとってはありがたいが、なにごとにも潮時というものがある。
側近たちと策略を巡らせ、彼女にはさらなる時間稼ぎを強制的に手伝ってもらうことに。ちょうど準備が終わった頃、その令嬢は帝城を訪れた。
面会時間よりもかなり早く到着した彼女を側近の一人に任せた。
こちらの都合を顧みずにさっさと贈り物をさせろと主張するかと思えば、約束した時間通りの面会となり、やや肩透かしを食らった気がする。
身内や城で役職を担っている貴族まで、予定通り勢ぞろいした。
高座の一番上でどっしり構えた皇帝の足元で首と背筋を伸ばし待っていた竜は、平民にしか見えない格好で目線を泳がせるアリアを見下ろす。
どこか恐縮した顔は驚きはしても、異形への畏怖は感じられない。
「エルムガルド辺境伯家の長女アリアが、遅ればせながら、第一皇子殿下にご成人のお祝いを申し上げます」
いたって普通の挨拶だ。
服装だけでなく、今までの令嬢たちとは違いイロイロと主張が激しくないアリアに第一皇子は好感を覚えた。
「ありがとう。ドュレイグだ」
硬い雰囲気に物怖じしない彼女も竜が口を開けば恐れるだろうと、なるべく言葉数少なく平坦な声のトーンで返事をする。
愛想がない竜に令嬢は嬉しそうに目を細め、ことさらゆっくりと名前を呼ぶ。
「はい、……ドュ レイ グ、殿下」
「発音しにくいだろう。デュレイグ、ジュレーグ、ドレイク、好きによんでくれ」
持って生まれた異形にちなむ皇子たちの名前は、呼びづらいものが多い。
親切心で提案したのだが、どうやらありがたくはなかったらしい。
令嬢の目は瞼で一度隠され、ゆっくり開けられた時には負けん気がにじんでいた。
「お心遣い、感謝いたします」
「褒美には何を?」
「ご兄弟皆様への成人祝いを本日、お先にお渡しする無礼をお許しいただきたいです」
彼女の希望する見返りは、立ち並ぶ面々の不意をついた。
そろりと令嬢がお辞儀中の頭を上げる。
密かに目だけで様子をうかがったつもりでも、百面相が隠しきれていない。
無音の時間が長引くほどに、しょんぼりしていくアリアはどこか、しおれていく花を彷彿とさせる。
しげしげと首を傾げて見つめていると、彼女の瞳が急に輝きを取り戻し、頬が薄桃色に染まる。
上目遣いで相好を崩す少女の表情はドラゴンの強靭な心臓にちょっとした不整脈を起こした。
「あの、皇子さまそれぞれに次の方への口づけ機会をいただきますので、金銭的負担になる褒賞は心配なさらないでください」
まるで返事をためらう我々が引っかかっているのは、アリアが未成年者に求める見返りだと言わんばかり。
ここまでくると、ドュレイグもアリアが異形への口づけに嫌悪感を持っていないのだと認めざるをえない。
なぜさっさと贈り物をしに来なかったのか、理由が逆に気になる。しかし訊くのは今ではない。
「………………………わかった」
年齢を数えるのに片手では足りない弟たち三人は長兄の視線を受け、顔を見合わせた。成人祝いを早めに受け取る機会を得たと理解したようだ。
アリアのキスが嫌なら個別で見返りを断るだろう。
浅い金魚鉢の中で水浴びに夢中な末っ子と、その鉢がのった台に隠れようとしているもう一人は話さえ聞いていない。
時折降って来る雫にさえおののく五番目は、緊張により輪郭がブレてばかりの体をねじり、もっと良い逃げ場を探している。
堅物硬派な父親を筆頭に、男ばかりの六人兄弟。
口づけの雨を降らせるはずの、愛情深い母親は床に伏している。
一番下の弟にいたっては親愛のキスどころか、抱きしめてもらったことも、誰かに素手で触れられたことすらない。
水棲生物にとっては触れた人間の体温ですら致命的であるため、素手で触れることすら罰則の対象である。
意思の疎通が取れるまではと、末っ子の世話は家族であっても非接触によるもので、必要な検査をする者も完全防備だった。
スキンシップ不足に初めて思い至った長男はきまり悪げだ。
「――お前たちも異論はないな?」
立ち合い人たちも咎められない程度にざわついたが、誰からも静止の声は出なかった。
しずしずと近づいてきたアリアはきりっとした顔で、鞄から取り出した白い布を見せつける。
「まず、拭かせていただきます」
「何を……」
唐突に自身の唇を拭う彼女に、呆気にとられた声がもれる。
褒めてくれと言わんばかりの表情で見つめてきたかと思うと、今度はさらりとした光沢がある布を取り出す。
「予期せずお腹が痛くなったりしたら大変ですからね。殿下にもよろしいですか?」
気にするのはそこなのかとドラゴンは面食らった。それでもなんとか首を縦に振り、右の前足を差し出す。
アリアはその甲に左手を載せ、本来なら帝族しか足を踏み入れられない玉座へと続く階段を一段上がった。
エスコートだと勘違いしたのだろう。
ドラゴンの口からかすかな笑みがもれる。
首筋を垂れる鬣を軽く撫でられれば、自然と長い首を下げて小さな手を追いかけていた。
単純に撫でられたのが心地よく逃しがたい。人目がなければもっとあからさまに催促したかった。
鬣の代わりに今度は顎にそっと指が添えられる。
比類なき防御力を誇る鱗はとてつもなく硬いはずなのだが、アリアがさすった箇所は鱗が剥がれ落ち柔らかい肉が剥き出しになった気がした。
厳めしい顔の筋肉もゆるんでいる。
竜顎の角度を微調整しつつ、アリアは優しく確実に口回りを拭う。
もしかして唇同士なのかという予感に固まってしまったドュレイグの頭は真っ白になった。
口付けを贈る義務は部位の指定をしない。
解呪を試したという実績作りのため、想定内の見返りを求めた何人かの令嬢からキスを受け取っているが、爪の先や鬣ばかりだった。
土壇場で竜は考える。
アリアと唇を合わせたいかどうか。
半瞬もかからず出た答えは肯定一択。
鱗から伝わるやわらかくも弾力のある肉の感触と優しいぬくもりは、母に指で触られた時のことを思い出させ、懐かしさを感じる。
しかしどこかの鱗に押し当てられたことがあるはずの唇の感触は思い出せない。いや、思い出さずともソレじゃない感が頭を占める。
やわらかい皮膚と粘膜が覆う筋肉の感触は自身の口で確かめろと脳がうるさい。
心臓が口や胸から家出するとばかりに跳ねる。
期待に鼻を膨らませるドラゴンを前に、満足げにほほ笑んだアリアは髪の毛ほどもためらわなかった。
「改めて、成人、おめでとうございました」
彼女のピンク色の唇が第一皇子の硬いそれにあっさりと触れる。
時間の進みが遅くなったおかげで、唇同士の出会いを味わい、別れを惜しむだけの時間があった気がした。
アリアの唇が完全にドュレイグから離れた瞬間、カッ――と眩い光が竜を飲み込んだ。




